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ロジスティクスのイノベーションとは
近年、サービス分野におけるイノベーションが注目
されている。 従来、イノベーションの議論は製造業を
中心に展開されてきた。 しかし今年二月には、サービ
ス産業の活性化による日本経済の持続的な成長の実
現のため、経済産業省の産業構造審議会にサービス
政策部会が設置されるなど、サービス分野でのイノベ
ーションについての議論が活発化している。
サービス分野のイノベーションのなかで、ロジステ
ィクスのイノベーションは特に重要性が高いとみられ
る。 この理由は米国CLM(ロジスティクス管理協議
会、現在の名称はCSCMP)によるロジスティクス
の定義でも確認できる。
その定義とは、「ロジスティクスとはサプライチェ
ーン・プロセスの一部で、原材料の産出地点から製品
の消費地点までの財・サービスおよび関連情報の効率
的、効果的なフローと保管を、顧客の要求に応じるよ
うに計画、実施、統制すること」である。 すなわち、
ロジスティクスは原材料の調達から製品が顧客に渡る
までの広範囲に及び、ほとんどの取引に不可欠なため、
そのイノベーションの重要性は高い。
ロジスティクスのイノベーションは、製造業のイノ
ベーションに比べ、?産業を取り巻く制約の影響が大
きい、?地理的影響が大きい――という特性を持つ。
まず製造業に比べ産業を取り巻く制約が大きい点には
主な制約として交通インフラと規制等の制度がある。
交通インフラは、単に港湾、空港、高速道路、鉄道
などの整備状況だけでなく、ロジスティクスの結節点
としての港湾、空港、高速道路のインターチェンジ、
貨物駅等との近接状況が重要になる。
また、規制などの制度は新規参入の難易などにより
競争状況を変化させ、企業家の創意工夫の発揮に影
響する。 さらに機動的な事業体制や、効率的なサプラ
イチェーンの構築にも影響を及ぼす。
次に、地理的影響が製造業に比べ大きいという特
性についてみる。 ロジスティクスはネットワークの構
築を前提として提供されるサービスであり、ネットワ
ークの構築は、地理的な制約の影響を強く受ける。 し
たがって、ロジスティクスではイノベーションが生じ
たとしても、物流拠点によってはそれを適用できない
可能性がある。 一方、製造業では工場内の環境と電
力等の供給条件が一定であれば、イノベーションが生
じた場合、どこに工場が立地しても適用可能である。
以下では、まずロジスティクスにおける規制緩和の
イノベーションに対する影響・効果をみる。 次に規制
緩和後の競争激化の中での事業者の創意工夫の一つ
であり、ロジスティクスのイノベーションの一形態と
しても捉えられるサードパーティ・ロジスティクス(3PL)について、ケーススタディによりイノベーションの要因を探る。 そして最後に、3PLにおける、
さらなるイノベーションに向けた課題を述べる。
トラック輸送業のイノベーション
九〇年代以降、日本のロジスティクス関連産業で
は規制緩和が大幅に進んだ。 具体的には、供給者の
数などを規制して競争を抑制する需給調整規制の撤
廃等が進展した。 ロジスティクス関連産業の中でも、
とりわけトラック輸送業では他の産業に先行して規制
緩和が実施された。 九〇年十二月の貨物自動車運送
事業法の施行により需給調整規制が撤廃されると同
時に、運賃・料金への規制も認可制から事前届出制
に変更になるなど経済的規制の緩和は大きく前進した。
さらに同法の施行後も営業区域規制の見直しや、運
3PLにおけるイノベーション要因
トラック輸送業の生産性の改善は3PL等の進展と密接な関
係がある。 3PLにおけるイノベーションを実現した企業はど
のような共通要因を持つのか。 ハマキョウレックスと山九の
事例から3PLにおけるイノベーションの成功要因を探る。
富士通総研経済研究所木村達也主任研究員
DECEMBER 2006 34
寄稿
賃・料金規制のさらなる緩和が順次、実施されていっ
た(図1)。
こうした一連の規制緩和のなか、トラック輸送業の
