ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2006年10号
CSR経営講座
ロジスティクスとCSRの密接な関係

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

OCTOBER 2006 64 CSR経営の実践にはロジスティ クスが欠かせない。
この二つは従来ま ったく接点のない管理手法と考えら れてきた。
だがロジスティクスの先進 企業は、優れたCSRを行うための 素地も備えている。
企業不祥事を防 止するうえで欠かせない「情報と伝 達」の機能こそ、本来のロジスティク スが持つべき要素だからだ。
不祥事が示すもう一つの課題 前回も述べたとおり、私は、雪印 食品や日本ハムの牛肉偽装事件の根 底にはロジスティクスの機能不全が あったと考えている。
在庫の統合管 理を目的とする本来のロジスティク スでは、サプライチェーン上にある物 品の内容・数量・品質などをトータ ルで把握することが求められる。
こう した仕組みが全社で機能していれば、 一部の在庫を勝手に処理することな ど簡単にはできないはずだ。
仮に、組織内で不正が企てられ、不 祥事が発生してしまったとしても、ロ ジスティクスが機能していれば雪印 食品や日本ハムのようにその後の対 応が後手に回り続けることはなかっ たに違いない。
この二つの企業不祥 事が、会社の清算や経営トップの辞 任という最悪の結果を招いてしまっ たのは、経営陣が正確な「情報」を 把握できていなかったせいだ。
的確な情報を持たずに、危機的な 事態を好転させるのは誰にとっても 至難の業だ。
それが有力企業による 税金の詐取や食中毒事件ともなれば、 マスコミはここぞとばかりに叩く。
そ の不祥事を起こした企業の知名度が 高ければ高いほど、ニュースとしての 価値は増す。
たとえ子会社や関連会 社が引き起こした不祥事だとしても、 「子会社の話だから分からない」では もはや通用しない。
もちろん私も、日本ハムの経営ト ップが辞任に追い込まれた理由が、ロ ジスティクスの不備だけにあったなど と言うつもりはない。
管理責任の所 在が不明確だったとか、コーポレー ト・ガバナンスが機能していなかった など、原因は他にもいろいろとある。
それでも?本来のロジスティクス〞さ え機能していれば結果は違っていた はずだ。
一番最初の記者会見で社長 が言葉に詰まり、誘導尋問のように 責任を認めさせられ、しかも具体的 な対策については何も説明できない などという事態には陥らなかったので はないだろうか。
ちなみに、ここでいう?本来のロジ スティクス〞とは、戦略構築を担う 部門としての機能を指している。
欧 米流の組織であれば、コーポレートス タッフが手掛けている機能であり、単 にオペレーションの効率化を目的に 実務部隊が手掛けている機能とは明 確に異なる。
言い換えれば、いまだに 「物流=ロジスティクス」という認識 から脱却できない企業が、いざトラブ ルが発生したときにだけ適切な対応 をとれないのは当たり前なのだ。
欠けていたのは「情報と伝達」そうは言っても、CSRとロジス ティクスの緊密な関係に気づいてい る人は、残念ながらまだ日本にはほ とんどいない。
私がこの点に注目した のも、たまたま味の素ゼネラルフーヅ で、ロジスティクスの責任者から常 勤監査役になったという経緯があっ たからだ。
当初はまったく別の仕事 のつもりだったのだが、監査役の職 ロジスティクスとCSRの密接な関係 第4回 責をまっとうしようとするなかで、こ の二つの機能が密接に関連している ことに気づいた。
それだけに、ここで私が主張してい ることを、ロジスティクスの専門家や、 監査の専門家が、それぞれに他人事 だと感じるかもしれないことは十分に 理解できる。
社会環境部などの既存 セクションを母体とするCSR部門 の人たちにとっても、まるで縁遠い話 に思えるかもしれない。
しかし、冷静に考えてみてほしい。
