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JUNE 2007 32
改善活動のモデルセンター
大型連休の谷間の五月一日。 イトーヨーカ
堂の「川口加食共配センター」(埼玉県川口
市)の庫内には、メーカーが長期休暇に備えて持ち込んだ商品が溢れていた。 この一括物
流センターの運営をヨーカ堂から請け負って
いるのは、食品卸大手の菱食だ。
午前中、センター内の会議室では毎週恒例
となっている「グループ・ディスカッション」
が開かれていた。 菱食の社員と、センター内
で作業実務を請け負っているキャリテック
(菱食の物流子会社)の社員が一〇人余り出
席している。 室内にはヨーカ堂の改善部隊の
マネジャーと、菱食のセンター長もいるが、
若手の社員たちに臆する気配はない。
スライドに映し出された、外箱の潰れた商
品の写真を示しながら担当者が説明する。
「これは良品です。 ただ外箱がクシャってい
るため中身を確認したところ、商品はぜんぜ
ん平気でした。 折りコンで出荷するというこ
とで置いてありました」(キャリテック)
「おいおい、ちょっと待てよ。 そのまま折り
コンに入れるなよ」(イトーヨーカ堂)
「大丈夫です」(菱食)
「作業者は後で折りコンに入れると言ってい
ましたが、後でではなく作業終了後、もしく
はその場で必ずやるようにしてください。 こ
のままでは見栄えも悪いし、ちょっとヨロシ
クないですから」(キャリテック)
「ちょっとじゃないよ!」(菱食)
「ははは」(一同)
ともすれば隠しがちな情報までさらけ出し
ながら、現場担当者と管理者が同じ目線で作
業改善について話し合う。 もちろん気軽な会
話ばかりではない。 二時間におよぶ会議の大
半は、改善活動の進捗報告や、前週の実績数
値への反省や対策といったシビアなテーマに
費やされる。 ここでは社会的な立場による壁
や、年齢の差からくる遠慮はない。 参加者の
明るい表情からは、これまでの活動で結果を
出してきた自信が伝わってくる。
この川口加食共配センターは、昨年からヨ
ーカ堂が取り組んできた現場改善のモデル拠
現場改善
イトーヨーカ堂
トヨタ流の改善を物流拠点でも展開
自動発注にも着手し収益改善の兆し
店舗を対象として4年前にスタートしたトヨタ
流の改善活動を、物流センターに拡大してきた。
イトーヨーカ堂の社内ですら根づかせるのが困
難な改善体質を、アウトソーシング先の現場に
まで定着させて収益改善につなげている。 さら
に店舗からの発注業務を一部で自動化するなど、
従来のヨーカ堂からは考えにくい業務改善が静
かに進行中だ。
33 JUNE 2007
点に位置づけられている。 活動一年目で約八
〇〇〇万円のコスト削減を積み上げた。 もっ
とも、ここが他のセンターの手本になってい
る理由は、削減金額が大きいからではない。
ヨーカ堂流の改善活動に取り組むなかで、ア
ウトソーシング先の人材が育ち、誰の目にも
明らかなレベルで自主的な改善活動が行われ
ているからこそ高く評価されている。
店舗から物流センターへ
ヨーカ堂の現場改善は、二〇〇三年にトヨ
タ流の改善活動を店舗に導入したところから
スタートした。 当初は豊田自動織機のコンサ
ルティングを受けながら、店内物流の見直し
や2S(整理・整頓)に取り組んだ。 半年後
に指導が終了すると、ヨーカ堂の社内に専門
部隊が常設され、独力で改善プロジェクトを
展開しはじめた(本誌〇五年九月号既報)。
この店舗改善とは別に、〇四年からは冷凍
食品センターでも豊田自動織機の助力をうけ
た改善活動がスタートした。 そして〇六年三
月になると、加食共配センター五カ所でヨー
カ堂の社員だけによる作業改善プロジェクト
が動きはじめた。
一連の活動は当初、一部の店舗と物流セン
ターだけで行われていた。 しかし昨年九月に、
物流部門の責任者が郵便局会社のCEOに転出。 その跡を継いで、店舗改善プロジェク
トのリーダーだった平賀信年氏が物流部の総
括マネジャーに就任したことから、一挙に全
社的な動きへと変わってきた。
従来のヨーカ堂にとって、店舗と物流部門
の利害は時として衝突する関係にあった。 店
舗の作業コストが?経費〞なのに対して、物
流センターで管理している物流費は?商品原
