ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
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2007年7号
判断学
カネに群がる経済学者

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

サムエルソンの想い出 ポール・サムエルソンといえば、およそ大学で経済学を学 んだことのある人で、その名前を知らない者はいないだろう。
一九四八年にサムエルソンが出した『経済学』というテキ ストはその後何回も版を重ね、そのたびに書き直されて今日 でもまだ読まれている。
日本では、ハーバード大学の学生時 代からサムエルソンの友人であった都留重人氏がこれを翻訳 し、『サムエルソン経済学』(上下二冊)として岩波書店から 出版され、おそらく数十万部、あるいは数百万部出ている ことだろう。
サムエルソンが『経済学』を何回も書き直しているのは、 奥さんが何回も替わっているので、そのたびにカネが必要に なったからだといわれる。
一九八八年、私はイタリアのシエナ大学でこのサムエルソ ンと奥さんに会ったことがある。
大学で開かれた会議のあと、 近くのレストランで数人の出席メンバーと食事をすることに なった。
その時、サムエルソンの奥さんと席が隣りあわせに なり、しきりに話しかけられたが、英語がよくわからなくて 腹が痛む思いをしたことを今でも想い出す。
その奥さんはサ ムエルソンの何度目かの結婚相手ということだったが、なか なかしっかりした女性で、食事の席ではまるで女王のように 振舞っていた。
この会議のもうひとりの出席者はL・レオンチェフだった。
ロシア生まれのこの経済学者もまた世界的に有名だが、この レオンチェフの英語は私にもよくわかった。
この時のシエナ大学でのシンポジウムのタイトルは「経済 の危機と経済学の危機」というもので、サムエルソン、レオ ンチェフとさらに森嶋通夫が報告した。
レオンチェフも森嶋 通夫も「経済学はいま危機にある」と主張したのに対し、サ ムエルソンは「危機ではない」と言っていた。
それから二〇 年近くたち、レオンチェフも森嶋も亡くなった。
「そこにカネがあるから」 そしてサムエルソンは九二歳になったが、今も健在である。
そのサムエルソンにR・カッツがインタビューした記事が、 「週刊東洋経済」の二〇〇七年六月二日号に「巨人が語る経 済学の未来」という題で載っている。
そこでサムエルソンは 次のように言っている。
「有名な銀行強盗のウィリー・サットンはなぜ銀行強盗を 働いたのかとの問いに対して、『そこにカネがあるからだ』 と答えたそうです。
人間はカネがあるところに群がる。
経済 学者も弁護士と同様、知識で勝負する武器として雇われま す。
もし私が今、若い経済学者にキャリアに関する助言を 与えるとしたら、自説を政治的な保守の側へと振り向ける ように助言すべきでしょうね。
私の場合は教科書の出版が当たってラッキーでした。
期待した以上のカネを稼ぎました。
そのおかげで私は独立を保つことができたのです」。
人間はカネがあるところに群がる。
経済学者もカネがある ところに群がるのが合理的行動である。
カネを持っているの は政府や大企業だから、それに都合のよいようなことを言う のが経済学者として当然のことだ、というわけだ。
そして経済学者が本を書く場合も、読者に歓迎されるよ うなことを書いて、できるだけ売れるような本を書くのが当 然で、おそらくサムエルソンも初めからカネ儲けのために 『経済学』という教科書を書いたのだろう。
これほどアッケラカンと「カネ儲けのため」と言うのを聞 いて、人びとはどう思うだろうか。
「サムエルソンも歳をと って呆けた」と思うか、それとも「歳をとってホンネを吐い たのだ」と思うか。
それにしてもカネ儲けのために書かれた本をそのまま受け とって、これが経済学の理論だなどと考える人がいるだろう か。
それはおひとよし、というより、経済学者にだまされた、 ということではないか。
経済学者はカネのあるところに群がる。
