ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2006年11号
海外Report
SCMプロジェクトを成功に導く4つの「T」と3つの「C」とは

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

NOVEMBER 2006 36 サプライチェーンの設計方法 今回は「SCMにおける傾向と最新動向に ついて」というテーマでお話をさせていただ きます。
これは私が教壇に立つ大学で一年か けて教える講座名と同じです。
それを今回は 九〇分でまとめるわけですから、そのエッセ ンスだけをお話することになります。
その中 で、私の持論である四つの「T」や三つの 「C」を使ったWIN│WIN関係の構築法に ついて触れたいと思います。
先進企業は現在、サプライチェーンを単な る企業の後方支援的な業務としてではなく、 マーケティングの重要な手段として捉えるよ うになってきました。
後半にナビスコの具体 例を挙げて説明しますが、サプライチェーン 戦略が実際の製品以上に大切となるケースも 見受けられるようになりました。
まずは各社がどうやってサプライチェーン を設計しているかという点から話を始めます。
サプライチェーンを設計していくうえで前提 となるのが、各社の経営戦略です。
業界シェ アの何割を抑えるとか、売上高や利益で何億 ユーロを目指すとか、それぞれの戦略があり ます。
それを受けて、地域ごとの戦略を考え ることを「競争力強化のための戦略」と呼ん でいます。
これは地域ごとの戦略と言い換え ることもできます。
地域ごとの戦略が固まったら、それに合わ せて業務プロセスやネットワーク、ITシス テムを設計して、組織を作っていきます( 図 1)。
このサプライチェーン戦略には大きく分け て三つのパターンがあります。
まずは「プレ・ トランザクション」と呼ばれる、取引以前の プロセスを重視する形です。
典型的な例がネ ット通販のアマゾン・ドット・コムです。
ア マゾンの大きな強みは、そのすぐれたサイト SCMプロジェクトにおいてパートナー企業とWIN│WINの関係を構 築するために欠かせない要素がある。
それは四つの「T」と三つの「C」だ。
ヨーロッパのロジスティクス研究の第一人者であるリチャード・ウィルディ ング教授(イギリスのクランフィールド大学)が、欧州SCM会議で持論 を解説した。
(取材・編集 本誌欧州特派員 横田増生) イギリスのクランフィールド 大学リチャード・ウィルデ ィング教授(同教授のサイ トより) 欧州SCM会議報告 SCMプロジェクトを成功に導く 4つの 「T」と3つの「C」とは 〈第二回〉 講演者 クランフィールド大学 リチャード・ウィルディング 教授 37 NOVEMBER 2006 設計にあります。
同社は多大の投資を行い、 簡単で便利に買い物ができるサイトを作って きました。
しかし、購入後のロジスティクス 業務となると、その多くは手作業であり外部 へ委託しています。
次は「トランザクション」そのものを重視 するやり方です。
現在、アメリカのアパレル 業界では店舗に陳列する衣料品にICタグを つけて、その動向を探ろうという試みが盛ん です。
どんな商品が試着室に持っていかれ、 どのくらいの割合で売れたのか。
また、どん な商品との組み合わせで売れたのか。
そうい った現場における消費者の動きを吸い上げて マーケティングや生産にフィードバックする やり方です。
最後は「ポスト・トランザクション」とい うもので、コピー機などはその典型です。
コ ピー機の性能の善し悪しと同時に、「故障発 生時には一時間以内で修理にうかがいます」といったアフターサービスが大切になります。
このモデルで重要なのは、企業がどこに重点 をおいてサプライチェーンを組み立てていく かは、顧客が何を求めているのかによって異 なるという点を理解することです。
ナビスコは主力商品であるビスケットを売 る際にこんな広告を打ちました。
「ナビスコは ロジスティクス費用をいただきません」││。
