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MAY 2007 64
大学生の就職人気企業
バブル崩壊後、長い間、大学生の就職状況は?冬の時
代〞が続いたが、それが終わってようやく好転してきたとい
う。 そうなると今度は会社側が大学生の取り込みに躍起に
なり、学生側の方も強気になる。
では実際の就職状況はどうなのか?
「週刊エコノミスト」(二〇〇七年四月三日号)に「二〇〇
六年春
全国著名一二〇大学
就職企業上位一〇社」の一
覧表がのっている。 それを見ると東京大学の就職者三二四
二人のうち一位がみずほフィナンシャルグループ九四人、二
位日立製作所五一人、三位トヨタ自動車四五人だという。
そして京都大学は一位がトヨタ自動車で四三人。 以下、名
古屋大学六一人、大阪大学四八人、九州大学五六人、北海
道大学二三人、東京工業大学四九人といずれもトヨタ自動
車が一位になっている。
それほど大学生のトヨタ自動車に対する人気が高く、そ
して同時にそれほどトヨタ自動車は一流大学の卒業生を抱
え込んでいるということである。
私が大学を卒業したのは一九五三年で、その年は三年制
の旧制大学卒と四年制の新制大学卒が同時に重なったとい
うこと、そして朝鮮特需ブームのあとの不況ということもあ
って大学生の就職は大変だった。
その頃は大学に就職課などというものもなく、学生はそれ
ぞれ勝手に就職先を選んでいたのだが、当時、学生の人気
が最も高かったのは三井鉱山であり、東洋紡績であり、東
大経済学部卒の学生の多くはこのような会社に就職した。
それから二〇年後、三井鉱山はどうなったか?
東洋紡
績はどうなったか?
石炭産業は崩壊し、紡績産業は斜陽化し、三井鉱山や東
洋紡績に就職した学生たちは大変な目にあったことは誰で
もが知っている。
二〇年後のトヨタ
私が大学で教えていた頃、ゼミ生には就職シーズンになる
と、よくこの話をしたものである。 そうすると、学生は、「そ
れではこれから二〇年後に成長する会社を教えてくれ」と言
う。 それに対して、「そんなことは誰にもわからない。 だか
らそんなことは考えないで、自分はどんな仕事をしたいのか、
ということをまず考え、それにはどんな会社が良いか、とい
うことを考えるべきだ」と答えたものである。
とはいっても、現実の大学生の就職が「就職」ではなく
「就社」になっており、どんな仕事をするのか、ということ
は就社したあとでなければ分からない、という状況では実際
にはむずかしい。
「就職」ではなく「就社」になっているという根本的な状況を変えていかない限り、学生、そして日本の会社人の未
来は拓けてこない。 そしてこういう困った状況をあおってい
るのがマスコミで、それでますます大学生が人気企業に集中
し、大企業はますます優良大学の学生を抱え込もうとする。
さて、これほど大学生のトヨタ自動車に対する人気は高
いのだが、その学生がトヨタ自動車に就職したあと二〇年た
って、果たしてどうなっているだろうか。
一九五三年に三井鉱山や東洋紡績に就職した学生と同じ
ようなことになるのだろうか。 それとも二〇年後もトヨタ自
動車は儲け頭ナンバーワンの会社であり続けるのだろうか?
トヨタ自動車は二〇〇七年三月期には二兆二〇〇〇億円
の営業利益をあげる見通しで、もちろんそれは日本のナンバ
ーワンだが、それが二〇年後、いや一〇年後も続いていると
思う人はいないだろう。
トヨタ自動車が儲かっている原因の第一は円安=ドル高
にあるが、この円安がいつまでも続くと思う人はいない。 そ
れどころか、この不自然な状態は極めて不安定で、いずれ壊
れると多くの人は思っているのではないか。
営業利益日本一のトヨタ自動車が、大学生の就職先として大人気である。 し
かし栄枯盛衰は世の習い、会社の浮沈も同様だ。 トヨタ自動車、日本の自動車
産業、さらには自動車文明が20年後どうなるのかは誰にもわからない。
65 MAY 2007
自動車文明の未来
そのトヨタ自動車が二〇年後どうなっているのか?
