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NOVEMBER 2006 62
日本の商法は?性善説〞に立脚し
ており、欧米に比べると罰則が甘い。
だが企業不祥事が頻発したことによ
って、一〇〇年ぶりとも言われる商
法の大改正が日本でも断行された。 監
査役の権限と責任が大幅に強化され、
求められる役割も拡大した。 今回は
少し監査役の立場に話が偏るが、ロ
ジスティクス関係者も理解しておくべ
き内容も少なくないはずだ。
企業不祥事は必ず発生する
私が味の素ゼネラルフーヅで常勤
監査役になった二〇〇二年前後は、企
業統治をめぐって世界中で法律や制
度の見直しが行われた。 米国ではエ
ンロンとワールドコムの粉飾決算事
件を受けて「企業改革法」(SOX法)
が成立した。 エンロン事件からわずか
六カ月後にブッシュ大統領が率先し
て成立させた法律で、これによって
企業不祥事に課された罰則の厳しさ
には目を見張るものがある。
たとえば財務諸表で虚偽報告をし
たら、担当責任者は最高で懲役二五
年、罰金五億円の罪に問われる。 こ
の規定は象徴的とはいえ、日本との
違いに驚かされる。 日本にも虚偽報
告を禁じる条文はあるが、これに違
反しても最高で五〇〇万円の罰金が
課されるに過ぎない。 社会的には激
しく非難されるかもしれないが、罰則
そのものはたかが知れている。
こうした罰則の差は、日本の商法
が?性善説〞に立脚しているためと
いう言い方をすることがある。 一方、
米国のそれは?性悪説〞に基づいて
いるというわけだ。 たしかに日本人の
多くは「罰則を課されるような恥ず
かしい真似はしたくない」と考えてい
る。 また、これまでは「人はそんなに
悪いことをするはずがない」という制
度の下でかなり上手くやってきた。 だ
が最近の企業不祥事を見ていると、私
にはそうした考え方が限界に達して
いるように思えてならない。
たとえば、西武鉄道や小田急電鉄
グループによる有価証券報告書の虚
偽記載は、罰金を五〇〇万円取られ
る以外には何も問われない。 だからこ
そ告発された人たちは、たいてい最
後には「知っていてやりました」と認
める。 ここで何も知らなかったなどと
主張し続ければ、世の中から愚か者
扱いされるばかりか、改めて取締役
の注意義務違反という罪にも問われ
かねない。 それくらいなら早く認めて
しまったほうが得策だ。 そう判断した
としても何ら不思議はない。
現状を一言でいえば、モラルハザ
ード(倫理の欠如)が横行している
状態だと私は思う。 最近の日本では、
専門的な職業に携わる人が、当然の
こととして備えているべき倫理観を
欠いていることが少なくない。 『CS
R実践ガイド』などという本を出版
しておきながら、代表社員がカネボウ
の粉飾決算に加担していて逮捕され
た中央青山監査法人は、その象徴的
な存在といえるだろう。
様変わりした監査役の機能
米国流の罰則規定の強化は方向性
は異なるが、日本でも商法を改正し
て企業活動の適正化を促す動きは進
んでいる。 二〇〇一年から〇三年に
かけての商法の大改正では、監査役
の機能の強化や、株主代表訴訟の合
理化、改正商法による監査制度の選
択などが図られた。 さらに日本が国
際会計基準を導入したことを受けて
連結経営への対応も進められた。
この際の商法改正によって、それまで論功行賞的に扱われてきた監査
役が一気に経営の前線に引っ張りだ
されることになった。 それまで三年だ
った監査役の任期が四年に延長され、
新たに取締役会への出席と意見陳述
を義務付けられた。
権限が強化される一方で、背負わ
されるリスクも格段に大きくなり、株
主代表訴訟の窓口として監査役が矢
面に立たされるようになった。 もし訴
日本で商法が大幅に改正された意味
第5回
訟に負けて、監査役としての職責を
怠ったと判断されれば、全財産を失
