*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。
NOVEMBER 2006 66
ロジスティクスの未来を作る
1年に渡ってお届けしてきた2人のやり取りも今回が最終回。
とはいえ、彼女たちの向上心と向学心は止まりません。 夢に向
けて新たな一歩を踏み出します。 (本誌編集部)
Y
さわちゃん、元気? 私は秋学期が始まり、卒業まで残すと
ころあと半年。 卒業単位は取得済みだけど、面白い授業が沢山
あるので可能な限り履修しているよ。
S
私も卒業単位は取得済みで、プログラムの修了テストも春学
期に済んでいる。 でも「プロジェクトマネジメント」という授
業を履修しているんだ(表1)。 キッカケは、こちらでのインタ
ーンシップの経験と日本にいたときの経験を基に書いた、実行
系ソフトウエアの日米比較レポート。 相違点を考察しているう
ちに、そもそもなぜ日米で違いが生まれてくるのだろうという
疑問が出てきて、体系的に学んでみようと思ったの。
それから、クーパー教授のもと、ビジネスリレーションシップ
調査の手伝いもしている。 調査の目的は、ロジスティクスやサ
プライチェーンマネジメントのパートナーシップモデル(Sawako
メモ?)を検証すること。 調査対象は、ロジスティクスプロバ
イダーとそのユーザー企業。 結果は出版される予定だよ。 とこ
ろで、修士論文のテーマは固まった?
Y
うん。 標題は「製造業におけるグローバルサプライチェーン
の最適境界バランス−−予測不可能な市場における考察」。 日
本の製造業を取り巻く環境は、グローバル化の波で競争が激化
し、結果、諸外国と同様に予測不可能なマーケットに展開して
いく。 その中で、製造業は「貿易+ロジスティクス」という視
点でどうあるべきか。 これを、在庫とロジスティクスコストの
2つの側面から考察したいの。
S
なるほど。 企業がグローバルになると、複雑性と不確実性は
増える一方だからね。
Y
在庫に関しては、アスクルやミスミのようなコモディティを
扱うロジスティクス先進企業における在庫管理の手法を、製造
業に応用する視点で考察する。 ロジスティクスコストに関して
最終回
Yuki
Sawako
Yuki
Sawako
Yuki
67 NOVEMBER 2006
は、生産国や消費国による輸送関連の付帯諸費用の違いや、輸
出入に伴う関税がもたらすインパクト、制約条件の中で「見え
る化」できる最適解を3PLの立場で提言したいの。
そのうえで、製造業がサプライチェーン上で在庫を持つべき
最適な位置=デカップリングポイント(Yukiメモ?)を商品特
性や業界構造ごとに類型化できればと思っているよ。
S
今まで履修してきた授業や仕事の経験を踏まえて、興味深い
テーマを見つけたね。
ロジ研究の気になるトレンド
Y
ロジスティクス、サプライチェーンマネジメントの分野の研
究やトレンドで最近気になったことはある?
S
サプライチェーンマネジメントの研究としては、ブラジル出
身の客員教授であるアニバル・スカバーダ教授が行っている研
究が面白そう。 内容は、サプライチェーンマネジメントのプロ
セス主義が、モノを扱う産業のみでなくサービスを扱う産業に
も当てはまるかを実証するもの。 この研究の基になっているの
は、サプライチェーンマネジメント研究で名高いランバート教
授が提唱する8つのプロセス(Sawakoメモ?)。
Y
私は、アメリカでSAITECHを立ち上げ、現在日本支社との
間を行き来している伊倉義郎さんに興味深いお話を伺ったよ。
オペレーションズリサーチ(OR)や数理モデルに造詣が深い方。
Sawako
産学両面から日米の違いを聞くことができそうだね。
Yuki
伊倉さん、こんにちは。 早速ですが、ロジスティクスやサプ
ライチェーンの領域におけるORについて教えてください。 例え
ば、伊倉さんの会社の、ORの最適化技術を応用したソフトウ
エアは日米でどのように違いますか?
