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NOVEMBER 2006 46
メーカーの担当者を連れて
物流部長が事務所を訪ねてきた
まだ十一月初めだというのに、やけに寒さが厳
しいある日、いま大先生がコンサルをしている問
屋の物流部長が、取引先であるメーカーの物流セ
ンター長を連れて大先生事務所にやってきた。
問屋で補充システムを構築する過程で、そのメ
ーカーの納期が不安定なことが問題となり、物流
部長は解決のため交渉に出かけた。 ところが、逆
にそのメーカーのセンター長に相談を持ちかけら
れてしまい、「それなら先生を紹介しましょう」と
いう話に発展したようだ。
物流部長は大先生事務所に「もしかしたら先生
のお客さんになるかもしれません。 こんど連れて
行きますから。 やー、先生事務所の営業マンって
とこですかね、私は」などと調子のいい電話を掛
けてきたが、応対に出た女史に「先生にはそんな
ことを口が裂けてもおっしゃってはいけませんよ」
と釘を刺された。 「はい、わかってます。 絶対に言
いませんので日程調整をお願いします」というや
り取りを経て、今日の訪問が実現した。
弟子たちは外出していて、今日の応対者は大先
生一人である。 大先生と向かい合い、センター長
はかなり緊張しているようだ。 物流部長もいつも
と違った状況に緊張を隠せない。
「それで、今日は何?」
初対面のセンター長の名刺を見ながら、大先生
が物流部長に聞いた。 突然、用件に切り込まれて、
物流部長は慌てた。
「はぁ、えーとですね、こちらのセンター長が在
庫に困っておりまして‥‥。 えー、相談を受けた
ものですから、私ではなんですから、先生にご相
談したらということになりまして。 はい、それで
伺いました」
「聞くところによると、すでにあんたは在庫管理の
達人の域にあるようだから、十分対応が可能なん
じゃないの」
「また、そんな。 誰がそんなことを言っているん
ですか」
「弟子たちだよ」
「へー、そうですか。 先生方が。 へー」
《前回までのあらすじ》
本連載の主人公である“大先生”は、ロジスティクス分野のカ
リスマコンサルタントだ。 “美人弟子”と“体力弟子”とともにク
ライアントを指導している。 現在は旧知の問屋から依頼されたロジ
スティクス導入コンサルを推進中だ。 メーカーへの発注方法や発
注量など在庫管理のルール作りにメドが立った問屋は補充システ
ムの構築に乗り出した。 これを受けて、プロジェクトのリーダー的
存在である問屋の物流部長はメーカー行脚をスタートした。
湯浅コンサルティング
代表取締役社長
湯浅和夫
《第
55
回》
〜ロジスティクス編・第
14
回〜
47 NOVEMBER 2006
物流部長はなぜか嬉しそうだ。 それを見て、大
先生が呆れた顔をする。
「妙な人だ。 それにしても、よく、こんな妙な人に
相談したね」
大先生に問われて、センター長が苦笑しながら、
緊張気味に答える。
「はい、部長さんにはご迷惑をお掛けしていますの
で、私どものセンターの実情を隠さずお話ししま
して、見ていただきました。 そしたら、部長さんの会社でいま進めておられる『理に適った物流セ
ンター』のお話をお聞きしまして。 大変感心いた
しました」
センター長が話している途中から、物流部長が
しきりに自分の顔の前で手を振っている。 それを
見て、センター長が話をやめた。
「いや、それは先生の受け売りですから‥‥」
言い訳する物流部長に大先生が聞いた。
「理に適った物流センター?それは何だったっ
け?」
かまわれているかもしれないと思いながら、そ
れでも物流部長は素直に答えた。
「はい。 市場が必要とする在庫しか置かない、意
味のない物流サービスはやらない、センター内作
業から徹底して無駄を省くという三要素をベース
とした物流センターのことです。 いま先生からご
指導いただいて作っている最中です」
「そういう物流センターに興味を持ったってわけ
だ?」
大先生の問い掛けにセンター長が大きく頷いて、
話を続ける。
Illustration©ELPH-Kanda Kadan
NOVEMBER 2006 48
