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OCTOBER 2006 48
「おかしなことが書いてあるんです」
仕入担当が本を取り出して質問した
休憩後、全員が席につくのを待って、物流部長
が会議の再開を宣し、弟子たちに振った。
「次のテーマは仕入の量ですね。 よろしくお願いし
ます」
美人弟子が頷き、休憩前の言葉を繰り返した。
「それでは、発注量をどう決めるかという、もう一
つの話に移りたいと思います。 在庫管理において
最も重要なテーマです」
そう言って、全員を見回し、一言付け加えた。
「でも、答えは単純明快です」
その言葉を聞いて、物流部長が大きく頷く。 最
近、物流部長は在庫管理に自信をもっているよう
だ。 そのとき、これまで一言も口をきかなかった
仕入担当が、恐る恐るという感じで手を上げた。 そ
れを見て、物流部長がびっくりしたような声を上
げた。
「おっ、なんだ、どうした?」
「ちょっと聞いてもいいですか?」
予期していなかった事態に物流部長が怪訝そう
な表情を崩さず、小さく頷く。 それを見て、仕入
担当が手元に置いてあった本を取り出して、「実は、
いまこの本を読んでいるんですが‥‥」と言って、
みんなに見えるようにかざした。 表紙には「在庫
管理」という言葉が見える。
「それは、おれがまだ読んでいない本だな。 いつ
出た本だ?」
物流部長が、妙な質問をする。
「最近出たばっかりの本です。 どうせ読むなら新
しい方がいいと思ったものですから‥‥」
物流部長が納得したように頷いて、自慢たらし
く余計なことを言う。
「おれは在庫管理の本を一〇冊も読んだからな。
その後に出た本だな」
「あ、部長が一〇冊本を買ったって話は聞きまし
た。 社内で評判になっています。 あ、私は、この
本は自分のお金で買いました」
「余計なこっちゃ。 それで何が聞きたいんだ?」
仕入担当が苦笑しながら本を開いて、話を切り
出した。
《前回までのあらすじ》
本連載の主人公である“大先生”は、ロジスティクス分野の
カリスマコンサルタントだ。 “美人弟子”と“体力弟子”ととも
にクライアントを指導している。 現在は旧知の問屋から依頼さ
れたロジスティクス導入コンサルを推進中。 本の執筆に追われ
る大先生に代わって、弟子たちが問屋側のメンバーとともに在
庫管理のルール作りに着手。 まずはメーカーへの発注方法と発
注量を決めようと議論を交わしている。
湯浅コンサルティング
代表取締役社長
湯浅和夫
《第
54
回》
〜ロジスティクス編・第
13
回〜
49 OCTOBER 2006
「実は、最初読んだときは、なるほどって感じで、
すらすらと読んでしまったんですが、在庫管理の
プロジェクトに入れって言われて、改めてじっく
り読み返してみたら、納得できないところがたく
さん出てきたんです。 それで、仕入量について検
討する前に納得しておきたいなって思ったもので
すから‥‥」
仕入担当はそう言って、みんなを見回した。 み
んな興味深そうに彼の顔を見ている。 物流部長が「そうか、いいよ。 それで?」と先を促す。 仕入担
当が頷いて、開いたページを読み始めた。
「ここに発注方式は四つあるって書いてあるんです。
先ほど先生がおっしゃったように、定期か不定期
か、それに定量か不定量かの組み合わせで合計四
つです。 ところが、実際に使われるのは、定期不
定量と不定期定量の二つだけで、定期定量は量が
安定していないと使えない。 不定期不定量は必要
なときに必要なだけ買えばいいので在庫管理は必
要ない。 だから発注方式は二つだけだと書いてあ
るんです」
ここまで言って、仕入担当が顔を上げた。 物流
部長が「なるほど、それで?」とさらに先を促し
た。 自分の意見を述べたいけど、彼が何を言いた
いかを確認してから答えようと構えている風だ。 仕
入担当が続ける。
「定期不定量と不定期定量の二つしかないなんて
おかしくありません?
