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事例で学ぶ
現場改善
日本ロジファクトリー
代表 青木正一
JULY 2005 66
在庫が膨らんでしまう
Y社は九州に拠点を置く中堅の素材メーカー
だ。 年商約六〇億円という規模ながら商品開発
面で他社との差別化を図っている。 Y社の販売
先は国内にとどまらず、全体の約一〇%をヨー
ロッパ、アジア地域で売り上げている。 大手メ
ーカーと直接バッティングするのを避けるため
販売チャネルにも配慮しているのだ。
ある税理士を通じてY社を紹介されたのは、今
から七年ほど前に遡る。 物流改善がスタートす
る直前まで話が進んだところで突然、オーナー
会長からストップがかかった。 当社に対するコ
ンサルティングフィーを予算化できないことが
理由だった。 少なくとも当時、我々はそう認識
していた。
そんな話も忘れかけていた某日、久しぶりに
会長の息子であるS社長からメールが入った。 工
場の拡張に伴い物流改善が待ったなしになって
いる。 今度こそNLFの力を借りたいといった
内容であった。 しかし、まだ正式な依頼ではな
い。 我々は半信半疑で再びY社を訪問した。
S社長は三人の社内プロジェクト担当者を紹
介してくれた。 そして会長とも短い時間ながら
話し合いの場を持ち、今度こそスタートするこ
とを確認して準備に入った。 この初回訪問の段
階で、S社長は自分なりに今回の物流改善の狙
いを整理していた。 主なポイントは以下の三点
であった。
?製品在庫のあり方と保管方法
?原材料在庫のあり方
?物流全般に関する無駄の撲滅
S社の工場は二つ。 本社工場と、そこから一
〇?ほど離れたところに第二工場がある。 この
うち第二工場を改造して、本年中に生産ライン
を二つ増設する計画だった。 これに伴って保管
スペースも増える。 ただでさえ製品と原材料が
あふれかえっている状況で、新しいスペースが出来てしまうと、さらに在庫が膨らんでしまう、
売上高の伸びを上回って在庫が増加することを
S社長は懸念していた。
当然の心配だった。 在庫管理帳票、在庫管理
ルール、棚卸の頻度などの管理方法が何も定ま
っていないY社が、いたずらに保管スペースを
拡大すれば、致命的な問題にまで発展しかねな
い。 S社長の説明の後、我々はY社のプロジェ
クトメンバーにいろいろと尋ねることにした。
Q:「製品の品目はいくつですか」
A:「確か二〇〇〜三〇〇だと思います」
Q:「在庫差異はどれくらいありますか」
A:「いつもコンピュータの方で修正するので数
第30回
多くの会社で「在庫」は経営のブラックボックスになっている。
ルールを無視したデータの改ざんや、決算数字のための調整など
が実際には珍しくない。 しかしズサンな在庫管理はいずれ破綻す
る。 問題が大きくなる前にメスを入れる必要がある。 素材メーカ
ーY社の事例からそれを学ぶ。
素材メーカーY社の在庫削減
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クトメンバーに準備してもらう必要のあるデー
タ、資料の内容を伝えた。
それから二週間後、実地調査を行った。 一日
の出荷量は平均六〇〇〇ケース。 基本的な入出
荷は新工場で行われ、一部納品先には本社工場
から直送していた。 本社工場内には在庫があり
とあらゆるところにあふれ返り、本社工場だけ
では保管しきれないために第二工場へ横持ちを
行っているという状態だった。 第二工場に足を
移しても、やはり大きな保管スペースにぎっし
りと商品が積まれていた。
受注から在庫の引き当て、出荷という基本的
なフローには大きな問題は見られなかった。 し
かし工場は在庫量に関係なく、動かせるライン
は出来るだけ稼働させるという方針をとってい
た。 これでは誰が考えても在庫は膨らむ一方で
ある。
その理由を担当者に尋ねると、生産する商品
の切り替え、いわゆる製造ラインの段取り替え
