*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。
DECEMBER 2006 64
体力弟子と物流部長が風邪でダウン
「今年の風邪は妙だ」と問屋の社長
「今日は寒いなー」
いつも通り午後になってから大先生が事務所に
顔を出した。 外は木枯しのような風が吹いている。
美人弟子と女史が大先生を出迎えた。 いつも勢い
よく飛び出してくる体力弟子がいない。 大先生が、
あれっという顔をする。
「風邪を引いたかもしれないので、用心のため家で
仕事するそうです」
女史が、大先生の怪訝そうな顔を見て、すぐに
事情を説明した。
「寝冷えでもしたのか?」
「はい、会社で寝冷えしたようです」
「そうか、寝冷えか‥‥なに、会社で?」
「はい」
「ふーん。 よく寝るやっちゃ。 今度、会社で腹巻買
っておいて、仕事する前に着けさせろ」
女史が「はい、そうします」と言いながら、け
らけらと笑っている。 体力弟子が腹巻を着けた姿
を想像しているようだ。
「まあ、会社ならいい。 お客の前で寝なければ‥‥」
大先生が体力弟子の話を終わらせようとしたら、
女史が何かを思い出したようだ。
「あっ、それがですね」と言いながら、また一人で
笑っている。 大先生がまさかという顔で聞く。
「お客と話をしながら寝てしまったのか?」
「いえ、お客様ではなく電話しながら寝てしまった
んですよ。 ねぇ?」
美人弟子に念を押す。 美人弟子が「あー、あれ」
と言いながら、苦笑する。 大先生の興味深そうな
顔を見て、美人弟子が説明する。 そのときのこと
を思い出したのか、女史は笑いをこらえるのに必
死だ。
「あれは、電話で話をしながらというか、電話があ
って、メール差し上げた件でと言われて、まだ見
てなかったようで、慌ててメールを開いたそうで
す。 それが、やたらと長いメールだったらしいん
です‥‥」
「なるほど、それを読みながら寝てしまった?」
大先生が確認する。 女史は苦しそうにお腹を抱
《前回までのあらすじ》
本連載の主人公である“大先生”は、ロジスティクス分野のカ
リスマコンサルタントだ。 “美人弟子”と“体力弟子”とともにク
ライアントを指導している。 現在は旧知の問屋から依頼されたロジ
スティクス導入コンサルを推進中だ。 問屋の取引先メーカーからも
コンサルを打診されるなど今回のプロジェクトは大掛かりなものに
なりそうな気配。 一方、問屋では大先生の物流管理理論に対する
信者が徐々に増えつつあるようだ。
湯浅コンサルティング
代表取締役社長
湯浅和夫
《第
56
回》
〜ロジスティクス編・第
15
回〜
65 DECEMBER 2006
えている。 美人弟子が「まあ、あり得ること」と
いう風情で続ける。
「はい。 なんか遠くから、もしもしって声が聞こ
えるので、隣を見ると、机に突っ伏して眠ってい
たんです」
「それでどうした?」
「電話ですよって起こしたら、慌てて受話器を取
って、はい、わかりましたって言って切ってしま
ったんです」
「それで、何の電話だったんだ?」
「原稿の依頼だったそうです‥‥」
「それなら、別に問題ないな」
「ところが、メールをよく見たら、あまり書きたく
ない原稿だったらしく、受けてしまって失敗した
って、いまも言っています」
「なに言ってんだ。 失敗したのは、受けてしまった
ことじゃなく、その前に寝てしまったことだろ。 も
っと論理的に考えないとダメだ」
その場にいない体力弟子に大先生の説教が始ま
ったとき、事務所の扉が開いた。
「こんにちは。 お邪魔します」
そう言って、いまコンサルをしている問屋の社
長が顔を出した。 後ろから営業部長と若い男が続
いて入ってきた。 入った途端、大先生と顔を合わ
せ、社長がびっくりしたように立ち止まった。 そ
れに合わせて営業部長も止まったが、最後の若い
男は、止まれず営業部長の背中にぶつかった。 営
業部長が邪険に振り払う。
「あっ、すみません」
明らかに緊張している様子だ。 顔もからだも強
張っている。 大先生が、なんか珍しいものでも見
るように興味深そうな顔で、その男を見ている。 社
長が、その男を紹介しようとしたとき、大先生が
聞いた。
