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MAY 2007 58
「物流部長がバトルを演じたんです」
営業部長が興味深いことを言う
大先生がいまコンサルをしている問屋のロジス
ティクス導入が佳境に入ってきた。 先般開かれた、
支店長と支店の関係者を集めたロジスティクス導
入のための全社会議では、全会一致で導入が決
まった。 しかし実は、多くの支店長は反対意見を
言えない雰囲気の中でしぶしぶ承認したというの
が本音のようである。
まだまだ抵抗勢力は健在だということで、最後
の詰めの打ち合わせをしたいと物流部長が営業部
長を伴って大先生事務所を訪れた。
弟子たちは仕事で外出中だ。 まだ五月だとい
うのに、もう夏のような陽気だ。 物流部長が「暑
いでんな」と言いながら入ってきた。 営業部長も
額に汗している。 それを見て、大先生がねぎらっ
た。
「なにも、こんな暑い中、来なくてもいいのに」
「いやー、気候も暑いですけど、うちの会社も
暑いですわ」
物流部長が妙なことを言う。 大先生に促され
て、二人が会議テーブルにつく。 女史が出した冷
たい飲み物を物流部長が一気に飲み干すのをお
もしろそうに見ながら、大先生が聞く。
「それで、今日は何?」
「はぁ、先般の会議以降のご報告と最後の詰め
をどうしたらいいかということについてご相談し
たいと思いまして‥‥」
「最後の詰め?
あんたが詰め腹を切るとかい
うこと?」
大先生の言葉に、営業部長がおかしそうに声
を出して笑いながら何度も頷く。 物流部長が口
を尖がらして、ぶつぶつ言う。
「また、そんなことを。 あんたまでなんだよ、そ
んな楽しそう顔をして」
文句を言われた営業部長が、とりなすかのよう
に、物流部長をちらっと見て、興味深いことを言
う。
「悪い、悪い。 そういうこともあるかなって思
って。 それはそうと、先生、ある支店で、彼は支
店長とバトルを演じたんです」
《前回までのあらすじ》
本連載の主人公である“大先生”は、ロジスティクス分野のカリ
スマコンサルタントだ。 “美人弟子”と“体力弟子”とともにクラ
イアントを指導している。 現在は旧知の問屋から依頼されたロジス
ティクス導入コンサルを推進中だ。 支店長たちを集めた全社会議を
経てロジスティクス導入が正式に決まったものの、実は社内には抵
抗勢力が残ったままだった。 最後の詰めに向けてアイデアをもらお
うと物流部長と営業部長が大先生の事務所を訪ねてきた。
湯浅コンサルティング
代表取締役社長
湯浅和夫
《第
61
回》
〜ロジスティクス編・第
20
回〜
59 MAY 2007
「バトル?
へー、それはおもしろい。 詳しく
話してごらん」
大先生に促されて、物流部長が頷く。
「はぁー、そんなバトルなんて大袈裟なことで
はなく、まあ、本音で話し合ったというだけのこ
とです」
「何でもいいから、それで、何を話し合った
の?」
大先生が先を促す。 覚悟したかのように、物流部長が身振りを交えて話し始めた。
「実は、例の在庫補充システムについていろい
ろ話し合おうと思ってその支店に行ったとき、た
またまか、わざとなのか、会議してる場に支店長
が顔を出したんですわ」
「その支店長というのは彼の一年先輩で‥‥あ
っ、私と同期なんですが、ちょっと皮肉っぽいと
ころがあるやつなんです」
営業部長が口を挟んで補足した。 大先生が頷
くのを見て、物流部長が続ける。 物流部長によ
ると、おおよそ次のようなやりとりがあったよう
だ。
「物流は水の如し。 それを理解すべき」
物流部長が支店長に言い放った
最初に因縁をつけたのは支店長だった。 突然、
会議室に顔を出し、物流部長に皮肉っぽく話し
掛けた。
「物流部長もいろいろ忙しいね。 物流を放っぽ
り出して、営業や仕入れにまで顔を突っ込んでい
るんだから」
Illustration©ELPH-Kanda Kadan
MAY 2007 60
「別に物流を放っぽり出してるわけじゃありま
せんけど‥‥」
支店長の言葉に、物流部長はどう対処しよう
か判断しかねて、態度を曖昧にして答えた。 よせ
ばいいのに、支店長が嵩にかかってきた。
「だいたい、物流のあるべき姿をつくるのがあ
んたの本来業務じゃないの?
