ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2007年5号
特集
女の物流力 オバチャン所長の多忙な一日

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

パートからセンター長へ ピピピピピピピ。
午前六時半。
目覚まし時計の電子 音が寝室に鳴り響く。
自宅に持ち帰った「収支日計 表」に頭を悩ませていたら、昨夜もうっかり居間で眠 ってしまった。
その日の物流センターの売り上げとコ ストを記入して収支を管理するための分析表だ。
大須 賀正孝社長が自ら考案した。
「また夜中までやっていたのか」――。
台所で昼食 用のおにぎりを握っていると、新聞に目を通していた 夫が聞くともなしに聞いてきた。
言葉はぶっきらぼう だが、体調を心配してくれているようだ。
夫と子供三人の五人家族。
三人の子供のうち、長 男と長女は結婚を機に独立し、すでに家を離れている。
現在は夫と、ガテン系の仕事に就いている二五歳の次 男の三人暮らしだ。
夫を送り出し、洗い物を片付ける と七時五五分。
テレビの占いコーナーで今日の運勢を チェックして八時に家を出る。
自宅から職場までは車で約二〇分。
今日の仕事の ことを考えると、二〇分の距離さえもどかしい。
焦る 気持ちを落ち着かせてくれるのは、運転中のBGMと して最近お気に入りのCDだ。
女子十二楽坊が奏で る中国古楽器の音色に毎朝、癒されている。
今年四月、ハマキョウレックス初の女性センター長 に抜擢された宮増春江さんの多忙な一日は、こうして 始まる。
運営を任されているのは、茨城県行方市の麻 生センターだ。
ペット用の洋服類や雑貨を扱う商社の 専用センターとしてパートを含め五〇人のスタッフが 所属している。
商品のほとんどは中国の工場で生産し ている。
それをセンターで荷受けして保管、配送する ところまでを管理している。
カーステレオから流れる『世界に一つだけの花』が サビに入ったところで事務所に到着。
さあ、やりかけ の収支日計表を早く完成させないと、部長に提出する 毎朝一〇時の締め切りに間に合わない。
USBメモリ ーを事務所のパソコンに差し込んでエクセルファイル を開いたところで、現場リーダーの楠戸さんから呼び 出された。
今日一日の仕事の流れの確認だ。
朝一で届いた出 荷指示データをもとに、現場リーダーが作業の優先順 位を判断。
それをセンター長がチェックする。
とくに 問題はなし。
席に戻って気を取り直し、中断した作業 を再開しかけたところで、今度は事務のパートさんか ら声をかけられた。
やはり作業の確認だ。
その間にも次々と社員やパートさんが出勤してくる。
「おはよう」と声をかけながら、うっかり雑談に興じ ていると、朝礼が始まる時間になってしまった。
ああ、 収支日計表が‥‥いつもこの調子だ。
朝礼では、現場リーダーが作った作業スケジュール をもとに、各班にその日の受け持ちを伝える。
センター内のスタッフは、七人ずつ三班に分かれている。
そ れぞれに「日替わり班長」がいる。
班長をベテランに 固定するのではなく、全員に持ち回りで担当させてい る。
もちろん新人パートも例外ではない。
これも社長 のアイデアだ。
ベテランに班長を任せたほうが、確かに現場はスム ーズに回る。
ただし、他の人たちは指示された通りに 動くだけになってしまう。
班長だけが苦労する。
自分 にも班長が回ってくるとなれば、皆が協力的になる。
班長として指示を出すために、仕事を覚えることにも 必死になる。
好循環が生まれるというわけだ。
朝礼を終えて席に戻ると、荷主の担当者から欠品 確認のメールが入っていた。
「AM中に返信下さい」 とのこと。
オバチャン所長の多忙な一日 ハマキョウレックスに初の女性センター長が誕生した。
同社が2003年にスタートしたセンター長登用試験に挑戦 して一発合格。
約5カ月間の研修を経て、今年4月に晴 れてセンター長となった。
業界でもまだ珍しい女性セン ター長の一日を密着取材した。
MAY 2007 22 第2部 (社員として欠品の管理を担当している鈴木君は、コ レ把握しているかしら。
小走りで倉庫を探したけれど 見あたらない。
そうだ、鈴木君は今日は一〇時出勤だ った。
来たら聞いてみることにして、まずは収支日計 表を‥‥) 「宮増さーん。
○○の××さんからお電話です」 「お電話中に△△さんからお電話ありましたー」 「宮増さん、ちょっといいですかー?」 ‥‥結局、収支日計表の締め切りをまた一分過ぎ てしまった。
小山部長、ごめんなさい。
サボっていた わけではないんです。
明日からは頑張ります。
隣の机では事務の小原さんが、送り状を書いている。
ノルウェー向けに陶器を船便で送る。
(割れないといいけれど。
あら、少し中身がガサガ サするわね。
