ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2005年8号
keyperson
三井物産戦略研究所 水上博一 社長

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

1 AUGUST 2005 KEYPERSON ピースピッキングは悪か? ――欧米のSCMモデルは日本市場 にどこまで適用できるのでしょうか。
「基本的に適用は難しいでしょうね。
ウォルマートのSCMにしても、彼 らは『リテールリンク』というインフ ラを提供してルールを決めているだ けで、後はメーカーが自分で欠品の 出ないように在庫をコントロールし なさいというやり方です。
これに対し て日本のマーケットはこれまで、メー カーに代わって卸がサービスの均一 化を図ってきた。
少なくとも現時点 では卸を使う日本型のほうが、日本 市場では効率が良い」 ――リテールリンクというのは、小売 りチェーンが販売情報をメーカー側 に開示することで、在庫コントロー ルの効率化や商品開発に役立てよう サプライチェーン全体の在庫は減ら ない。
結局、コストをサプライヤーに 移転しているだけで、全体のコスト ダウンにはなっていない。
ウォルマー トが全てのサプライヤーを指導して、 全体の効率を上げているのであれば 本当に優れた仕組みだと言えますが、 そうではない」 ――SCMのお手本は欧米にはない? 「ありません。
環境が違う。
現に効 率化の世界では、日本は欧米と比較 しても負けていないと思います。
日 本市場の特徴とされるピースピッキ ングも、非効率と決めつけるのは間 違いです。
コストをかけてピースピッ キングを行っているのは、消費者の 購買行動も含めてサプライチェーン をトータルで見たときには、そのほう が効率的だからです。
目の前の物流 コストだけを減らそうと、ピースピッ キングを辞めてしまえばトータルの競 争では負けてしまう」 ――欧米の流通大手が日本市場では 苦戦しているのも、そのせいでしょう か。
「流通外資が苦戦しているのはコス トよりも、むしろ販売の問題でしょ う。
流通外資は日本市場のマーケテ ィングがしっかりできていない。
日本 の顧客に応じた品揃えや売り方がで きていない。
そのため日本の消費者 にとって魅力のない店になっている。
結果として販売が伸びず、効率が悪 いという状況になっているのだと思 います」 ――欧米の流通外資は、基本的に同 じモデルを全世界に展開しようとし ています。
そのやり方でも中国など では成功している。
なぜ日本でだけ 上手くいかないのでしょう。
「日本も昭和四〇年までに参入していたら成功していたでしょう。
中国 や他の東南アジアの市場は、それま で組織小売業が発達していなかった ため、欧米のコンセプトと仕組みを 持ち込み、一気に資本を投下するこ とで競争に勝ててしまう。
しかし日 本は違う。
市場が成熟しています。
流 通外資よりも日本国内の有力小売業 のほうが進んだ仕組みを持っている。
少なくとも僕はそう考えています」 というものですね。
日本では成功し ませんか。
「米国でも成功しているとは言えま せん。
繰り返しますがリテールリンク の最大のポイントは、ウォルマートで はなくサプライヤーに在庫を管理させ ていることです。
サプライヤーの中で もP&Gは真剣に在庫管理に取り組 むことで効果を出している。
しかし他 のサプライヤーも同じレベルの管理が できるのかと言えば、それは違う」 「その結果、何が起きるか。
ウォル マートはサプライヤーに対して指定 したレベルで納品できなければ、取 引を辞めますと通告する。
あれだけ のシェアを持つ小売りに取引を打ち 切られたら、サプライヤーは大変で す。
それを避けるために、管理レベ ルの低いサプライヤーは自分の在庫 を増やさざるを得ない。
結果として 三井物産戦略研究所 水上博一 社長 THEME 「 SCMに 国 際 標 準 な ど 存 在 し な い 」 欧米のSCMソリューションは日本市場では機能しない。
消費 者の購買行動や商慣習は市場ごとに全く異なっている。
海外に手 本はない。
日本では卸を介在したサプライチェーンが現状では最 も効率的だ。
今後の流通再編も大手卸を軸にした中間流通の巨大 化という方向に進む。
(聞き手・大矢昌浩) AUGUST 2005 2 ――その意見は少数派でしょう。
「そうでしょうか。
メディアがそう 考えているだけでしょう。