市場環境は厳しいものとなった。 バブル崩壊後に経済
が低迷する中、貨物量は伸び悩み、運賃率の低下が
続いた。 しかし、このような市場環境にもかかわらず、
九一年度以降、トラック輸送業の事業者数は増加し
た。 九〇年度末には約四万であった事業者数は、二
〇〇四年度末には六・一万にまで増加し、事業者間
の競争が激化した(
図2)。
続いて、トラック輸送業の競争激化が生産効率に
与えた影響についてみていくことにしよう。
生産効率の改善効果を測る指標に労働生産性があ
る。 しかし、規制緩和の影響として生産効率の改善
効果をみる場合、労働生産性は適当であるとは言えな
い。 労働生産性は労働投入一単位当たりの生産量を
示す指標に過ぎないからである。 例えば、労働投入の
削減が行われ、生産量が変化しなければ労働生産性
は改善する。 ところが、労働投入の削減に伴い資本の
追加投入が行われても、この追加投入は労働生産性
の変化には関与しないといった不具合が生じる。
規制緩和による生産効率の改善を判断するのに適
した指標は、全要素生産性(Total Factor
Productivity:以下、TFP)である。 TFPとは、
労働、資本といったすべての生産要素の投入一単位
当たりの生産量を意味する。 このため、TFPの変化
率は労働投入削減のために資本が追加投入された場
合でも、労働投入の削減と資本の追加投入の双方を
考慮し、生産性の改善や悪化を判断できる指標とな
る。 すなわちTFPの上昇(低下)は生産要素の投
入量の増加(減少)によらない生産量の増加(減少)
を表す。 このTFPの上昇は事業の非効率性の改善
や、事業者の創意工夫などからもたらされる。
実際に付加価値に関するTFP変化率(年度平均)
を見てみよう。 統計の制約からトラック輸送業のTF
P変化率が計測できるのは九四年度までであるが、ト
ラック輸送業では経済的規制の緩和が進んだ九二〜
九四年度に、TFP変化率は〇・九%の上昇とプラ
スを維持した。 これは同期間に全産業がマイナス一・
五%、トラック輸送業が含まれる運輸・通信業でマイ
ナス〇・四%であるのとは対照的である。 また、運輸
業内の他業種をみても、トラック輸送業以外に同期
間にプラスであったのは、国際線で激しい競争があっ
た航空運送のみとなっている。 したがって、九二〜九
四年度におけるトラック輸送業のTFP改善は目立
ったものと言える(
図3)。
このようなトラック輸送業のTFP改善には、バブ
ル崩壊後に総貨物輸送量が伸び悩む中、各事業者が
商品開発・サービス改善等の創意工夫を行い、輸送
貨物の獲得を図ったことの影響が大きい。 すなわち、トラック輸送業の生産効率化は、競争激化の中で事
業者の創意工夫が引き出された結果としての生産効
率化であり、イノベーションであると考えられる。
事業者の創意工夫によるイノベーションの例として
は、?3PLなどロジスティクスのアウトソーシング
への取り組み、?ジャストインタイムなど輸送の定時
性の改善、?配送拠点などネットワークの整備、?宅
配便にみられるような顧客の需要にあった商品開発―
―を挙げることができる。
これら四つの例のうち、本稿では3PLに関するイ
ノベーションの要因を見ていく。 3PLに着目するの
は、ジャストインタイムなど定時制の改善と配送拠点
などネットワークの整備が、ロジスティクス全体を改
革する3PLでも取り組みが行われるためである。 3
35 DECEMBER 2006
PLにおけるイノベーションの要因はハマキョウレッ
クスと山九の事例を通じて探っていく。
ハマキョウの3PLの成功要因
ハマキョウレックスはトラック輸送事業者として創
業したが、九三年に3PL事業を開始した。 以来、こ
の分野の収益を順調に伸ばしてきた。 二〇〇六年三
月期は売上高の九〇・一%を3PL事業が占めてい
る。 同社の業績は順調に推移しており、二〇〇六年
三月期まで一〇期連続の増収・経常増益を記録して
いる(単体ベース、年度平均一五・三%増収、同二
七・三%増益:図4参照)。
ハマキョウレックスの3PL事業の成功要因は大き
く分けて?ロジスティクス改善への高い提案能力、?