?ビスケットを直接店舗まで運ぶため輸送費 用がかかりません、?在庫は当社が持ちます ので、在庫費用もかかりません、?小ロット での輸送に対応します、?当社の製品は通常 支払いの前に売り切れます││というのです。
さらに、同社と取引をすることで、ROI (投資利益率)を改善したというケーススタデ ィも公表しています。
このことからも同社が 製品以上にサプライチェーン戦略を重視して いる姿勢が窺えます。
ナビスコのような例は、サプライチェーン のプロにとってやりがいのある仕事となりま す。
パートナー企業と緊密な連携をとること で、顧客にとっても、ナビスコにとっても価 値を生み出すことができるからです。
顧客にとっての価値を生み出すということ は、顧客が支払った代金以上のものを受け取 ったと考えるような状況を作り出すことです。
そのためには当然、顧客が何を望んでいるか を知ることから出発しなければならないので すが、この基本がなかなかできていない企業 が少なくありません。
「T」型人材を育成せよ 上の図2は、私がサプライヤーと顧客の数 十社に質問して、顧客が何を重要視している かという点について、双方の認識のズレを調 NOVEMBER 2006 38 べた結果です。
これを見れば、サプライヤー の認識がどれだけずれているのかが一目瞭然 となります。
顧客が「大切だ」と答えた一位から五位ま での項目で、一致したのは「確実な配達」と 「注文のしやすさ」のわずか二項目だけです。
顧客が「もっとも重要だ」と答えている 「日々の品揃え」に関しては、サプライヤー側 は一〇番目に重要だ、と答えています。
興味 深いのは、どちらも「価格」をそれほど重視 していないという点で一致していることです。
日ごろ「価格のプレッシャー」について耳に しますが、私の調査では正反対の結果が出ま した。
顧客の要望を正しく捉えたならば、サプラ イチェーン上のパートナーとの協力関係を築 くことが重要です。
口先で「パートナーは重 要だ」というだけではなく、実際にどうやれ ば真のパートナーシップを作れるのか。
私は 四つの「T」が重要だと提唱してきました。
その中でも一番大切なのは時間(Time) です。
まずは自らの業務プロセスを、時間を 使って計測していくことです。
顧客の価値を 生み出すためにかかる時間、在庫を管理する ためにかかる時間、業務の一つひとつにかか る時間、パートナーと話し合いをする時間、 作業を見直すのにかかる時間――などです。
大枠で時間を把握できたのなら、次は透明 性(Transparency)です。
ここに小さな段ボール箱があります。
コン サルティング業務を引き受けている医薬品メ ーカーからもらったもので、臀部の手術に使 う注射器などの医療品が一式入っています。
もちろん消毒済みですし、危険はありません。
もしあなたがこの箱の中に手を入れて、つか みとった物は何でも差し上げます、と言われたらどうするでしょう。
中身が見えない状態 では多くの人が躊躇するでしょう。
しかし、こ の箱に中身が見えるような窓を付けてみたら どうでしょう。
手を入れてみようと思う人も 出てくるはずです。
今まで多くの企業は、実際に何をやってい るのかを提携先の企業に説明することなく、 中身を十分に見せないままで、仕事をするこ とが少なくありませんでした。
「ねえ、サプラ イヤーさん、私を信じて一緒に仕事をしよう よ。
中身は見えないけれど、箱の中に手を入 れてみてよ」という感じです。
これでは、う まくいきません。
まずは、自らの業務をガラス張りにして、パ ートナー企業の候補に開示してから取引を開 始することが必要です。
そうすると一番重要 な信頼関係(Trust)が生まれてきます。
たとえば、皆さんの中に、「本当は金曜日ま でに届けばいいのだが、念のために月曜日に 持ってくるように取引先に言っておこう」と か、「部品は一〇〇〇個必要だが、この前の 納入のときは個数がショートしたので、念の ため一二〇〇個頼んでおいて、あまったらそ の時考えよう」といったような行動をしたこ とがありませんか。
なぜそういう行動をとるかといえば、相手 を信頼していないからであり、相手がどうや って仕事をしているのかが不透明だからです。
四つ目の「T」とは、「T」型の人材の育成 です。