価〞に含まれる。 互いに異なる管理項目を改
善しようとすることが行き違いを生んでいた。
平賀氏自身ですら、「私も以前は、物流セン
ターは店舗に合わせて変わるべきだなどと言
っていた。 ところが店舗で作業改善に取り組
むうちに物流の痛みも見えるようになってき
た。 結局、互いに連携しなければダメなこと
に改めて気づいた」と述懐する。
ヨーカ堂の物流部は、物流センターの現場
運営を担当する「物流センター部」と、企画
立案や国際物流などを担う「物流業務改善プ
ロジェクト」の二つの組織からなる。 前者は
アウトソーシング先に改善活動を浸透させ、
後者は店舗からの発注などにまで踏み込んで
物流を効率化しようとしている。 これらすべ
てを、店頭を起点とする全体最適という観点
から平賀氏が統括している。
ヨーカ堂は、九〇年代末から全国各地に一
括物流センターを整備してきた。 加食分野だ
けでも全国十二カ所にセンターを構え、他に
冷食、コスメ&ドラッグ、衣料、住居、パン
などカテゴリーごとに設置した物流拠点の総
数は約八〇カ所。 一〇年近くかけて、ようや
く物流ネットワークは完成しつつある。 すで
に課題は、ネットワーク上の商品の流れをい
かにスムーズにするかにシフトしている。
物流部門としては、センターから店舗に納
品された商品が、停滞することなく店頭に流
れ、売り場を過不足なく満たしつづける状態
を理想としている。 これを低コストで実現す
る狙いがあったからこそ物流ネットワークを
整備したのだが、前述したような利害の衝突
もあって現実は簡単ではなかった。
急務だった物流コストの削減
物流拠点の運営は拠点ごとにコンペで選ん
だ事業者にアウトソーシングしている。 しか
し、「もはやイトーヨーカ堂の物流だなどと言
ってアグラをかいていられる時代ではない。
一緒になって改善しなければ」(平賀氏)と
いう認識から、業務委託先の現場での改善活
動を本格化してきた。 これまでは冷食と加食
のセンターを対象としてきたが、今年からは
衣料品と住居品にも拡大している。
ヨーカ堂が改善活動に傾注してきた背景に
は、GMS(総合量販店)をとりまく厳しい
環境がある。 GMSのなかでは勝ち組と言わ
イトーヨーカ堂・物流部の
平賀信年総括マネジャー
JUNE 2007 34
からの出荷を停止したのである。
まだ店舗改善プロジェクトでリーダーを務
めていた平賀氏は、当初、この納品条件の変
更に反発した。 「納品日が一日なくなれば、そ
の前日に二日分の商品が店舗に入ってくる。 それは仕方がないとしても、商品を店舗納品
したあとに大量の空台車が行き場を失い、そ
のまま店舗に残されるのは問題ではないか。
物流部は自分たちの都合でやっているのだろ
うが、店のことも考えてほしい」
当時の平賀氏の立場を考えれば、この言い
分も理解できる。 店舗での作業改善の基本は
「2S」と「店内物流」のムダとりだ。 商品
を移動するムダをなくすために、バックルー
ムのどこに何を置くといったことを徹底的に
合理化し、スペースを有効活用するため同じ
エリアを時間帯によって異なる役割で使うと
いった苦心を重ねていた。
従来の物流部と店舗の関係からすると、こ
の時点で発注一日停止の話は頓挫してしまっ
ても不思議はなかった。 しかし、実際に平賀
氏がとった行動は言葉とは裏腹だった。 単に
文句をいうだけでは何も解決しないことを、
店舗改善を通じて誰よりも痛感していた平賀
氏は、逆に週六日納品を実現するための工夫
に乗り出したのである。
まず空台車の置き場を確保し、次は発注作
業が一日なくなることをプラスに転化するよ
うに店舗に呼びかけた。 空いた時間を使って
2Sや試食販売をするなど本来やるべき正味
作業に振り向ければ、発注停止もマイナスで
はないというわけだ。 この平賀氏が約一〇カ
月後に総括マネジャーに就任したことで、ヨ
ーカ堂の物流部門は店内物流を明確に意識しながら活動しはじめることになる。
我々はコンサルタントではない
コスト削減を目的とする加食共配センター
の改善活動は、平賀氏が物流部長になる半年
前からすでにスタートしていた。 このとき担
当責任者として白羽の矢が立ったのは、すで
に冷食センターで改善活動に取り組んでいた
物流センター部の服部功マネジャーだった。