たとえば日本ハムや雪印食品の不祥 事では、あのような事態を未然に防 いだり、事後の対応を適切に行うう えで、いったい何が不足していたのだ ろうか。
ロジスティクスという表現を 使うかどうかは別にしても、彼らに在 庫の状況を素早く把握する能力が欠 けていたのは明らかだ。
その結果とし て、不祥事が企業に及ぼす影響を増 幅してしまった。
つまり組織が本来、持っているべ き機能が、複数のセクションにわたっ てそれぞれに不足していたからこそ、 企業の立場では許容しがたい事態に 陥ってしまった。
だからこそ先進的な 企業は、こうした横断的な経営課題 に対応する目的でCSR本部のよう な部署を新たに設置してきた。
そこ では「内部統制」(適切な企業運営を 行うために企業の内部に設けられた 運営の仕組み)という言葉が一つの キーワードになっている。
企業が不祥事の発生を未然に防止 するうえで、「内部統制」は「リスク マネジメント」と並ぶ重要な概念だ。
「内部統制」の定義としては、すでに 世界的に通用しているものがある。
前 回も触れた米トレッドウェイ委員会 組織委員会が策定した「COSO報 告書(=内部統制の統合的枠組み)」 がそれだ。
ここで提示されている「内 部統制の五要素」には、企業がCS R経営を実践していくうえで強化す べき機能が端的にまとめられている。
その四番目で述べられている「情 報と伝達」こそが、ロジスティクスと 密接に関係している機能だ。
報告書 では「情報と伝達」を?内部統制を 円滑に機能させるための手段〞と説 明しているが、過去の雪印食品や日 本ハムは明らかにこうした機能を欠 いていた。
そして、これらの事例にお ける「リスク情報」というのは、サプ ライチェーン上の在庫情報(製品の 内容・数量・品質)と同じものを指 しているのである。
精神論では意味がない CSRという言葉はだいぶ普及し てきたが、その定義はいまだに曖昧 模糊としている。
この言葉が一般に 使われるときには、企業の環境対応 などを指していることが少なくない。
とくにかつての環境部をCSR部に 改組し、同時に「環境報告書」を「C SRレポート」に衣替えしたような 企業ではそうした傾向が強い。
また、 CSRという言葉を掲げて「企業倫 理の追求」を実践しようとしている 組織の場合は、企業風土の刷新とい った精神論的な意味合いがぐっと濃くなってしまう。
もちろん、こうした事柄も、CS Rを実践していくうえで大切な要素 であることは言うまでもない。
しかし、 「企業の存続」や「不祥事の防止」を めざす実践的な活動という意味では 限界がある。
かといってコーポレー ト・ガバナンスやコンプライアンスの 体制を整備するだけでは、現場レベ ルで発生する不祥事との距離が離れ すぎているように私には思える。
だからこそ、私はロジスティクスと CSRの関係に徹底的にこだわりた い。
実際に体験してきたロジスティク スの責任者と常勤監査役という二つ の立場を通じて、私が考えてきたこ とを体系的に紹介できればと思って いる。
前回も書いたが、私は監査役 の究極的な役割は「企業防衛」と「不 祥事の防止」の二つだと考えている。
そして、安全・安心を売り物にする 食品メーカーが何をすべきなのかとい うと、消費者の信頼を裏切る「不祥 事」を防止することが、「企業防衛」 のための絶対的な条件になっている。
しかし、経営陣がそうした信念を 抱き、そのために内部統制の仕組みを整えたとしても、やはり「不祥事」 は起こってしまうかもしれない。
少な くとも企業経営におけるリスクマネジ メントという意味では、「不祥事」が 発生してしまった場合の対応まで考 えておく必要がある。
食品メーカーのように日用消費財 を扱っている企業にとって、現実に 起こりうる「不祥事」にはほぼ決ま 65 OCTOBER 2006 にロジスティクスについてもっと知っ て欲しい。
私は一九八〇年代に、味 の素ゼネラルフーヅの親会社である 米クラフトからロジスティクスについ て学んだ。
