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消費者は待ってくれない
ガス風呂・給湯器大手、ノーリツの在庫水
準は同業者と比べると圧倒的に低い。 かつて
一カ月を超えていた棚卸資産回転期間を一〇年間で半減し、これをさらに半減しようと二
〇〇二年から取り組んできた結果だ。
同社のオペレーション能力は以前から高く
評価されてきた。 九〇年代半ばに大阪ガスが、
ガス機器をOEM供給してもらっている四〇
社近いメーカーを巻き込んでロジスティクス
改革を行ったことがある。 メーカーは売れた
分だけガス機器を納入することを求められ、
各社の生産の柔軟性が、流通在庫の削減に直
結することになった。 このときダントツで高
い評価を受けたのがノーリツだった。
また、二〇〇四年には、日本ロジスティク
スシステム協会の催しで、システムバスの受
注生産(BTO=Build To Order)の仕組
みについて発表して「ロジスティクス大賞技
術賞」を受けている。 ただし、このとき受賞
対象となったシステム製品は、すでに限りな
くゼロに近い在庫で運用されており在庫削減
の対象にはなりようがない。
近年、ノーリツが効率化の対象としてきた
のは、ガス給湯器など扱う温水器事業だ。 売
上高の約八割を占める主力分野でもある温水
器は、在庫を抱えざるを得ない製品特性を持
っている。 一昔前であれば、同社が扱う温水
器の約七割は新築物件に据え付けられていた。
これが現在ではほぼ逆転して、六割以上が既
築物件でのリフォームや機種交換になった。 つまり、生活が営まれている合間をぬって製
品を取りつけるケースが増えている。
製品が老朽化して、完全に壊れてしまった
場合、ノーリツは連絡の入った翌日か翌々日
に機種交換をしている。 修理依頼にともなう
機種交換はもっとせわしない。 顧客からノー
リツのアフターサービス部門に修理依頼が寄
せられると、当日か翌日のうちには子会社の
NTSなどが修理に赴く。 修理だけで済めば
いいが、交換になる場合が問題だ。
「修理のためにすでに一日から一日半の時
間を使っているため、余計に早く持っていく
在庫削減
ノーリツ
生産・販売・物流の活動を同期化し
業界最低レベルの在庫をさらに半減
80年代半ばからトヨタ流の効率化に取り組み、
1カ月以上あった棚卸資産回転期間(単体ベース)
を半減した。 それをさらに半減する活動を5年前
からスタート。 2005年12月期の時点で在庫期間
は0.28カ月にまで改善している。 「生販委員会」
の事務局をつとめる物流部門が調整役となり、
生産と営業の活動を同期化したことが在庫削減
の原動力になった。
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ことを要求される。 以前は代理店などの在庫
でも対応できたのだが、最近は流通も在庫を
減らしてきた。 メーカー自身が非常に短いリ
ードタイムで対応しなければならない」とノ
ーリツの物流システム部・企画管理グループ
の三村光昭リーダーは説明する。
こうした利用者のニーズを前提としながら、
同社はいかに低水準の在庫で事業を運営する
かを一貫して追求してきた。 九〇年代を通じ
て同業他社より圧倒的に低い在庫レベルを実
現してきたものの、実はそこにはまだ多くの
改善の余地が残されていた。
生販委員会を仕切る物流部門
ノーリツのオペレーション改革は、八六年
にNPS(ニュー・プロダクション・システ
ム)研究会に入会したことから始まった。 ト
ヨタ生産方式の創始者である大野耐一氏の右
腕だった鈴村喜久男氏が立ち上げた研究会で、
「一個流し」(実需に応じて製品を一個ずつ生
産する)の考え方に基づく無在庫経営の実践を提唱してきた。
ここで学んだことをノーリツは「NRPS
(ノーリツ生産方式)活動」として、自らの
生産と物流に適用してきた。 そして一〇年余
りの活動でNRPSが定着したと判断すると、
九八年にNPS研究会から脱会。 独自の道を
歩みはじめた。
もっとも当時のオペレーションが完璧だっ
たわけではなかった。 販売先に納期を確約で
きないことや、生産と営業の連携、さらには
アイテム数の増加による在庫管理の煩雑化な
ど多くの課題を抱えていた。
二〇〇一年に厨房ガス機器メーカーのハー
マンを関連会社化(二年後に子会社化)した
