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SCMコストは売上の六割超
HPの現在の売上規模や業務内容は、私が
二十数年前に入社した頃とは大きく変化して
います。 まずはHPの現状からお話しましょ
う。 当社の直近の売上高は八六七億ドル(九
兆五三七〇億円)で、事業は大きく分けると
三つのグループから成り立っています。
一つは主にパソコンを扱うパーソナル・シ
ステム・グループ(売上高二六七億ドル=二
兆九三七〇億円)。 もう一つはイメージ・プリ
ンティング・グループ(同二五二億ドル=二
兆七七二〇億円)。 最後は、テクノロジー・ソ
リューション・グループ(同三三三億ドル=
三兆六六三〇億円)で、企業や政府機関に対
するサーバーからスーパー・コンピュータま
でのハードの提供や、コンサルティング業務
などを手掛けています。 ほとんどの製品やサ
ービスにおいて、業界一位もしくは二位のシ
ェアを誇っています。
サプライチェーンが十分に機能しなければ、
客先に製品は届かないわけですから、当社の
ような製造業者にとってサプライチェーン管
理が重要であることは改めて強調するまでも
ありません。 しかし、HPはサプライチェー
ン管理を深掘りしている点において同業他社
と違っていると考えています。
まずHPは、サプライチェーンを自社の都
合だけでなく、「顧客にとっての利便性とは何
か」ということを前提にして組み立ててきま
した。
さらに当社にとって、売上高の六四%にあ
たる五一〇億ドル(五兆六一〇〇億円)がサ
プライチェーン関連費用となります。 サプラ
イチェーン業務の効率化とコスト削減は、経
営の最重要課題となります。 サプライチェー
ンに関する小規模なコスト削減を行うだけで、
最終利益の大幅な増加につながってきます。
売上高の増加で同じ分だけ利益を増やそうと
すれば、相当な額の上積みが必要となるとこ
ろを、サプライチェーンの改善で達成するこ
とができるのです。 キャッシュフローや株価
ヒューレット・パッカードの売上高の六割以上はサプライチェーン関連費用だという。
同社にとってサプライチェーン戦略は株価にも大きな影響を与えるだけに常にイノベー
ションが求められる。 欧州SCM会議で同社のサプライチェーン・ソリューション部長
が、「調達危機管理」や「Buy‐Sell」プログラムを例に挙げて、自社のサプラ
イチェーン戦略について詳述した。
(取材・編集
本誌欧州特派員
横田増生)
欧州SCM会議報告
HPのサプライチェーン戦略
需要予測を仕入れ値に反映
孫請けとの直取引で「差益」
〈第三回〉
講演者
デービッド・パイパー
ヒューレット・パッカード
サプライチェーン・ソリューション部長
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にも影響を及ぼすため、株主にとってもHP
のサプライチェーン戦略は大きな関心事とな
ります。
当社のサプライチェーン戦略は、外部から
も高い評価を得ています。 米国のパーチェシ
ング・マガジン誌からは「プロフェッショナ
ル・エクセレンス」賞を二度もらい、マネジ
ング・オートメーション誌の「サプライチェ
ーン・マスタリー」も受賞しました。 最近で
は、カウンシル・オブ・サプライチェーンマ
ネジメント・プロフェッショナル(CSCM
P)から当社のサプライチェーンのデザイン
に関して賞をもらいました。
3PL企業の絞り込みを検討中
HPのサプライチェーンの概略についてお
話します。 七〇〇社のサプライヤーから始ま
り、三二カ所の工場、八八カ所の物流センタ
ーを経て、一一九社の3PL企業によって一〇億人の顧客へと製品が供給されます(
図1)。
取引のある国は、世界一七八カ国に上ります。
3PL企業の数が多いのは、一社で当社の
サプライチェーン業務をすべて請け負える企
業が存在しないからです。 しかし社内には「一
〇〇社を超える3PL企業は取引先として多
すぎる」という意見が多いため、本社が主導
権をとるかたちで3PL企業の絞り込みを行
おうとしています。
取り扱う製品は二〇万SKUで、毎年六五
〇を超す新製品を発売しています。 製品の平
均寿命は三〜四カ月と非常に短く、常時新製
品を市場に投入しています。
