ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
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2006年10号
判断学
なぜ王子製紙は失敗したのか?

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

OCTOBER 2006 54 北越製紙の防衛 王子製紙が北越製紙にTOB(株式公開買付け)を仕掛 けたところから、日本にもいよいよ本格的なTOB時代がや ってきたといわれた。
しかし王子製紙は、目標としていた五 〇%以上の株式取得が不可能になったところから、これを 断念するというみじめな結果に終わった。
製紙業界第一位の王子製紙が中堅の北越製紙にTOBを 仕掛けたのは、北越製紙を経営統合することによって、王 子製紙の古い設備を廃棄し、北越製紙の新鋭設備に統合す ることで効率を高めるとともに、業界再編をも目指したもの だったといわれる。
これに対して北越製紙が反発し、敵対的買収を断固とし て拒否するという態度に出た。
そして取引先である三菱商 事に対して第三者割当増資を行い、三菱商事は北越製紙株 の二四・一%を取得することになった。
そして第四銀行など北越製紙の大株主に王子製紙のTO Bに応じないよう協力を求めるとともに、さらに王子製紙に 次ぐ業界第二位の日本製紙グループがあらたに北越製紙株 を八・七%取得した。
王子製紙がTOBの目標としていたのは北越製紙株の五 〇%超であるが、北越製紙側の防衛策によって五〇%はお ろか、わずか五・三%しか集めることができなかったという ことが判明した。
そこで王子製紙はこのTOBを断念せざるをえなくなった のだが、この制度では目標としていた株数が集まらなければ 取り消しができることになっており、王子製紙にとって実害 はない。
しかし華々しく宣伝して行った業界第一位の会社 によるTOBが失敗したということの意味は大きい。
なぜこのような失態が生じたのか。
その責任は誰にあるのか。
これは今後、大きな問題になっていくだろうと思われる。
TOB時代は来るか? 株式を買占めて相手の会社を乗取るということは株式会 社では当然起こりうることである。
十九世紀後半に確立した近代株式会社制度では、株式会 社の最高決議機関は株主総会であり、それは株主平等(一 株一票)、資本多数決の原則によって運営されることになっ ている。
したがって過半数の株式を買占めて会社を乗取るのは自 由であるということになっており、その原理に基づいてイギ リスやアメリカでは株式の買占めによる会社乗取りが盛んに 行われてきた。
その際、市場で株式を買占めれば、すぐに噂が拡がって 株価が急騰し、さまざまなデマが流され、一般の投資家がだまされるということも起こる。
そこでこれを防止するためにTOBという制度がイギリス で考案され、それがアメリカや日本にも普及するようになっ たのである。
それは株式市場を介さずに、直接株主から株 式を買取るというもので、それを公明正大にやらせようとい う趣旨で考案されたものである。
日本では一九七一年に証券取引法を改正して「公開買付 制度」という名前でこれが導入されたのだが、これまでのと ころ本格的なTOBはなかったといってもよい。
ライブドアによるニッポン放送株の買占め、村上ファンド による阪神電鉄株の買占めも、そして楽天によるTBS株 の取得も、本来ならTOBによって行うべきものであったが、 どれもTOBを行わなかった。
そこへ王子製紙による北越製紙株に対するTOBが発表 され、しかも北越製紙側が反対したところから敵対的TO Bということになり、これでいよいよ日本でも本格的TOB 時代がやっときたといわれた。
しかしそれは無惨な結果に終 わってしまった。
なぜ、こんなことになったのか? 日本で初めてともいえる本格的TOBはみじめな失敗に終わった。
その責任 はもちろん王子製紙の経営者にある。
しかしその背景となっているのは、崩壊 しながらもいまだに生き残っている日本特有の株式会社のあり方である。
