ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2006年9号
特集
中国&インドの物流 物流記者が覗いた現場の実態

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

SEPTEMBER 2006 30 物流を円滑にするスピードマネー 「トラックがたくさん走っている場所まで」 インド取材初日。
デリーの中心部で拾ったタクシー の運転手に、カタコトの英語でそう伝えると、デリー とハリヤナ州のグルガオンを結ぶ国道に連れていかれ た。
グルガオンはスズキやホンダをはじめとする日系 メーカーが数多く進出しているインドでも有数の工業 地域だ。
彼らの生産拠点に部品や原材料を納めてい るトラックなのだろうか。
国道では大小さまざまなト ラックが「さっさと道を譲れ」という意味らしいクラ クションをガンガン鳴らしながら、グルガオン方面に 向かって爆走していた。
それにしてもインドのトラックは汚い。
日本で見か ける手入れの行き届いたピカピカのトラックは皆無に 等しい。
荷台が曲がって傾いていたり、運転席や助手 席の扉がなかったり。
まったく整備されていない。
箱 型の荷台を持つトラックは稀で、大半が幌式のトラッ クだ。
国道の待避スペースに停車していた故障中の一 台のトラックに近づいて、その構造をチェックしてみ ると、驚くべきことに運転席の扉は木製だった。
日系企業のあるインド駐在員は「赴任初日、デリー の空港から中心部のホテルに向かう車の窓から、汚い トラックが黒煙を巻き上げながら低速で走行している 様子を見たとき、『えらい国に送り込まれてしまった な』と不安な気持ちになった」と打ち明ける。
無理も ない。
果たしてこんなオンボロトラックを使って、顧 客まできちんと時間通りにモノを届けることができる のだろうか。
インドのトラック事情を目の当たりにす れば、物流の専門家ならずとも危機意識が芽生える。
その翌日。
ウッタル・プラデーシュ州の新興工業地 区であるノイダに向かう道中で奇妙な光景に出くわし た。
道路脇でトラック数十台が列をなして停車してい る。
近くには欧米系企業の工場。
恐らく日本でもよく 見かける納品待ちトラックの列だろう。
そう解釈して そのまま車を走らせた。
ところが、実態はまったく違っていた。
インドでは 州をまたぐ輸送の場合、州境で必ずRTO(Regional Transport Office)によるチェックを受けなければな らない(三二ページ記事参照)。
この日の取材先に確 認したところ、道中で目撃したのは工場への納品待ち トラックではなく、州境通過を待っているトラックの 列だった。
付近では連日のように見られる光景であっ て、決して珍しいものではないという。
インドにおけるトラック輸送の一日平均走行距離は 三五〇キロメートル程度とされている。
日本に比べま だまだ非効率なのは道路インフラが未成熟なためだ。
さらに、こうした州境通過のルールが存在することも トラックの走行に悪影響を及ぼしている。
ちなみにノ イダの州境通過では二〜三時間のタイムロスを覚悟しなければならない。
もっとも、州境をスムーズに通過するための裏技も ある。
番人であるRTOの職員に小遣い銭を渡せばい い。
要するに賄賂だ。
しかもインドではこの裏技が州 境通過だけでなく、航空貨物や海上コンテナ貨物の通 関ポイントなどでも通用するらしい。
このような物流 を円滑に進めるために差し出す賄賂をインドでは「ス ピードマネー」と呼んでいるそうだ。
トラックドライバーたちの悲話 今回インドを訪問した目的の一つは、現地での物流 オペレーションの実態を明らかにすることであった。
物流センターの作業員やトラックドライバーたちの生 産性はどの程度の水準にあるのか。
訪問先ではそれを 物流記者が覗いた現場の実態 読み書きがほとんどできない。
飲酒運転や過積載は 当たり前。
ドラッグの常用者やHIVの感染者も少な くない── 。
それがインドの物流を支えているトラッ クドライバーたちの実態だ。