「はい。 私どもには本社に物流部がありまして、
そこの部長が、これからの当社の物流をどうすれ
ばいいのか、どこに切り口を見出せばいいのか悩
んでおりました。 そこで、理に適った物流センタ
ーの話をしましたら、『物流センターを切り口にす
るのはいい。 それならできそうだ』と大変興味を
持ったようです。 本当は今日、一緒に来たいと言
っていたんですが、前から入っていた用事がどう
しても外せなくて、残念がっていました。 先生に
くれぐれもよろしくお伝えしてくれと言われてき
ました」
センター長が一息つくと、物流部長が口を挟ん
できた。
「本当は、先生にお会いするのがこわいので、まず
センター長に様子をみてこいということなんじゃ
ないの?」
「また余計なことを。 おれがこわいわけないだろ
う。 もともと、おれはやさしい。 コンサルでは教
育しているだけさ」
大先生と物流部長のやりとりを聞いて、センタ
ー長が申し訳なさそうな口調で間に入った。
「あのー、こわいとかじゃなくて、ほんとに用事
があったんです」
「在庫がセンターをだめにしている」
物流部長が楽しそうに話す
センター長は、根っから真面目な性格のようだ。
大先生が苦笑しながら、先を促す。
「いいから。 彼の言うことはいちいち気にしな
くていい。 ところで、在庫が問題だとか言ってい
たけど、まずは在庫にメスを入れたいわけ?」
センター長が「はい」と言って説明しようとす
るのを物流部長が遮った。
「それはもう、在庫は多いです。 在庫が物流センタ
ーをだめにしている感じです。 先生が見たら『こ
こは物置か』って言いますよ、きっと」
物流部長の言葉に大先生は何も反応しない。 ま
ずいという顔で物流部長が続ける。 「在庫が、通路はもちろん隙間があればどこにでも
置かれているって感じでした。 出荷場所にも在庫
が置かれていて、出荷の邪魔をしてました。 倉庫
の外にトラックが何台も止まっていて、なんか物
流センターに向かうトラックらしいですけど、出
荷場所から結構な距離をフォークリフトが走って
積み込みをしてました。 あれは、作業効率悪いで
すわ。 テントを張って、そこを仮の積み込み場所
にすると、いつの間にか在庫置き場になっている
んだそうです」
そこで、物流部長は一息ついた。 それを待って
いたかのように大先生が口を挟んだ。
「そんな批判的な物言いができる立場にはないん
じゃないの、自分の会社のセンターと似たり寄っ
たりだろ」
「はぁ、たしかに、どっかで見た光景だなとも思い
ました。 すんません」
物流部長の言葉にさすがの大先生も思わず笑っ
てしまった。 センター長も笑っている。 物流部長
がセンター長に向かって「すんません」を連発し
ている。 大先生が確認するように聞いた。
「工場の外にも倉庫を借りている?」
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「はい、二カ所ほど借りてます。 倉庫の借り賃や
横持ちのトラック代など明らかに無駄としかいいよ
うのないコストが発生してます」
センター長が正直に答える。
「物流側で在庫の補充をしたい」
センター長が改革の構想を披露した
「なんか、データを持ってきたんじゃなかったっ
け、在庫の?」
突然、物流部長がセンター長に確認した。
「はぁ、でも今日の段階ではお役に立たないと思
うんですが‥‥」
そう言って、センター長がカバンから在庫表のよ
うなものの束を取り出した。
「入出庫と在庫残の動きを一覧表示したものです」
在庫アイテム別に一枚ずつになっていて、日付
と入庫量、出庫量、在庫残が並んでいるだけの簡
単なものだ。 物流部長がしげしげと眺めている。 突
然、感心し始めた。
「すごいな。 出荷に合わせて入庫されている。 出
荷量が大きいから、事前に情報をつかんで、その出
荷に合わせて在庫を手配したんですね。 大したもん
だ」
しきりに感心する物流部長に大先生がぼそっと
つぶやいた。
「たしかに、出荷に合わせて手配したのなら大し
たもんだけど、その逆かもしれないぞ」
大先生の言葉にセンター長が即座に反応した。
「はい、おっしゃるとおりです。 逆です。 大量に