不定期というのはある基
準に達したら発注しろって書いてあって、不定量
は必要量をそのつど見積もれって書いてあるんで
すよ。 それなら、ある基準に達したとき必要量を
Illustration©©ELPH-Kanda Kadan
OCTOBER 2006 50
見積もって発注する不定期不定量というやり方が
あってもいいじゃないですか?」
「うん、いい。 お前の言うとおりだ。 それは、そ
の本がおかしい」
物流部長があっさりと即答した。 質問した仕入
担当が怪訝そうな顔をする。 それを見て、物流部
長が付け足した。
「おれは、一〇冊読んだけど、おかしい部分がいっ
ぱいあった。 先生もおかしな本が少なくないって
言っていた。 だから、おまえの疑問が正しい」
「発注点を個数で固定するからダメ」
物流部長が解説した
仕入担当が「そうですか」と言いながら、別の
ページをめくった。
「これもわからないんですが‥‥。 こんなこと言
っているんです。 えーと、あ、これです。 不定期
の発注基準なんですが、五〇個とか一〇〇個とい
った発注点となる数を明確に決めておくことが必
要だって書いてあるんです」
こう言って、仕入担当は首をひねった。
「それはおかしい。 これまで発注点を固定的に決め
てきたから、在庫管理がうまくいかなかったのだ
から」
物流部長が、またすぐに答えを出した。 物流部
長の一人舞台だ。 仕入担当が「そうですよね」と
言って、さらに疑問を呈した。
「その後に、こう言っています。 この基準は注文し
たものが納入されるまで、五〇個とか一〇〇個持
っていれば大丈夫だということが前提になるって
言うんです。 これもおかしいですよね。 注文した
ものが納入されるまでって、これはリードタイム
のことでしょ。 リードタイムに該当する個数はど
んどん変わるはずです。 それを固定して発注点は
何個にするなんて基準として決めてしまうなんて
できないと思うんです。 部長が言うように、やっ
ぱりおかしいです、この本は。 なんか腹立つなー」
気をよくした物流部長が、発注点の解説をはじめた。
「発注点法というのは、一日当たり平均出荷量を
移動平均で毎日出して、その数値で毎日の在庫残
を割って何日分になるかを出し、それがリードタ
イム日数とぶつかったときに発注するということ
だ。 あるいは、一日当たり平均出荷量をリードタ
イム日数に掛けてリードタイム日数に該当する在
庫量を出し、それをいまある在庫量とぶつけても
いい。 いずれにしろ、お前の言うように、発注点
を固定して決めるなんてありえないってことだ」
みんなが頷くのを見て、物流部長が満足そうな
顔をする。 調子に乗って物流部長がまた何か言お
うとするのを美人弟子が遮るように仕入担当に質
問した。 質問に何か狙いがあるようだ。
「不定期定量の場合、その本では、定量はどう決
めるって書いてありますか?」
美人弟子に質問され、仕入担当が慌てて該当す
る箇所を探す。
「あ、ここです。 えーと、あ、そうでした、これ
も納得いかないのですが、経済的発注数量を計算
しろって書いてあります」
美人弟子が頷く。 物流部長が答えようとする前
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に、今度は、体力弟子が解説した。
「それは、一定期間の需要が読めることが前提で、
一定期間は毎回それを発注することになります。 需
要が極めて安定しているときは、定期的に定量で
発注することになるのですが、それを需要が変動し
ているときに不定期発注に使うと、出荷量が増え
ているときは短期間の発注が繰り返されることにな
ります。 まあ、それを使うのは間違っているとは言
いませんが‥‥」
体力弟子の言葉を聞いて、仕入担当がすぐに反
応した。
「それが困るんです。 発注間隔が変わるのが。 万
一、毎日発注なんてなったらメーカーさんから文句
が出ます。 できたら、一週間に一度くらいの発注
にしたいんですが‥‥」
その言葉を聞いて、美人弟子が待ってましたと
いうように大きく頷いた。
「はい、その考えはいいと思います。 発注量をど
うするかの答えがいま出ました」
仕入担当が何かに気がついたように小さく頷い
た。 そして、何か言おうとするが、うまく言葉が出
ない。 それを見て、体力弟子が代弁した。
「一週間に一度くらいの発注にしたいということ
は、一週間分の発注をしようということですよね。