物流コストが結構
利益を圧迫しているから、早いとこ何とかしてく
んなきゃ困るんだよ。 相変わらずパートも多いし、
残業も多い。 それを何とかするのがあんたの仕事
だろ?」
この言葉に、物流部長の心は決まった。 これは
相手に合わせて対処するしかないと判断したが、
それでも感情を抑えながら、支店長の顔を見据え
て答えた。
「物流は水の如しです。 つまり、器によって形
を変えるということです。 器とは、言うまでもな
く、営業のやり方であり、仕入れの仕方なんです
わ」
ここで物流部長は一呼吸おいた。 支店長は何
を言うつもりなんだという顔で物流部長を見てい
る。 物流部長が挑戦的に続ける。
「いいですか、器がばかな形をしていれば、物
流もばかな形になりますし、賢い器に入った物流
は賢くなる。 そういうもんです。 物流のあるべき
姿など物流単独で決まるものではないんです。 器
が決めるんです。 わかりますか?」
物流部長の言葉に支店長がむっとした顔をす
るが、反論できず、物流部長の顔をにらみつける。
物流部長は平然と支店長の顔を見て、さらに続
けた。
「だから、いま器を賢くしようとロジスティク
スを入れている最中です。 それによって営業も賢
くなれば、仕入れも賢くなる。 結果として物流も
賢くなる。 こんないいことないでしょう。 そこん
とこがわからないと、支店長なんぞ務まりません。
はい」
最後の余分な一言に支店長がキレた。 その場にいたシステムや仕入れの関係者が物流部長と支
店長の顔をそっと見た。 支店長の顔を見た途端、
みんなの間に緊張が走った。
「なにー、おれには支店長は務まらんというの
か?」
「別に、支店長のこと言ったつもりはありませ
んよ。 そこんとこがわからん支店長は、って言っ
たんですよ」
そんな言い分には、さすがに支店長は納得しな
い。 部下たちの前で侮辱されたと思ったらしく、
物流部長に悪態をついた。
「おまえな、社長の覚えがめでたいからって、で
かい面するなよ。 おれたち支店長を相手に喧嘩す
るつもりなら、それなりに覚悟しとけよ」
支店長は精一杯恐い顔で物流部長を脅したつ
もりかもしれないが、こんなたわいもない恫喝に
怯む物流部長ではない。 むしろ、物流部長はバト
ルを楽しんでいるようだ。
「覚悟ってどんな覚悟をすればいいんですか?
それに支店長相手に喧嘩するつもりなどありませ
んよ。 社長の覚えがめでたいといいますが、今日
ここに来てるのは、常務の指示です‥‥」
61 MAY 2007
この最後の言葉は、物流部長のはったりだが、常
務という言葉に、支店長は明らかに怯んだ様子を
見せた。 これ以上やりあっても得策ではないと思っ
たようで、「まったく」とか言いながら、物流部長
に背を向けて足早に去ってしまった。
「軋轢がないと、新方式は定着しない」
大先生が無茶苦茶なことを言う
物流部長の状況説明に大先生が大笑いしている。
物流部長が顔をしかめて、ぼそっと言う。
「そんな笑わなくても‥‥」
「いや、笑うよ、おもしろいもん。 それにしても、
何だっけ?
酒の名前みたいの?
そうそう、物
流水の如し‥‥器によって形が変わるか。 うん、言
い得て妙だ。 感心した」
大先生は、本当に楽しそうだ。 そして、たばこを
手に取りながら物流部長に聞いた。
「その話は社長にした?」
物流部長が頷き、社長とのやりとりを話す。
「はい、支店に行くたびに社長に状況を報告する
ことになっていますので、その話もしました」
「社長は何て言っていた?」
大先生が興味深そうに聞く。
「はい、『まあ、支店長を怒らせてしまったの?
これで何度目?
