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APRIL 2007 70
昨年八月に設立された「国際物流
競争力パートナーシップ会議」は、A
SEANを中心とする国際物流の高
度化を?東アジア経済統合〞の第一
歩と位置づけている。 日系企業が深
く根をはっている同地域の物流を改
善する意義は事業者にとっても大き
い。 経済産業省や国土交通省などが
省益を超えて推進する動きに、トー
タル・サプライチェーンの最適化を模
索する企業が乗らない手はない。
背景にある日本の国家戦略
今年二月初め、インドネシアの首
都ジャカルタに出張してきた。 現地
は五年ぶりという大雨の直後で、大
洪水が発生。 空港からジャカルタ市
内に向かう道路もあちこちで冠水し
ていた。 海抜の高い地域にある日系
企業の多くは直接的な被害を免れた
ようだが、交通網が寸断された影響
で臨時休業を余儀なくされたところ
も多かったという。 期せずして、イン
ドネシアの社会インフラの現実を目
の当たりにする結果となった。
私がインドネシアを訪れた目的は、
「国際物流競争力パートナーシップ会
議」(以下、「国際物流会議」)の一環
でJETRO(日本貿易振興機構)
が進めている「物流高度化支援事業」
の現地会議およびセミナーに出席す
るためだ。 「国際物流会議」について
は、日本ロジスティクスシステム協会
(JILS)が一月に催した賀詞交歓
会の場でも話題になっていたため、ご
記憶の方もいることだろう。 私はその
下部組織の一つである「人材育成ワ
ーキンググループ」の委員としてセミ
ナーの講師などをつとめてきた。
この会議の背景には、昨年七月に
政府・与党が決定した「経済成長戦
略大綱」がある。 人口の減少が本格
化する二〇一五年までに日本が手掛
けるべき施策を列挙したこの大綱に
「東アジア経済統合の推進」という項
目が掲げられている。 近年、中国や
ASEAN諸国と我が国との間で国
際分業が進展したことを受けて、E
Uや北米にあるのと同様の地域経済
圏が、東アジアに誕生するのを後押
ししようという壮大な構想である。
経済産業省と国土交通省が昨年八
月に設立した「国際物流会議」の概
要を説明する資料には、こう明記さ
れている。 「『東アジア経済統合』の
第一歩は『国際物流』から始まる。 国
の枠を超えて『アジアワイドのシーム
レスな物流圏』の実現を目指すこと
が、経済統合の突破口」になる。 さ
らに「経済統合の進むEUや北米で
は、物流コストがアジアの半分の水
準」として、「グローバルに展開する
我が国企業の競争力を強化する観点
からも、アジアを中心とする国際物
流の基盤整備が重要な課題」と指摘
した。
この会議のメンバーには、経産省
と国交省の両大臣をはじめ、日本自動車工業会、電子情報技術産業協会、
経団連、JETRO、JILS、物
流連など関連団体のトップが並んで
いる。 十二月には「行動計画」が打
ち出され、各テーマにもとづくワーキ
ンググループ(WG)の活動が本格
化した。
以前からJILSやJETROな
どの活動を手伝ってきた私の経験に
照らすと、「国際物流会議」にのぞむ
ASEAN物流の改善めざす国策が始動
第10回
71 APRIL 2007
関係者の?本気度〞が従来とは少し
違うように思えてならない。 この分野
の事業の多くは、縦割り行政のなか
で散発的になされてきた。 それが今回
は、必要な施策を一挙に進めようと
している。 東アジアで事業を展開する
日系企業にとっては、サプライチェー
ンを見直す好機といえるだろう。
中国の台頭とASEAN回帰
この動きは、日本や日系企業をと
りまく環境の変化を反映したものだ。
「国際物流会議」では改善対象の地域
を「東アジア」としているが、特にA
SEAN諸国が念頭におかれている。
より分かりやすく言えば、日本が将
来、中国と対峙してい
くための国家戦略とし
て、ASEANとの関
