ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2007年7号
物流IT解剖
日立物流

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

JULY 2007 56 当たり前だった情報化が 3PL事業の原動力に 日立物流が3PL事業(同社のい う「システム物流」)を他社にさきが けて展開できた理由の一つに、親会社 である日立製作所の物流管理を七〇 年代から丸ごと請け負ってきたという 経験がある。
輸送や保管を単独で担 うのではなく、業務を包括的に管理し てきたことが、既存の物流専業者とは 異なる能力を培った。
しかし、この経 験の中でIT活用が持っていた意味 は、さほど注目されてこなかった。
親会社以外の物流管理、いわゆる 外販事業を日立物流が本格化したの は八〇年代半ばからだ。
物流子会社 として初の株式上場をめざすにあたっ て、十数%にすぎなかった外販比率の 向上を求められたのが直接のきっかけ だった。
当時は日本経済が好調だった こともあり、同社の外販比率は順調に 拡大。
二五%程度まで高まった八九年一月には東証二部に上場し、その 一年半後に一部へと昇格した。
その後は、バブル崩壊のあおりを受 けて、九三年三月期から二期連続で 減収減益になるなど苦戦をしいられた が、外販は一貫して拡大。
二〇〇〇 年頃には親会社の経営不振を受けて 再び減収を余儀なくされたが、そのこ とがかえって数値上の比率向上に拍 車をかけた。
直近となる〇七年三月 期の外販比率は七割を超えている。
最 近は日立グループ内の企業からの受注 拡大にも力を入れているため、ほぼ行 き着くところまできた感が強い。
日立物流の成長の原動力が、連結 売上高の七二%(親会社向けも含む) を占めるまでになった3PL事業にあ ることは言うまでもない。
その3PL の出発点は、外販獲得のために八六 年からスタートした新商品「トライネ ット(HB―TRINET)」だ。
販売物流 の分野で、荷主に「情報・保管・輸 配送の物流トータルサービス」を提供 することを謳ったこの商品は、開発の 段階から?IT活用〞が柱の一つに 据えられていた。
当時、まだ三〇才の若手社員なが ら新商品の開発プロジェクトに参画し、 トライネットの最初の事例からかかわ った長谷川伸也執行役常務はこう振 り返る。
「何だかんだ言っているうちに、倉 庫を主体としてモノを扱う仕事をやる ことになった。
しかし、それだけでは 他社に勝てない。
そこでポイントにな ったのがITだ。
その頃、日立グルー プが商品系で使っていたオンライン網 は日本一だった。
僕は、お客さんがコ ンピュータ端末を操作すると、すぐに うちに在庫引き当ての指示がくるのを 入社したときから当たり前だと思って いた。
だが、ある荷主に端末を貸与して同じような仕組みを提供したところ、 珍しかったようで非常に高く評価して もらえた」 これで意を強くした日立物流は、「全 国の在庫がすぐに分かる仕組みを、わ ずか一カ月で安く実現できる」という 売り文句でトライネットの販売を本格 化した。
具体的には、荷主に二台程 度のコンピュータを貸し出し、在庫管 理や出荷指示をこなせるようにした。
計300人のシステム部隊を内部に抱え 業種別ひな形を蓄積して3PL事業拡大 第4回日立物流 ITコンサルタントとしても通用する技術力を持ちながら、あえてIT事業による 利益拡大の道を捨てている。
物流の実運用で稼ぐために、システムを業種ごとに テンプレート(ひな型)化してノウハウを蓄積。
新規案件への投入エネルギーを 節約してきた。
ただし最近は、ITを徹底的にボトムアップで構築してきたことが、 現場ごとの管理レベルの差につながっているという悩みに直面している。
57 JULY 2007 これがそのうち仕入先への発注や、請 求書の発行まで担うようになり、徐々 にVAN事業の様相すら帯びてきた。
「結局、僕らにとっては、最初からI Tが徹底的な差別化要因になってい た」と長谷川常務は述懐する。
テンプレート化と内製化で ローコスト運営を徹底 もっとも、先進的なITさえあれば 実現できるほど3PL事業は甘いもの ではない。
何よりも物流事業者の側が、 荷主の業務を理解する必要がある。
販 売物流における基本的なモノの流れは、 商品を在庫し、これを指示に応じて出 荷するというシンプルなものだ。
しか し、業種や業界によって商習慣などが 微妙に違うため、標準的なシステムだ けでは多種多様な現場を管理すること ができない。
たとえばアパレル関係の業務であれ ば、「上代」(定価)や「下代」(仕入 れ値)といった問屋用語が日常的に 飛び交い、返品についても特有の慣行 がある。
医薬品の場合は、製品のロッ ト管理を厳密に行うことが薬事法で 定められている。
個別企業のニーズに 柔軟に対応できる能力もさることなが ら、荷主の商習慣などに精通し、それ に対応できるシステムがあってはじめ て、3PL事業を全面展開すること ができる。
このため日立物流は、業種ごとにシ ステムをテンプレート(ひな型)化し、 ここにノウハウを蓄積するという手法 をとっている。
初めて経験する業種に ついては、ある意味でコスト度外視と もいえる体制を組む。
ここで自社化し たノウハウをITの仕組みとして残し、 再び同様の仕事を請け負うと、これを 出発点としながらシステムを構築して いく。
こうした経験を重ねていくと、業界 ごとにベストプラクティスともいうべ き仕組みができあがってくる。