困った人ね。 でも、注意しても
あなたの性格では効き目はないでしょうから、好き
におやりなさい』ってそれだけでした」
社長の口真似をした物流部長の話に、また大先
生が大笑いする。 営業部長が何か思い当たったこ
とがあったのか、納得した顔で自分の考えを述べる。
「そうか、なるほど。 社長は、物流部長はきっ
とそういう役回りになるだろうと読んで、あんた
を指名したんだ。 なるほど、そうか、すごい先見
の明だ。 たしかに、うちの社内には憎まれ役を平
然とこなせるのはあんたしかいないから、うん、
その意味では、あんたは適任だ」
「乱世のときの適任だな。 平和なときには要ら
ないってことだ。 ロジスティクスの導入が終わっ
たらお役ご免だ。 よかったな」
大先生が、妙なコメントをつける。
「はぁー、でも、なんか割を食っているような
気もしますが‥‥」
「なーに、そのあと、いい役回りが待っている
さ。 それを楽しみにバトルを続ければいい」
「はい、とにかく頑張ります」
大先生の無責任な発言に、それでも物流部長
は殊勝に答える。
「ところで、彼のような、会議で賛成したのに、
実は納得していないって支店長は、どのくらいい
るの?」
大先生の質問に営業部長が身を乗り出して答
える。
「はい、そっちの方が多いと思います。 支店長
の七割くらいいるかな?」
営業部長が物流部長に念を押す。 物流部長が、
「うーん、そんなもんかな」と頷く。
「逆に言うと、三割の支店長は前向きだってこ
とだ。 大したもんだ。 新しいことをやろうってと
きに、それだけの前向きな幹部がいれば、抵抗な
んぞできやしない。 社長も、それに常務もいるし
MAY 2007 62
‥‥」
「はい、たしかに、いまは面と向かって反対で
きない流れになっています。 それで、私なんぞに
当たるんだと思います」
物流部長が相槌を打つ。 大先生が頷いて続け
る。
「在庫補充にしろ、ABCにしろ、どんどん結
果が数字で出てきてしまうので、抵抗などしよう
がない。 大阪支店のように早く導入したところが
実績を誇示すればいいのさ。 間違いなく効果は出
るから心配ない」
大先生の言葉に二人が頷く。 たばこを消しな
がら、大先生がさらに続ける。 今日は大先生も多
弁だ。
「もし、なんだかんだ言う支店長がいたら、『それ
じゃ結構。 おたくには導入しません』って帰って
きてしまえばいい。 慌てるぞ‥‥いや、ちょっと
待って。 それじゃおもしろくないか。 やっぱり、
さっきみたいにバトルした方がいいな。 そのほう
がおもしろい。 『物流水の如し』をやればいい」
「ちょっと待ってくださいよ。 なんか、私がバ
トルするのを楽しんでいませんか?」
「うん、もちろん、楽しんでいる。 だって、おも
しろいじゃん。 これまでの常識を変えるんだから、
それくらいの軋轢がないと、新方式は定着しな
い」
大先生の非論理的な結論に物流部長は返事の
しようがない風情だ。 営業部長は物流部長の顔
を見ながら、小さく頷いている。 ちょっとした沈
黙が訪れた。 その沈黙を女史が破った。
「コーヒーでもいかがですか」
物流部長がほっとしたように女史に向かって大
きな声を出す。
「ありがとうございます。 是非ください。 私、こ
このコーヒーが好きなんです」
女史が「はい」と言って、給湯室に向かう。 そ
れを見ながら、大先生が思い出したように質問する。
「ところで、来たとき、最後の詰めの検討とか
言っていたけど、それは何なの?」
「はぁー、いえ、それはもう答えが出ました。 わ
かりました。 頑張ります」
「バトルし続けて、最後は、あんたが詰め腹を
切るってことか‥‥」
「そうです。 それが答えです」
大先生の言葉に営業部長が即座に答えた。 物
流部長が営業部長の肩を小突く。 給湯室から女
史の笑い声が聞こえる。 大先生と営業部長にし
かめっ面を見せながら、物流部長が大きなため息
をついた。
(本連載はフィクションです)
ゆあさ・かずお
一九七一年早稲田大学大学
院修士課程修了。 同年、日通総合研究所入社。
同社常務を経て、二〇〇四年四月に独立。 湯
浅コンサルティングを設立し社長に就任。 著
書に『現代物流システム論(共著)』(有斐閣)、
『物流ABCの手順』(かんき出版)、『物流管
理ハンドブック』、『物流管理のすべてがわか
る本』(以上PHP研究所)ほか多数。 湯浅コ
ンサルティングhttp://yuasa-c.co.jp
PROFILE
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