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FEBRUARY 2007 92
注目集まる金流支援
サプライチェーン・マネジメントの目的は、
資本を有効に活用することによる利益の確
保と言っても過言ではないであろう。 その手
段の一つとして、在庫という形で固定化さ
れる資本を圧縮するために、各種の方法が
取り組まれている。
しかしながら在庫には、持たざるを得ない
という側面がある。 生産ロットと販売ロット
の差を埋めるバッファーとして、あるいは受
注〜納品リードタイムと生産リードタイムの
ギャップなど、在庫を必要とする理由は様々
である。 とりわけ現在はグローバリゼーショ
ンにより輸送時間が長くなっていることで、
持たざるを得ない必要最小限の在庫が増え
てしまっている。
見込み生産であっても、国内生産・国内
販売であるなら、半月ほどの在庫で運転で
きている企業が昨今は散見されるようになっ
てきた。 しかし、海外生産・海外販売の比
率の高い企業では、SCMのオペレーション
が進んでいる企業でも二カ月ほどの在庫を保
有しているケースが一般的である。
その差、一カ月半分の在庫にかかる金利
は、陳腐化リスクや保管コストなどを除いて
も、売上原価を売上高の六割、目標とされ
る税引後ROA(Return On Asset:総資
産税引後営業利益率)を一五パーセントと
仮定すると、二パーセント程度の売上ロスに
匹敵する。
ロジスティクスは一九六〇年代から着実に進化を遂げてきた。 しかしながら、その本
来の目的であった資本の効率化については、
いまだ大きな進展をあげていない。 次の改革
のポイントとして、サプライチェーン上の
「金」の動きに関わるフローとストックの効
率化が着目されている。
物流に対応した資金やそれに関わる書類
の流れを「金流」といい、サプライチェーン
における金流を「サプライチェーン・ファイ
ナンス(SCF)」という。 このSCFに関
わるプロセスの処理コスト低減、さらにはそ
れに関わる資金を支援するサービスが徐々に
広まりつつある。
ファイナンスを改革する
物流に対応した資金や書類の流れを「金流」といい、サプライ
チェーンにおける金流を「サプライチェーン・ファイナンス」と
いう。 その改革がSCMの次のテーマだ。 いまだ手つかずの分野
だけに大きな改善余地がある。 ただし、そこでは先進企業の模倣
は通用しない。
第23回
梶田ひかる
アビームコンサルティング
製造・流通事業部
マネージャー
93 FEBRUARY 2007
金流改革における問題点
取引条件の見直しによるキャッシュフロー
の改善は、これまでも数多く取り組まれてき
た。 代表的なものは、支払サイトの長期化
である。 また前号で取り上げたVMI
(Vendor Managed Inventory :ベンダー主
導型在庫管理)は、調達品についての所有
権をサプライヤーに移転することにより在庫
の圧縮を行うものである。
これらの施策は、いずれもバイイングパワ
ーに裏付けられたものである。 サプライチェーンで目指すべきは、WIN‐WINの関
係である。 所有権移転や支払いサイトの長
期化は、資本固定化をサプライヤーに肩代
わりさせるだけであり、サプライチェーンの
効率化とはならない。
またこれらの方法では、調達の改革は進
められても、販売の改革は進められない。 在
庫削減が進んだ現在、有価証券報告書を見
ると、流動資産は棚卸資産よりはむしろ売
掛債権の方が多い企業が大半である。 進め
るべきはむしろ販売に伴う金流の改革である。
SCMは企業間のプロセス連携による効
率化・資本の活用を目指すべきものである。
それにも関わらず、決済業務にはまだ効率化
の余地が多く残されている。 決済業務の改
革が遅れていたのは、それが財務・経理部
門の担当分野であったことも理由として挙
げられよう。 決済に関わる金融機関も含め
たプロセスの見直しが必要なのである。
サプライチェーンを管理するためには、財
務・経理業務へも積極的に介入することが
望まれる。 SCFの新たな取り組み領域と
して、それらプロセスの改革が注目されてき
ている(
図1)。 SCMの動きに対応し、金
融機関や3PLもまた、金流を支援するサ
ービスに積極的に取り組みはじめている。
決済業務の効率化
SCFの入門編として位置づけられるの
が、購入した部品・資材や下請事業者への
支払処理、あるいは販売したものに関わる請
求・入金確認処理の効率化である。 ロジス
ティクスではこれまで物の流れとストックを
中心に効率化を推進してきたが、それに関
わる支払い、請求業務については旧態依然
とした方法を採っている企業がいまだに多い。
さすがに大量の物量を扱う日本の大手企
業では、従来から決済業務の効率化への配
慮は見られた。 ロジスティクス分野で代表的
なものが「運賃計算」である。 この業界でい
う運賃計算とは、単に運賃を算定すること
ではない。 荷主が、その日に委託した輸送に
ついて、料金表から請求されるべき金額と明細を作成し、運送事業者にその内容を確認
させることである。
同様の取り組みは資材調達でも行われて
いる。 この方法を参考として、米フォード・
モーターでは調達支払業務改革を行い、こ
れらの業務に関わる要員を三分の一に削減
した。 このケースが「BPR(ビジネスプロ
セス・リエンジニアリング)」という用語の
きっかけの一つとなったことは周知のとおり
である。
ただ、このような方法はサプライヤーに新