劣悪な労働力をどう使い こなしていくか。
マネジメントする側の日本人スタッ フたちの苦労は絶えない。
(刈屋大輔) 第3部インド市場のロジスティクス 31 SEPTEMBER 2006 探るべく数多くの質問を浴びせたが、取材に応じてく れた物流担当者たちの表情は一様に冴えない。
インドの物流現場で働く労働者たちはお世辞にも質 が高いとは言えない。
例えば、トラックドライバーた ちは満足な教育を受けていないため、読み書きがほと んどできない。
もちろん、インドでは公用語の一つと なっている英語も使いこなせない。
マナーも悪い。
運転中に事故を起こすと、連絡もせ ず道端にトラックを置き去りにしたままトンズラする。
許可なく他社の貨物を積み合わせ輸送して運賃をピン ハネし、自分たちのポケットマネーにする。
このよう に日本では想像もつかない出来事がインドでは頻発す る。
それだけに管理する側の苦労は絶えない。
広く知られているように、インドは生まれながらに 身分や職業が固定されてしまうカースト制度が存在し ていた国だ。
カースト制度は一九四七年のインド独立 時に廃止されたことになっているが、それは建前上で あって実際には現在もカーストに基づく差別や不平等 がインド社会からは消えていない。
トラックドライバ ーたちの質が低いのはほかでもない。
彼らは下位のカ ーストに属しているためだ。
インドの物流現場で働く現地従業員たちの賃金は ここ数年、年率一〇%強のペースで上昇し続けている という。
それでも月給はセンター作業員で三〇〇〇ル ピー、トラックドライバーで一五〇〇〜三〇〇〇ルピ ー程度にすぎない。
これに対して、例えばソフトウエ ア産業で働く大卒労働者の初任給は一万ルピーを超 す。
このことからも物流現場の労働者たちがインド社 会の底辺に位置付けられている様子が窺えるだろう。
訪問先では一瞬自分の耳を疑いたくなるような衝撃 的な話も聞くことができた。
トラックドライバーには ドラッグ(麻薬)の常用者やHIV(エイズ)の感染 者が少なくないというものだ。
長距離輸送のドライバ ーたちはインド各地の国道沿いに点在する売春宿で休 憩を取り、そこでHIVに感染してしまうらしい。
ある取材先でこのようなインド人ドライバーたちの 悲話を聞いていると、部屋が突然真っ暗になった。
停 電だ。
電力不足が深刻なインドにおいて停電は珍しく ない現象だという。
ちなみにこの取材先では一日に平 均で一〇回の停電に見舞われているそうだ。
過積載トラックで死者一〇〇〇人 インド取材最終日の朝。
ホテルの部屋に投げ込まれ た現地の新聞にとても興味深い記事が載っていた。
昨 年、デリーでは過積載トラックによる事故で約一〇〇 〇人が死亡。
今年に入ってからも七月までに五九〇 人が事故に巻き込まれている、という内容だ。
日本と同様、インドでも過積載は法律で禁じられて おり、交通警察が州境での取り締まり強化に乗り出し ている。
しかし、事故は一向に減らない。
その理由は簡単だ。
一部の交通警察ではチェックポイントで呼び 止めたトラックドライバーから賄賂を受け取り、その 見返りとして過積載を見逃しているためだ。
一回当た りの賄賂額はたったの一〇〇ルピーだ。
新聞では触れられていなかったが、死者の中にはト ラックドライバーたちも数多く含まれているに違いな い。
きっと立場の弱いトラックドライバーたちは荷主 や元請けトラック運送会社からの過積載要請を断るこ とができないのだろう。
過積載の拒否は職を失うこと を意味するからだ。
カメラを向けると、にっこりと微笑んでくれたイン ド人ドライバーたち。
彼らが過積載という危険な行為 を強いられながら日々ハンドルを握っている実情を知 り、物流記者として胸が痛んだ。
左は過積載トラックの問題を報じて いた現地の新聞。
上の写真は過積載 と思われる国道を走行中のトラック 日本のトラックターミナルのような場所に 停車中の小型トラック。
周囲にはドライバ ーたちが利用する売春宿があるのだろうか。

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