に短いラインで二〜三日、長いラインで二〜三
週間かかるからだという。 確かに生産工程にお
ける段取り替えは時間を要するためボトルネッ
クになりやすいのは事実だが、それにしても時
間がかかり過ぎているように思えた。
そこで、さらに調査を進めることにした。 そ
の結果、段取り替えに時間のかかる理由は以下
の二点であることがわかった。
?製造スタッフはそれぞれが自分の持ち場しか
対応できず、多能工化されていなかった。
?若手のスタッフに対する段取り替え方法の指
導をOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニン
値を採っていません」
Q:「在庫回転率はどれくらいですか」
A:「わからないですね。 計算方法を教えてもら
えますか」
そんなやり取りがしばらく続いた。 彼らはデ
ータを持っていなかった。 データをとることの必
要性自体を感じていなかった。 本来、「在庫」は
「金」である。 誰でも財布の中身は確認する。 お
金を支払う時、お釣をもらう時などには必ず照
合する。 給料日には会社でもらった明細票と口
座の残高を確認するであろう。 それをしていな
い、する必要を感じていないということだ。
極めて基本的なことではあるがY社のメンバ
ーには「在庫」が「金」と同じであること、そ
うである以上、実際の「金」と帳簿を合わせる
ことが、経営において不可欠であるという認識
から指導する必要があった。 クレバーで勉強熱
心なS社長自身とは裏腹に、社内は想像を絶す
る前時代的な状態であった。
Y社の経営の実権はS社長が自ら「ボス」と
呼ぶ会長が完全に握っていた。 そのために改善
や改革が後回しとなり、年商規模にふさわしい
会社の体を成していなかった。 それでも長年に
わたり個人商店として生き延びてきた。 すさま
じい生命力ではある。
稼働率一辺倒の製造現場
結局、この日に我々はY社の在庫が「多い」
のか「少ない」のか、それとも「適正」であるの
かを判断できなかった。 我々はあらためてヒア
リングと調査日を設定し、それまでにプロジェ
グ)だけに頼っていた。 そのため段取り替えの
たびに、熟練したスタッフが現場で指揮する
必要があった。
その結果として「段取り替えに時間がかかる」
→「作れるときに作れるだけ作っておく」→「在
庫が増える」といった悪循環を招いていた。 こ
れでは時間がかかるのも当然である。 この二点
については、中間報告会を待たず、すぐにプロ
ジェクトメンバーに伝えて、改善するように求
めた。
具体的には以下のような取り組みを行った。
?多能工化の遅れについては、まず製造ライン
のスタッフを平均五人で構成するチーム編成
にした。 そして当初は全ラインを対象とする
のではなく、前工程と後工程の両隣りのチー
ムの仕事を、繁閑に応じて相互に補完・応援
するというルールにした。
?段取り替え方法の指導は、OJTだけに依存
せずに、週に一回、ライン設備に関する基礎
勉強会を開催することにした。 製造指示書に
も手を加えた。 段取り替えを急ぐ必要がある
場合とない場合に分けて、急ぐ必要がない場
合にだけ、製造指示書にOJTを行うことを
明記した。
データ収集に苦労
通常、我々NLFは改善にあたって、まず現
場の定性的な調査を元に仮説を立て、その後で
定量的な分析(データ分析)によって仮説を検
証するというアプローチをとる。 しかしY社の
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■新工場における荷札貼り作業の外注化(物流
会社)
■現場人員の業務目標の設定
■その他(言葉の統一と帳票の統一、整理整頓
の徹底など) 結局、着手から三カ月目にしてようやくリア
ルな数字が出た。 やはり在庫は過多であった。 S
社長は、改良した在庫管理表を元に数字の実態
を管理者会議で発表した。 Y社のプロジェクト
メンバーは、それまでの担当者の勘による予測
に、ある程度の自信を持っていたようだが、そ
