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65 SEPTEMBER 2006
雑貨メーカーY社はイベントグッズやキャン
ペーングッズを企画販売する年商約四〇億円の
メーカーだ。 製造は主に東南アジア。 アイテム
数は約三〇〇。 販売チャネルの工夫や優れた商
品企画力によって、売上高は年々増加傾向を
辿っている。 利益も十分に確保している。
我々日本ロジファクトリー(NLF)への相
談内容は「自社物流センターの作業効率をアッ
プして、注文にスピーディーに対応する」こと
であった。 当初、企画室の担当者から話を聞い
ていただけでは、今ひとつ改善イメージがわか
なかった。 それが現場視察と現場担当者からの
ヒアリングによって徐々に鮮明になっていった。
Y社は本社から歩いて五分の場所に自前のセ
ンターを構えている。 一階から三階までを物流
センター、四階を受注センターとして使用して
いる。 立派なセキュリティ管理に十分な空調や
照明など設備の整った施設だった。 そこで社員
五人とパート二二人のスタッフが働いていた。
同センターの現場は、?作業〞と呼ぶのがは
ばかられるような優雅な仕事ぶりだった。 笑い
声あり、話し声あり、おやつあり。 決して時間
に追われているという状況ではなかった。 しか
し繁忙期には処理が溜まってしまい、注文から
出荷まで五日もかかることがあるという。
Y社は新聞の折り込みチラシやダイレクトメ
ールを使って直接ユーザーに売るダイレクトマ
ーケティングを展開していた。 チラシやDMと
いう売り方は食品スーパーなどの小売業でいう
「特売」の連続である。 それだけ物量の波動が
大きかった。 出荷量は最大で一日三〇〇〇ケー
ス、最小で三〇〇ケース。 繁閑差は一〇倍にも
及んだ。
またY社が扱う商品には、季節や地域性によ
る影響を受けない商品が多かった。 消費者に飽
きられないように、販促を打ってから三カ月程
度は間を空ける必要があるものの、基本的には
通年で販売できる。 そのため製造ロットを大き
めにする傾向があった。 加えて「売り切り御免
はしない」という会社の方針が、在庫増をもたらしていた。 在庫増は通常であれば深刻な問題
だ。 しかしY社の場合、売り上げは順調に伸び、
利益も出している。 在庫を絞るより、製造ロッ
トを大きくして安価で調達し、欠品による機会
損失を抑えた方がメリットは大きいという判断
のようだった。
机が多過ぎる
我々はまず依頼内容である作業効率の向上
に注力することになった。 注文から三日以内に
出荷できるようにすることがY社の要望であっ
た。 それまでの最低五日を二日分縮めようとい
うわけだ。 それが当面の改善目標となった。 Y
社側では物流センター長のM氏が我々と共に改
第44回
Y社の物流現場にはゆとりがあった。 我々の目から見て優
雅過ぎた。 そのくせ繁忙期になると注文から出荷まで五日も
かかることがあるという。 主婦層のパートを主体とした現場
運営のイロハが分かっていなかった。 六カ月間にわたる改善
活動に取り組むことになった。
雑貨メーカーY社の生産性向上
SEPTEMBER 2006 66
管ロケーションの見直し」は、定番の改善テー
マともいえるが、Y社の場合、商品別の出荷頻
度を分析する以前の問題として、そもそも庫内
レイアウトが作業効率に配慮したものとなって
いなかった。 前述のようにフロアーには事務机
が多く、そのためか、棚のほとんどが壁沿いに
配置されていて、動線にムダが多かった。
さらに、?の「棚番地」という概念がなかっ
た。 保管場所は熟練パートが把握しており、新
人パートは先輩に聞きながら保管場所や作業方
法を覚えるという運営だった。 新人はどうして
も先輩に頼らざるを得ない。 そのためパート間
にタテ社会が形成されていた。
?の「作業ライン」もきちんと設定されてい
善を担当することになった。 M氏は現場あがり
で配送ドライバーの経験もある。 しかし、主婦
層のパートを主力としたセンターを運営したこ
とはなかった。 本人いわく「女性のパート社員
にどのように作業を教えたり、指導すれば良い
のかわからない」とのことだった。
結論から言えば、同センターには作業現場の
ルール化や一貫性というものが皆無であった。
我々はM氏からのヒアリングと現場視察によっ
て、以下のように課題と改善点を整理した。 そ
れぞれについて説明する。
?立ち作業によるスピードアップ
?商品ABC分析による倉庫レイアウト、保管
ロケーションの見直し
?分かりやすい「棚番地」の作成
?作業ラインの見直し
?作業ルールの決定(事前準備の徹底)
?マニュアルの作成
?パートリーダーの設置
?パート、アルバイトの評価制度と給与体系の
見直し
?適正在庫の設定とデッドストックの削減
?ライン業務別作業量の設定によるレイバーコ
ントロールの実施
まず「?立ち作業」について。 最初に視察し
てすぐ、フロアーに事務机が多過ぎると感じた。
もちろん同センターにも立ち作業はあったが、
開封や検品などの作業は座ったままでの作業と
なっていた。
「?商品ABC分析による倉庫レイアウト、保
なかった。 フロアーには一応、ローラーコンベ
アーが設置されていた。 しかし、商品の流れに
対して、スタッフがそれぞれ自分の判断でポジ
ションを決めて作業していた。 前工程にどれく
らい仕事が残っているのか、後工程にどれだけ
の仕量が溜まっているかが見ても分からない。
作業ラインとして機能していなかった。
このように同センターでは「?