詰め物をしてっと。
これで大丈夫。
それ にしても二十箱以上あるのに、一枚ずつ送り状を書か なければいけないなんて面倒ね。
路線便みたいに一枚 で済ませてくれないものかしら) (さて、郵便局に出しに行かないと。
周りを見ても 手の空いていそうなひと人はいないわね。
郵便局が集 荷に来てくれたら助かるのに。
人員削減で来られない、 だなんて。
郵便局は担当者ごとに言うことが違うのも 困りものね。
仕方ない。
自分で行こう。
それで文句言 ってやろう。
オバサンが強く交渉して前例を作ってお けば、あとは若い子たちに行かせても「前はこうでし た」で通る。
そうなるまでの辛抱だわ) (さあ、郵便局に到着。
それはそうと、梱包材を詰 めて少し重くなったかもしれない。
お金は足りるかし ら。
十三万五五〇円のつもりでいたけれど、いくらに なるのか怖くなってきたわ。
ただでさえ国内便より高 くついて今日の収支に響くのに、これ以上かかったら 本当にイヤだわ) 「はい。
これ全部ノルウェーね、まけといてね(な んて、まったく私もオバサンになったものだわ)。
えっ。
十二万七八〇円? どうしてそんなに安くなるの?」 「まとめ割引で一〇%引きです」 「まとめ割引の基準は何?」 「ええっと、少々お待ち下さい。
‥‥あ、一〇個以 上です」 「その郵便ガイド、一部いただけます?」 「は、はい。
どうぞ」 「どうもありがとう。
ついでにこの冊子も頂くわね」 (事務所に戻ったら、昨日頼まれてダイソーで買っ てきたカッターとラベルを、事務のコに渡してあげな くちゃ。
百円だからすぐにダメになっちゃうかもしれ ないけれど、とにかく数が要るからね。
百円ショップ は強い味方だわ) (ところで午前中の進捗はどうなっているかしら。
十 二時受信の出荷指示データが少なかったら、終了時 間を一時間繰り上げて早く帰ってもらおうか。
現場リーダーの楠戸さんに相談しよう。
楠戸さんはセンター 長経験があるから。
任せっきりじゃいけないのは分か っているけど、やっぱり頼りにしちゃう。
早く自分の 考えも言えるようにならないと) おにぎり片手に労務管理 キーンコーンカーンコーン。
十二時にお昼休憩の鐘 が鳴る。
現場のパートさんたちが、始業前に注文して おいたお弁当を持って休憩室に入って行く。
鐘が鳴っ てもセンター長は机から離れられない。
パートの有給 休暇付与日数の計算がある。
(週四日までの勤務で入社してから〇・五年までな ら七日、一・五年までなら八日‥‥) 規定を確認しながら入力していく。
23 MAY 2007 途中で邪魔されたくない仕事は昼休みに集中して片 付ける。
午前中に手をつけて半端になった仕事も、何 がどこまで進んだか改めて整理しないと午後からの仕 事がなし崩しになってしまう。
そのため、お昼はもっ ぱらおにぎり。
パートさんとのコミュニケーションを 考えれば、休憩室で一緒に食べた方がいいのは分かっ ている。
でもまだその余裕がない。
お弁当の注文締め 切り時間も、朝バタバタしていて気づくと過ぎている ので、最近はもう諦めた。
社内手続きにも慣れていないので、稟議書一つあげ るのも一苦労。
フォークリフトレンタルの件、ノート パソコン購入の件、フォークリフト技能研修受講の件。
表現はこれでいいか、添付する書類はこれでいいか、 いちいち考えるから仕事が思うように片付かない。
十三時四〇分。
現場からヘルプの要請が入る。
事 務のパートさんを現場に一人回さなければならない。
「誰か一人ヘルプ行ってくれるかなー」 といっても案の定、返事がない。
「今日は私が」と すぐに誰かが手を挙げてくれればいいのに、そうはい かない。
こちらから指名する。
嫌な顔をされてもひる んではダメだ。
センター長には?押し〞も必要。
荷主 との折衝でも、相手の要求をどこまで受け入れるか、 しかるべき対価をどう主張するかが難しい。
言われた ことを何でも聞けばいいわけではないのは分かる。
け れど、線引きすべきラインが掴めない。
センター長の大変さは想像していた以上だ。
部下の 生活がかかっているんだぞと言われて、そんな責任も あるんだと今更ながら気づかされた。
自分なんぞが、 センター長になってしまってよかったのかという思い に駆られることもしばしばだ。
キーンコーンカーンコーン。
一五時休憩のチャイム が鳴る。
パートさん達が休憩室に入っていく。
(新しく入ったパートさんに、身分証明書と振込先 の通帳のコピーをとらせてもらわなくちゃ。
そうだわ、 今度の勉強会に出席する人を確定して本社に連絡す るんだ。
月に一回だけど、どの拠点もみんな忙しくて なかなか人繰りがつかないみたい) 一六時二〇分。
一六時受信の出荷指示データを確 認して、今日の作業終了時間を確定する。
一六時受 信分の出荷は基本的には翌日の作業になる。
ただし、 翌日のボリュームが多い場合には当日中に少しでも作 業を進めておく。