それ
は誰にもわからない。 しかし日本の自動車産業が今から二
〇年後も繁盛し続けていると思う人はいないだろう。 それに
かつての石炭産業や紡績産業と同じような運命をたどるか
どうかはわからないが、少なくとも繁栄し続けるということ
は考えられない。
かりに自動車産業が今後まだ成長するとしても、それを
担っていくのに中国やインド、あるいはベトナムなどの国で
あろう。 そこへかりにトヨタ自動車がそれらの国に進出して
工場を作ったとしても、そこで巨額の利益をあげることはで
きないだろう。
あるいはこれらの国にトヨタ自動車が進出して工場を作り、そこでできた製品をアメリカやヨーロッパに輸出するとして、
その時、為替相場がどうなるか、わからない。
それ以上に根本的な問題は、果たして今の自動車文明が
いつまで続くのか、ということである。 排気ガスによって大
気を汚染し、それが地球温暖化をもたらすことは、もはや将
来の問題ではなく、現実の問題になっている。 これ以上、地
球温暖化が進むと人類の生存自体が危うくなる。
これに対してトヨタ自動車をはじめ自動車メーカーはハイ
ブリッド・カーで対応しようとしているが、これで問題が解
決されるとはとても思えない。
さらに現実の問題として欠陥車が次つぎと明るみに出、そ
して自動車による交通事故は増える一方である。
このように人類の生存にかかわる重大問題をつきつけられ
ているのが自動車メーカー、なかでもトヨタ自動車である。
そのようなトヨタ自動車に就職した人たち、そしてこれから
就職しようとする大学生たちは何を考えているのだろうか。
「先のことはわからない。 今さえ良ければそれでよい」と
いうことなのだろうか‥‥。
おくむら・ひろし1930年生まれ。
新聞記者、経済研究所員を経て、龍谷
大学教授、中央大学教授を歴任。 日本
は世界にも希な「法人資本主義」であ
るという視点から独自の企業論、証券
市場論を展開。 日本の大企業の株式の
持ち合いと企業系列の矛盾を鋭く批判
してきた。 近著に『株のからくり』(平
凡社新書)。
下請けと外国人労働者
トヨタ自動車の繁栄を支えているのが多くの系列会社と
下請け会社であり、そしてそこで働いている従業員や非正
社員たちであることはよく知られている。
「営業利益二兆円企業を支える『賃金格差』、空前の増産
活況に沸くトヨタ城下町。 しかし、中小企業から漏れ聞こ
えてくるのは、『下請けは奴隷か』という怨嗟の声だ。 トヨ
タが最高益を生むカラクリとは――」
「週刊東洋経済」(二〇〇七年二月二四日号)は、こういう
書き出しでトヨタ自動車の下請けの実態について書いている。
それによるとトヨタ自動車の下請け企業の賃金は、一次
下請けでトヨタ自動車の賃金の六割か七割で、規模の小さ
いところでは二割程度だという。
そして豊田市内の中小・零細企業の七割は赤字であり、「ト
ヨタは工場のムダを塀の外に出しただけだ」という。
なによりショックだったのは、この「週刊東洋経済」が伝
えている豊田市保見団地に住んで、トヨタの関連工場で働
いている日系ブラジル人の生活実態である。
四〇〇〇人を超える外国人がこの団地に住んでいるが、そ
のほとんどはブラジル人で、契約社員や派遣社員としてライ
ン製造に従事し、共働きが多く、昼夜の二交替制で、残業
は一日に五〜六時間という。
かつてルポライターの鎌田慧が『自動車絶望工場』とい
う本を書いて有名になったことがある。 鎌田慧がトヨタ自動
車の季節工として働いた経験をリアルに書いたのがこの本だ
ったが、この本が書かれたのは一九七三年で、今から三〇
年以上も昔のことである。
その後、トヨタ自動車は繁栄し、日本の儲け頭第一位の
大会社になった。 その利益の源泉になっているのは下請けで
働いている従業員、そして外国人労働者たちで、状況はそ
れほど変わっていないということか‥‥。
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