I
例えば路線最適化ソフト。 米国では拠点や路線別に入札を行
い路線業者を選ぶのが一般的で、そのために最適化ソフトを使
います。 入札対象輸送業者が数百社ある米国と数十社に収まる
日本との違いかもしれませんが、日本では公開入札をして業者
の最適選定にソフトを使う意識やノウハウがまだありません。
S
輸送には色々な階層での意思決定がありますが、路線最適化
Sawako
Ikura
Yuki
Sawako
Sawako
Yuki
Yuki
Sawako
NOVEMBER 2006 68
ソフトは、注文管理と業者選定と共に計画系に位置づけられる
ソフトですね。 昨年、ロジスティクスソフトウエアの授業を履
修した際に、Insight(ネットワーク最適化、路線最適化などの
サプライチェーン計画系ソフトを扱う会社)の方から、路線最
適化ソフトの教育とデモを受けました。 そして、業者を選定す
る際には、その都度変わる目的関数と制約条件を見据えたシナ
リオ分析が重要であることを学びました。 実際、P&Gは250も
のシナリオ分析をして路線業者を決めているそうです。 この辺
の分析をツールに頼るところはアメリカらしいですね。
Y
業態の構造も影響しているとは思いますが、日米の感覚の違
いがよく出ていますね。 実務担当者としても、モノ・書類・お
金の動きが複雑な日本の貿易+ロジスティクスのノードとノー
ドの繋ぎ目を感じているだけに、実際の使い勝手を試してみた
いところです。 OR技術の使いこなし方に、日米の違いを感じる
ことはありますか?
I
何より感じるのは、ORのマネジメントコンサルティングが米
国では根付いていることです。 企業経営者ときちんと話すこと
のできるORのスペシャリストが米国にはいる。 例えば、空席・
帰り荷等の空きスペースの値段設定コンサルティングが典型で
すが、このようなイールドマネジメント(Yukiメモ?)は、エア
ライン→ホテル→レンタカー→トラック等の輸送業者へと波及
しました。 基礎技術が実務として確立され、他業種への応用が
できているのです。
S
大変興味深い話です。 以前に授業のプロジェクトで、ある企
業の帰り便のデータ分析に取り組んだことがあります。 その企
業のコンタクト先は、ORの博士号をお持ちの方でした。
Y
エンジニアリングやORの学会機関としては、アメリカの
INFORMSが有名ですね。 その中でロジスティクスやサプライチ
ェーン関連が取り上げられる頻度は近年上がっていますか?
I
春の発表を見ても、製造物流関連が約2/3、金融関連が残
り1/3の割合で、サプライチェーン関連は多いようです。 最近
はダイナミックプライシング(Yukiメモ?)が注目の的ですね。
Y
ORやロジ関連の日米の学会では、どんな違いがありますか?
I
何より学会のPR力です。 米国では学会自体が努力して、会
員維持のため、実務家になった方をも呼び戻しています。 その
Sawako
Yuki
Ikura
Ikura
Ikura
Yuki
Yuki
69 NOVEMBER 2006
業界が関連実務を盛り上げていくという大きな姿勢で、アメリ
カの学会は企業をより意識して活動しています。 更に業界ごと
の専門部会や、実務家のラウンドテーブルが独自に活動してい
る点も注目に値します。
S
大学院時代に接点を持った元学生(現在実務家)に働きかけ
る姿勢は、産学連携という意味でも貴重なことですね。 前述の
Insightの社長も、OSUのOR博士号を取得して起業しました。
博士号を持つ経営トップは、アメリカの会社では結構見かけま
す。 一方で、CSCMPのラウンドテーブル(支部会)では、参
加者は、職務に関係なく自分の領域を広げようと熱心に勉強し
ています。 その姿勢は自分も見習わなくてはと思います。
Y
ロジスティクスに精通している人にもそうでない人にも、ロ
ジスティクスを面白いと思ってもらう仕掛けが、もっと必要だ
と思います。 例えば、テレビ番組の「世界一受けたい授業」の
ように分かりやすく面白い内容で、サプライチェーンやロジス
ティクス関連の学会や研究会、学生向けの会が活発化するとい
いなといつも思います。 企業のケースにしても、出せる情報は
