ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2007年6号
CSR経営講座
ロジスティクス担当者がやるべきこと

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

JUNE 2007 70 企業にとってCSRが不要と考え る経営者は、ほとんどいなくなった。
しかし、CSR経営を実践するうえ で、ロジスティクスが不可欠なもので あることを理解している企業はまだ稀 だ。
コンプライアンスや内部統制だけ では不祥事を防げない。
何よりも企 業のロジスティクス部門が、この点を 自覚する必要がある。
不二家は悪質だったのか 食品メーカーの不祥事は多かれ少 なかれ従来からあった。
ただし、二〇 〇〇年に世間を騒がせた雪印乳業の 食中毒事件を境に、それ以前と以降 とでは明らかに質的に変化している。
企業不祥事の内容が変わったという よりは、不祥事に対する世間の反応 がガラリと変質してしまった。
今年に 入って発生した不二家をめぐる騒動 をみながら、私はつくづくそう実感せ ざるをえなかった。
この騒動は、不二家が消費期限切 れの牛乳などを原料として使用して いたことを、今年一月一〇日にマス コミが報じたことから始まった。
翌日 には全国のチェーン店舗で洋菓子の 販売が停止され、この状態はそれか ら二カ月以上続くことになった。
こ の間に不二家は、経営トップの辞任 はもとより、単独での生き残りを断 念して山崎製パンの支援を受けると ころまで追い詰められた。
食品衛生法に違反していたのは、も ちろん論外だ。
しかし、あえて私は問 いたい。
不二家のしたことは、はたし て会社が存亡の危機に瀕さなければ ならないほど?悪質〞だっただろうか。
雪印のように食中毒の被害者を多数 出したわけでも、牛肉偽装事件のよ うに不正に私腹を肥やしたわけでもな い。
あれほど袋叩きに合っても仕方が ないほど不二家はひどい会社だったと、 誰が言い切れるのか。
同社が発表した社内調査によると、 期限切れの原料を使用していたこと を除けば、発覚したルール違反の多 くは、法律で定められているよりあえ て厳しく設定した社内基準を守って いなかったというものだ。
日本には六 万社近い食品メーカーがあるが、こ のうちどれだけの企業が不二家より 厳しい品質管理を行っているのだろ う。
はなはだ疑問だ。
そもそも一般の家庭では、食品の 消費期限や賞味期限はそれほど厳格 に守られていない。
たとえ期限をオー バーしていても、自分の舌による感 覚を信じて食べる人は少なくないは ずだ。
そのほうが廃棄物を増やすより 良心的だと考えている人も多い。
一 般家庭と事業者を同列に扱うべきで ないことぐらい承知しているが、「食 の安全・安心」をめぐる日本社会の 振り幅の大きさには改めて考えさせ られてしまう。
誤解を恐れずに言えば、不二家の 一件が 20 世紀までの基準で判断され ていれば、結果は異なっていたに違い ない。
同社にしても、どこかにそのよ うな甘えがあったから、現場の担当 者から管理責任者、工場長に至るま で、ルール違反に対して歯止めがか からなかったのだろう。
同社のリスク マネジメントが稚拙だったと言ってし まえばそれまでだが、他社に比べて特 に悪質だったかとなると、私にはそう は思えない。
単に社会の変化に鈍感 だっただけなのではないか。
問われたのは企業スタンス 一連の騒動を見ながら私は、ある大学教授の話を思い浮かべた。
いわ く、日本ではすぐに雑菌の数をゼロ にしろとか無菌化しろといった類の 話になる。
だが日常的な食品に含ま れる雑菌をゼロにすることなど科学 的にはありえない。
こうした冷静さを 欠く議論をマスコミもあおっている ――というものだ。
『なるほどな』と思った。
たしかに 現在の日本の社会からは、全体とし ロジスティクス担当者がやるべきこと 最終回 71 JUNE 2007 ては多くのムダが発生することを理 解しないままピンポイントで先鋭化し ていく傾向を感じる。
感情的とすら 思える雰囲気のなかで何かを完璧に しようとするあまり、多額の税金が 使われるといった負の側面からは目 を背けてしまう。
