ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
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2006年10号
メディア批評
国家の密約を暴いて逮捕された元毎日記者その姿を追う朝日記者のジャーナリスト精神

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

53 OCTOBER 2006 佐高信 経済評論家 結局、人なのだろうか。
七月一五日付の『朝日新聞』から八月五日 まで毎週土曜日、四回にわたって連載された 「逆風満帆」は、元毎日新聞記者、西山太吉の ジャーナリスト精神を描いて生々しい。
沖縄返還をめぐる日本という国家の「密約」 を暴いた西山は、その手段が「情を通じて」 だったとして国家公務員法違反で逮捕される。
その密約は後にアメリカの公文書によって 裏づけられた。
それでも、日本の政府はシラを切りつづけ、 国民もほとんど怒っていない。
西山は昨年春、その国を相手取って謝罪と 損害賠償を求める訴えを東京地裁に起こした。
諸永祐司記者はそこに至るまでの西山を、 陰影濃く活写する。
「パソコンは使えない。
ワープロもない。
筆 圧の強いくせ字をノートに書きつける。
かつ て、ざら紙に原稿を書いていたときのように」 裁判所に提出する意見陳述書を書く西山の 姿である。
「これが私にとってのジャーナリズムっちゃ」 九州弁が七〇代半ばになった西山の強い意 志を伝える。
しかし、再び立ち上がろうと思うまでに、 「生きる屍」の日々があった。
「逮捕後、自宅を引き払い、賃貸アパートな どを転々とした。
報道陣が待ち受けるため、 昼間は外出できない。
夜が更けるのを待って散歩に出かけた」そして、薬局に向かおうとしている自分に 気づく。
睡眠薬を飲んで楽になりたかったの である。
けれども西山はそこで立ち止まる。
「このまま死んだら、自分を否定し、敗北を 認めることになる。
権力を喜ばせるだけじゃ ないか」 取材源の外務省の女性事務官が有罪となり、 西山は毎日新聞を辞める。
「妻子を東京に残し、北九州の実家に戻った。
まもなく母親が死去。
ひとりになった。
空っぽになった胸の内を埋めるように、庭 一面にチューリップを植えた。
欠かさず水を やると、鮮やかな花が咲いた。
植物は裏切ら なかった」 西山にここまで「胸の内」を語らせた記者 に私は敬意を表したい。
この記者(諸永)に 共鳴しなければ、西山はそれを明かさなかっ ただろう。
「取材方法に問われるべき点があったとして も、国民を欺いて密約を結んだ罪の重さとは 比べものにならない。
なぜ、日本政府の責任 がまったく問われないのか」 この西山の問いは、諸永の問いでもあり、 本当は日本国民全体の問いとならなければな らないものだった。
父親が興し、親族が継いだ青果会社に入っ て、西山は営業の責任者として全国をまわっ た。
「それまで、だれかに頭を下げることを知ら なかった」という。
競艇場に通いつめたりも した。
その西山にこう問いかける弁護士が現れた。
「国と対等の立場で闘いの場を持ちませんか」 静岡の弁護士、藤森克美である。
裁判を起こせば、また、「情を通じ」が蒸し 返される。
迷いに迷ったが、このままでは国が国民を だましてアメリカと密約を結んだ事実が消さ れると思って、西山は提訴に踏み切った。
「民主主義より前に、コンチクショウだよ」 開き直った西山は語る。
そして、 「負の遺産を引きずり、生き恥をさらしたと しても、(政府と)刺し違える」 と続ける。
「ブンヤがしっかりしなきゃ、だめなんだ」 かわいがっている猫を抱きながら、西山は 後輩記者に激励のメッセージを送っているが、 西山のような記者 ブンヤ を育てるのも殺すのも、一 にかかって国民なのだろう。
国家の密約を暴いて逮捕された元毎日記者 その姿を追う朝日記者のジャーナリスト精神

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