製品のライフサイクルが短いことと製品群
が多岐にわたることに加え、製品によって出
荷件数が大きく異なることも、当社のサプラ
イチェーンを複雑にしています。 最も出荷件
数が多いのが、プリンター用のインクカート
リッジで一日当たり一〇〇万個。 次がプリン
ターで一日一五万台、コンピュータやサーバ
ーは一日一〇万台となります。 その一方で、
スーパー・コンピュータとなると、出荷は一
週間に二、三台程度にすぎません。
業務の効率化だけを考えるなら製品ごとに
異なるサプライチェーンモデルを作るのが理
想です。 しかし、それでは業務が複雑になりすぎる上に、コストも掛かります。 だからと
いって、HPは取り扱い製品が多岐にわたる
ため、PC中心のデルコンピュータのように
一つのサプライチェーンモデルだけで対応し
ようとすれば逆に効率を損ねます。
HPは、製品や顧客、商流の特徴を考慮し
て五つのサプライチェーンモデルを作り、す
べての製品をこの五つのモデルの中におさめ
ました(
図2)。
ノータッチ・モデルは、ラップトップ・パ
ソコンなどの製品向けで、当社は下請け会社
が作った製品にまったく触れることなく、直
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接、商流に乗せます。 ロータッチ・モデルは、
プリンターなどの製品向けで、下請けの工場
が作った製品に対して、当社の地域ごとの物
流センターで、ソフトウエアをインストール
したり、地域の言語で書かれた説明書を差し
込んだりする作業を行います。
直販モデルは、先に話に出ましたデルコン
ピュータと同じで、消費者から注文を受けて
から製品の組み立てにかかるコンピュータ製
品です。 ハイバリュー・ソリューションは、企
業や政府向けの大型プロジェクト用のサプラ
イチェーンモデルで、一つひとつの製品やサ
ービスに独自の付加価値サービスが加わる作
業です。 最後に、修理・メンテナンス用のサ
プライチェーンモデルがあります。
当社のサプライチェーン戦略の特徴の一つ
として、サプライチェーン部門を製品開発の
段階から参加させることで、業績にいい影響
を与えようという考えがあります。 製品が出
来上がるまで待っているのではなく、できる
だけ早い段階から積極的に参加する姿勢です。
たとえば、サプライチェーン部門が特定の
サイズのディスクドライブが安く仕入れるこ
とができるという情報を持っていたとすると、
それを開発部隊に投げかけ、その部品を使っ
て新製品がデザインできないかと打診します。
客先からの情報だけを見るばかりでなく、手
元にある有利な条件を使って需要を生み出す
こともできると考えるからです。
そしてHPのサプライチェーン戦略の一番
の特徴は、独自のイノベーションを創造する
ところにあります。 これまで常に二〇〜二五
件のアイデアを持って、それを実行に移して
きました。
需要に応じて契約条件を見直す
当社のイノベーションの一つに、調達危機
管理(Procurement Risk Management)と
いう手法があります。 製品の需要予測は正確
であることに越したことはありませんが、一
〇〇%正しいということはありえません。 H
Pの多くの製品は下請け工場で作っています
ので、需要予測は、下請け工場との取引に大
きな影響を与えます。 当社は、需要をローシ
ナリオ、ミドルシナリオ、ハイシナリオの三
つに分けて、それぞれについて仕入れの条件
を見直すようにしています。
従来、外注先の下請けを持つ企業は、製品
の価格にプラスするかたちで、相手先がこち
らに合わせて製造能力の柔軟性を保ってもら
うことへの料金を乗せて支払ってきました。 し
かし、どんな製品にも、必ず売れる最低ライ
ンというのが存在します。 その次は、おそら
くこれくらいまでは売れるだろうという多少
の希望が含まれたライン。 最後はその製品が
ヒットすればここまで売れるという最大限の
ライン。
当社はローシナリオの数字に対しては、は
じめから下請けに必ず買い取ることを約束す
る代わりに、仕入れ価格を下げてもらってい
ます。 ミドルシナリオに対しては、買い取り
の保証はしない代わり、製造能力をあけてお
いてもらえるのなら、
プラスアルファを払
います。 ハイシナリ
オに対しては、もう