つまり、在庫としては一週間分を持つということに
なります」
「あっ、そうですよね。 そういうことになります」
仕入担当が、自分に確認するように答える。 今
度は、物流部長が弟子たちに質問をする。
「不定期とはいえ、定期発注に近いかたちで運用す
るということですね?」
「はい、発注のタイミングを発注点でやりますから
不定期と言っていますが、発注間隔は、基本的に
一定間隔を保とうという考えです。 もちろん、一
週間ごとといっても、出荷が増えているときは前
倒しで発注がかかり、出荷が減れば発注が先延ば
しされます。 そうやって、出荷動向に在庫量を合
わせようというのが本来の狙いですから一定間隔
というわけにはいきませんが‥‥」
美人弟子の説明に頷きながら、物流部長が自分
に確認するように補足した。
「出荷の変動に発注間隔で対応するというのが不
定期発注のポイントですよね。 それほど大きな変
動がなければ、在庫日数が発注間隔になるという
ことですね」
「おっしゃるとおりです。 よく理解されています。
在庫管理の先生ができますね」
美人弟子の褒め言葉に物流部長が嬉しそうに、
また余計なことを言う。
「いやー、先生なんてとんでもないです。 でも、
依頼があったら、先生やってみようかな‥‥」
問屋側の全員が苦笑する。 営業部長が呆れた顔
でシビアな意見を吐く。
「やめておいた方がいいよ。 こういうやり取りの
中ではときどき良いことを言うけど、体系的に理
解しているわけではないだろうから」
「そんな、痛いとこ突くなよ。 冗談で言っているん
だから」
「あんたは冗談が冗談でなくなることが多いから、
親切に忠告してやったのさ。 なあ?」
OCTOBER 2006 52
営業部長に振られて、問屋側の全員が大きく頷
いた。 分が悪くなった物流部長がすぐに話を本題
に戻した。
「それでは、発注量は原則一週間分ということで
いいな。 一週間分の在庫で運用するということだ。
さっきの事前承認を別にすれば、これでいけるな」
「いけるな、じゃなくて、これでいくというのが
わが社の在庫方針だということで決定しよう」
営業部長の言葉に物流部長が大きく頷き、結論
を出した。
「よし、それでは、これについて社長の承認を取っ
て、全支店に通達する。 ところで、このシステム
を組まなければいけないんだけど、細かい計算法
については後で打ち合わせをすることにして、在
庫管理の考え方については理解できたよな?」
物流部長の念押しにシステム担当の二人が大き
く頷いた。 自信を持った物流部長の仕切りに弟子
たちが感心したような表情を見せた。
その頃、大先生事務所では‥‥
大先生事務所では、大先生が原稿書きに飽きた
のか、会議テーブルでタバコを片手に本を読んで
いた。 女史が、お茶を入れに立ち上がり、給湯室
から大先生に声を掛けた。
「問屋さんでの会議は、もう終わる頃ですかね?」
大先生が顔を上げ、壁の時計を見る。
「あれ、もうこんな時間か。 会議ねー。 もう終わっ
たろう。 物流部長は叩かれて、今頃シュンとして
いるんじゃないか‥‥」
「先生の原稿は進んでいますか?」
「原稿?
そうか、原稿があったんだ。 気分転換
に、そこに置いてあった在庫管理の本を読み始め
たら、おもしろくてとまらなくなってしまった」
「へー、そんなにおもしろい本なんですか」
「まさに抱腹絶倒ってやつさ。 いや、立腹絶倒か
な。 よくもまあ、こんないい加減なことを書ける
もんだ」「あっ、最近買った本ですね」
「在庫管理の本の著者を集めて、在庫管理とは何
かっていうテーマでパネルディスカッションでもや
ったら、おもしろいだろうな。 おれは絶対に聴き
に行く」
「あら、先生は出ないんですか?」
「おれの本は薄いから、パネリストには選ばれな
いな」
大先生と女史の会話はまだまだ続きそうだ。
(本連載はフィクションです)
ゆあさ・かずお
一九七一年早稲田大学大学
院修士課程修了。 同年、日通総合研究所入社。
同社常務を経て、二〇〇四年四月に独立。 湯
浅コンサルティングを設立し社長に就任。 著
書に『現代物流システム論(共著)』(有斐閣)、
『物流ABCの手順』(かんき出版)、『物流管
理ハンドブック』、『物流管理のすべてがわか
る本』(以上PHP研究所)ほか多数。 湯浅コ
ンサルティングhttp://yuasa-c.co.jp
PROFILE
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