ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2007年7号
自己創出型ロジスティクス
オートポイエーシスとは何か

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

JULY 2007 68 システム論の発展と ロジスティクス 昭和三〇年代末期に、わが国に物的流通と いう概念が導入された。
その頃から既に物流の近代化は個別諸活動の合理化にとどまらず、 それらを全体として、システムとして効率化 せねばならないことが分かっていた。
それはロ ジスティクスの段階的発展(前章図2)にお ける、第〇(ゼロ)段階から第一段階への飛 躍が始まったことを示すものであった。
この内容をごく簡単に図示したのが図5で ある( 図5)。
図中の「S」は物流システムを 示している。
物流システムには六つの個別活 動が含まれる。
「s1」が輸送、「s2」が保 管、「s3」が包装、「s4」が荷役、「s5」 が流通加工、「s6」が物流情報である。
こ れらは物流システムを構成する要素である。
第ゼロ段階、すなわち物流以前の段階では、 これらのsiはバラバラの独立状態で運営さ れていた。
すなわち要素間の関係は潜在的に 存在しているだけで、公式なものになってい なかった。
この関係を顕在化させ、公式化・ 安定化させ、これらsiの集合体を秩序化し たものが物流システムなのである。
システムとは単なる要素の集合ではない。
要素間の関係が明確に定義され、公式化され ることで、初めてシステムが構成される。
こ れを恰好よい言葉でいうと、「システム平面 を創発する」という。
また要素間の関係を定 義する、すなわち多くの可能性のなかから特 定のものに限定することを構造化と呼ぶ。
これは「全体/部分モデル」と呼ばれる構 想で、「全体は部分の総和以上のものとなる」 との主張だ。
部分の総和を超えた余剰こそが、 システムの生み出す価値である。
ロジスティ クスの第ゼロ段階から第一段階への飛躍は、 このシステム化の効果を利用したものである。
ところが、システム論が第二世代から第三 世代へと進歩するにつれて状況が変わってし まう。
部分の総和以上の余剰は内的な総計か らのみ生じるわけではない。
そこにはシステ ムの外部も影響している。
内部を考察するこ とが意味を持つのは、外部が存在する場合の みである。
余剰の発生を説明するにはシステ ムの外部、内と外の境界に目を向ける必要が ある。
すなわち複雑で変動する環境のなかで、 システムの内/外の差異を安定化することの意義が強調され始めるのである。
そこではいわゆる複雑性概念やシステム/ 環境―差異論が理論の主力となる(これにつ いては第3章で詳述する)。
そしてオートポ イエーシスの登場とともに、その勢いは益々 強まっていくのである。
ここでお断りしなければならない事がある。
ロジスティクスの段階的発展論は筆者が十数 年前に、独自に提示したものである。
その当 時、システム論の第一・第二・第三世代説は わが国では殆ど流布しておらず、筆者も意識 していなかった。
したがって、両者は連動す 物流はシステムである。
システムとは部分から構 成される全体である。
システムという全体は、部分 の総和を上回る。
上回った分、すなわち余剰こそが 利益の源泉となる。
この余剰を生み出すメカニズム は理解が難しい。
鍵はオートポイエーシスにある。
伝統的なロジスティクスと決別し自己創出型ロジス ティクスの世界へと進む必要がある。
オートポイエーシスとは何か 69 JULY 2007 るものでも、並行するものでもなかった。
第一段階では、全体/部分モデルから教わ る所が多かったことは事実である。
だが、そ の後、現実の経済現象としてのロジスティク スは第二・第三段階へと発展したにもかかわ らず、これを理論的に説明する方法論は存在 しなかった。
経済学的アプローチは既に行き 詰まっている。
第二世代のシステム論である 自己組織化でも解明不能だった。
なかんずく筆者が執着しているのは次の疑 問だ。
各段階間の飛躍は、システムの構造に いかなる変革が起ったがために発生したのか。
またその変革は何を原動力として生じたもの であるか。
この疑問に応える有効な解決策は 一つしかない。
オートポイエーシスだ。
希望 をこれに託している。
オートポイエーシスの定義オートポイエーシスは今から四半世紀も前 に、チリの神経生理学者であるウンベルト・ マトゥラーナと共同研究者であったフランシ スコ・ヴァレラが提唱した概念である。