経済学の大家、サムエルソンはそう 公言してはばからない。
彼らがカネ儲けのために書いた本をありがたがるのは、 いかがわしい新興宗教の信者になるのと変わらない。
JULY 2007 66 御用学者の群れ 二〇〇一年に慶應大学教授だった竹中平蔵が小泉内閣の 経済財政政策担当大臣になったことから、いわゆる「御用 学者」化の傾向が目立ってきた。
そして大阪大学教授であ った本間正明が政府の税制調査会の会長になったあと女性 スキャンダルで辞任したところから、「御用学者」に対する 風当たりが強くなった。
サムエルソンの言うように、日本の経済学者も「カネがあ るところに群がっている」ということが誰の目にも明らかに なってきた。
竹中平蔵や本間正明だけでなく、東大教授や 京大、一橋、大阪大学などの有名教授のかなりの者が御用 学者となって、政府のいろいろな委員や顧問になったり、財 界や大企業の顧問などになっている。
そのような経済学者が自分のカネ儲けのために書いたり、 言ったりしていることをそのまま受けとって、これが経済理 論だ、と思う人がいるだろうか。
そのような御用学者が講義 していることをそのまま信じる学生がいるだろうか‥‥。
もっとも、世の中にはいろいろな人がおり、そのような学 者の言うことを信じる人もいる。
それはカネ儲けのための新 興宗教を信じる人がいるのと同じだ。
しかし、このようなことが永く続くはずがない。
新興宗教 がカネ儲けのためということがはっきりすれば信者はやがて 離れていくだろう。
同じように経済学者が書いたり、言ったりしていることが、 カネ儲けのためだということがわかれば、それを信じる人は いなくなるだろう。
それは経済学の危機だが、それが今まさに明らかになって いる。
このことをサムエルソンは証言していると言ってもよ いが、これを読んで読者はどう思うだろうか。
「経済学は死んだ」というに違いない。
それは「経済学者 の堕落」と言うしかないではないか。
おくむら・ひろし1930年生まれ。
新聞記者、経済研究所員を経て、龍谷 大学教授、中央大学教授を歴任。
日本 は世界にも希な「法人資本主義」であ るという視点から独自の企業論、証券 市場論を展開。
日本の大企業の株式の 持ち合いと企業系列の矛盾を鋭く批判 してきた。
近著に『株のからくり』(平 凡社新書)。
森嶋通夫の指摘 先にあげた森嶋通夫は私が最も尊敬する経済学者で、ロ ンドン大学の教授として、これまた世界的に知られていた人 である。
私はロンドン大学の研究室やブレントウッドのお宅で何回 も森嶋に会ったし、日本に来られるたびに会って議論したも のだ。
その森嶋は一九九九年に岩波書店から出した『なぜ日本 は没落するか』の巻末に、付記として「社会科学の暗黒分 野」という題で次のようなことを書いている(なお、これは 『森嶋通夫著作集』岩波書店の第一四巻に収められている)。
人間行動の基本要素として、自分の利益だけを追求しよ うとする利己心と、個人よりも全体を優先させようとする利 他心がある。
そこで経済生活では人びとは利己心に基づい て行動するし、経済学はそれを合理的行動であるとしている。
これに対し軍人や宗教家、そして思想家は利他心で動い ており、自分の利益のためではなく、他人、あるいは全体の ために奉仕している。
すなわち利他心で行動していると考え られている。
経済学はこうして人間は利己心で行動するものだという 前提で成り立っているが、ではその経済学者はどうなのか? 学者は宗教家や思想家と同じように利他心に基づいて行動 しているのではないか。
ところが現実に日本の経済学者をみると、カネ儲けのため に政府や大企業にすり寄っている人が多いのではないか‥‥。
こうして「社会科学的には殆ど何も解明されていない分 野で、現実の世界では重大事が起こっているかもしれない」 と森嶋は書いているのだが、これに対しサムエルソンは「経 済学者もみな利己心で動いているのだ」とあっさり断言する。
これを聞いて地下の森嶋はどう言うだろうか。
「世も末だナ」 と言うに違いない。
67 JULY 2007

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