BSE問題をめぐ る欧米との対応の差は、その最たる ものと言えるだろう。
いま日本の社会が企業に求めてい るのは、実は品質管理がどうのとい った技術的な話ではないのだろう。
い わば?企業スタンス〞とも言うべき ものが問われている。
だからこそ不二 家のケースでも、実際に発生した被 害に対してではなく、同社が自ら設 定した管理基準を守っていなかった ことが問われた。
そして、このような 社会のニーズに応えるために、近年、 企業がこぞって注力するようになって きたのがCSRだ。
私は一年前、この連載を、「経済の 効率性だけを追求している企業は 21 世紀には生き残れない」と感じたと ころからスタートした。
しかし、その 後の状況を見ると、経済効率の追求 だけでは足りないどころか、いまや企 業スタンスのようなものまで厳しく追 求される時代に変わってしまった。
企業のあり方は、過去にも常に社 会から問われてきた。
だが従来のそれ は、実質的には悪質な不正行為など に対してだった。
法律論とはまったく 異なるレベルで経営トップが辞任に 追い込まれるようになったのは、近年 の特徴といえる。
その意味で不二家 をめぐる騒動は、時代を象徴する出 来事だった。
別の見方をすれば、近年の企業不 祥事では、内容よりも、その後の対 応が企業の命運を決する傾向が強い。
本連載の第九回で取り上げた、パロ マ工業製のガス瞬間湯沸かし器によ る事故と、松下電器産業製の温風暖 房機による事故の顛末は、事後対応 が生みだす差について分かりやすい教 訓を残した。
消費者やマスコミばか りか、行政までもが?PL法の精神〞 ともいうべき超法規的な観点から企 業を追及するようになっている。
これは企業にとっては厄介な変化 だ。
スタンスの正しさを巧くアピール できない企業は、その実態はどうあれ、 イメージの悪化だけで市場からの撤 退を迫られることになる。
万一、不祥事を起こしてしまった 企業は、経営トップの首を差し出し て社会にケジメを示すのはもちろん、 「第三者委員会」などを組織して生ま れ変わったことを訴える。
世間を騒 がす不祥事を起こした企業が歩む典 型的なパターンだが、これとてもその 場の火消し的な行為にすぎない。
本質的に問われているのは、不祥 事を未然に防止する体制であり、期 せずして発生してしまった場合にも 迅速に対応できるようなリスクマネジ メントの整備だ。
これは第三者委員 会の設置や内部統制の強化などで一 朝一夕に実現できるものではない。
企 業活動のあり方そのものを根底から 作りなおす必要がある。
その際、実 務的に必須なのがロジスティクスであることを、私はこの連載のなかで一 貫して指摘してきた。
いまだに物流とロジスティクスの区 別すらおぼつかない日本で、このよう にロジスティクス部門が担うべき役 割を拡大していくことには抵抗も感 じる。
しかし、近年の企業不祥事を 私の経験に照らして分析するなかで、 確信はますます深まっている。
ロジス ティクスの本来の定義は、「在庫を一 元的に統合管理する機能」というも だ。
これを実現することが、企業不 祥事を未然に防ぎ、事後に収拾する うえで有効なのは間違いない。
課題は?片肺〞状態の解消 本稿のプロフィール欄にもある通 り、私は味の素ゼネラルフーヅ(A GF)に四〇年近く勤務していた。
九 〇年代にはロジスティクスの責任者 を、二〇〇二年から三年間は常勤監 査役を務めた。
AGFにとってロジ スティクスの手本はビジネスパートナ ーである米クラフトの手法であり、私 自身も彼らからイロハを学び、これを 忠実にAGFに導入してきた。
クラフトのロジスティクスと、一般 的な日本企業が手掛けている物流管 理は似て非なるものだ。
クラフト流で は、ロジスティクス部門は生産計画 や販売計画まで統括する強力な機能 で、サプライチェーン全域にわたる在 庫情報を一元的に把握している。
い ざトラブルが発生したときには、市場 に出回った製品の状況などを記者会 見で説明するのはロジスティクス担 当の筆頭副社長の役割だ。
他方、一般的な日本企業のロジス ティクス部門(物流部門といったほ うが正確だが)は、このような職能を 有していない。
もっぱら経営陣からは 物流コストの削減ばかりを望まれ、在庫を統合的に管理することなど到底、 無理な立場にある。