物流現場の高い業務遂行能力――にある。
?ロジスティクス改善への高い提案能力は、新たな
顧客の3PL業務を引き受ける際に見られる。 すなわ
ち顧客の業務内容、事業環境、ライバル企業の物流
の仕組み、顧客の販売先のニーズ等を徹底的に調査
し、その結果に基づき、ロジスティクス改善を提案・
実施している。 また、3PL業務の受注後には主に荷
動きから判断し、適正水準に在庫を減らしコストを削
減できるよう顧客企業に対して提言を行っている。 し
かもこの提言は日次、週次、月次での実施が基本であ
る。
一方、?物流現場の高い業務遂行能力は、収支日
計表、日替わり班長制度やアコーディオン方式といっ
た独自の制度により構築されている。 このうち収支日
計表は会社全体として日々の概算の収支状況を明確
にし、業務上発生する問題への早期で適切な対応を
容易にしている。 日々の収支の最小集計単位は物流
センターの各作業員や、トラックの各ドライバーであ
り、作業員やドライバーごとに日々の収支を示すこと
で、各従業員のコスト意識が向上している。 すなわち
従業員ごとに収益改善、生産性向上の基礎情報であ
る日々の収支状況を明確にしている。 従業員はこうし
た情報を各々の立場で把握し、収益・生産性改善に
向けたマインドを自然に持つようになっている。
日替わり班長制度とは、物流センターの業務単位
の小グループで、パートも含む全従業員が日替わりで
班長を担当する制度である。 班長を任された従業員は、
?朝礼、昼礼、?作業場の清掃や整頓の完了など作
業環境の状況確認、?グループ全体の作業進捗状況
の確認、?グループ内の従業員の生産性を考慮した
作業の終了時間の計算といったグループ内の時間管
理――を行う。
同制度の効果としては、?班長になると課された目
標をクリアしようと努力することでの従業員のモチベ
ーションの向上、?従業員間の競争意識の向上、?
各従業員が所属するグループの作業全体を理解することによる作業品質の向上、?現場のムリ、ムダ、ムラ
に対する現場の従業員からの積極的な問題提起とそ
の解決――といったことが挙げられる。
アコーディオン方式とは日々の物流センターで扱う
物量に応じて作業員数を変動させるための制度である。
作業員の増減はパート従業員の勤務体系を流動的に
し、必要な時に働いてもらうことで実現している。 作
業予定では終業時間までの勤務となっていても、作業
が前倒しで終了した場合には帰宅してもらい、逆に作
業員が足りない場合には連絡を取って出勤してもらっ
ている。 また、パート従業員の帰宅後、翌日の作業員
の必要数が予定よりも少なくなった場合には、電話で
翌日の出勤を見送るよう連絡を入れている。
パート従業員がこのような柔軟性に富んだ勤務体系
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を受け入れている背景には、まずハマキョウレックス
がパート従業員に対して配偶者控除が受けられる上限
の一〇三万円の所得を保証していることがある。 もっ
とも、こうした勤務体系の受け入れは、パート従業員
たちにとって突然の生活スケジュール変更を意味する。
それでも受け入れられているのは、収支日計表と日替
わり班長制度によって自らの仕事に対するモチベーシ
ョンが向上し、会社業務への改善意識が高まっている
影響が大きいと見られる。
山九における3PLの成功要因
山九では3PLという言葉が普及する前から物流
改革・改善を提案し、顧客企業の物流合理化に貢献
するサービスを提供してきた。 二〇〇二年一〇月には
3PLを、3PM(サードパーティ・メンテナンス)、
中国事業とともに三大戦略事業と位置づけている。 同
社のセグメント別売上高(連結ベース)の推移をみる
と、二〇〇五年度の全社売上高が直近のボトムであ
る二〇〇二年度比で十三・八%の増収であるのに対
し、物流事業の売上高は二三・七%の増収と伸び率
が大きい。 とくに物流事業に含まれる3PLは同五
一・四%と増収率の高さが目立っている(
図5)。
同社での3PLの成功要因としては、?ロジスティ
クスに関する分析、企画、実施体制構築能力の高さ、
?情報システム開発能力の高さ、?幅広い業務に、ま
た海外にも広がる自社グループのロジスティクスネッ
トワーク――がある。
?ロジスティクスに関する分析、企画、実施体制構
築能力の高さは、昭和四〇年代から行ってきた3P
L業務での経験の蓄積により実現している。 3PL
業務における経験は取り扱い品目に関するノウハウの
蓄積につながっている。 さらに多くの3PLでの経験
の蓄積は全く経験のない品目を取り扱う際にも発揮さ
れている。 例えば、ある大手化粧品会社向けの3PL
の受注では、同社にはそれまで化粧品の物流の経験は
ほとんどなかった。 しかし、その特性や条件の詳細な