これまで企業の中で「I」型の人材が 多数を占めてきました。
「I」型とは、人が両 手を下げた状態を表し、自分の狭い専門分野 に閉じこもっている人材のことです。
それに対して「T」型とは、両手を水平に挙げて、 自分の専門分野の前後にある人たちと協調し て仕事を行う人材のことを指しています。
自 分の専門分野を熟知しながら、サプライチェ ーン全体で自分がどんな役割を果たしている のかについて精通している人材です。
これから求められるのは「T」型の人材で すが、人は「I」型であるより「T」型であ る方が多くのエネルギーが必要ですし、時に は痛みも伴います。
たとえば、期末の繁忙期 となると、だれも他の部署のことまで気にか ける余裕がなくなり、それまで「T」型であ 39 NOVEMBER 2006 った人たちまでもが「I」型に逆戻りしてし まいます。
「T」型人材を育成するのなら、組 織全体が「T」型人材が働きやすく、またそ の努力が報われるような給与体系にすること が必要です。
個人の努力と並行して企業の努 力が不可欠です( 図3)。
床屋さんにもわかるよう説明せよ 四つの「T」と同様に大切なのは、三つの 「C」です。
英語の「Cooperatio n(協力関係)」、「Coordinatio n(協調関係)」、「Collaborati on(コラボレーション)」です。
似通った単 語ですが、その違いを男性が女性を映画に誘 った場合のたとえ話で説明しましょう。
協力関係とは、男性が女性を金曜日に映画 に誘ったけれど、女性には金曜日に先約があ るので、土曜日に見に行くと決めるような場 合です。
協調関係とは、女性が金曜日の先約 を土曜日に変更して、男性と金曜日に映画を 見に行くような場合です。
コラボレーション とは、約束が決まったら、お互いのスケジュ ール帳を広げて、日時を書き込むことです。
先に挙げた四つの「T」を縦軸にとり、三 つの「C」を横軸にとって、お互いの満足度 を点数としてつけると、どちらも低いのが、W IN―LOSEの関係で、次に妥協の関係と なり、どちらも高いのがWIN―WIN(互 恵的)関係となります。
これはアラスカでの クマとハンターのたとえ話で説明したいと思 います。
WIN―WINとは、ハンターが銃を捨て て川に鮭を取る網を仕掛け、そこにクマが川 に飛び込み鮭を網に追い込み、双方が食べき れないほどの鮭を手に入れる関係です。
妥協 の関係とは、クマの毛皮を手に入れたいハンターと、お腹を空かせたクマが、お互いの欲 しいものを手に入れる。
つまり、ハンターは クマのお腹の中に入ることで毛皮に包まり、 クマはハンターを食べることで空腹を満たす。
イギリスの小売業者は、しばしばこのクマの ような行動をとってサプライヤーを飲み込ん でしまうことがあるので注意する必要があり ます(笑)。
WIN―LOSEとは、クマとハ ンターがお互いに鮭を奪い合った結果、双方 が傷を負ってしまうような関係です。
これからの競争は、サプライチェーンのパ ートナー同士で争うことではなく、他のサプ ライチェーンを作っている企業の連合体との 競争になります。
サプライチェーンのパート ナー同士で、クマとハンターのように鮭をめ ぐって傷つけ合う関係しか築けないのでは、市 場での競争に勝ち残れる見込みはきわめて薄 いといえるでしょう。
最後に、顧客満足度を高めるためのコラボ レーションについて簡単に説明します。
図5 に「信頼」を中心に置いて六つの要素を書き ました。
ここで難しいのは、「だれにでも理解可能な業務プロセス」という項目です。
先日、 大手メーカーのSCM担当者と話をしていた とき、「おたくの業務プロセスを説明できます か」と尋ねると、「七冊分のファイルがありま す」という答えが返ってきました。
ファイルで七冊もあると、実際の役にはた ちません。
私は常々「自分たちの業務を紙一 枚にまとめ、いつも髪を切ってもらっている 床屋さんでもわかるような内容にしなければ ならない」と言っています。
そうしなければ、 透明性は生まれませんし、短時間の会議で説 明することもできないのです。

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