所属している部署は違っても、平賀氏とは日
頃から情報を交換しあってきた間柄だ。
これまで多くの実績を上げてきた服部氏は、
れつづけてきたヨーカ堂だが、近年の業績は
さえない。 とくに単体決算は惨憺たる状況だ。
九〇年代末には常に五〇〇億円を超えていた
同社の単体営業利益は、五分の一の水準にま
で落ち込んでしまっている。
厳しさに追い討ちをかけたのが、セブン&
アイ・ホールディングスの発足だった。 以前
のヨーカ堂はセブン
―イレブン・ジャパンの株
式を五〇%余り保有して、同社から多額の配
当金を受け取っていた。 グループ持ち株会社
の設立によってこれが無くなったことで、以
前にも増して単独で利益を確保することを求
められるようになった。
ここから必然的に出てきたコスト削減の要
請は、物流分野にも押し寄せた。 経営者の指
示を受けた物流部は、加工食品の分野におけ
るムダを洗い直し、いくつかの対策を施した。
その一つとして〇五年十一月からは、それま
で毎日おこなわれていた店舗からの発注を一
日停止して、週六日体制へと移行した。 トラ
ック代や作業の人件費などを浮かせるために、
水曜日の店舗での発注と、木曜日のセンター
イトーヨーカ堂・物流センタ
ー部の服部功マネジャー
35 JUNE 2007
運営をアウトソーシングしている物流センタ
ーで改善活動を成功させたければ一人で乗り
込むべきだと強調する。 「集団で乗り込んで
表示物などを一気に整えれば話は早い。 だが、
これでは活動は根づかない。 定着させたけれ
ば地道な活動を積み上げていくしかない。 私
たちはコンサルでも何でもないのだから、最
初は反発される。 でも気にせずに説得をつづ
け、自分からどんどん動く」
実際、服部氏は、菱食が運営する川口加食
センターにほぼ九カ月にわたって通いつめた。
スタートした当初の理解者は、会社としての
契約を理解しているセンター長だけ。 そこで、
まずセンター長と相談しながら総勢一〇人余
りのプロジェクトチームを立ち上げた。 「現場
のリーダーを育てるのが私の役割」という信
条から、メンバーにはあえて若手ばかりを選
んだ。
プロジェクトリーダーには菱食とキャリテ
ックの社員を一人ずつ選んだ。 発注系・作業
系・配送系を担当する組織も設け、それぞれ
に両社の若手社員を配置した。 このときから
菱食のプロジェクトリーダーを務めてきた川
鍋幹生氏は、大卒後すぐに川口加食センター
に配属された入社六年目の社員だ。
この川鍋氏を、ヨーカ堂の服部氏は猛烈に
教育した。 トヨタ流の改善活動の基本からは
じまり、資料の作り方、モノの考え方、リー
ダーとしての心構えなどを徹底的に教え込ん
でいった。 「2Sも大事だが、表示を整える
だけで儲かる会社などあるわけがない。 どう
したら具体的な数字につながるのかを理解す
ることが大切だ」(服部マネジャー)
その一方でセンター長には、プロジェクト
メンバーに指示した内容や活動実績、結果として数値にあらわれた変化などを、所属先
(菱食)の社内で説明しやすいように報告。 プ
ロジェクトから外した管理者層に対しても、
皆が集まった席などで、「若い子ばかり中心
で申し訳ない。 でも皆さんがやるのは当たり
前だから」と声を掛けつづけた。
現場で育った若手社員
プロジェクトでは、まず昨年四月に開催さ
れたキックオフで、菱食やヨーカ堂の関係者
およそ五〇人が見守るなかでメンバーが活動
目標を宣言した。 前月の実績に基づいて目標
値を定め、これに対する実績値を「パフォー
マンス・メジャー」として毎週フォローする
ことで目標達成をめざすことになった。
センター内で実際に作業をするのは、菱食
ではなくキャリテックの社員やパート作業者
たちだ。 だからこそ菱食の西野昭一センター
長は、「グループ・ディスカッションでは、現
場のスタッフやキャリテックの担当者から意
見が出るのを待つ。 自主的な発言が出たら、
今度は具体的に何をいつまでにやるのかを自
分の口で言ってもらう。 こうしたことを繰り
返してきた結果、社員が自発的に動くように
なってきた」という。
活動を進めるうえで、木曜日の出荷作業が
なくなったことも有効に使えた。 「自主研修」
と称する現場見学会を主に木曜日に開くよう