係を強化する取り組み
だと私は理解している。
浅薄な中国脅威論を
主張するつもりはさら
さらないが、国際情勢
の大局はおさえておく
必要がある。
急成長する中国が、
日本を凌ぐ経済大国
になるのはもはや時間
の問題だ。 そして、こ
の連載の第二回でも触
れたように、中国は国
策レベルでロジスティ
クスや流通を強化して
おり、現状のような日
本との国際分業がいつ
までも成立するとは考
えにくい。 早晩、中国
は国際的なサプライチ
ェーン管理でも主導権を握ろうとす
るはずだ。 国土も人口も桁違いに小
さい日本が、この動きに独力で対抗
していくのは現実的ではない。
さらに「経済成長戦略大綱」でも
強調されているように、いずれ日本で
は人口の減少が本格化する。 高齢化
も進むため、国内の労働力不足は深
刻化し、労働集約的な仕事を海外と
役割分担していく必要性が一段と増
す(
図1)。 現状でその最も有力な分業相手である中国を頼れないとすれば、
必然的に日本は新たなパートナーを
探さなければならない。 ただし軸足を
?ものづくり〞に置き続ける以上、物
流リードタイムに制約のあるインドな
どとの分業には限界がある。
そうしたなかで格好の連携相手と
して再浮上してきたのがASEAN
諸国だ。 中国が台頭する以前の日本
で海外の生産拠点といえば、タイ、フ
ィリピン、インドネシア、マレーシア
などが主流だった。 日系メーカーが
部品や原材料を調達する先としての
実績も大きい。 ASEAN諸国には、
すでに日系企業の多くが根を下ろし
て活動しているという現実があり、経
済支援などを通じた信頼関係もある。
最近でこそ中国の影に隠れてしま
った印象があるが、数値データを見
る限り、ASEAN諸国と日本の関
係は依然として深い。 二〇〇五年の
日本の貿易相手国/地域別シェアは、
米国一八・八%、中国一六・五%、
EU一四・四%、ASEAN十三・
八%だった。 一方、これをASEA
Nの側から見ても、ASEAN二二・
四%、日本は十三・七%、米国十
三・五%、EU十三・〇%となって
おり、日本は欧米と並ぶ貿易相手国
になっている。
つまり、いずれ中国が日本との国
際分業を必要としなくなる可能性が
あるのに対し、ASEANと日本は
互いに相手を必要とする関係にある。
にもかかわらず、ASEANと日
本を結ぶ国際物流は現在、決して高
いレベルにはない。 だからこそ「国際
物流会議」の資料には、五年後の目
標として「ASEANを中心にアジ
アでの事業展開における物流コスト
を半減」し「国境を越える際に必要
なリードタイムを半減」すると明記された(
図2)。 私の実感としても、A
SEANの物流には、効率化の余地
がまだ随所に残されている。
成果は効率化にとどまらない
「国際物流会議」の具体的な活動は
四つのワーキンググループからなる。
ASEANに関連する物流コストと
リードタイムを半減するという目標だ
APRIL 2007 72
W X e B V ‰
私が委員として参画している「人
材育成WG」の場合は、そもそもが
短期的な経済効率の追求とは一線を
画した取り組みといえる。 単なるコス
ト削減が狙いなのであれば、調達する
側が意思表示をするだけでもそれなり
の効果が見込める。 しかし、急速に
変わり続ける日本社会のニーズに的
確に対応してもらおうとしたら、実際
に物流を管理している出荷企業の側
に、そうした判断を下せる人材がいる
ことが望ましい。
周知のように「食の安全・安心」に
対する日本人の要求レベルは、他の
先進国と比較してもずば抜けて高い。
しかも近年は、このレベルがどんどん
高度化している。 サプライヤーにはこ
うした点まで考慮してもらいたいのだ
が、海外の調達先企業にこれを理解
してもらうのは簡単ではない。 日本で
は必須になりつつある原料の履歴管
理ひとつとっても、厄介なことを言う
なら値上げしてくれ、などと反発され
るのが関の山だろう。