一段上のプラスアル
ファを払います。 こ
れによって、下請け
としても、確実に売
れるものには買取の
保証を手に入れ、予
想以上に売れた分
に対してはプラスアルファの料金を手に入れ
ることになります。
ここで一番難しいのは、三つのシナリオを
どこで線引きするのか、という点と、どの業
者とどのような契約を結ぶかという点です。 こ
れについては、当社独自の過去の取引や需要
予測を元に統計的なアルゴリズム(計算方法)
を用いて算出します。 これによって、先の読
めない需要がもたらす経営への影響を最小限
に抑えることができます。
下請け任せの限界
もう一つ、当社のサプライチェーンイノベ
ーションとして、「Buy―Sell」プログ
ラムがあります。 これは製造を外注している
下請けを飛び越して、孫請け、ひ孫請けと直
接取引をすることです。
この話をすると、「どうして下請けに任せな
いのだ」、「何でそんな面倒くさいことに首を
突っ込むんだ」という質問をいただきます。
HPは世界88カ所に物流センターを構える
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当社においても正式な契約を交わしている
のは下請け業者だけです。 製造業者の多くは、
孫請け、ひ孫請けへの業務委託や工程管理は
下請けの仕事だとしてタッチしません。 この
方法の問題点は、元請けである製造業者が、
孫請け、ひ孫請けとのコンタクトを失うとこ
ろにあります。
HPは日々の業務から以下のことを学びま
した。 下請けに、孫請けやひ孫請けとの交渉
を任せているといっても、問題が発生すれば、
下請けだけでは解決できないことがあるとい
うことです。 たとえば、下請けが、孫請けに
発注していた製品が何らかの理由でできない
ことになった。 そういったときに、下請けは
当社にどうしたらいいのかという判断を求め
てきます。
当社は、孫請けやひ孫請けと直接取引をす
るうちに、下請けよりもいい条件、つまり安
い価格で孫請けやひ孫請けから製品を調達で
きることがわかりました。 ですから、下請け
が約束の製品を調達できなかったときは、「B uy
―Sell」プログラムを使うことにし
ました。 HPは下請けに代わって、孫請けや
ひ孫請けに直接注文を出します。 下請けはH
Pから製品を買って、もう一度当社に売るこ
とになります(
図4)。
仮に当社が下請けから一台当たり五五〇ド
ルでラップトップコンピュータを仕入れる契
約だったとして、孫請けから五〇〇ドルで買
うことができれば、五〇ドルの差額が当社に
残ることになります。
しかし、これはあくまでも帳簿上の取引で
あって、実際の製品の流れは、通常と変わら
ず、孫請けやひ孫請けから、下請けを経由し
て流通チャネルに乗ることになります。 当社
が特別な物流センターを設けて製品を受け入
れるようなことはありません。
孫請けやひ孫請けとの直取引には、いくつ
かのメリットがあります。 一つは、どんな契約
を結ぶのかという決定権を握ることができる
こと。 次にどの業者を使うのかという選択を
行えること。 最後に、下請けに対して仕入れ
価格を隠すことができることです。 下請工場
の多くは、同業他社にも同様の製品を供給し
ているのですから、そこを通して、購入価格
を筒抜けにしないためにも直取引は有効です。
「Buy
―Sell」プログラムは当社に大
きな利益をもたらしています。 当社が二〇〇
二年に買収したコンパックではこの「Buy
―Sell」プログラムを使わずに、すべて下
請けに任せていました。 その結果、HPよりもコンパックが多く購買している製品であっ
ても、コンパックの方が高く仕入れているこ
とがわかりました。 現在、当社では年間二〇
〇億ドル(二兆二〇〇〇億円)の製品を、「B
uy
―Sell」プログラムを使って購入し
ており、下請けだけに任せていた場合と比べ
ると一〇億ドル(一一〇億円)の削減を実現
しています。 また孫請け、ひ孫請けと取引す
ることで、製品納入が遅れるといった問題が
発生する場合、その情報が直接当社に入って
くるので、適切な対応が可能だというメリッ
トもあります。
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