になり、一年間で二十一カ所の施設を訪れた。
ヨーカ堂の他の共配センターや冷食センター、
菱食の物流拠点、豊田自動織機のトヨタL&
Fカスタマーズセンター、さらにはトヨタの
工場にも行った。
見学後には必ず感想文を書かせた。 参加者
は当初、マテハンの仕組みや設備など表面的なものに目を奪われがちだったが、作文にそ
んなことを書けばこっぴどく叱られた。 場数
を踏むうちに、徐々に現場を見る眼が養われ、
無駄を見抜けるようになってきた。 ベンチマ
ークの重要性にも気づいた。
このようにしてアウトソーシング先の若手
社員を育てていったのだが、なかでもヨーカ
堂の服部氏が「うちの改善活動の申し子」と
太鼓判を押すのが川鍋氏だ。 川口加食センタ
ーに配属された頃の彼は、皆の前で満足なス
ピーチすらできない青年だった。 それが今や、
現場改善のモデルセンターを支える最大の功
菱食・川口SDCの西野昭一
センター長
前がまっくらになったという。 「正直なところ、
信じられないという気持ちだった。 だが店舗
から回収された商品の日付はたしかに古い。
大至急、入庫履歴や、現場での作業を調べた。
もう何が何でも、その日のうちに決着をつけ
ようと思った」
原因はほどなく判明した。 問題となった商
品の賞味期限は「二〇〇六年二月二四日」だ
ったのだが、この商品は〇六年二月の時点で
一度、アイテムカットの対象になっていた。
本来はメーカーに返品すべき商品だが、セン
ター内で二つの棚に分けて保管していたため
一部が残ってしまった。 にもかかわらず、そ
の後の決算で減損処理をしたことによりデー
タ上の記録は抹消されていた。
このアイテムの取扱が〇六年八月に再開さ
れて、新しい商品が入荷してきた。 これが人
知れず残っていた古い商品の、たまたま近く
に置かれた。 それからしばらくして、このエ
リアの作業者から「同じ商品が別々のところ
にある」との指摘をうけた担当者が在庫を統
合した。 新しい商品の賞味期限は「二〇〇七
年四月十三日」だったのだが、「年」は確認
せずに「月日」だけを確認。 日付が逆転して
しまったと思い込んで、古い商品を先に出荷
してしまった――。
いくつものミスが重なっていた。 失敗の原
因を分析したところ、より本質的な問題とし
て、毎月やっていた棚卸でこの商品の存在に
気づかなかったことこそ問題という結論に至
った。 それまでの棚卸は、システムにデータ
のある商品をリストアップし、これに基づい
て現物をチェックするという手順だった。 こ
れではデータ上にない商品が引っかかってこ
ないのも無理はなかった。
「三つの問題があった。 一つめは、棚卸の
仕組みが現物主義ではなかったこと。 二つめ
は、リスト上にない商品があっても棚卸で気
づかず、異常が見えない現場になっていたこ
と。 三つめは、そもそも同じ商品を二つのロケーションに分けて管理していたことだ」と
川鍋氏。 応急的な対策として、事故の発生日
のうちに五〇人ほどの関係者が総出で約七〇
〇〇アイテムの全品棚卸を行った。
その後、すぐに棚卸の方法を抜本的に見直
した。 かつては毎日の出荷作業の合間に棚卸
をやっていたため、一部のエリアずつ順番に
行う「循環棚卸」をやっていたのだが、もは
や木曜日の出荷作業はない。 この日に「全品
一括棚卸」をやるようにした。 そして空ロケ
ーションがある場合には、きちんとチェック
できる体制も整えた。
労者と評価されるまでになった。
昨年十二月に開かれた最終報告会では、ヨ
ーカ堂の関係者や菱食の役員など総勢七〇人
を超す出席者たちを前に、川鍋氏は堂々と活
動報告を行った。 彼をはじめとする若手社員
の成長ぶりは、「当社の社員がこれほど変わ
るとは思わなかった」という菱食のある役員
の言葉に象徴されている。
期限切れ商品を出荷し大失敗
もっとも、川口加食共配センターでの改善
活動がすべて順調だったわけではない。 キッ
クオフから五カ月ほど経った〇六年九月、活
動もそれなりに軌道に乗り、「このまま行け
ばかなり良い数字が出そうだ」と関係者が考
えていた矢先に、大事件が発生した。
半年前に賞味期限が切れていた商品を、誤
って店舗に出荷してしまったのである。 幸い
店頭に品出しをしようとしたヨーカ堂の従業
員が見つけて、すぐに回収することができた。
