ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
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2006年12号
判断学
経営者に対する厳罰 - エンロン事件

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

DECEMBER 2006 70 元CE Oに禁固二四年四カ月 エンロンの元CE O(最高経営責任者)J・スキリング に禁固二四年四カ月、罰金四五〇〇万ドルの判決が下され、 アメリカのビジネス界に大きなショックを与えている。
アメリカで売上高七位のエンロンが倒産したのは二〇〇 一年十二月であったが、約三〇〇〇社ものSPE(特別目 的会社)を作って不正会計を行っていたことがこの倒産に よって明らかになり、そのため会計事務所のアーサー・アン ダーセンも廃業に追い込まれた。
二〇〇一年は二一世紀の始まりだが、同時にアメリカで はニューヨークの世界貿易センタービルが破壊された「九・ 一一事件」の年として人びとの記憶に残っている。
しかし有 名な経済学者P・クルーグマンは当時「九・一一事件より もエンロン事件の方が深刻だ」と言っていた。
そのエンロン事件の主役として元CE Oのスキリングに二 四年四カ月の禁固刑が下され、改めてこの事件の深刻さが 認識されている。
スキリングの前とそして後にCE Oになっ たK・レイについても有罪の評決が出ていたが、彼は今年 七月に心臓病で亡くなったので判決はなかった。
エンロン事件は不正会計の問題として議論されるととも に、ストック・オプションを使って経営者が財産を作ってい たことが問題にされた。
これは単に会計や経営者のモラルの 次元の問題ではなく、株式会社の根本にかかわる問題であ り、それは株式会社が危機に陥っていることを示している。
そういう視点から私は『エンロンの衝撃』という本を二〇 〇二年に書いてNTT出版から出した。
その後ライブドア 事件が起こったので、これはエンロンの事件と同じような性 質のものだとして『粉飾資本主義――エンロンとライブド ア』という本を二〇〇六年に東洋経済新報社から出したが、 今回のスキリングの判決に対して、日本でライブドアの堀江 貴文にはどのような判決が下されるのか、注目される。
映画「エンロン」の試写会 「エンロン――巨大企業はいかにして崩壊したか」という 映画が日本でも十一月に公開される。
それに先立って十月二三日、大阪で試写会があり、招か れて見た。
それはちょうどスキリングへの判決が下される日 でもあった。
この映画は「フォーチュン」の記者であるマクリーンとエ ルキンドという二人が書いた『ザ・スマーテスト・ガイズ・ イン・ザ・ルーム』という本が原作になっているが、この本 も既に読んでいただけに、この映画は印象が深かった。
映画に出てくるレイやスキリング、そしてファストウなど の経営者はすべて本人で、これまでのニュースなどから採ら れたものである。
そしてエンロンの不正会計を内部告発したワトキンス、この本の原作者のエルキンド、マクリーンも語 り手として出てくる。
エンロンのレイ元CEOは現ブッシュ大統領と親しい関 係にあり、ブッシュ政権のもとで商務長官として入閣するの ではないかといわれていた。
もちろん政治献金もしており、そしてブッシュ大統領がレ イ会長のことを「ケニー・ボーイ」と呼ぶような親しい関係 にあったこともよく知られている。
ところがエンロンが経営危機に陥った時、ブッシュ大統領 は助けを求められたにもかかわらず、見殺しにしてしまった。
そしてエンロン事件が起こったあと世論の批判がきびしか ったこともあって、ブッシュ大統領は不正会計をきびしく取 り締まるという方針を打ち出した。
その結果できたのがサー ベンス・オクスレー法(SOX法)で、不正を行った経営 者には厳罰を科すということになった。
そのレイは病気で亡くなったために禁固刑にはならなかっ たが、スキリングには二四年四カ月という禁固刑が科された というわけだ。
アメリカでは不正会計の最高刑が30年とされている。
実際、エンロンやワールドコム の元CEOには20年以上もの禁固刑が科せられた。