彼らはこれを「一つのファ ンクションで在庫を統合的に管理す る機能」と定義していた。
冒頭の図 は三年以上前に本誌で連載した「C LO実践録」の中で紹介したものだ が、ここで在庫管理の対象領域が、原 料調達から販売先の小売店に至るま でのサプライチェーン全域にわたって いることに注目して欲しい。
日本では、部署名に?ロジスティ クス〞を掲げていながら、現実には 自分たちの倉庫から顧客に至る販売 物流の管理しか手掛けていないケー スが少なくない。
このようなセクショ ンにCSR経営に不可欠の機能を望 んでもムダだ。
しかし、サプライチェ ーン上の在庫を統合管理するという 本来の定義に従えば、理屈の上では ロジスティクス部門はCSR経営の 有力な構成要素になるはずだ。
そして、こうした考え方を実践し ている組織であれば、製品がらみの 不祥事に関連する「情報と伝達」を、 ロジスティクス部門が日常的に手掛 ける体制を構築しているはずだ。
もっ とも一昔前のロジスティクスの目的 は、クラフトといえども「競合優位 性」や「在庫削減」など効率の追及 だった。
現在の同社は、すでに完成 しているロジスティクスの機能を生か し、さらにここにリスクマネジメント の要素なども加えて体制を整備して いる。
そこではロジスティクスの機能 を持っていることが、CSR経営を 実践するベースになっている。
ちなみに、このような機能はサプラ イチェーン・マネジメント(SCM) といった方が本来の言葉の意味から すると正しい。
だが現在の日本でS CMというと、需給管理のための専 用ソフトを導入する行為のように矮 小化して理解している人があまりに も多い。
むしろロジスティクスの方が まだ広い意味で通用している。
だか ら、あえて私も、ここではロジスティ クスという表現を使っていることをお 断りしておきたい。
グローバルに拡大していく課題 食品をサプライチェーン全域にわ たって管理したいのであれば、原料の 調達先がグローバルに広がっているこ とを忘れるわけにいかない。
これにつ いては本連載の第二回(二〇〇六年 八月号)でも述べたが、現在の日本 の食料自給率は約四割でしかない。
残 りの六割は何らかのかたちで海外か ら輸入している。
当然、こうした原 料レベルの在庫管理にも目配りして おく必要があるのだが、現存する日 本企業のロジスティクス部門でここ までカバーできているケースは稀だ。
たいてい資材部門や購買部門に一任 してしまっている。
しかし、CSRという観点から企 業不祥事を防止したいのであれば、原 料レベルでも在庫を一元的に管理していなければならない。
味の素グルー プに寄せられる年間六万件の?お客 様〞の声を分析すると、こうしたこ との必要性がよく分かる。
安全・安 心に関する声が全体の一六%を占め、 このうち「原料・製法」について具 体的に知りたいという声が七・三% もある。
消費者が食品メーカーの「原 料・製法」に興味を持つなどという ことは、一〇年前であれば皆無に等 ったパターンがある。
これは過去の不 祥事や、消費者から日常的に寄せら れるクレームからも明らかなのだが、 ほとんどが製品がらみの話だ。
具体 的には、製品の表示問題、添加物の 問題、品質問題などである。
これらの不祥事はたいてい在庫に 関連している。
在庫されている製品 をめぐって何らかのトラブルが発生し、 事後にはその在庫をどう処理するの かが問われる。
問題の在庫の生産履 歴や、市場への供給状況、回収状況 といったことを、瞬時に説明すること を社会から求められる。
これらはいず れもロジスティクスが担当している領 域と重なっている。
問われるサプライチェーン管理 企業は近年、「内部統制」の仕組み を構築することなどによって、不祥 事を防止できる?牽制機能〞を自ら 持とうとしてきた。
そうした機能を備 えていない企業、単に効率だけを追 求している企業が 21 世紀に生き残れ ないであろうことはすでに述べてきた 通りだ。