しかし、食品卸として絶対にあってはならな
いミスだった。
万一、この商品によって消費者が食中毒で
も起こしていたら、関係者は想像を絶する批
判にさらされたはずだ。 日本の消費者の食品
の鮮度へのこだわりは世界一厳しい。 事の成
り行きによっては、担当責任者の始末書くら
いでは済まされず、経営トップの首すら飛び
かねない大失敗だった。
この話を最初に聞いたとき、川鍋氏は目の
JUNE 2007 36
菱食・川口SDCの川鍋幹生氏
言い訳のしようのない失策を菱食が犯した
のは事実だ。 しかし、その日のうちに全品棚
卸をやってのけ、さらに同様のミスが二度と
発生しない仕組みを迅速に定着させたことは、
関係者から高く評価された。 雨降って地固ま
るではないが、この事件は関係者にとって忘
れがたい教訓を残すことになった。
発注提案システムを店舗に導入
ヨーカ堂の物流部は現在、もう一つ注目す
べき取り組みを進めている。 昨春、加食とコ
スメ&ドラッグの分野で稼動したヨーカ堂独
自の「発注提案システム」がそれだ。 これに
よって同社は、店舗からの発注業務の一部を
自動化した。
良く知られているように、ヨーカ堂の鈴木
敏文会長は、人が仮説を立てて発注すること
こそ小売業の生命線、自動発注など論外―― という信念の持ち主だ。 だが実務の現場では、
GMSで扱っている数十万アイテムの商品す
べてで人が仮説に基づく発注をするのは難し
い。 自ずから、時間をかけて発注すべき商品
と、ITの助けを借りるなどして発注業務を
効率化すべき商品が生まれる。
従来の発注は作業者が一律で手掛けてきた
のだが、このやり方では仮説を必要とする商
品の発注に十分な時間と労力を割くことなど
できなかった。 メリハリをつける必要があっ
た。 そこでヨーカ堂の物流部は、加食や日用
品のなかから、単に欠品さえしなければいい
だけのアイテムを切り出し、これについては
予めコンピュータが販売予測を発注作業者に
提示するシステムを独自開発した。
過去四カ月の販売実績を、売価や曜日、天
候などとともに膨大なデータベースに蓄積。
これを店別、天候別などさまざまな角度から
分析する。 ここに直近の販売実績も加味しな
がら予測値を算出し、この値に納品リードタ
イムなどの実務的な要素も加えた数量が、発
注作業者の持つ端末に表示される。 とくに作
業者が修正を加えなければ、そのまま自動で
発注されるという仕組みである。
物流部の物流業務改善プロジェクトで、こ
のシステムの開発に携わってきた飯原正浩氏
は、次のように説明する。 「店舗で発注提案
システムについて教育するときに我々が一番
注意しているのは、これは人を削減するため
の仕組みではないという点だ。 店舗が持って
いる人的資源を、売り場の変更や接客など本
当に必要な業務に再投資していくためのツー
ルとして使わなければいけない」
すでに導入済みの分野では一定の成果を上
げ、新たに肌着のシステムが稼動しつつある。
今はまだ?発注支援〞にとどまっているが、
これから予測精度が高まっていけば新たな用
途も出てくるはずだ。 予測に基づいて物流セ
ンターの在庫を適正化していけば、在庫水準
を引き下げられる可能性もある。
このようにヨーカ堂の改善活動は大きな広
がりを見せている。 すでに加食分野では六億
円のコストを削減し、トータルの収支でも四〇億円の黒字を確保できるまでになった。 「納
品条件を変え、物流センターの改善に取り組
み、発注提案システムを稼動するなど、全て
がつながったことで数字が変わってきた」と
語る平賀氏の表情は明るい。
店舗改善を担当していた平賀氏が物流部門
のトップに就いたことで、ヨーカ堂は期せず
して?店頭起点のサプライチェーン改革〞を
追求しはじめることになった。 まだ現状では
物流センターまでだが、これがメーカーに遡
ったときの産業界への影響は計り知れない。
(
フリージャーナリスト・岡山宏之)
37 JUNE 2007
ピッキングカートは重量秤つき「見える化」を徹底した庫内
イトーヨーカ堂川口加食共配センター(=菱食・川口SDC)
自動発注システムを自作した小会議室は「多能工道場」へ
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