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51 NOVEMBER 2006
佐高信
経済評論家
ほとんどのマスコミが加藤紘一の実家放火
事件について正面から取り上げない中で、さ
すがに加藤の地元の『山形新聞』は九月一日
付から四日付まで四人の「識者」にインタビ
ューしている。 私もその一人なので「識者」
などとは書きたくないが、それは『山形新聞』
側の命名である。
浅川博忠に始まり、私、鈴木邦男、そして
内橋克人の順で語っている。 加藤が一番感心
したのは鈴木へのインタビューだった。 「一水
会」という新右翼の団体をつくって活動して
きた鈴木だけに、「言論には言論で挑むべき」
という鈴木の発言が加藤には意外だったのか
もしれない。
「暴力で訴えれば、その時点で主張が終わっ
てしまう。 暴力で言論を抑圧するのはよくな
い。 右翼はやっぱり暴力でやるのかというイ
メージが植え付けられる」
鈴木は今回の行動をこう批判し、既成の右
翼の焦りに触れる。
「保守派とされる新聞やオピニオン雑誌で、
大学教授や評論家が『戦争覚悟でやれ』『北朝
鮮を攻めろ』などと右翼でさえ口にしないよ
うな過激な発言をしている。 右翼関係者には、
肩書きのあるこうした勢力に乗り越えられて
しまったという思いがある。 多くの右翼は
『われわれには言論の場がない』『体を張って
行動するしかない』という焦りを感じている」
こうした風潮をつくったのは小泉純一郎だった。 小泉政権になって、右筋からの私への
脅しの電話や手紙が格段にふえたことがそれ
を証している。 それについて内橋克人がこう
指摘する。
「小泉首相が事件について発言したのは発生
から二週間後のことだ。 鈍感というより無視
していたのだろう。 非常に危険だ。 最高権力
の地位にある者は、反対意見の持ち主でもそ
の人の言論の自由を必死になって守らなけれ
ばならない。 できないのはポリティシャン
(政治屋)である証明だ。 小泉政治の五年間に、
言論の自由を脅かす勢力が勢いづいたと感じ
る。 事件はそのことを象徴的に示しており、
背景に時の勢いがあったはずだ」
小泉は、批判はいらないという問答無用の
タカ派である。 小泉の言動がナショナリズム
をあおったという見方に鈴木も賛同する。
「小泉首相の主張は分かりやすいし、独自の
美学がある。 ただ、それだけでいいのかとい
う疑問がある。 『自分にはアメリカがついてい
る』という自負があるためか、中国と韓国を
はじめとするアジア諸国に対する目がない。
自国民を納得させるため、中国は戦後、日本
の戦争責任は軍部と一部の指導者だけにある
と説明してきた。 そのことを念頭に置いて考
えると、日本の首相が軍国主義者をまつった
靖国神社を参拝すれば、中国が反発するとい
う理屈はある程度理解できる。 『中国はだまっ
ていろ』というのは暴論で、両国間の話し合
いが必要だ」
逆に右翼から攻撃されるような鈴木の主張
だろう。 実際に鈴木は「左翼的だ」として右
翼から自宅に放火されている。 それでもめげ
ずに鈴木は発言を続ける。
「激しさを競い合うような発言ばかりが脚光
を浴びている。 『北朝鮮と国交を正常化し、そ
のことで拉致問題を解決しよう』などとは決
して言えず、小泉首相の批判もできないよう
な雰囲気がある。 かつては平和憲法を守ろう
とする勢力があり、左翼の運動が活発だった
ので、互いに討論できた。 小泉首相の影響で、
分かりやすいフレーズばかりが横行し、国民
の思考が停止してしまっている」
この鈴木と私は『創』という雑誌十一月号
で対談した。 題して「右翼の言論テロとナシ
ョナリズム」。 鈴木は『論座』の十一月号でも
同じテーマで作家の宮崎学と対談している。
『創』では加藤も発言し、「日本全体に何とな
くものを言いづらい雰囲気が生まれている」
ことを憂えている。
小泉政権の五年間が日本にもたらした負の遺産
分かりやすさと激しさに脅かされる言論の自由
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