そして私は、このような牽制 機能を担う立場にある人は、その肩 書きが何であろうと、ロジスティクス に関する理解がなければ現実に対応 していくのは難しいと思っている。
だからこそ、こうした立場の人たち OCTOBER 2006 66 しかった。
それが近年になって様変わ りしている。
このような消費者の意識の変化は、 輸入農産物の残留農薬問題や、無認 可添加物の使用などの不祥事によっ て動かされてきた。
ところが日本の食 品関係者は、実務レベルでこの急速 な変化についていくことができずにい る。
ようやく東京海洋大学や上海水 産大学などのアカデミズムがこうした 変化の重要性に気づき、そのための 専門人材の育成に乗り出してきた。
し かし、多くの食品メーカーにとっては、 海外から調達する原料の流通上の安 全管理は、いまだに調達先の仕事だ。
ここで先鋭化する消費者との間にギ ャップが生まれる。
近年、食品を市場から回収(リコ ール)する件数は年を追って増加し ている。
このような製品の回収業務 が、モノの移動という意味でロジステ ィクスと密接に関係していることは 言うまでもない。
さらに、表示問題 のなかでも目立つ「アレルゲン表記 欠落」や、添加物問題のなかでダン トツに多い「未承認添加物の使用」な どは、原料レベルでの管理がズサンな ことに端を発して製品回収が行われ ている。
こうした原料の調達先は現在、中 国やASEAN諸国などグローバル に拡大している。
輸入時に法律に則 った手続きをしているかどうかは最低 限の話でしかない。
消費者に対して 「食の安全・安心」を本当に保証でき るのかどうかが問題なのだ。
この原料 調達を仕入先に任せきりにしている 現状は、CSR経営という意味では 非常に不安定だし、長期的には通用 しないといわざるを得ない。
新しい時代のロジスティクス 企業が存続していくためには、ロ ジスティクスを武器として積極的に 活用していく必要がある。
現に中国 は、国策レベルで「食品流通」を強 化しようとしており、自国で作られて いる農産物の国際競争力を高めよう と躍起になっている。
進捗スピードの 違いはあるものの、ASEAN諸国 も同じような方針でロジスティクスの インフラ整備を急いでいる。
翻って日本はどうだろうか。
残念 ながら、これが経済的には圧倒的に 先行している国なのかと思うほど歩みが遅い。
もちろん日本でも、先進 企業は着々と準備を進めている。
時 代の波に乗り遅れた企業が淘汰され ていくのは、ある意味で仕方のないこ とだ。
企業は、いま起こっている変 化を真摯に受け止めて、自ら生き残 り策を模索すべきだ。
近年の企業不祥事は、雪印グルー プや日本ハムといった日本有数の食 品メーカーといえどもロジスティクス を実現できていないという事実を図 らずも明らかにした。
そもそも日本に はそのような企業はほとんど存在しな い。
しかし、これからCSR経営を 実践していこうとすれば、改めて経 営企画部門のような戦略機能にロジ スティクスの要素を加味していくこと が求められる。
もっとも、企業内でロジスティクス に与えられている地位はいまだに高い とはいえない。
以前よりマシになって きたとはいえ、営業部門や生産部門 より格下に見られているのが普通だ ろう。
このような部門にいきなり経営 戦略の策定を期待しても、人材が育 っていない。
だからこそ先進的な企 業は、CSR本部のようなセクショ ンを新設して、改めてそこに経営企 画やロジスティクスの要素を持たせる といった動き方をしている。
欧米の一流企業にとっては、ロジ スティクス戦略の重要性はとうの昔 に認知されている。
こうした蓄積を 持たない日本企業が、いきなりCS R経営を実践しようとするのには無 理がある。
ロジスティクスの関係者が CSRの実践に一枚噛むときには、こ うした現実を肝に銘じておく必要が あるだろう。
67 OCTOBER 2006

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