幸い今日はなんとかなりそうだ。
「宮増さーん、防災サービスという会社からお電話 でーす」 「代わりました。
はい、ええ、見積もり送ってもら えますか? はい、よろしくお願いします」 麻生センターの建物は既に築一六、一七年。
そろそ ろあちこちにガタが来ている。
とくに水回りの傷みが 激しい。
しかし修理するには当然、お金がかかる。
収 支に響く。
そのため、少しずつ補修工事を進めている。
一七時四五分。
現場リーダーの楠戸さんから、今 日は一八時に終了していいか確認を求められる。
OK。
内線で館内放送。
「お疲れ様です。
今日は六時で終了です。
よろしく お願いしまーす」 (さて、今日の売り上げと、仕事量と、人数と時間 を計算して生産性と収支日計をつけなくちゃ。
その前 に経費の精算もしておかないと) (あら、気づいたら、もう一九時。
今日もいろんな ことが中途半端になっちゃったわね。
こんな状態もそ ろそろ卒業したいけど、なかなか思うようにいかない ものね。
みんなも帰ったし、私も帰ろうかしら。
続き は家でやりましょう。
電気代ももったいないしね) 今日も一日お疲れ様でした。
MAY 2007 24 宮増センター長らに聞く ――社長の期待も大きいでしょう。
今後の目標は? 「とにかく早く一人前のセンター長になること。
今 はそれ以上のことは考えられない。
センター長の仕事 が大変なのはもちろんだけど、雑用に追われちゃって ね。
それはおまえの仕事じゃないだろうってよく注意 されてる。
引き継ぎって時間がかかるでしょ。
つい自 分でやっちゃうの。
なんだか時間ばっかり過ぎちゃっ て、毎日反省の連続よ」 麻生センターのベテランパート、高須きよ子さんと のつきあいは、もう一五年以上になる。
大須賀社長の 自宅に一緒に遊びに行ったこともある仲。
気心が知れ ているだけに、現場の率直な意見を遠慮なくぶつけて くる。
つい口調がきつくなってしまうこともしばしば。
それでも言い合うだけ言い合うと、あとはお互い意外 にカラッとしている。
――高須さん、センター長としての宮増さんはどうで すか? 「パートのみんなの話は、宮増さんに全部行ったら 大変だから私が聞いてるよ。
厳しいことも言うから、 私は半分は憎まれ役だよね。
センター長は上からも下 からもいろんなこと言われて大変だと思う。
でもそう いう立場なんだからやるしかないよね」 ※ ※ ※ 宮増さんがハマキョウに入社したのは〇一年五月。
もともとハマキョウの協力作業会社の社員として、ア パレル製品の物流センターで事務員を務めていた。
同 社を退職する際、ハマキョウの担当者だった小山眞一 執行役員関東第二営業部長に声をかけられ、パート としてハマキョウのセンターで働くことに。
入社後半年で正社員に昇格した。
小山部長は当初 から、そうするつもりだったようだ。
「宮増さんの仕 事に取り組む姿勢や一所懸命さ、客先への丁寧な応 対を評価していた。
ちょうどハマキョウが急成長して いる時で、多様な人材を確保しておく必要もあった」 という。
それから約六年間、宮増さんは成田営業所で 事務を担当した。
ハマキョウでは、社員が所属センターの問題点と対 策案を発表し、お互いに意見を出し合う「勉強会」を 実施している。
社員なら誰でも参加できる。
宮増さん も参加してみた。
他営業所の同僚の発表に大きな刺 激を受け、みんなに追いつきたいと強く思った。
ハマキョウは毎年、五〜一〇軒のペースで新センタ ーを立ち上げている。
センター長はいくらいても足り ない。
それを補う目的で、〇三年には「センター長資 格制度」を導入した。
やる気のある社員なら誰でも挑 戦できる。
一次は筆記試験で二次は役員面接。
やる 気と知識と柔軟性が試される。
センター長資格制度の存在を知り、宮原さんも欲が 出た。
チャンスがあるのならチャレンジしてみたい。
昨年二月、実際に試験を受けた。
一発合格。
ちょう ど、宮増さんの自宅から車で二〇分ほどのセンターで 新しい案件が始まることになっていた。
現在担当して いる麻生センターのペット用アパレルの仕事だ。
五カ 月間ほどセンター長見習いとして修行を積み、今年四 月から正式にセンター長になった。
「アパレルの仕事は非常に細かい。
アクセサリー類 も多い。
女性ならではの細やかさを生かして欲しいと、 麻生センターを任せることにした。
女性を男性よりも 低く見るお客さんは、残念ながら存在する。
今回の起 用は、その認識を改めさせるチャンスだと思っている」 と小山部長は期待を寄せている。
25 MAY 2007 宮増春江 麻生センター長 小山眞一執行役員 関東第二営業部長 高須きよ子 パートリーダー 大須賀正孝社長

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