マーケット を知っている人、リテールをよく知 っている人間のなかでは、僕のよう な考え方は多数派だと思います」 ――しかし流通外資は自国を出て国 際展開を進めている。
それに対して 日本の小売りは事実上、国内競争で 手一杯の状態です。
「日本の小売りが海外に出ていって も現状では成功させるのは難しい。
海 外に出れば、商品が違う、サプライヤ ーも違う、マーチャンダイジングが全 く違います。
日本から出ていっても何 もできないでしょう。
流通とは基本的 にドメスティックなものです。
グロー バルスタンダードなど存在しません」 ――それでも戦後の日本の小売業は、 アメリカから新しいフォーマットを持 ち込むことで近代化を進めました。
「ただし、そのまま持ち込んだ場合 は失敗している。
日本流に全てモデ ィファイしている。
頭でモノを考える だけでなく、消費者として自分が買 い物をする時にどういう行動をとる かと考えるべきです。
何を基準にし て、どこの店を選ぶか。
それはどのよ うな構造になっているか。
自分のこ とを考えればスグに分かる」 「日本の消費者は看板で店を選んで はいないはずです。
何よりモノですよ。
品揃えが良いか悪いか。
高いか安いか。
それが問題なのであって、流通外資の 看板に惹かれて買いにいくわけではな い。
外資だろうが国内資本だろうが消 費者には全く関係ない話です」 直取が効率的とは限らない ――小売りの上位集中度を見ると欧 米と日本では明らかな違いがありま す。
小売り大手五社による市場の寡 占状況がアメリカで四〇%程度、ヨ ーロッパでは六〇〜七〇%にも上っ ている。
これに対して日本の場合は 一〇%にも満たない。
この構造は今 後も日本市場の特殊性として続いて いくのでしょうか。
「日本市場でも、ある程度の寡占化 は進んでいくと思います。
しかし欧 米のようにはならない。
日本の場合、 地域に密着した中規模の小売りも一 定の割合で残っていく」 ――そうであれば、ウォルマートと P&Gのような大手同士のコラボレ ーションは今後も日本では難しい。
つ まり欧米型の直接取引は拡がらない。
「直接取引してメリットがあるとこ ろは、やればいい。
それだけです。
た だしメーカーから直接買うことで安く なるとは限らない。
直接買うより卸 から買うほうが安いのなら、卸から買 ったほうがいい。
誰から買うかという 問題ではなく、誰が最も競争力のあ る供給をできるかが問題なのです」 ――日本でも、少なくともイオンは 中間流通を卸に任せるのではなく、自 分でやろうと考えています。
「イオンがメーカーから直接買って も結局、効率的なサプライチェーン にはならないと思います。
なぜダイエ ーとロジワン(旧ダイエーロジスティ クス)の取り組みは上手くいかなか ったのか。
一つは?親方日の丸〞だ ったからです。
ダイエーという親会社 が後ろに控えていたために効率化に も甘さが出てしまった。
自分のコス トにマージンを足してサプライヤーに 請求することが許される体制、コス トを他人が負担する体制では、合理 化などできません」 「これに対してイオンの場合は資本 関係のない3PLに委託をしている。
その部分では多少、ダイエーとは違 いはある。
それでもサプライヤーから フィーをとるという構造は変わらな い。
不透明な部分を抱えたまま、ど こまで効率化を進めることができる のかは疑問です」 「ウォルマートにしても自分でセン ターを持つようになったのは、米国 にクロスドックを始めとした必要な機能を持つ卸が存在しなかったから です。
大手卸のフレミングやスーパ ーバリューのオペレーションがウォル マートの期待した通りの機能と効率 を持っていたのであれば、ウォルマー トだって卸に任せたはずです」 ――しかしウォルマートは日本にも米 国と全く同じセンターを作ろうとし ているように見えます。
「私に言わせれば間違っています」 水上博一(みずかみ・ひろかず) 1947年富山県生まれ。
70年3 月早稲田大学理工学部卒業。
同年4 月三井物産入社、名古屋支店配属。
75年10月大阪支店合成樹脂部、 79年10月本店合成樹脂第二部、 98年合成樹脂第三部部長、2001 年6月リテール本部本部長、02年 4月執行役員リテール本部長、04 年4月執行役員食料・リテール本部 副本部長。
05年4月より現職。
KEYPERSON 3 AUGUST 2005 ――そうなると日本では今後も卸が 中間流通の担い手として生き続ける。
「繰り返しになりますが、別に誰で もいいんです。
卸かも知れないし、物 流企業や商社かも知れない。
それが リテーラーであっても構わない。