さらに日本企業 の物流部門の大半は、管理領域とし ても販売物流だけしか手掛けておら ず、調達物流はサプライヤー任せに なっているのが普通だ。
いわば?片 肺飛行〞のような状態にある。
このような物流部門を?ロジステ ィクス部〞に衣替えしただけの企業 W X e B V ‰ 提に企業はリスクマネジメントを整備 しなければいけない。
そして、いざ不 祥事が起こったときに被害を最小限 に食い止めたければ、回収すべき製品 を何個製造して、それがどの地域に、 どれだけ出回っているかを即座に把握 し、そのうえで迅速に回収作業などを 手掛ける必要がある。
いかに高い企業倫理を有する企業 であっても、それだけではCSR経 営を実践することはできない。
在庫 の統合管理という実務の裏打がなけ れば、いざというときに窮地に追い込 まれてしまうのである。
ロジとITを切り離すな そのための機能を欧米のようにロ ジスティクス部門が担うかどうかは別 にしても、日本でも同様の機能が必 要なことは言うまでもあるまい。
この 点に日本企業の経営トップが目を向 けはじめたのは、ごく最近になってか らだ。
20 世紀であれば問題にされな かったような不祥事で、社長の辞任 が相次いだことがマネジメント層の危 機感につながった。
既存のロジスティ クス部門にとっては、ある意味では 降って湧いたチャンスといえる。
だが他方では、ロジスティクスの重 要な構成要素であるITが、急速に 存在感を失いつつあるという問題も 進行している。
不祥事が発生すると、 当該製品を回収したりすると同時に、 正確な情報を即座に把握することが 欠かせない。
日常的にもトレーサビリ ティなど情報機能の充実が求められ ている。
現在のようにIT部門が軽 んじられる状況は、ロジスティクスは もとより、CSR経営にとっても憂 慮すべき事態だ。
かつては?士農工商情物〞などと 言って、企業内での情報部門と物流 部門の立場の弱さが揶揄されていた 時代があった。
その後、物流部門は ロジスティクスやSCMの普及によ って地位を向上させてきたが、残念 ながら情報部門は逆の道をたどって しまった。
外部のITベンダーにアウ トソーシングしたほうが安上がりだと か、自社開発するより既存パッケー ジを活用するほうが有利だ、といった 経営判断を重ねてきた結果だ。
たしかに欧米でもITの保守や運 用については、大規模なアウトソーシ ングが進められてきた。
しかし、ビジ ネス戦略の根幹を支える情報活動に ついては、むしろコア業務に位置づけ て優秀な人材を配している。
ロジス ティクスと不可分の機能として、I T戦略が位置づけられている。
日本で近年、個人情報の大規模な 漏えいなどによって情報セキュリティ が問題視されるようになった背景には、 IT部門の地位の低下があると私は 理解している。
現在のように高度な情報活用が欠かせない社会において、 技術だけで情報セキュリティを高める のは無理がある。
人間が作った仕組 みである以上、人為的なデータの流 出などはハイテクだけでは防ぎようが ない。
行き過ぎた効率化がIT部門 の士気の低下を招き、ひいてはセキュ リティの脆さを招いてしまった。
このままITが経営と乖離してい くのを見過ごすことは、CSR経営 に、ロジスティクスがCSR経営の カギを握っているといっても説得力が ないことは理解できる。
こうしたケー スでは、まずは欧米流に需給調整の 権限までロジスティクス部門に統合 するか、もしくは在庫情報だけでも 一元的に管理できる体制を整える必 要がある。
そうしなければ、CSRに とってロジスティクスがいくら有効で も、スタート地点にすら立つ前に幻 滅に変わってしまいかねない。
問われているのはトータル・サプラ イチェーンの管理だ。
原材料や包材 の調達から、消費者の手に製品が渡 るまで、モノの流れを統合的に管理 してこそ、はじめて両肺による安定 飛行が可能になる。
この連載のなかで繰り返し指摘し てきたように、たとえ資本関係のない 取引先による不祥事であっても、近 年は批判の矛先がサプライチェーン を構成する代表格の企業に向かうよ うになった。