日本社会に特有のニーズに応えて
もらおうとしたら、現地に日本人と
同様の感覚を理解できる人材を育て
るのが一番だ。 当面はリードタイムの
短縮などによる効率化が主な役割に
なるとしても、これとCSRのような
視点とのバランスをとりながら、トー
タル・サプライチェーンの最適化を
図っていける人材が求められている。
JILSを手本に組織化
こうした人材をASEANで育成
していくには、各国にJILSと同
様の組織を立ち上げるのが早道だと
私は考えている。 いまJILSが日
本国内で果たしている役割で最も評
価されるべきは物流マンの育成だ。 そ
の中心的なコースの一つである「物
流技術管理士」講座の内容が、実は
最近一〇年ほどで大きく変わってい
ることに、人材育成という行為の意
義がよくあらわれている。
いまJILSの「物流技術管理士」
の講座を受講しようとしたら一年以
上待たされることが珍しくない。 人
気の理由は、改正省エネ法への対応
に象徴されるような新しい視点が物
流マンに求められるようになったため
だ。 企業の多くは社内にこうしたノ
ウハウがないため、外部の知恵をつか
って対応していこうとしている。
私は二〇年以上前からJILSの
活動にかかわってきたが、かつての
「物流技術管理士」のカリキュラムは、
トラック輸送業者との契約や倉庫料
の仕組みなど、物流コスト管理が中
心だった。 これが今でも重視すべき内
容であることは言うまでもないが、昨
今はここにCSR的な内容が加味さ
れてきた。 改正省エネ法などへの実践
的な対策を学べたり、同様の悩みを
もつ物流マンと情報交換できることな
どが講座の人気を高めている。
もっともJILSが現在の姿になるまでには長い年月が必要だった。 か
つて社会経済生産性本部と日本能率
協会が内部にそれぞれ持っていた物
流委員会が、九〇年代初めに一緒に
なってJILSは誕生した。 それ以
前は、生産性本部には基幹産業が、能
率協会にはそれ以外の企業が所属す
るという棲み分けがあった。 しかし企
業がロジスティクスを高度化するなか
で活動領域が輻輳してきた。 このた
けでも、かなり大胆だが、ここで見込
まれている成果は効率化だけにとど
まらない。 本連載のテーマであるC
SR(企業の社会的責任)の観点か
らも多くの成果が期待されている。
物流の効率化がCO2排出量の削減
など環境対策にも寄与することは言
うまでもないが、これはほんの一部に
すぎない。 たとえば、いま日本の企業
が直面している改正省エネ法への対
応などへの好影響も見込める。
日本ではいまだにロジスティクスの
管理領域は自社の工場から先だけと
いう企業が少なくない。 食品メーカ
ーなどのサプライチェーンを遡ると、
その多くは原料を海外から輸入して
いるにもかかわらず、調達業務の物
流管理はサプライヤー任せだ。 結果
として、自社の工場から先の管理は
高度なのに、調達分野はムダだらけ
という状態が温存されている。
昨年四月に施行された改正省エネ
法では、一定規模以上の荷主に、輸
送にかかわる省エネルギー計画の策
定と提出を義務づけた。 すでにギリ
ギリまで切りつめている工場以後よ
り、調達分野のほうが省エネ目標を
達成しやすいという企業は多いと思
われる。 このような事業者にとって
「国際物流会議」の活動は、格好のチ
ャンスを提供してくれるはずだ。
73 APRIL 2007
め経産省・国交省が働きかけて組織
を統合。 さらに社団法人に衣替えし
て民間企業の負担で活動しはじめた
ことで、現在のJILSが生まれた。
継続的に人材を育成していこうと
本気で思うのであれば、このように息
の長い組織化が欠かせず?器〞を作
れば済むという話ではない。 これはA
SEANにおいても同様だ。 言い換
えれば、「国際物流会議」が行動計画
を定めた三カ年で、定量的な結果が
出るようなテーマではない。 むしろ会
議の前提となっている「経済成長戦
略大綱」が見据える一〇年後にむけ