うばかりか、借金までしなければいけ
ない。 とてもではないが、かつてのよ
うな暢気な立場ではない。
こうして監査役の権限と責任が強
化される一方で、企業にとっての監
査制度そのものにもメスが入った。 従
来からあった社内監査制度だけでな
く、企業は「委員会等設置会社」と
いう米国型の監査制度も選択できる
ようになった。 この新制度では、取
締役とは別に、取締役会が業務執行
機能を担当する執行役員を選任して
業務の監督と執行を明確に分離しよ
うとしている。
そもそも米国には社内監査役制度
はない。 ほとんどの企業が監査委員
会制度を採用しており、社外の人材
が監査を手掛けている。 他に内部監
査室(インターナル・コントロール)
といった機能は従来からあったが、最
近ではコンプライアンス部門などに衣
替えしたところが多く、日本の監査
役制度とは少し意味合いの異なる組
織だ。
もっとも、欧米流のこうした考え
方をそのまま日本企業が真似するの
はナンセンスだ。 欧米流の管理の根
底には、不祥事の発生を前提とする
性悪説と、企業から独立した第三者
による監査といったドライな考え方が
息づいている。 こうした意識の希薄
な日本企業が「委員会等設置会社」
に移行したからといって、いきなり不
祥事防止の効果が高まるとは私には
思えない。
実際、東証一部に上場している企
業のうち、「委員会等設置会社」に移
行した会社はまだ全体の五%程度で
しかない。 残り九五%は相変わらず従来通りの監査役制度を継続してい
る。 日本と海外とでは市場が異なる。
市場が違えばチェック機能が異なっ
てくるのは当たり前だ。 日本の消費
者の意識や、企業不祥事の質などを
見極めながら、一つずつ日本流の監
査のあり方を整えていけばいい。
変化は会計監査の世界でも起こっ
ている。 これまでの監査報告書にも、
監査法人の代表社員の名前を記入す
る欄はあった。 それが財務諸表の虚
偽報告などを受けた商法の改正によ
って、実際に監査に携わった会計士
の個人名を明記することが義務づけ
られるようになった。 もし虚偽報告な
どがあれば、そこに署名している会計
士は資格を剥奪される。 国際ルール
に則って実施されたことだが、日本
の会計監査の世界も、かつてない変
化に見まわれているのである。
社長アンケートにあらわれた変化
こうした変化のさなかの約三年前
に、日本監査役協会が実施した「企
業不祥事防止と監査役の役割・社長
アンケート」という調査があった。 こ
の調査では約四二〇〇社に対して、社
長本人の意見を聞くために「自著」で
の回答を依頼しながらアンケート用
紙を配布した。 具体的な質問の内容
としては、全六六個の一行コメント
(不祥事関係三八個、監査役・ガバナ
ンス関係二八個)に対して、社長の
同意・不同意をそれぞれ○×方式で
答えてもらうというものだ。
このアンケート調査の回収率が四
〇・五%と極めて高かったのは、こ
うした問題に対する経営トップの関
心の高さの表れといえる。 また、この
アンケート調査をフォローアップする
ため、日本監査役協会は直接、社長
に面談する機会も設けた。 アンケート回答者の三五%に相当する六〇〇
人の社長が、日時さえ合えば面談に
応じてもいいと協力的な姿勢を示し
たという。
実際には、時間の制約などがあっ
たため、東京に本社を置く二九社の
社長とだけ面談した。 この面談の実
績からは、日本有数の企業が積極的
に調査に協力していることが伝わっ
63 NOVEMBER 2006
たコメントからもひしひしと伝わって
くる。 ある食品関連会社(一部上場)
の社長は、「一般的にまだまだ日本的
経営体質が強く、本来の監査役機能
が発揮される状態ではない。 将来、株
主代表訴訟やコンプライアンス意識
の高まりにより徐々に向上すると思
う」と言っている。
また、あるサービス・その他商業
(一部上場)の社長は、「監査役は自