ギリ シア語のオート(自己)とポイエーシス(制 作)とを組み合わせた造語だといわれる(6)。
わが国におけるオートポイエーシス研究の 第一人者である河本英夫氏は、マトゥラーナ とヴァレラによるオートポイエーシスの原定 義を若干修正し、次のように提示している (7)。
難解ではあるが、詳しくは後で解説す るとして、ひとまず紹介しておく。
「オートポイエーシス・システムとは、反復 的に要素を産出するという産出(変形および 破壊)過程のネットワークとして、有機的に 構成(単位体として規定)されたシステムで ある。
(?)反復的に産出された要素が変換 と相互作用をつうじて、要素そのものを産出 するプロセス(関係)のネットワークをさら に作動させたとき、この要素をシステムの構 成素という。
要素はシステムをさらに作動さ せることによってシステムの構成素となり、 システムの作動をつうじて構成素の範囲が定まる。
(?)構成素の系列が閉域をなしたと き、そのことによってネットワーク(システ ム)が具体的単位体となり、固有空間を形成 し位相化する。
このとき連続的に形成されつ づける閉域によって張り出された空間がシス テムの位相空間であり、システムにとっての 空間である」 マトゥラーナがオートポイエーシスを思い 付いたのは、神経システムという生命体シス テムの研究においてであった。
生命の基本を、 要素―複合体や全体性や形態の多様性によっ JULY 2007 70 ムにも応用できるはずだ。
もっとも生命体と は異なるはずの社会システムにまでオートポ イエーシス理論を拡張・応用することに対し、 異論を唱える人もいる。
ヴァレラもその一人 だったといわれる。
したがって、われわれの試みが成功するかどうか分からない。
それで も、ニクラス・ルーマンという偉大な先達に 倣ってみたいのである。
アベイラビリティという コミュニケーション ロジスティクスを社会システムとしてとら えるとはどんなことか。
図6を使って説明し よう( 図6)。
前節で紹介したオートポイエーシスの定義 がなかなか分かりにくい理由の一つは、要素 と構成素という二種類の概念が出てくる点だ ろう。
そして第二には位相空間という言葉で ある。
ロジスティクス・システムにおける要 素とは、図5にも出てきた六つの個別活動 (輸送・保管・包装・荷役・流通加工・物流 情報)として行われている各種の作業(オペ レーション)が産出するコミュニケーション のことである。
ロジスティクスでは、図6にみるように、 物理的空間と位相空間の二階建てで考えると 理解し易い。
一階の物理的空間では、前記の 六つの活動のなかの各オペレーションが実際 に行われている。
また二階の位相空間では 「アベイラビリティ(可用性)」というコミュ ニケーションが循環していると考えるのであ る(9)。
その上、一階の各オペレーション は二階の各コミュニケーションと、それぞれ 一対一で対応している。
それらのコミュニケ ーションが後続するコミュニケーションと連 結して、図6のように閉じたる円環を形成す ることでシステムとなる。
そのときの要素を 構成素とよぶ。
顧客は、ある製品の在庫が減り、その製品 の生産工程への投入もしくは販売が不可能に なる危険が高いと感じたときに発注する。
す て説明するのではなく、それ自体がみずから の行為を継続するものとして説明しようとし たのである。
行為の継続をつうじておのずと 自己そのものを形成すること、それこそオー トポイエーシスだというのである。
このように、生命体の理論モデルとして登 場してきたオートポイエーシス理論を、社会 システムの解明に利用しようとしたのがニク ラス・ルーマンである。
彼は天才的な発想力 をもって、オートポイエーシスを彼自身の社 会システム理論の構築に取り入れることに成 功した。
まずその感触を示そう(8)。
「社会システムは、継続的にコミュニケーシ ョンからコミュニケーションを生み出すオー トポイエーシス的システムである。
コミュニ ケーションは、社会システムのそれ以上に分 解できない究極的な要素であって、そこでは さまざまなできごとが問題にされる。
これは、 ほんのわずかな間しか持続しない要素である。
コミュニケーションは、現れた瞬間に消滅し、 それに対応する後続のコミュニケーションに よって置き換えられなければならない。
した がって、つねに新たなコミュニケーションの 不断の再生産は、社会システムの持続という 問題を生み出す。