たな業務プロセスへの対応を依頼することの
できる大手企業しか採用できない。 代わりに
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両者の取り組みとして誕生した「標準ED
I(Electronic Data Interchange:電子デ
ータ交換)」による決済業務効率化もまた、
そうした投資を行うことのできる大手企業が
利用するだけに留まっていた。
インターネットの普及に伴い、中小企業
も含めたこれら業務の効率化が実現可能な
ものとなってきている。 海外では現在、イン
ターネットを活用してこれらの業務の効率化
を支援する「EBPP(Electronic Bill
Presentment and Payment)」や「EIP
P(Electronic Invoice Presentment and
Payment)」などの電子請求書・決済の仕組
みを導入する企業が増えている。 これらのシ
ステムのなかには一連のプロセスの連携を強
化・可視化するのみではなく、債権者―債
務者の関係にさらに第三者を介して裏書等
の支援を行う機能を備えているものもある。
在庫を担保にした資金調達
在庫を担保にして資金のフロー化を支援
するのが在庫担保融資である。 この方法を
採用できる在庫は限定される。 たとえばライ
フサイクルの短い製品は、担保としている間
の資産価値の低下が著しいため、このような
仕組みには馴染まない。 原材料のように、長
期にわたり価格が安定しているものしか対象
にならない。
また、在庫担保融資をサービスとして手
がける事業者側には、従来の不動産を担保
とした融資とは異なる能力が要求される。 在
庫の資産価値の査定、トラブル発生時の担
保押さえや処分ルートの存在などが必要に
なる。 担保押さえでは在庫の保管を受託している物流事業者が優位にある。 処分ルー
トは商社が優位にある。 それらのことから、
3PLの新たなサービス分野として、在庫
担保融資が注目されてきている。
国際海上輸送の金流テクニック
グローバル・ロジスティクスの分野でも、
金流の改革は徐々に進展しつつある。 航空
輸送の場合は比較的新しい産業であり、関
連する事業者に大手企業が多いこと、また
時間の価値を活かすことが海上輸送との輸
送モードとしての競争力を決定することなど
から、金流効率化を意識したプロセスが既
に実現されている。
それに対し、海上貨物の場合は、長い歴
史を通して構築された情報化以前の時代の
非効率的なプロセスが、今も商慣習として
多く残されている。 例えば証券化した書類
は、荷物とは別便で銀行間で送られるため、
日本―中国など近距離輸送の場合は、船が
着港に到着するよりも後に証券が到着する
ことが珍しくない。 船舶技術の向上によりス
ピードアップされた輸送時間を活かすような
金流が行われていないのである。
そのような船舶輸送についても昨今はI
T化に対応した新たな方法が実現化され始
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めている。 その一つが「貿易金融EDI」、い
わゆる電子証券化である。 その代表的なもの
が、「SWIFT(国際銀行間通信協会)」が
主導する「BOLERO」である。 貿易金
融に関わる処理を電子化することにより、決
済の早期化が実現するだけではなく、サプラ
イチェーン上の在庫の圧縮、各種処理コスト
の低減が期待できる。 貿易量の多い企業にと
っては、これを活用することによるメリット
は大きい(
表1)。
航空貨物と同様に、証券化せずにウェイビ
ルを使用することも行われている。 これが
「海上運送状」と言われるものである(
表2)。
譲渡性がなくなること、担保権の留保ができ
なくなることから、活用範囲はグループ内の
ように信用が確保できて、かつ転売の可能性
のない取引に限定される。 それでもグループ
内工場間、たとえば日本―アジア間のキーパ
ーツ輸送等には適した手段であるといえよう。
SCFのトレンドを把握せよ
ロジスティクスはこれまで在庫削減、物流
コスト削減に注力してきた。 それらが進展し
た現在、いずれの取り組みも期待効果は小さくなってきている。 しかしながら、在庫削減
や物流コスト削減はそもそも利益増加のため
の手段の一つという位置づけに過ぎない。 S
CMが本来目指すべきは財務構造の改革で
ある。 そして財務諸表を見ると、プロセス改
善の余地はまだ大きく残されている。
ただし、模倣はもはや通用しない。 過剰在
庫が最大の課題だった時代には、先進と言わ
れる企業の取り組みを模倣すれば良かった。
しかしながらすでに表面的な模倣のみでは期
待されるような効果は得られなくなってきて
いる。 改革に成功している企業の共通点は、
関連する施策間、プロセス間の整合性が取れ
ていることだ。 特に注目すべきは財務構造で
ある。
同業であっても、その会社の財務構造によ
って、効果のある施策は異なってくる。 正確
な財務構造の理解が、効果のある施策の検
討を導く。 それに加えて、SCFのトレンド
を把握することをお奨めする。 金流分野の動
きは、財務省の管轄であることもあり、アン
テナを広げないと動向の把握は難しい。 財務
構造の改革に向け、ロジスティクス部門は財
務・経理部門とのより一層の連携が望まれて
いるのである。
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