他ともに閑職と思っている点が問題。
そういう風潮は従来からあったが、今
はそれでは監査役はついていけない」
と記入。 求められている役割の変化
を明快に指摘している。
現在の監査の抱える問題を、制度
の問題としてではなく、人材の問題と
して捉える見方も目立った。 ある社
長は「監査役制度そのものは未だ使
える。 問題は資質と信念のある人材
を選べるか否かにあると思う」という。
また、別の社長は「(監査役の役割は)
監査役の属人的な能力、意欲に負う
ところが大きいと思う」と記している。
これに対して、「日本では監査役にふ
さわしい人材の確保が難しい。 社外
監査役の役割に大いに期待している」
と述べた社長もいて、いずれも監査役
に対する期待の大きさが表れていると
みていいだろう。
近年の企業不祥事の典型的なパタ
ーンの一つに「経営トップの関与」に
よって発生する事例がある。 経営ト
ップが極端なワンマンだったり、倫理
観が欠落しているために常務会・取
締役会などが形骸化して、取締役や
監査役がトップを監視できなくなる。
結果、内部統制がきかなくなり粉飾
決算などが行われてしまう、というも
のだ。 だが上記の社長アンケートから
は、こうしたリスクをしっかりと自覚
している分別あるトップは、不祥事
を未然に防ぐために監査役の力を借
りたいと考えていることが伺える。
ベストプラクティスの策定
日本監査役協会のケーススタディ
委員会は、一連の報告書をまとめた
際に「不祥事防止」と「監査役の役
割」のベストプラクティスも発表して
いる。 ここで言うベストプラクティス
とは、すなわち企業がとるべき最善の
道であり、監査役協会が経営トップ
に向けて発した?勧告〞だ。
全一五項目からなるチェックリス
トになっており、ここに列記せれてい
ることを実践できていれば、不祥事
防止のために最善の備えを施してい
るというわけだ。 私も味の素ゼネラル
フーヅの社長あてにこの書類を提出
し、すべての役員にコピーを配って役
員会で主旨を説明した。 ただ、ここ
に書いてあることを問題なく全て実
践できている企業はそう多くはないは
ずだ。
たとえば「?社内の経営監視シス
テムの中で、トップも監視対象としている」と胸を張って言える企業は、
どれくらいあるだろうか。 ワンマン経
営者が幅を利かせている企業では、社
長を諌める有効な仕組みなど整備で
きるはずがない。 こうした企業では
「?取締役会を・名実ともに社内の最
高意思決定機関」にするどころか、社
長の方針を追認するだけの?下請け
機関〞のように扱っている。 そして、
不思議なことに日本では、このよう
てくる。 社名を一部列挙すると、石
川島播磨重工業、NTTドコモ、新
日本製鐵、住友商事、東京ガス、東
芝、日清オイリオグループ、三井物
産、三菱地所――。 業種・業態も多
岐にわたっており、ここでも時代の変
化を垣間見ることができる。
この調査報告書の中にある「社長
面談を終えて(感想)」という欄には、
社長と監査役の関係の変化が分かり
やすいかたちで記されていた。 報告書
の執筆者は、「(社長は)監査役から
の真摯な声を待ち望んでいるという
のが一番の感想」と述べ、そのうえ
で社長が監査役に実際に望んでいる
役割を紹介している。
これを見ると、社長の意識にもか
なり個人差があることが分かる。 それ
でも「社長の目が届かないところを
見て報告してくれ」、「課題への対応
策を一緒に考えるなど、自分をサポ
ートして欲しい」、「社長へのお目付け
役・牽制役として直言してもらいた
い」など、監査役に対して大きな期
待を寄せていることは全体として伝
わってくる。 監査役を?お飾り〞の
ポジションとして軽視していた様子は
もはや見られず、社長の意識も一昔
前とは様変わりしているようだ。
こうした変化は、「監査役の役割」
について社長に自由に述べてもらっ
NOVEMBER 2006 64