‥‥」 ロジスティクス・システムもまた社会シス テムの一つである。
そうである以上、オート ポイエーシス理論はロジスティクス・システ 71 JULY 2007 なわち、製品がアベイラブル(販売可能、あ るいは消費可能)でなくなったときに、アベ イラビリティの補充を供給業者に要求するの である。
注文は通信手段によって供給業者に 伝達される。
これはまさにアベイラビリティ 補充要求の伝達である。
注文すなわちアベイラビリティの補充要求 が届いたら、供給業者は直ちに受注処理とい うオペレーションを開始しなければならない。
まずは、その製品の在庫があるかどうか、ま たは発注者の与信状況がどうかを確認するだ ろう。
これらのチェックがOKであれば、物 流センターの出荷手配のオペレーションを開 始してもよろしいということになり、出荷作 業の開始要件がアベイラブルになる。
これに よって出荷指示というアベイラビリティ補充 のコミュニケーションがオペレーション部門 に伝達される。
出荷指示の伝達を受けて、次工程のピッキ ング作業が開始される。
ただし、この際にも、 出荷指示伝票の記載内容が要件をきちんと満 足していると確認され、かつ自工程以降のオ ペレーションの開始がアベイラブルであると 判定されて初めてオペレーションが実行に移 される。
仕分け作業も同様だ。
製品がピッキングさ れて、仕分け作業がアベイラブルな状態にな って初めて作業に移る。
以下の工程、すなわ ち運搬、積込、配送等のオペレーションも、 前工程が終了し、次工程のオペレーションが アベイラブルになり次第、継続的に実行され る。
以上のように各工程のアベイラビリティ の創出が次工程のアベイラビリティの創出へ と連続して行く。
製品が顧客の手許に配送されると、検品されて、倉庫に入庫になる。
製品は工場におけ る生産のための補充要求に対しても、また、 お客さんへの販売のための出荷に対してもア ベイラブルになったわけである。
このように、物流に含まれている各個別活 動は何のために行われているかというと、「ア ベイラビリティ」の創出、伝達のためである。
この事実から、「ロジスティクス・システムの アウトプットはアベイラビリティである」と いうことができる。
前記のマトゥラーナの定 義に出てくる構成素とは、ロジスティクスに おいては「アベイラビリティ」というコミュ ニケーションだと筆者は解釈している。
社会システムを起動させている構成素は、 一定の作動ルールに厳密にしたがっている。
これをコードと呼ぶ。
しかも、イエスかノー かの二種類しかなく、第三のものは存在しな い。
したがって、「 二元コード」と呼んでいる。
例えば経済システムでは、支払が構成素で あり、「支払うか支払わないか」の二元コー ドで動いている( 10 )。
ロジスティクスのそれ は「アベイラブルであるか、アベイラブルで ないか」である。
このコードこそ社会システ ムを動かしている基本ルールなのである。
またマトゥラーナは、この構成素は作動す ることによって、システムの範囲を決定して いると言っている。
すなわち、構成素の作動 によってシステムの境界が決定されるのであ る。
従ってロジスティクスにおいては、構成 素としてのアベイラビリティが作動している 領域がシステムの内部ということになる。
一 方、境界の外とはシステムにとっての環境で あり、そこでは対象製品がアベイラブルでは ない。
この内と外との差が「システム/環境―差 異」とよばれるものだ。
これについて次章で 検討する。
参考文献 ※6 河本英夫「オートポイエーシス2001―― 日々新たに目覚めるために」新曜社 ※7 6と同じ ※8 ゲオルク・クニール、アルミン・ナセヒ著、館 野受男、池田貞夫、野崎和義訳「ルーマン社会シス テム理論」新泉社、一九九五年※9 阿保栄司「サプライチェーンの時代――現代 ロジスティクスの発展」同友館、一九九八年 ※ 10 ニクラス・ルーマン著、春日淳一訳「社会の 経済」文眞堂、一九九一年 あぼ・えいじ1923年、青森市生ま れ。
早稲田大学理工学部卒。
阿保味 噌醸造、早稲田大学教授(システム科 学研究所)、城西国際大学経営情報学 部教授を経て、現在、ロジスティク ス・マネジメント研究所所長。
北京交 通大学(中国北京)顧問教授。
物流・ロ ジスティクス・SCM領域の著書多数。

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