55 OCTOBER 2006 失敗の責任は誰にある? 王子製紙のTOBが失敗した責任は誰にあるのか? もちろん、それは王子製紙の経営者にある。
王子製紙の 篠田和久社長は「和洋折衷型のTOBが北越製紙の経営陣 と三菱商事の厚い壁を崩せなかった」と、記者会見で語っ ている。
一方で北越製紙側と話し合いをしながら、他方で 敵対的TOBを行ったことが失敗の原因だというわけだ。
このようなあいまいなやり方が失敗をもたらしたのだが、 その裏には日本の株式会社、とりわけ株式所有構造につい ての認識が誤っていたということがある。
法人による安定株主工作、それによる株式相互持合いは 崩れつつあるが、まだ完全には崩れていない。
そして三菱商 事や日本製紙が安定株主になるという、これまでのやり方は依然として生きていたのである。
今回の王子製紙の北越製紙に対するTOBでは野村ホー ルディングスが王子製紙側に立って工作を進めていたが、そ の野村ホールディングスが日本の株主所有構造の実態を見 誤っていた。
そこで王子製紙の経営陣は話し合いをしながら、 「和洋折衷型」のTOBを仕掛けたのである。
これに対し北越製紙側にはクレディ・スイス証券が、そし て日本製紙グループにはモルガン・スタンレー証券がアドバ イザーになっており、いずれも外資系のアドバイザーが日本 側の野村ホールディングスに勝った。
王子製紙のTOB失敗によってアドバイザーとしての野 村ホールディングスは大きな痛手を受けた。
業界ナンバーワ ンを誇り、そして豊富な資金と人材を持つ野村総合研究所 を擁している野村ホールディングスが、日本の株式会社、そ して株式所有構造の実態を見誤っていたということになれば、 これは笑い話では済まされない。
それは日本の証券会社全 体にかかわる問題でもある。
知恵が足りないといえばそれま でだが、それにしてもお粗末な話ではある。
おくむら・ひろし1930年生まれ。
新聞記者、経済研究所員を経て、龍谷 大学教授、中央大学教授を歴任。
日本 は世界にも希な「法人資本主義」であ るという視点から独自の企業論、証券 市場論を展開。
日本の大企業の株式の 持ち合いと企業系列の矛盾を鋭く批判 してきた。
近著に『株式会社に社会的 責任はあるか』(岩波書店)。
安定株主工作 これまで日本には本格的なTOBはなかった。
しかし、い わゆるM&A(企業の合併・買収)はたくさんあった。
古くは三菱重工の合併や、八幡製鉄と富士製鉄の合併(新 日鐵)から、最近の大銀行の統合、合併までたくさんの例 がある。
それらはほとんどが双方の経営者同士の話し合いに よる合併であった。
アメリカやイギリスでは、TOBによって、まず相手の会 社の株式を取得し、その上で合併する。
しかし、日本では 経営者同士の話し合いによって、合併するのがこれまでの例 であった。
なぜそうなったのかといえば、日本では会社が安定株主工 作を行うことによって乗取りを防止しているので、株式を買 占めて会社を乗取ることができない。
そこで話し合いによっ て合意の上で合併するしかなかったのである。
この乗取り防止のための安定株主工作は戦後まもなくの 頃から行われているが、アメリカやイギリスでは乗取り防止 のための安定株主工作などということは聞いたことがない。
そもそも株式の売買は自由であるというのが株式会社の 原理だから、それを防止する安定株主工作は株式会社の原 理に反することである。
日本ではこの株式会社の原理に反することを大規模に、そ して長期間にわたってやってきたのである。
ところがバブル崩壊によってこの安定株主構造にヒビが入 り、いわゆる?持合い崩れ〞起こった。
そこでようやく本格 的TOBの時代がやってくると思われたのだが、しかし安定 株主構造はいまだ完全には崩れておらずに残っていた。
これが王子製紙による北越製紙のTOBが失敗した理由 である。
北越製紙が三菱商事と日本製紙グループに頼んで 安定株主工作をしたために、こういう結果になったわけで ある。
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