分析から、同社自身の判断で化粧品業界としては初
の自動ピッキングシステムを採用し、これが顧客の物
流効率化に大きな役割を果たしている。
また、実施体制の構築では3PLの管理指標であ
るKPI(Key Performance Indicator)が重要な役
割を果たしている。 同社では3PLにおけるサービス
の品質管理のため、顧客ごとの要望に合わせてKPI
を設定している。 もっとも、単に目標達成度を報告す
るためのツールとして活用するだけなら、KPIはさ
ほど重要ではない。 3PL業務の改善が進展せず、同
社だけの取り組みでは限界がある場合、KPIのデー
タを基に顧客企業と問題点について話し合い、共同で
解決策を導き出す際にKPIが大いに役立つ。
?情報システム開発能力の高さを裏付けるものとして、3PLに特化した独自の情報システムを開発・
運用している点や、基幹システムに汎用性を持たせて
いる点などが挙げられる。 顧客企業は同社のシステム
を活用することで、コスト負担を軽減できる。
山九の特徴は、自社および自社グループで展開する
倉庫業、トラック輸送業、港湾運送業などの資産を
活かしたアセット型の3PLサービスを提供している
点である。 3PL関連拠点は日本国内にとどまらず、
早期に進出した中国など東アジア、そして東南アジア
を中心に海外にも広がっている。 こうしたロジスティ
クスネットワークにおける拠点や資産を利用すること
で、国内だけではなく、国際的にも一貫して安定的な
サービス水準を提供できることが3PLの成功要因の
一つと言える。
37 DECEMBER 2006
3PLにおけるイノベーション要因
ハマキョウレックスと山九の3PLの成功要因を整
理すると、図6のようになる。 両社の成功要因として
の共通点、すなわち3PLにおけるイノベーションの
要因として捉えられる事項は、?徹底したデータ収集
あるいは長い業務経験によるデータの蓄積、?顧客と
共同で業務改善を行うための努力(頻繁な提言やK
PIを活用した業務改善体制)――である。
これらの共通点以外の両社における成功要因をみる
と、山九についてはロジスティクスネットワークの広
がりがあるが、3PL事業者には3PLに用いる資産
を所有しないノンアセット型の事業者も存在する。 そ
のため、これは3PLにおける一般的なイノベーショ
ンの要因にはならないと見られる。
しかし、?ハマキョウレックスにみられる従業員の
モチベーションを向上させる制度に支えられた現場の
高い業務遂行能力、?山九にみられる情報システム
開発能力の高さ――は、アセット型、ノンアセット型
に共通なイノベーションの要因と捉えられる。 したが
って、?〜?が3PLにおけるイノベーションの要因
として把握される。 このうち?、?については、各社
の3PLの成功要因として述べたため、以下では?、
?について両社の状況を併せて考えた際に、イノベー
ションの要因としてどのように見られるかを述べる。
?のデータ蓄積については、個々の3PL業務で収
集したデータは当該業務におけるデータとして不可欠
なだけではなく、個々の状況と対応策が結びついてノ
ウハウとして蓄積される。 そしてこのような蓄積が進
むほど様々な条件の3PLへの対応が可能になり、大
幅な効率化の達成、すなわちインパクトが大きいイノ
ベーションにつながりやすくなる。
このことは山九が受注した3PL案件のうち大手
化粧品会社での事例を通じて確認できる。 同社はほと
んど経験のなかった化粧品物流で、ハブDC一カ所か
ら全国の小売店への翌日午前中配達を実現し、在庫
の三割削減、欠品率の一〇分の一への低減によって
化粧品会社の増益に大きく貢献した。 この事例が成
功したのは、それまでの業務経験の蓄積による経路選
択のノウハウと、先に述べた自らの判断による自動ピ
ッキングマシン導入に依る部分が大きい。 ここでは業
務経験による情報の蓄積量増大の中、汎用性の高い
原理・原則のノウハウがイノベーションへのリファレ
ンスデータベースとして構築され、これを用いたイノ
ンベーションが生じたと言えよう。
?の顧客企業と共同で業務改善を行うための努力
は、3PLが顧客企業のサプライチェーン・プロセス
の一部であるロジスティクスの効率化を図るために必
要な要因である。 ロジスティクスの非効率性は、顧客
企業のサプライチェーン・プロセスのロジスティクス以外の歪みから生じているものも少なくない。 このた
め、3PL事業者がアウトソースされたロジスティク
ス業務のみで実施できる効率化は限られたものになる。
したがってロジスティクスにおける問題点の解決は、
顧客企業の理解を得て、ロジスティクスを含む全体最
適への改革を顧客企業が行うようにする努力が必要と
なる。 すなわち3PL事業者と顧客企業が共同で業