入荷したので、溜まっていた受注残を出荷しただ
けです」
センター長の説明に物流部長が何か思い出した
ように、大きく頷いている。
「そう言えば、おたくは結構欠品が目立っていたな。
そうそう、うちでも、あそこは欠品するかもしれ
ないから多めに頼んでおいたほうがいいなんて言
っていたことがある。 困るんだよな、それでは」
「申し訳ありません。 ご迷惑をお掛けしています
‥‥」
物流部長に頭を下げるセンター長に大先生が確
認する。
「それは、全社欠品?」
「いえ、うちには九カ所のセンターがあるんです
が、どこかのセンターには余った在庫があるんで
す。 在庫が偏在しているんです。 それに困ってい
ます。 補充担当者が営業サイドの人間なものです
から」
「各センターがそれぞれ工場に発注している?」
大先生の問い掛けに、ちょっと恥ずかしそうな
顔でセンター長が頷く。
「うちは変則的なのかも知れませんが、主管支店
ごとにセンターを持っていて、主管支店の発注担
当者が営業の情報や要望を加味して在庫の補充を
しています。 補充システムがあって、発注点など
も設定してあるようですが、営業の予算に合わせ
て在庫を確保したり、売れそうだと思うものは多
めに取ったりしています。 それらが在庫として溜
まってしまっています」
「別に変則というわけでもないよ。 どっかの問屋さ
んも同じさ」
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「はい、たしかに、うちも同じことやっています」
大先生の皮肉に物流部長が素直に応じる。 セン
ター長が苦笑しながら、続ける。
「そこで、在庫補充を物流側でやれないかというの
が部長の考えです。 幸か不幸か、うちの発注担当
者はそんな仕事やりたくないと思っていて、『そっ
ちでやるならやってもいいよ』なんて言っています
ので、まず私のセンターで先行して成功事例を作
って、それから全センターにそのやり方を展開し
たいと部長は考えています」
「一点突破、全面展開ですな。 かっこいい」
なぜか物流部長が嬉しそうな顔をする。 センタ
ー長は戸惑った表情だ。
「先生は頼まれると断れない性格」
物流部長の指摘に呆れ顔の大先生
突然、センター長が座り直して、意を決したよ
うに話し出した。
「ただ、物流側で補充をやるといっても、実際ど
んな仕組みでやればいいのかわかりません。 そこ
で、この補充システムの導入のご支援をいただけ
ないかということで、今日お願いにあがったわけ
です」
突然お願いされて、今度は大先生が戸惑った表
情を見せる。 物流部長がすかさずセンター長に妙
な助け舟を出す。
「私がお願いするのもなんですが、困っているよ
うですので、なんとかお願いできないでしょうか。
先生は頼まれると断れない性格ですよね」
「また、余計なことを。 ほんと口数が多いな、あん
たは。 まあ、おたくはあんたがしっかりしているか
ら、もう手間はかからないな。 それでは、こっち
の会社もやってみるか‥‥」
大先生の言葉を聞くなり、物流部長が身を乗り
出した。
「また何てことをおっしゃるんですか。 私のと
ころも、まだまだ手間がかかりますよ。 手間だらけです。 ですから、私どものご指導の合間を縫っ
てやっていただくということでお願いします‥‥
はい」
パーテーションの向こうで女史が笑いを堪えて
いる様子が伝わってくる。 大先生は呆れた顔で何
も言わない。 最近は、大先生も物流部長にはかな
わない様子。 これからも物流部長の一人舞台が続
きそうだ。
(本連載はフィクションです)
ゆあさ・かずお
一九七一年早稲田大学大学
院修士課程修了。 同年、日通総合研究所入社。
同社常務を経て、二〇〇四年四月に独立。 湯
浅コンサルティングを設立し社長に就任。 著
書に『現代物流システム論(共著)』(有斐閣)、
『物流ABCの手順』(かんき出版)、『物流管
理ハンドブック』、『物流管理のすべてがわか
る本』(以上PHP研究所)ほか多数。 湯浅コ
ンサルティングhttp://yuasa-c.co.jp
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