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M&Aの垣根を下げる
資生堂は二〇〇六年十二月一四日、一〇〇%子会
社の資生堂物流サービスの株式の九〇%を日立物流
に譲渡することを発表した。 資生堂が物流サービスに
賃貸していた物流施設のうち八カ所はプロロジスに売
却する。 譲渡価格は子会社が約二八億円、物流施設
が約一六〇億円。 このほかにセンター内のマテハン設
備等を日立キャピタルに売却することで、資生堂は総
額で約二二〇億円の物流資産をオフバランス化する。
正式譲渡は〇七年四月一日を予定している。 これ
を機に日立物流は資生堂物流サービスの事業を既存
従業員ごと受け入れ、資生堂に対して3PLとして
物流サービスを提供していく。 〇六年三月期の資生
堂物流サービスの売上高は約一八三億円。 それを改
革して初年度で一七〇億円程度を新たに日立物流の
「システム物流事業」の売り上げにする計画だ。
東京、大阪、広島などに立地する既存物流施設も
継続して利用する。 これらの施設を買収したプロロジ
スと新たに長期賃貸契約を結び、延べ床計一五万九
〇〇〇平米を借り受ける。 このほかにも日立物流は東
京、大阪、仙台に計一六万八〇〇〇平米の施設をプ
ロロジスから賃借している(
図1)。
プロロジスの山田御酒日本共同CEOは「日立物
流は当社の最大顧客の一つ。 今回の取り組みで我々
のパートナーシップは一層強化された。 今後は資生堂
と同じスキームを他のメーカーにも提案したい。 物流
資産の切り離しと3PLの活用によるコア事業への特
化が、荷主に対する我々のメッセージだ」という。
欧米とは異なり、大手メーカーの多くが傘下に物流
子会社を抱える日本では、物流子会社の買収が大型
3PL案件受託の決め手になっている。 ただし、そこ
には子会社の既存従業員の雇用と並んで、荷主側の
物流資産の処理という問題が常につきまとう。 それに
対してプロロジスは3PLと手を組み、物流資産の所
有と利用を分離することで買収の垣根を下げて再編を
促そうという考えだ。
荷主企業、物流企業を問わず、日本では利用者が
自ら資産として物流施設を所有している比率が高い。
一般の運送事業者や営業倉庫会社では八割以上の施
設が自社所有と推測される。 何より従来型の倉庫事
業では、大昔に購入した簿価の低い土地に立つ償却
済みの古い施設が利益の源泉となってきた。
荷主を確保できる保証があれば、物流施設を購入
することも厭わなかった。 物流施設を賃貸ではなく所
有した場合、月々の損金に計上できるコストは、建物
の減価償却費と火災保険料等を合わせて坪当たり二
〇〇〇円程度。 これに対して賃貸した場合は坪当た
り四〇〇〇円から五〇〇〇円が大都市圏の相場だ。 コ
スト競争力は所有に軍配が上がる。 もちろん購入資金は必要だが、担保主義の根強い日本の銀行は不動産
投資には寛容だった。
一方、欧米では物流施設は賃貸が常識となってい
る。 フェデラルエクスプレスの加藤治弥日本法人代表
は「できるだけアセットは持たないという方針を当社
はとっている。 とくに近年は、物量や顧客企業の物流
ニーズの変化が激しくなっている。 それに応じて拠点
の配置や構造に修正を加えていく必要がある。 アセッ
トを抱えていると迅速な行動が取れない。 そのため日
本はもちろん、本国の米国においても例外的にしかア
セットは持っていない」という。
そこには資本の活用効率を重視する欧米の株式市
場が影響している。 本業と同等以上のリターンが期待
できない不動産投資は基本的に否定される。 不動産
所有派と賃貸派の損得勘定
日本企業の物流不動産所有率は欧米と比較して格段に高
い。 直接コストだけを比べれば、借りるより買ってしまう
ほうが確かに安くあがる。 ただし、不動産を所有すればキ
ャッシュは固定化され、変化に適応する柔軟性を失う。 コ
ストとリスクの判断が求められている。 (大矢昌浩)
JANUARY 2007 14
を所有すれば、相場の変動リスクが避けられない。 地
価が上がればもちろん利益になる。 しかし下がれば損
失処理を強いられる。 不動産取引を本業としない3
PLが、そこでリスクをとるべきではないという考え
方だ。
株主至上主義と時価会計は日本企業にとっても今
や他人事ではない。 減損会計の導入で、含み資産を
回して決算数字を操作する従来の手法は通用しなく
なった。 これと並行して、村上ファンドが住友倉庫と
西濃運輸をターゲットにするなど、老舗物流企業の豊
富な保有資産を狙った企業買収ファンドも登場してい
る。 物流企業のアセット戦略は再考を迫られている。
日本型3PLのアセット戦略
キャピタルゲインを狙って不動産を所有するには、
物流企業であろうと不動産事業における競争優位性
を持つ必要がある。 そうでなければ持たないというの
が現在の常識的な考え方だ。 ただし物流事業の核とな
る戦略的な施設は別だ。 成田空港周辺や首都圏の倉
庫であれば、かなりの確度で今後もニーズを見込める。
それを押さえておくために所有するという判断は成り
立つ。
日立物流の鈴木登夫代表執行役社長は「一定のア
セット、目安として半分程度は今後も自社で保有して
いくつもりだ。 物流センターはそこで働く従業員にと
って職場環境そのもの。 大都市圏の代表的な拠点に
関しては自社で所有する。 海外拠点についてはリスク
も大きいので賃借を中心に考えている」という。
一方、日本通運の久保田博取締役常務執行役員は
「一〇年くらいのスパンで将来を見据えたうえで、こ
の立地なら荷物が埋まりそうだという場合には自社で
投資して拠点を設けることもある。 とはいえ荷主の決
まっていない施設に先行投資するケースは、最近では
ほとんどない。 荷主の希望を聞いた3PL担当者が物
件を探し、購入かリースかも基本的には担当者が判断
している」と同社の現状を説明する。
国土交通省の貨物流通施設課が〇六年三月に発表
した報告書「不動産証券化による物流施設の整備の
影響に関する調査」のなかで、保有資産のポートフォ
リオを理解するために、事業用資産をタイプ別に九通
りに分類する管理の枠組みを、明治大学ビジネススク
ールの刈屋武昭教授が紹介している。
物件の特徴から所有している資産を「戦略的」「特
殊的」「一般的」の三つに分け、さらに利用状況によ
って「コア(事業の核として利用するもの)」、「シク
リカル(景気動向や特定商品用に循環的に利用する
もの)」、「カジュアル(臨時的な利用で特に所有する
必要のないもの)」に区分して資産を九つのタイプに
整理する(
図2)。
これによって各物件の事業戦略上の位置づけを確認したうえで、それぞれのリスクとリターンを評価す
る。 保有し続けるのか、それともチャンスがあれば売
却するか。 あるいは新規取得か賃貸かを判断するわけ
だ。 その答えは自らのビジネスモデルのどこでキャッ
シュを生み出すかを明確にしない限り出てこない。
しかも「それを一〇年以上の長い時間帯のなかで見
通す必要がある。 それだけ先のことなど、誰にもはっ
きりとは分からない。 可能性が高いと思われるシナリ
オに賭けるしかない。 可能性が半々の場合には結局、
その会社のオーナーや経営者のリスク性向に委ねられ
ることになる」と刈屋教授はいう。 事業環境のマクロ
的なトレンドを読み解く歴史的視点と、数値化できな
いリスクを評価し判断を下す経営者としての決断が問
われている。
15 JANUARY 2007
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