ことも新たな課題を生んだ。 約三〇〇億円の
年商を持つハーマンをグループ化したことに
よって、ノーリツの連結売上高は伸びた。 そ
の一方で、グループ全体の在庫水準は一気に
押し上げられてしまった。
このような状況に危機感を抱いたノーリツ
は、二〇〇二年二月からNPS研究会に戻る
ことを決断。 「納期を確約できる供給システ
ムの確立」と「在庫二分の一化・先入れ先出
し」という二つのスローガンを掲げて、改め
てNRPS活動を本格化した(図参照)。
活動を再開するにあたって同社は、オペレ
ーションにおいて重要な変更を二つ行った。
一つは、需給調整のために生産・営業・物流
の三部門の代表者が出席する「生販委員会」
の事務局を、物流システム部が担うようにな
ったことだ。 この委員会は、毎月の生産・販
売・在庫台数を製品群ごとに決めるノーリツ
社内の重要な会議である。
それまでの同社は、この会議の仕切り役を
生産部門もしくは営業部門に委ねてきた。 こ
れを中立の立場にある物流システム部に移管することで、A(営業)とB(生産)とC
(物流)の活動を改めて最適化する。 これに
よってトータルでリードタイムを短縮し、在
庫削減やコスト削減などを図っていこうとい
うのが、事務局を移管した狙いだった。
出荷日管理から着荷日管理へ
もう一つの変更は、基幹システムの刷新に
際して、それまでの「出荷日基準」の管理を
「着荷日基準」に改めたことだ。 従来は、現
場で使う伝票にも、システム上のデータにも
「受注日」と「出荷日」だけが表示されてい
物流システム部・企画管理
グループの三村光昭リーダ
ー
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な見直しに取り組んだ。 まず三カ月ほどかけ
て新たなネットワーク構想と契約体系を練り、
次いで二三社あった協力物流業者を七社に絞
り込むコンペを開催した。 これによって、全
国を七ブロックに分ける新しい輸配送ネットワークが動きだした。
ダイヤグラムが規律を生む
もっとも協力運送業者の作業精度を高める
だけでは不十分だった。 輸配送スケジュール
の精度自体を上げなければ、着荷日の確約は
おぼつかない。 これを実現するためのポイン
トが「ダイヤグラム」だった。
ここで言うダイヤグラムとはトラックの運
行表を指す。 トヨタ流のオペレーションでは、
これを分刻みで管理することでジャストイン
タイムの活動を実践している。 NPS研究会
の考え方にも、物流ダイヤを整えれば、生産
や販売は自ずと正常化するというものがある。
かつてはノーリツもこの教えを忠実に守って
いたのだが、年月を経て運用がおろそかにな
っていた。 これを根底から見直した。
物量の変化などに応じて無理とムダのない
ダイヤグラムを組む。 それを協力物流業者と
ともに厳密に運用できれば輸送リードタイム
は狂わない。 あとは着荷日から逆算した出荷
のタイミングに合わせて生産すればいい。 そ
のためには、生産活動の高度化を図る一方で、
販売の平準化によって生産に余計な負荷がか
からないようにする必要があった。
一連の活動を進めるうえで、物流システム
部が生販委員会とダイヤグラムの両方をコン
トロールしていることは極めて有効だった。
ノーリツの温水器事業は、本社のある明石地
区だけで四カ所の生産拠点を持っている。 こ
れらを順番に回って集荷したうえで、全国ネ
ットワークに乗せて各地に届けている。 生産
活動や物流インフラなどが抱えている制約条
件を踏まえてダイヤグラムを組めるかどうか
た。 ノーリツ側の出荷日さえ厳守すれば、あ
とは構築済みの全国ネットワークで無事に届
くというわけだ。
ただし、この管理体制だと、顧客から「い
つ到着するのか?」と問われたときに、「明
日出荷するから、明後日には着く予定」とい
った回答しかできなかった。 しかも出荷後の
輸送管理を協力物流業者に任せていたため、
予定通りに到着するかどうかは結果が出るま
で分からなかった。 これをノーリツの責任に
おいて着荷日を確約できるようにすることが、
経営トップから下された厳命だった。
そのために、まずはシステム上の表示を
「出荷日基準」から「着荷日基準」に変更し
た。 すべてを着荷日から逆算して管理するよ
うに改めたのだ。 これによって物流部門には、
このシステム上の?予定〞を、確実に守るこ