公にして、コンペティション形式によって参加者を盛り上げた
りすることで、プラスの効果が波及していくといいですね。
I
アメリカのOR学会では、春に“ORのワールドカップ”と言
われるエデルマン賞を競うコンペティションが催され、映画の
アカデミー賞のようにレッドカーペットが敷かれる程の盛況ぶ
りです。 世界中の参加者が面白いと思ってくれる仕組み作りが
必要だと思いますよ。
S
今年のCSCMPの教育者会議では、OSU教授であるDr. Zinn
とDr. Croxtonが“ Inventory Considerations in Network
Design”という研究テーマで受賞予定です。 ネットワーク設計
に在庫コストを組み合わせ、拠点数を減らすことで、最大450
万ドルのセービングが可能であるという研究成果が見られたと
のこと。 この研究は、ロジスティクスネットワーク設計に、輸
送・固定倉庫コスト・在庫コストを同時に考慮した研究として
は初の出版だそうです。 素晴らしい研究を讃えることで、ロジ
スティクスの世界が更に盛り上がるのは大切なことですね。
Y
伊倉さん、貴重なお話をありがとうございました。
私たちのこれから
S
この1年を振り返ってみると、私たちは、ロジスティクスの大
Yuki
Sawako
Sawako
Yuki
Ikura
Sawako
世界各国から集まったクランフィールドの学
生たち
NOVEMBER 2006 70
学院生という共通点を持って、?日米のロジスティクス教育、
?ロジスティクス実務の日米比較、?産学連携の日米スタイル
の違いを考えてきたね。 ゆきちゃんは、これまでの経験を今後
どう生かそうと考えているの?
Y
ビジネスにおける貿易・ロジスティクスの世界を、学問の視
点から体系化したい。 それから、様々な業界の方々との出会い
を通じてネットワークを広げ、産学連携の架け橋になるべくそ
れを繋げて伝えていけるようになりたい。
まずは身近な自分の職場から始めようと思っているよ。 勉強
も経験もまだまだ足りないけれど、貿易やロジスティクスを身
近な学問として捉えてもらえるような環境づくりや、日本発の
ロジ教育のシーンづくりに協力できたらと思う。 さわちゃんは、
大学の先生になる夢は実現できそう?
S
その夢は、いつかはかなえたいと思う。 ただ、修士課程を経
験してみて自分にはまだ早いと分かった。 今の私には、2つの
キャリア目標があるの。 1つはロジスティクスにおいてビジネス
とアカデミアの架け橋になること。 そしてもう1つは異なる文
化の架け橋になること。
Y
同感! やっぱり私たちの目指す方向性は似ているね。 さわち
ゃんがOSUでロジスティクス工学修士第1期生として経験した
ことは、大学の先生になるという目標のベースになる大切なも
のだね。
S
夢を実現できるよう、これからもお互い切磋琢磨していこう。
Yuki
うん。 ロジスティクスの未来は私たちが作る、なんてね。
(連載終わり)
Yuki
日本の大学に在学中、米国ワシントン州ゴンザガ
大学、中国北京大学に短期留学。 大学卒業後、日
本通運に入社。 通関士を取得。 米国・サンフラン
シスコ支店で1年間研修。 帰国後、メーカー物流
に携わる傍ら、昨年4月、多摩大学大学院経営情
報学研究科修士課程ロジスティクスコースに入学。
小林由季(こばやし・ゆき)
オハイオ州立大学マーケティング・ロジスティクス
専攻を卒業後、OTEC, Inc. (米国)、フレームワ
ークス(日本)で働いた経験を持つ。 フレームワー
クスでは、新工場・倉庫建設プロジェクトにかかわ
った。 昨年9月、オハイオ州立大学大学院ビジネス
ロジスティクス工学修士課程に入学。
岩田佐和子(いわた・さわこ)
74年東京大学理学部卒。 81年コーネル大学OR学
科でPh.D.を取得。 その後、米国でパシフィック・
ガス・アンド・エレクトリック社、Consilium社、
AT&Tベル研究所を経て、93年にニュージャージー
州でSAITECH社を設立。 以後、日米のサプライチ
ェーンやロジスティクス最適化プロジェクトで活躍
中。
伊倉義郎(いくら・よしろう)
Sawako
Sawako
Yuki
Yuki
|