「あれ、物流部長は?」
そう言えば、いつも元気よく先頭で入ってくる
物流部長がいない。 社長が、慌てて説明する。
「あっ、申し訳ありません。 物流部長は、風邪で
寝込んでしまって、今日は失礼させていただきました」
「へー、ほんとに風邪ですか?」
美人弟子が思わず聞いてしまう。 社長が、待っ
ていましたという感じで大きく頷く。
「それが、ほんとに風邪を引いたらしいんですよ。
これこそ、まさに鬼の撹乱です。 もう、社内で大
変な話題になっています。 ねぇ?」
「はい、一昨日ですが、なんか具合が悪そうでした
ので、熱をはからせたら、なんと四〇度近い熱が
あったんです。 慌てて家に帰しました。 ですから、
ほんとに風邪です」
社長に促されて、営業部長が楽しそうに説明す
る。 美人弟子が、体力弟子も風邪で休んでいること
を告げると、社長がびっくりした顔で感想を述べる。
「今年の風邪は妙ですね」
美人弟子と女史が大きく頷いた。
「営業部長が嫌いになったの?」
大先生が意地悪な質問をした
「ところで、この人は誰?」
会議テーブルについた途端、大先生が営業部長
DECEMBER 2006 66
の隣にちょこんと座っている若い男を見ながら、社
長に聞いた。 若い男は、大先生に見られたせいか、
顔を真っ赤にして、もじもじしている。 物流部長
と同じように小太りだ。 丸顔にかけた丸い眼鏡が
似合わない。 社長が頷いて説明する。
「ご紹介が遅れました。 今度、彼を物流部長の下
につけました。 以前は営業を担当してまして、営
業部長の部下であった時代もありました。 歳は三
〇です。 物流をやりたいって自分から申し出てき
たのです」
黙って下を向いたままの彼に営業部長が肘で突
っつく。 慌てて立ち上がり、名前を名乗り、「よろ
しくお願いします」と言って、ぺこたんと頭を下
げた。
「そうか、営業部長が嫌になって、物流部長に走
ったのか?」
大先生が意地悪な聞き方をした。 そんな質問を
されるなど予期もしていなかった物流部の新入部
員は、答えに窮し、ただ顔をゆがめている。 よせ
ばいいのに、そこでつい大先生の顔を見てしまっ
た。 大先生が優しく頷くのを見て、思わず一緒に
頷いてしまった。
「そうか、おれが嫌になって、物流をやりたいだ
なんて言いだしたのか?」
今度は、営業部長に意地悪な質問をされ、新入
部員は、もうパニック状態で、ただ首を振るだけだ。
それまで笑って見ていた社長が助け舟を出した。
「先生の講演をお聞きして、物流に興味を持った
んでしょ」
そう言って、社長は、彼のたっての願いで美人
弟子の講演を受講させたことを話した。 大先生が、
また意地悪な質問をした。
「たっての願いって、彼女に会いたかったの、それ
とも話を聞きたかったの?」
美人弟子がニコニコしながら新入部員の顔を見
ている。 今度は、美人弟子の視線を受け、新入部
員は依然としてパニック状態から抜け出せない。 声
が出ず、目があちこちさまよっている。 それを見て、美人弟子が助け舟を出すように本筋の質問をした。
「物流の何に興味を持ったのですか?」
ようやく答えられる質問に出会ったのか、新入
部員は、安心したように頷いた。 ひとつ大きく溜
息をつき、うつむき加減で話し出した。
「実は、前はですねー、物流なんかつまらない仕事
だと思っていたんです。 すみません。 正直言うと
‥‥」
「別に謝る必要はありませんよ。 それで?」
美人弟子が先を促す。 大先生をはじめ社長も営
業部長も興味深そうな顔で新入部員の言葉を待っ
ている。
「お客さんに、あれ持ってこい、これ持ってこい
って言われて、はいはいと言って商品を揃えて、届
けるだけの仕事に思えたんです」
大先生が何か言いたそうな顔をしたが、何も言
わず、先を促すように頷いた。 それを見て、新入
部員は、安心したように続けた。
「もちろん、そのような物流の現場が重要なことは
わかっています。 いくら格好いいことを言っても、
現場がだめだったら、何にもならないことも承知
しています」
67 DECEMBER 2006
今度は、大先生が、安心したように頷いた。 新
入部員が続ける。
「でも、正直なところ、私は、物流の現場には関