て取り組むべき話だろう。
このような認識は、経産省の外郭
団体での活動などを通じて私が情報
交換してきた人たちとも共通してい
る。 ただ従来は、縦割り行政の弊害
を感じる場面が少なからずあった。 そ
れが「国際物流会議」では、経産省
と国交省ばかりか財務省まで一緒に
なって国際物流の再構築に乗り出し
てきた。 人材育成WGだけを見ても、
過去の散発的な動きが統合されつつ
あるようにみえる。
長らく国際物流に携わってきた者
の実感として、ようやく関係省庁が
省益を乗り越えて動き出したように
思う。 人材育成のような地道な活動
を主要テーマの一つに掲げた点にも、
それがうかがえる。 こうした事柄から
私は、「国際物流会議」への関係者の
?本気度〞の高さを感じているので
ある。
期待される東西経済回廊
「国際物流会議」には、人材育成の
他に三つのWGがある。 そのうちの一
つである「輸出入通関手続WG」の
活動によって国際的なEDIの整備
が進めば、ASEAN域内での物品
の移動のみならず、日本での輸出入
手続きも劇的に改善されるはずだ。 日
本国内ではスーパー中枢港湾プロジ
ェクトなども進行している。 企業が国
際的なサプライチェーンを再構築する
機は熟してきたように思える。
「広域物流網WG」が取り組んでい
るASEAN域内における物流ルー
トの整備にも注目したい。 インドシナ
半島の根元を横断する「東西経済回
廊」をはじめとする道路インフラには、
日本のODA(政府開発援助)予算
が投じられている。 そうした案件の一
つで、昨年十二月に開通した第二メ
コン橋は、タイとラオスの国境に位
置している。 この橋の開通によって、
バンコク近郊から陸路で南シナ海に
抜けることが可能になった。
従来はメコン川にさえぎられて陸
路という選択肢がありえず、海路で
インドシナ半島を迂回するしかなかっ
た。 バンコク周辺で作る製品を日本
国内に輸送するリードタイムが、中
国の沿岸部で作るより約二日半も長
いという状況はこれによって生まれて
いた。 しかし、新たに整備された東
西経済回廊を使えば物理的なリード
タイムは大幅に短縮され、上海と比
較しても半日長いだけのレベルになる。
リードタイム面でのASEANの不
利はかなり解消されるはずだ。 ただし、これは単純に距離から計
算するリードタイムに過ぎない。 現実
には複数のASEAN諸国をまたい
で輸送する必要があるため、国境の
たびに発生する通関手続きなどで時
間がかかってしまう。 日本のODA
で整備したインフラを有効活用して
いくためにも、各国の政府と連携し
てスムーズな物流を実現していくこと
が望ましい。 めざすべきは「アジアワ
イドのシームレスな物流」である。
広域物流網WGは優先的に整備す
べき六つの物流ルートを設定してい
る(
図3)。 当面はラオス・ベトナム
国境間における「ワンストップ・シン
グル・ウィンドウ」(一回の処理で複
数の通関処理などを可能にする仕組
み)の実証実験などに取り組んでい
く計画だという。
新しい物流ルートが開拓された直
後というのは、不確実性などのリス
クが大きいことを否めない。 だが、こ
れによって競合他社に対するロジス
ティクスの優位性を確保できる可能
性も高い。 どのようなタイミングで新
しいルートに自社の貨物を乗せるの
かも、物流マンの判断が問われると
ころだろう。
日本企業の多くは国際物流を使わ
ざるをえない立場にありながら、これ
まで原材料の調達にまで至るトータ
ル・サプライチェーンの最適化を実現
できずにきた。 自動車メーカーのよう
に自ら全体の効率化を主導してきた
のは例外的で、ほとんどの企業が合
理化の余地を残している。 コスト削
減とCSRの両面でライバルに遅れ
をとらないためにも、「国際物流会議」
の今後の動きに注目してほしい。
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