その対象はセットメーカ ーだったり、ブランドメーカーだった り、有力小売りだったさまざまだが、 いずれにせよサプライチェーン・キャ プテンともいうべき中核企業が責任 を問われることになる。
その際に自分 たちには管理責任がないと主張して も、もはや通用しない。
不祥事は必ず発生する。
それを前 JUNE 2007 72 73 JUNE 2007 を実践するうえで得策ではない。
本 来のロジスティクスの機能を再構築 していくためにも、ロジスティクスと ITの担当者は互いに胸襟を開いて 協力しあう必要がある。
あえてIT 担当者に厳しい言い方をすれば、自 社のロジスティクス戦略すら理解で きない人材は、早々にITベンダー にでも転職したほうが、会社にとって も本人にとっても幸せだろう。
経営者もこれまでの行き過ぎを自 戒しなければいけない。
IT部門を ロジスティクス部門に統合するかどう かといった組織論は脇に置くとして も、これらの機能を欠いた企業統治 など画餅でしかないことに気づくべき だ。
ロジスティクスとITが有効に 機能してこそ、はじめてCSR経営 を実務面から支えるバックボーンにな りうるのである。
東京海洋大学の教員として さて、一年間にわたって続けてき たこの連載だが、今回で最終回を迎 える。
私が職務経験を通じて個人的 に考えてきたことを現役の人たちにも 伝えたくていろいろ述べてきたが、自 分でもまだ咀嚼しきれていない話を 生煮えのまま出した面も否めない。
そ の意味では、私自身にとってもCS R経営は、これから改めて掘り下げ ていくべきテーマだ。
今年四月から東京海洋大学の大学 院で教鞭をとっている。
今後は同大 の「食品流通安全管理専攻」コース でロジスティクスやリスク管理につい て教えながら、この分野の研究を進 めていくつもりだ。
現状の私の問題 意識を列挙すれば、順不同ながら図 1の八項目に集約できる。
海洋大で は主に水産食品が研究の対象になる が、原料から加工食品の消費に至る トータル・サプライチェーンを視野に 入れた人材育成の一助になればと思 っている。
これまで実務者として活動してき たなかで、私は常々、実業界と学者 の関係に疑問を抱いてきた。
実務者 には体系的な知識が欠けているし、学 者には消費者や企業に対する働きか けが不足している。
前述したように、 日本人の多くがピンポイントで先鋭 化してしまうのは、はっきり言ってし まえば無知によるところが大きい。
だ が専門家であるはずの学者が、その 無知を他人事のように放置してきたのも事実だろう。
実務者と学者が互いに知恵を出し 合えば、より効果的にトータル・サ プライチェーンを高度化していくこと が可能なはずだ。
そのためにも大学 院のような場で、一定の社会人経験 を持つ人材が体系的な知識を学ぶ意 味は大きい。
このような人材が再び 実務の現場に戻ることによって、日 本企業のサプライチェーンが片肺飛 行から脱却するきっかけになることを 期待したい。
日本には現在、六万社近くの食品 メーカーがひしめいている。
欧米のよ うに市場の圧力によって急速に寡占 化が進むとは私は考えていないが、人 口が減少に転じるなかで、これほど 多くの企業が生き残れないことも明 らかだ。
その際の淘汰の基軸として、 原料調達にまで至るサプライチェー ン全域にわたって消費者に安全性を 保証できるか否かが一つの条件にな る。
そう私はみている。
そこではトラブルの発生時に、サプ ライヤーに責任を転嫁することでその 場を乗り切るといった 20 世紀型の対 応は通用しない。
自ら製品の安全性 を立証できるサプライチェーンを構築 した企業、言い換えればCSR経営 を実践できる企業だけが生き残って いくことになるはずだ。
こうした観点 から企業の選別が進むのは当然だし、 社会にとっても有益だ。
今後の成り 行きを私なりに見守っていきたい。
最後になるが、この連載を通じて 私が述べてきたことに、ご意見やご感 想がある方は、ぜひ下記のアドレスに メールをお寄せいただきたい。
今後の 研究に役立てていくつもりだ。
※本連載へのご意見やご感想はtk1941@kaiyodai.ac.jpまで。

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