心がありません。 物流の現場に入りたいとは思い
ません」
新入部員が、物怖じせずそう言ったとき、大先
生が、にっと笑った。 大先生の顔を見て、一瞬、新
入部員は怯んだような様子を見せた。 大先生が、
気にするなというように頷く。 新入部員が、恐る恐る話を続ける。
「実は、先月のはじめ頃、物流部長と一杯やった
んです‥‥」
その一言を聞いて、社長が身を乗り出した。 営
業部長が身構えた。 新入部員はただならぬ雰囲気
を察したのか、言葉が続かない。 大先生に「それ
で?」と促され、ようやく続ける。
「物流部長の言葉に衝撃を受けた」
新入部員が告白する
「そのとき、実は、理に適った物流っていう話をお
聞きしたんです。 部長もこの話がお好きらしく、ビ
ールをがっぱがっぱ飲みながら、楽しそうに話し
ていました。 実は、この話は、自分にとって衝撃
でした。 頭をガツンと殴られたようでした。 なん
というか、とても新鮮でした。 いままで自分は何
をしてきたのかと‥‥そんな気持ちにまでなりま
した」
「物流部長はがっぱがっぱで、あんたはしんみり
か?これまでの自分の世界とは対極の話だったか
ら?」
Illustration©ELPH-Kanda Kadan
DECEMBER 2006 68
大先生の言葉に新入部員が嬉しそうに頷いて、
堰を切ったように話し出した。 意外に、話し出す
と雄弁なやつだ。
「そうなんです。 在庫も物流サービスも物流作業
も理に適った存在になっているかという視点から
見直すという話は、自分にとっては想像だにでき
ない発想でした。 会社の中にそんなことを本気で
考えたり、やろうとしているところがあるのに驚
きました」
「そうだったの。 それで、それを自分でやりたい
と思ったのね」
社長が、納得したように言葉を挟んだ。 それに
頷きながら、新入部員は勢いよく話を続けた。
「はい、これまで営業をやっていて、自分は、売り
上げをあげるためには、在庫はできるだけたくさ
ん持っていたいし、それが残ったって気にしませ
んでした。 物流サービスは、ごちゃごちゃ言わな
いで、お客さんが言うとおりに提供すればいいん
だよと思ってました。 物流作業なんて眼中にあり
ませんでした。 とにかく、売り上げをあげれば文
句はないだろう。 物流なんぞにがたがた言われる
覚えはないって思っていたというのが正直なとこ
ろです。 営業といっても、自分だけかもしれませ
んが‥‥」
「いや、営業の連中は、大体同じようなもんだ。
おれも、前はそうだった」
営業部長が素直に同意した。 そして、気になっ
ていることを確認するかのように質問した。
「そんなおまえが、物流部長の弁舌に感動したっ
てわけか?」
「いえ、弁舌にというわけではなくて、自分でも不
思議なんですが、理に適ったっていう言葉なんで
す。 その言葉を聞いた途端、条件反射みたいに自
分が反応したんです。 これまで理不尽な世界にい
たせいか、その言葉を聞いたとき、理に適った仕
事をしてみたいと無性に思ったんです」
「それで、先生の講演を聞きたいと思ったの?」
社長の確認に新入部員が格好よく答える。
「はい、理に適った存在にするためには在庫管理
と物流ABCが必要だと部長から聞いたものです
から、是非お話を聞きたいと思いました。 そして、
お話を伺って、たしかに理に適っていると確信し
ました。 そして、会社に戻って、すぐに社長に異
動のお願いに行ったのです」
社長が大きく頷く。 営業部長は感心したような
顔で新入部員を見ている。 美人弟子は、半信半疑
といった顔をしている。 大先生は、不安気な表情
を隠さない。 そして後日、この大先生の不安は遠
からず当たることになる。
(この連載はフィクションです)
ゆあさ・かずお
一九七一年早稲田大学大学
院修士課程修了。 同年、日通総合研究所入社。
同社常務を経て、二〇〇四年四月に独立。 湯
浅コンサルティングを設立し社長に就任。 著
書に『現代物流システム論(共著)』(有斐閣)、
『物流ABCの手順』(かんき出版)、『物流管
理ハンドブック』、『物流管理のすべてがわか
る本』(以上PHP研究所)ほか多数。 湯浅コ
ンサルティングhttp://yuasa-c.co.jp
PROFILE
|