務改革を行うための努力が不可欠と言える。
ハマキョウレックスと山九ではこの努力の方法が異
なる。 ハマキョウレックスでは顧客企業に対し日次、
週次、月次で提言を実施することを基本としており、
活発な提言によって顧客企業の協力を引き出している。
一方、山九ではKPIを用いて顧客企業に3PL業
務の改善の進捗状況を把握してもらい、仮に改善が
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進まず、その原因が山九だけの取り組みでは解決でき
ない場合には、顧客企業に協力を要請している。
さらなるイノベーションへの課題
3PLにおけるイノベーションが今後さらに進展す
るための課題は、図6で示したハマキョウレックスと
山九の3PLにおける問題点に表れている。 ハマキョ
ウレックスでの問題点は、顧客による情報開示の困難
性と、顧客企業の部分最適化志向である。 情報開示
の困難性とは、顧客からの生産、仕入れ、出荷など広
範な情報開示が3PL業務の効率化推進には重要で
あるが、こうした情報開示はなかなか実施されないこ
とである。 これは?情報開示に必要なシステムを持た
ない顧客企業も存在すること、?取り扱う製品・商
品のアイテム数の多さ、入荷経路の複雑さ、?顧客
企業が情報開示をリスクと考えること――による。
顧客企業の部分最適化志向は、アウトソーシングし
たロジスティクスも顧客企業の重要な業務であるにも
かかわらず、自社で実施している業務のみの効率化、
部分最適化を考える。 すなわちアウトソーシングした
部分も含めた自社の業務全体の効率化、全体最適化
を考慮しない企業が多いということである。
山九での問題点は、商品知識など顧客企業の本業
に関する知識の必要性である。 近年はコールセンター
運営など受発注に関する業務も3PL事業者に委託
する企業が増えている。 このように受発注を含む広範
囲の業務を委託された場合は、これに伴う情報もオー
プンになるため、そうではない場合に比べロジスティ
クスは効率化しやすい。 ただし、受発注業務ではエン
ドユーザーと直接接する機会もあるため、顧客企業の
商品知識などが必要になるという難しさがある。
問題点として挙げた「顧客企業による情報開示の
39 DECEMBER 2006
きむら・たつや1985年、北海道大学経済学部卒。
同年、日本生命に入社。 その後、日本経済研究セン
ター、ニッセイ基礎研究所を経て、99年より現職。
2004年、北海道大学にて博士号(経済学)を取得。
主な著書に「日本経済長期好況の到来規制緩和が
高める技術力」(共著、日本経済新聞社)、「トラッ
ク輸送業・内航海運業における構造改革全要素生
産性(TFP)変化率を用いた分析」(白桃書房、
2003年日本物流学会賞受賞、北海道大学審査学位
論文)などがある。
困難性」、「顧客企業の部分最適化志向」、「顧客企業
の商品知識などの本業に関する知識」はいずれも、顧
客企業と3PL事業者間の情報連携を推進する必要
性があることを示唆している。 両者の情報連携が進め
ば、顧客企業から3PL事業者への情報開示の進展
はもちろん、顧客企業はロジスティクスを含む自社の
事業全体の最適化を考えやすくなる。 また、3PL事
業者は顧客の本業に関する情報が得やすくなる。
両者の情報連携を強化する試みとして、九六年に
発表され、その後バージョンアップも繰り返されてい
る物流EDI標準のJTRNがある。 JTRNは普
及促進のため、電子メールとエクセルさえ導入してい
れば、EDIの利用が可能なトランスレーター(自社
固有データと標準的なデータの変換を行うソフトウエ
ア)の開発や、それを使用したEDIのモデル事業へ
の財政支援などが行われてきた。 しかし、JTRNの
普及は中小企業を中心に進んでいない。 状況の打開
には政府が物品の調達にEDI標準を用い、EDI 標準普及へのインセンティブを高めることが有効とみ
られる。 これはEDI標準が普及すれば、その一部を
なすJTRNも普及するとみられるからである。
ただし、たとえJTRNの普及が進展しても、それ
だけでは顧客企業と3PL事業者間の情報連携には
十分ではない。 EDIにより情報交換が容易になって
も、3PL事業者による「顧客企業の商品知識など
の本業に関する知識の取得」は進まないとみられるた
めである。 顧客企業の本業に関する知識の取得には、
3PL事業者が提言力の向上などにより、顧客企業
からの信頼を高めることが重要である。 これは信頼が
高まれば、顧客の生産や販売の方針に関する情報を
得る機会も増え、顧客企業の本業に関する知識を十
分に取得できるようになるとみられるからである。
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