れがいかにいい加減なものであるかを思い知ら
されることになった。 S社長は製造・営業・業
務・システムの各部署がそれぞれ改善書を提出
するように指示した。
経営のブラックボックス
こうしてプロジェクト開始から六カ月が経過
し、全社改善の結果、Y社の製品在庫は約二
五%減った。 基本的なことではあるが、Y社の
スタッフが自分たちの仕事を数字で語れるよう
になったことも大きな収穫であった。 S社長が
思い描いていた現代的な経営のカットオーバー
であるとも言えた。
我々はその後も物流改善から営業そして製造
まで幅広く指導を続けた。 そのなかで色々なこ
とが分かってきた。 Y社の在庫に対する問題意
識があまりにも希薄であること、そして長年に
わたり改善プロジェクトが保留になっていたこ
となど、それらは全てボスの会長に原因があっ
た。
場合、定性調査の段階で既に物流費が高いこと
は明らかだった。 調べてみると案の定、売上高
約六〇億円に対し年間支払物流費は約五億円に
上っていた。 対売上高支払物流費比率は八・
三%で同業界平均の四・六%を大幅に上回って
いた。
一日当たり一〇便にものぼる本社工場と第二
工場間の横持ち費用の発生や、出荷量と車輌サ
イズが合わないことによる積載率の悪さなどが
主な原因であった。 しかも、協力物流会社の六
社とは、これまで運賃の話し合い自体を行った
ことがないとのことであった。
一方、在庫水準に関しては定性的な調査では
はっきりと状況を把握できなかった。 Y社の製
品は荷姿が大きいことから在庫金額の割には在
庫量が多く見える。 工場が大消費地から遠く、ま
た緊急オーダーの発生しやすい製品が多いため、
ある程度の在庫が必要であることは理解できる
が、現状が多いか少ないのかは判断できなかっ
た。 早くデータが欲しかった。 我々はデータの
収集に始まる以下のような改善策を急いだ。
■仕入や在庫金額などの業務に落としこめる数
字の公開
■実棚頻度の向上(年一回から月一回へ)
■製品アイテム別在庫回転率の算出
■原材料発注点の設定
■一時間毎による受注業務のバッチ処理
■在庫管理表(システム)の改良
■保管ルールの設定と実施
■両工場の物流コスト算出による改善の必要性
の浸透(業務の可視化)
会長は在庫の実態を隠したがっていた。 裏帳
簿を作成し、在庫の勘定で決算数字を調整して
いたのだ。 担当の税理士でさえ在庫に関しては
経営上のタブーとして触れないようにしていた。
しかし、そのまま放置すれば必要以上に在庫が
膨らんでしまう。 結局、どこかで辻褄が合わな
くなって破綻すると判断した息子のS社長が「物
流改善」という切り口で猫に鈴をつけようとし
たのであった。
Y社のような未上場会社では、作為的な在庫
調整は決して珍しくはない。 上場企業クラスで
もコンピュータ在庫と実棚の差異を何の違和感
もなく入力修正している。 営業や発注担当者の
ミスはそこで消されてしまう。 その結果、浮い
た在庫が倉庫にデットストックとして放置され
たままになっているケースをよく目にする。 その
会社にとっては、それが伝統的な?シクミ〞な
のである。
そういう意味でも「在庫」は、まだまだ経営
におけるブラックボックスになっていると言わざ
るを得ない。 こうした課題は、最新のWMS(倉
庫管理システム)などで改善できるものではな
い。 現場システム担当の権限や企業モラルにま
で発展する根の深いテーマなのである。
あおき・しょういち
1964年生まれ。 京都産
業大学経済学部卒業。 大手
運送業者のセールスドライ
バーを経て、89年に船井
総合研究所入社。 物流開発
チーム・トラックチームチ
ーフを務める。 96年、独立。
日本ロジファクトリーを設
立し代表に就任。 現在に至る。
HP:http://www.nlf.co.jp/
e-mail:info@nlf.co.jp
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