ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
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2007年2号
メディア批評
『事件の真相!』が嘆く週刊誌の堕落沢木・杉山流ノンフィクションに腐臭

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

79 FEBRUARY 2007 佐高信 経済評論家 「メディアの辻説法師・宮崎哲弥と元『噂の 真相』の地獄耳・川端幹人」が週刊誌を素材に ゲリラジャーナリズムを批評した『論座』の対 談がまとまった。
『事件の真相!』(ソフトバン ククリエイティブ)である。
これが滅法おもし ろい。
たとえば、「政治家のインタビューなんての も週刊誌には必要ないと思う。
宣伝に利用され るのがオチでしょ」と宮崎が言ったのを受けて、 二〇〇五年夏に川端がこう語る。
「実際、この間に週刊誌に掲載された政治家 インタビューってどれもひどかったなあ。
『週 刊ポスト』(八月一九・二六日号)の杉山隆男 氏による安倍晋三インタビューなんて、『緻密 で論理的な話の運び方』『洗練された立ち居振 る舞い』と歯の浮くような表現で安倍氏を持ち 上げたあげく、『どんな質問を私が繰り出して も、軽々と弾き返された』と自ら敗北宣言しち ゃう始末。
大宅賞作家がこんなインタビューや ってよく恥ずかしくないなと唖然としましたよ」 沢木耕太郎の弟分である杉山はここまで堕ち てしまったのか。
彼については、ある思い出が ある。
『噂の真相』の「タレント文化人筆刀両 断」で沢木を批判したついでに、ちょっと触れ たら、過剰反応してきたのである。
海、旅、風あるいは青春といったものだけを 書く沢木に私は「遠足作家」という呼称を進呈 した。
言うまでもなく、遠足では決して危険な ところへは行かない。
それと同じように沢木も政治や経済のナマぐさいテーマには取り組まな いからである。
こう前提して、途中に次のような杉山批判を 入れた。
〈沢木の弟分のような杉山隆男は、毎日新聞 の凋落と日経の興隆を対比して『メディアの興 亡』を書いた。
しかし、そこからはコンピュー タ化を成功させた日経の前社長、森田康がリク ルートコスモスの株で儲けていたなどというこ とは少しも浮かびあがってこない。
もちろん、 事件発覚前だから当然と言えば当然だが、同じ く未公開株で儲けながらシラを切っていた飯島 清に感心した沢木といい、森田をクローズアッ プさせている杉山といい、沢木とその亜流には ダーティーな臭いをかぐ能力が決定的に欠如し ているのである。
それは「危険」を避けて?遠足〞をつづけて きたからだろう。
杉山については『新潮 45 』で ちょっと批判したら、次号に反論を書くという ことだったが、それは遂に書かれなかった。
そ のとき杉山は、「そういうつもりじゃなかった」 という「つもりの弁解」でもする気だったのだ ろうか。
スポーツものなどとは違って、対象との位置 取りがむずかしい政治や経済のテーマを避ける 沢木流ノンフィクションがもてはやされればも てはやされるほど そこにはただ風が吹いているだけ のシアワセな風景がひろがるだろう〉 これは『噂の真相』の一九九〇年一〇月号に 載っている。
一六年余り経って、杉山は無惨に もその批評精神を失ったということだろう。
も ちろん私は「先見の明」を誇りたいのではない。
政治や経済の腐敗と堕落はそれを糾弾するジャ ーナリズムの腐敗と堕落と相似形だと嘆きたい のである。
『事件の真相!』で宮崎は朝日新聞編集委員 の山田厚史が『AERA』の二〇〇六年六月二 六日号に書いた露骨な福井俊彦日銀総裁擁護 を引き、驚倒している。
福井の暮らしは「カネ の臭いとは縁のない実直な」もので、総裁就任 時に村上ファンドへの出資を解約しなかったの は「応援の輪から独り抜け出すことは福井の美 学に反した」からだという。
あまりの過弁護に 宮崎は「これがジャーナリストの書く文章か ね」と呆れている。
「福井の実像――ケチ、イ ラチ、イコジをよく知っている日銀の人間は大 笑いしてるんじゃないかな」というわけである。
これはメディアの堕落、鈍感の記念碑的文章だ ろう。
『事件の真相!』が嘆く週刊誌の堕落 沢木・杉山流ノンフィクションに腐臭

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