一方、日本ではライブドアの堀江貴文 にどのような判決が下されるのだろうか。
71 DECEMBER 2006 ビジネス界の反撃 ところがアメリカでも、経営者に対する処罰が厳しすぎる ので、それを軽減せよ、という動きがビジネス界から出てい る。
これは「ニューヨーク・タイムズ」にS・ラバトン記者 が二〇〇六年十月二九日付で書いているもので、そこでは 「会社と会計事務所に対して投資家や政府からの裁判がやり やすいように法律や規制がなっているのに対抗し、会社国家 アメリカ(コーポレート・アメリカ)は反撃しようとしてお り、ブッシュ政権もそれを支援している」と伝えている。
そして十一月の中間選挙が終わったあと、ブッシュ政権 はその方向で動き出すだろうとしている。
エンロン事件のあとできたサーベンス・オクスレー法では、 不正を行った会社の経営者に対して厳罰を科すということにしたが、しかし肝心の会社そのものに対する規制にはほと んど手をつけていない。
それは株式会社が危機に陥っている、という認識がないか らである。
経営者を罰しただけでは会社のあり方は変わらな い。
そこにサーベンス・オクスレー法の限界があるのだが、 このことが忘れられているのである。
そこでいったんは経営者に厳罰を科すという方針を打ち 出しながら、当の経営者側からの反撃にあうと後退せざるを えない。
ブッシュ政権のあり方がここによく表れているのだが、で は日本ではどうか。
ライブドアや村上ファンドなどの事件について、せいぜい のところ堀江貴文や村上世彰の次元で問題にするだけで、こ れを株式会社の危機として問題にする者はいない。
それどこ ろか、堀江や村上を新しい時代の開拓者だとして評価した マスコミは全くその反省をしない。
テレビ会社や新聞社を含 めて日本の株式会社は危機に陥っているが、そのことが全く わかっていない。
これ程、大きな危機はない、と言ってよい。
おくむら・ひろし1930年生まれ。
新聞記者、経済研究所員を経て、龍谷 大学教授、中央大学教授を歴任。
日本 は世界にも希な「法人資本主義」であ るという視点から独自の企業論、証券 市場論を展開。
日本の大企業の株式の 持ち合いと企業系列の矛盾を鋭く批判 してきた。
近著に『株のからくり』(平 凡社新書)。
ライブドアに対する判決 エンロンは自社株を操作することで株価をつり上げ、特 別目的会社を使って利益を計上するという不正を行い、そ れによってストック・オプションを得た経営者が大儲けする というやり方をした。
これが不正会計として問題になったの だが、日本のライブドアもそれと同じようなことをしていた。
というよりもライブドアはエンロンの手法をまねしていた のではないか、とみられる。
そうなると当然のことながら日 本の裁判所が堀江貴文などに対してどのような判決を下す のだろうか、ということが問題になる。
もちろんエンロンとライブドアでは会社の規模が違うし、 投資家や従業員に与えた損害額にも大きな差がある。
しか し堀江に対して果たして日本の裁判所は厳罰を科すという ということになるのだろうか‥‥。
エンロンのあと、やはり不正会計が発覚して大問題になっ たワールドコムのCEOであったB・エバースには禁固二五 年の判決が出されており、スキリングはわずかだがそれより は軽い。
連邦裁判所のガイドラインでは不正会計の最高刑 は三〇年ということになっているのに、それよりも軽いのは なぜか、ということを「ニューヨーク・タイムズ」は問題に している。
それにしてもアメリカでは不正を行った経営者に対する罰 は日本では考えられない程重い。
そして株主代表訴訟をは じめとする民事裁判でも巨額の損害賠償が課せられる。
こ のことが経営者に対してチェック機能を果たしているのだが、 これに対し日本では経営者に対する処罰は非常に軽い。
か りに禁固刑になった場合でも短いし、現実に刑務所に入れ られるというケースはほとんどない。
そういう点で日本は「経営者天国」になっているといえる が、このことが経営者に対してチェック機能が働かず、企業 犯罪がはびこる原因になっているのである。

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