な企業が驚くほど多い。
監査役協会は、これと併せて、「監
査役会の機能充実」に関するベスト
プラクティスも発表している。 建前と
しては以前から言われきたことばかり
なのだろうが、これも実践できている
企業は少ない。 ここからも、かつての
?お飾り〞としての監査役と、改正
商法によって大幅に権限を強化され
た現在の監査役との間に、現実面で
ギャップが生じていることが伝わって
くる。
実際、ケーススタディ委員会の調
査でも次のような見解が示されてい
る。 「監査役が経営トップの監視・牽
制機関として不可欠である点は、理
念としては深く認識されている。 しか
し、事実上トップが選んでいるので、
トップの監視役は無理という意見が
三分の一に達していた」。 つまり三分
の一以上の監査役が、監査役にとっ
て最も重要な責務を端から諦めてし
まっているのである。
性善説を前提とする日本的な制度
のなかでは、監視したり牽制するとい
う意識は昔から希薄だった。 商法の
改正によって監査役の立場が強化さ
れたとはいえ、実体経済の中での位
置づけが変わるにはそれなりに時間を
要するのだろう。
「企業不祥事防止と監査役の役割」
という報告書には、監査役が自社の
不祥事防止体制を評価するときに活
用できる詳細なチェックリストも載っ
ている。
20
世紀の効率一本槍の経営
のなかでは?内部監査〞の機能は軽
視されてきた。 これを根底から立て
直していくうえで、いま日本監査役
協会が果たしている役割は大きい。
CSR実践へ壁を打ち破れ
このように私は、CSR経営の考
え方や、不祥事防止のための組織な
どについて日本監査役協会から多く
のことを学んだ。 他にも「企業倫理」
について書かれた参考図書を探して
大型書店を回ったりしたのだが、ど
うもピンとくるものが少ないというの
が正直な感想だ。 監査のプロや学者
が書いた本はたくさんあり、講釈とし
ての筋は通っている。 だが実際に企
業はどうするべきなのかという実践的
な視点がどうしても弱い。
繰り返しになるが、企業というの
は存続ありきで、そのために儲けるこ
とを運命づけられている。 これはCS R経営を実践するために経済・環境・
社会の三つの側面を同時に追いかけ
るようになった現在でも変わらない。
ただ経済効率だけを追い求める企業
は、
21
世紀には存続を許されなくな
ったというだけの話だ。
ところが監査のプロや学者は?儲
ける〞という視点を棚上げして、「そ
れはさておき企業倫理とは‥‥」と
いう具合にCSRの話をしようとす
る。 私のように企業経営の視点から
CSRを考えてきた人間にとっては、
利益という観点をさておかれてしまう
と、もう聞く気が失せてくる。 執行
部門の人たちや社長にとっても、「そ
れで?」とか、「だから何なの?」と
いう話になってしまうはずだ。
だからこそ先進的な企業は、CS
R本部のようなまったく新しい部門
を設置して時代の要請に応えようと
している。 たとえばCSR本部の下
に経済・環境・社会の観点に立つ三
つの機能を持つ組織を置いて、さら
にそれぞれの中に「環境部」、「社会
貢献部」、「ロジスティクス部」など既
存組織の一部を集めてくる。 これに
よって全社が横断的に参加する枠組
みを構築しようというわけだ。
経済・環境・社会の三つの機能の
うち、一つでも欠ければCSR経営
は実践できない。 こうした企業が
21
世紀を生き抜いていくことも難しい
はずだ。 倫理的な企業として社会か
ら評価されるためには、実効性のあ
る体制の構築が不可欠だ。 組織のあ
り方はどうあれ、そこでは監査役やロ
ジスティクス部門などの連携が求め
られる。 既存の枠組みを超えて、新
しい価値観の下で組織を作り変えて
いく必要がある。
65 NOVEMBER 2006
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