作業ルール」
がすべて暗黙知になっていた。 これを今日入っ
てきた新人のパートでも作業がこなせるように
「?マニュアル化」することにした。 主要業務
については紙に書くだけではなくビデオに収め
た。 ペーパーマニュアルは、なかなか読んでも
らえないからである。 そもそも物流作業のよう
な「動き」は、動画の方が分かりやすい。 ビデ
オの収録・編集には、一カ月半を要したが、今
では同センターの人気グッズになっている。
パートリーダーに権限委譲「?パートリーダーの設置」は、業務権限の
委譲が目的である。 前述ように同センターの人
員構成は社員五人に対しパート二二人である。
社員一人がそれぞれ四〜五人のパートを管理す
る計算だ。 平常時や閑散期であればそれで問題
ないのだが、繁忙期になると、判断業務や指示
の伝達等に支障をきたしていた。
管理グループを三〜四人に細分化する必要が
あった。 当面の措置として、熟練メンバーの三
人をパートリーダーに選出した。 なお、このリ
ーダーの人選は、各パートの資質や働きぶりを
把握した上で定期的に見直す予定だ。
「?パート、アルバイトの評価制度と給与体
67 SEPTEMBER 2006
系の見直し」は、Y社の物流センターに限らず
パート・アルバイト主体で運営されている現場
では、まず不可欠となる取り組みだ。 具体的に
は社員用に使用している「人事考課表」を「自
己申告チェックリスト」と表現を和らげ、パー
トに適用した。 パート各人の仕事に対する自己
評価と会社側の評価とのギャップを確認し、課
題を克服することが狙いである。
各人の評価は当然、時給にも反映させた。 た
だし、時給格差については細心の注意を払った。
?がんばりに対してお金で報いる〞という基本
欲求には応えながらも、仕事のやりがいやチー
ムワークなどにも充分配慮する必要があったか
らだ。
M
氏と相談して他社の事例も参考しなが
ら、時給の最大格差を一〇〇円とした。 入社
間もないパートで時給九〇〇円、優秀なパート
で時給一〇〇〇円ということである。
ただし、この仕組みだと時給一〇〇〇円に達
したパートは、それ以上は時給が上がらないこ
とになる。 もともとパートの時給は、センター
のランニングコストである。 仮に評価を一〇
〇%時給に連動させて、天井をなくしてしまえ
ば、ランニングコストが大幅に上がってしまう。
そこで最高時給を制限する代わりに表彰制度
を採り入れた。 月一回、「月間MVP大賞」と
して、その月にがんばったパート社員を表彰す
るのである。 表彰者には五〇〇〇円が与えられ
る。 主婦にとっては、家族二日分の食事代であ
る。 大きなインセンティブになる。
表彰者の選出方法としては、社員五人とパー
トリーダー三人が推薦者と推薦理由をノミネー
トし、最終的にはセンター長が決定する。 表彰
者は月一名とは限定しない。 同じ月に二名の該当者がいる月もあれば、該当者ナシもある、と
いうシクミである。
「?適正在庫の設定とデッドストックの削減」
は、次のステップのテーマとして現状では先送
りになっている。 我々NL
Fが、デッドストッ
クの保管コスト、在庫金利、廃棄コスト、値下
げセールによる売上損失などのトータル在庫コ
ストと、大量生産による製造コスト低減をシミ
ュレーションし、どれだけのロットで製造した
場合に、最もメリットが大きくなるか、Y社の
経営陣に報告する予定だ。
パートの適性を活かす
「?ライン業務別作業量の設定によるレイバ
ーコントロールの実施」でも現実的な対応を試
みた。 教科書通りに改善を進めるなら、まず同
センターの物量およびライン業務別作業量を算
出して、一人当たりの作業量を導き出すことに
なる。 しかし単品大量販売が前提で、繁閑差が
極端に大きい同センターには、そうした一般的
なアプローチが上手く機能しないと判断した。
それに代えて、同センターではまずパートス
タッフ各人の能力把握を行うことにした。 図1
のようにそれぞれの業務ごとに、スタッフの適
性を「SA」、「A」、「B」、「C」の四段階で評
価する能力チェックを行った。 その結果を前提
として、最も効率的なグループ分けをした。
力仕事やスピードのある業務には向いている
が検品などの集中業務は向かないタイプ、スピ
ードはないが緻密な作業に適しているタイプ、
スピード・緻密さともある程度ハイレベルで対
応できるスタッフ、スピード・緻密さとも劣る
スタッフなど、パート各人には、それぞれ適性
がある。 それを上手く組み合わせることで全体
の効率を引き上げようというわけだ。
スピード型スタッフはラインの中盤に配置す
る。 作業にリズムをつくり、全体の処理スピー
ドを引き上げる狙いである。 緻密型は検品とシ
ール貼りの業務に配置した。 どの業務であって
も、ある程度ハイレベルで対応できるスタッフ
はオールラウンドプレイヤーとして、作業が溜
まっているラインに応援に入ってもらう、とい
った工夫を重ねた。
これら一連の改善を約四カ月かけて実施した。 途中、軌道修正も行ったが、改善に着手してか
ら一カ月目には生産性向上の兆候が表れた。 一
般に女性パート中心の現場は、いったん改善の
手ごたえと面白さを感じると、取り組みに自主
性と弾みの出る傾向がある。 Y社の物流センタ
ーもそうであった。
同センターの改善課題はまだ尽きてはいない。
それでも「注文から三日以内の発送」という当
初の目標は既にクリアし、今では閑散時には交
替で延べ五名のパートさんに休んでもらえるよ
うになった。 恵まれ過ぎた環境では、真の改善
はできない。 自主性も生まれないものなのだと
つくづく感じた。
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