とのできるオペレーションの仕組みづくりが
求められることになった。
当時のノーリツの輸配送業務は、事実上、
外部への丸投げだった。 「当社は作って出す
だけで、製品を出荷場に取りにくるタイミン
グすら運送会社まかせになっていた。 たとえ
ば路線業者であれば午前か午後のどちらかで
集荷するといった具合だ。 しかも契約が重量
建てになっていたため、運送会社は一生懸命
に積み込もうとする。 関連するノウハウは、
すべて外部に出てしまっていた状態だった」
と三村リーダーは振り返る。
そんな中で三村氏は、輸配送管理の抜本的
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が、すべての出発点になった。
実務面では、「製品のピッキング」、「出荷
場での積み付け」、「フォークリフトによるト
ラックへの積み込み」という一連の出荷作業
を、すべて?一七分ピッチ〞で回し続けるこ
とがポイントになった。 一七分という数字の
根拠はシンプルだ。 ノーリツの一日の定時作
業は七時間三五分(四五五分)ある。 一日あ
たり約五〇台のトラックに積み込む必要があ
るのだが、同社の明石工場には出荷作業場が
二台分しかない。 つまり一カ所で一日に二五
台を処理しなければ全量をこなせない。 この
四五五分÷二五台という計算から、一七分ご
とに一台分の作業を終えなければ回らないと
いう結論が導き出された。
ここで重要なことは、実際の作業時間から
一七分を導き出したのではなく、インフラな
どから逆算して一七分で作業を終えなければ
いけないとした点だ。 もちろん、これが現実離れした数値なのであれば、ボトルネックに
なっている明石工場の出荷能力を見直さざる
をえない。 だが工場の機能拡張は物理的に不
可能だったし、かといって工場移転は現実的
ではない。 一七分ピッチで動けるように現場
を変えていくのがNPS流だった。
三村リーダーは強調する。 「一七分で作業
を済ませるという方針を出したとき、現場は
『そんなことは不可能だ』と反発した。 それ
が今や、優秀な作業者であれば一〇分でこな
せるようになり、運送会社の人たちに『なん
でできないんだ』と言うまでになっている。
ダイヤグラムの基本となる時間が決まれば、
あとは技能を高めるか、やり方を変えるか、
人手を増減して対応していくしかない」
管理を細かくすれば見える
ノーリツの社内の意識はだいぶ変わりつつ
ある。 生販物の連携にはまだ課題を残してい
るものの、「気づいていて直せないのと、気づ
いていないのとでは違う。 今は生販委員会で
決めたことに責任を持つという意識が生まれ
ている」。 同社がもう一段、在庫水準を下げ
る可能性は高そうだ。
物流システム部は現在、新たな取り組みを
スタートしている。 約一年半かけて開発した
「運賃検証システム」を使った効率化がそれ
だ。 これまで協力物流業者との精算業務は、
月末に運送会社から請求書が上がってきてか
ら処理していた。 これを新しいやり方では、
ノーリツの側から利用明細を発行するように
変えた。 毎日、運送業務の状況をコンピュー
タに入力するなど物流部門の負担は増えたが、
それ以上の成果を見込んでいる。
このシステムを開発した狙いは主に二つあ
る。 運送業者との精算業務を効率化するとい
うのが一つ。 もう一つは、作業内容やコスト
の発生状況をノーリツの事業所や課単位に落
とし込むことで、物流費を所課ごとに?見え
る化〞するというものだ。
従来のように運送会社の請求を待つだけで
は、支払いは一カ月ごとの総額になる。 だが
作業内容をノーリツ側が記録しておけば、明細を把握できるし、これを社内データとして
も活用できる。 たとえばイレギュラーの輸送
費などを所課ごとに分類して、発生源に負担
してもらうといった使い方が可能だ。 物流A
BCと同様の改善ツールになりえる。
コストをドンブリ勘定で管理していると、
どうしても出費に対して鈍感になっていく。
三村リーダーは「最終的な目標値だけを示す
よりも、細かく区切るほうが管理精度は高ま
る。 運賃についても、細かく内容を見ていけ
ば問題点が見えてくるはず」と期待している。
(
フリージャーナリスト・岡山宏之)
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