ただ し現状では卸に最もノウハウの蓄積 がある」 ――ここ一〇年以上にわたって、日 本では卸の合従連衡が続いています。
「そこでテーマになっているのは巨 大化と効率化です。
コストを下げて 勝てる仕組みを構築するには、まず ボリュームが必要です。
ただしボリュ ームを集めただけではコストダウンに も限界がある。
そこで効率化によっ てコストを下げていく」 ――当面はボリュームを確保したと ころが強い。
「そう考えると、今の日本のチェー ンストアがどんなに頑張ったところで ボリュームは知れています。
日本は 中間流通の介在した商物分離になら ざるを得ない」 ――しかしイオンの連結売上高は今 や四兆円を超えています。
それに対 して大手卸の規模は一〜二兆円です。
「それは途中経過に過ぎません。
日 本の中間流通の巨大化は今後さらに 進みます。
従来のカテゴリーを超え て中間流通が統合されていく」 ――そうは言っても、オペレーション を考えると日用雑貨と加工食品の統 合でさえ簡単ではない。
実際、大手 加工食卸の菱食は九八年に日雑と加 食を両方扱う、欧米で言うグロサリ ーの総合センターの運営に失敗しま した。
その後、菱食は日雑との統合 を当面、凍結しているようです。
「そのうちきっと再開するでしょう。
既にコンビニの中間流通では加食と 酒と菓子と日雑が一緒に処理されて います」 全カテゴリーが統合される ――コンビニの場合はアイテム数が 三〇〇〇程度に限られている。
GM Sやスーパーのアイテム数はケタが違 う。
オペレーションもそれだけ違って くるのでは。
「同じです。
皆さんそうおっしゃる が、本質的には違いはない。
オペレ ーションをやったことのない方がそう 言っているだけです。
実際、我々は コンビニだけでなく、コンビニとは扱 っている商品の特性が全く異なるホ ームセンターの物流なども手掛けて きた。
それも下請けに流すのではな く、自分で汗をかいて取り組んでき た。
その経験から言わせてもらえば、 どれも基本的には変わりません」 ――そうなると日本市場における中 間流通のカテゴリー区分はどう変わ っていくのでしょう。
「今後一〇年から二〇年の間に、日 本市場の中間流通は全てのカテゴリ ーが統合されることになるはずです。
その結果、欧米の大手卸よりも、さ らに大型の卸が出来上がる可能性が ある。
物流コストという側面だけか ら見れば、そういう形にならざるを得 ない」「少なくとも物流面では温度帯を分 けた上で、後は様々な大きさ、重さ、 回転率を持った製品のオペレーショ ンをどのよう切り分けて管理をして いくかを考えていけばいい。
そこでは もはや従来の商品別カテゴリーは意 味を持たない」 ――カテゴリーを超えたメガ卸が誕 生して二次卸や三次卸は消える。
「物流という機能だけから見れば存 在価値がなくなる。
ただし卸には物 流以外の機能もある。
つまりマーチ ャンダイジングが問われることになる。
物流で勝てなかった卸はそこで生き 残るしかない」 ――総合商社はそこでどのような役 割を果たすことになりそうですか。
「総合商社というのは本来、卸です。
それが従来型のコストにマージンを オンするだけの存在であればもはや生 き残れません。
総合商社が生き残る には、?引き算〞の中間流通ができな ければいけない。
それも買い叩いてサ プライヤーに泣いてもらうのではなく、 最も効率的なロジスティクスを提供 してコストを下げる。
顧客が直接仕 入れるよりも安く手に入るようにし なければならない」 「残念ながら従来の三井物産の中間 流通は足し算の発想でした。
仕入れ 価格にマージンを足して販売すると いうモデルでした。
しかし、間に入っ てマージンを抜くだけの存在はもは や許されない。
機能と役割がなけれ ば負けていく」 ――菱食を持つ三菱商事や伊藤忠食 品を抱える伊藤忠と比較すると、少 なくとも加工食品分野では、三井物 産の中間流通機能は脆弱です。
「いずれ挽回します。
まだまだ決着 が付いたわけではありません。
今その ための基本戦略を練っているところです。
商社の生き残りは仕組みの提 供、そして知恵をどこまで出せるかに かかっている。
現状の問題を乗り越 える知恵を出し、仕組みを替えてい くわけです。
そして現在、中間流通 では巨大化というキーワードが出てい る。
基本的には中間流通の総合化と いう方向で巨大化を追求していく。
そ のために、どのようなアプローチが可 能なのか、検討を進めています」

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