新たな 案件では、これをベースにシステムを 構築すればいいため開発コストを大幅 に低減できる。
個別企業にのみ通用す る特殊な処理システムは、新規荷主へ の提案の幅につながる。
これまでにト ライネットで蓄積してきたテンプレー トの数は、いま稼動しているシステム だけでも七〇社をまかなうまでになっ ている( 図1)。
同様のノウハウを担当者レベルで持 っている物流事業者は少なくないはず だ。
だがこれは人が変われば消えてし まう。
これに対して、システム上に蓄 積したノウハウは、組織で共有し、継 承していくことができる。
一元的な管 理も可能だ。
IT部の小林一也部長 は、「我々のITの最大の強みは、テ ンプレート化を武器に、高品質のシス テムを低コスト・短納期で提供できる ことだ」とアピールする。
さらに日立物流のIT活用で特徴的なのは、システム開発を徹底的に内 製化している点だ。
同社には計五三 人(本社三七人、国内の他の営業部 門一六人)のIT要員がいて、営業 系と管理系のITを担っている。
情 報子会社の日立物流ソフトウェアで 親会社向けシステムの開発や保守・ 運用業務に携わっている二四五人(協 力会社五七人含む)を加えると、計 三〇〇人のIT部隊を抱えているこ とになる。
日立物流ソフトウェアは物流分野 に特化したITベンダーだ。
親会社以 外の売り上げが約五割あり、社内には 五〇人を超す高度情報処理技術者や、 オラクルやSAPのシステムに関する 資格を持つ社員を抱えている。
日立 製作所との人材交流も盛んだ。
こうし た人的資源を活用すれば、日立物流 はITベンダーとして事業を展開でき るだけの実力を備えている。
しかし、あえてここでは利益を追求 していないところに、同社のIT戦略 がある。
「当社はあくまでも本業の物 流で稼いでいく。
だからITは徹底的 長谷川伸也執行役常務・グロ ーバル営業開発本部長 JULY 2007 58 設の設計やマテハン開発、包装技術 などを専門で扱っている社内セクショ ンの名称だ。
荷主との打ち合わせや、コンペで提 出するプレゼン資料の作成といった営 業の初期段階から、ITの担当者も 参加している。
原則として、一つの案 件には同じ人間が関与しつづける。
こ れによってIT活用にまつわる問題点 を事前に把握し、受託案件をスムーズ に立ち上げる準備を進める。
こうして 営業とITをセットで扱うことも、経 験から学んだノウハウの一つだ。
とは言え、日立物流がIT部門を 営業と一体化させたのは、さほど古い 話ではない。
二〇〇〇年に当時の経 営陣が決断して、それまで本社組織と して独立していたIT部門を営業グル ープの傘下に移行。
現在の体制を作 った。
それ以前にも、IT部門と営業 はプロジェクトベースでは一緒に活動 していた。
だが、指示系統の違いによ る壁があったのは明らかだったため、 組織変更によってこの壁を完全に取り 払うことを狙った。
LE部門についても同じ時期に営 業の傘下に移された。
この部門は従来、 職人気質の研究者の集まりで、車両 や倉庫のハード面ばかりを追求してい た。
営業活動とは疎遠だったのだが、 これも組織を変更したことで変わった。
二〇〇〇年以降はLE部門の担当者 が現場に出向くようになり、顧客の業 務改善に直結する仕事をこなすように なった。
IT部とLE部を傘下に抱える本 社組織、グローバル営業開発本部の トップでもある長谷川常務は、「組織 が一つになったことで、一丸で営業に 当たれるようになった効果は大きい。
ただし、営業との距離が近くなりすぎてしまった面もある。
社長からは、純 粋な意味での技術力が衰えるようでは ダメだと言われている。
これも日立物 流の売り物の一つとして大事にしてい きたい」と現状を説明する。
グループをSAPで統一 システム監査にも布石 管理系のITについても、日立物 流の取り組みは先頭グループに位置し ている。
同社は現在、内外のグループ 会社も含めて全面的にERP(SA PのR/3)を導入していこうとして いる。
本体にERPを導入している物 流事業者はもはや珍しくないが、欧米 流の?システム監査〞まで意識しなが ら、これをグループ全体に拡大しよう としている日本企業は、産業界全体 を見渡してもそう多くない。
もともと日立物流が〇二年にER Pを採用した背景には、連結決算を 迅速化するために日立製作所がR/ 3を導入したという事情がある。
ちょ うどタイミング的にホストコンピュー タが老朽化していたこともあり、日立 物流もまず経理分野でERPを入れ た。
このときは自社開発したソフトを 使い続けることも検討したのだが、積 もり積もって九五〇〇本以上になって いたソフト資産を保守しつづけること に限界を感じて、パッケージ利用へと にローコスト化している。
この点が一 般的なITベンダーの収益構造とはま ったく違う」(長谷川常務) 3PL事業の情報システムは、宅 配事業のように不特定多数の利用者 からのアクセスを想定したシステムに 比べると規模は小さい。
実際、日立 物流の年間ITコストは単体売上高 の約一・五%(約三〇億円)と、大 手宅配事業者に比べると一桁少ない。
それでも、仮に日立物流と同じことを ITベンダーがやれば全く違う金額に なる可能性が高い。
IT部門を営業に取り込み LEも統合して営業強化 日立物流の3PL案件では通常、五 人一組でチームを編成する。
複数の案 件を管理する営業課長クラスの人材 をリーダーとして、他に専属の営業マ ンを二人、ITの担当者を一人、さ らにLE(ロジスティクス・エンジニ アリング)が分かる人材を一人という 陣容になる。
LEというのは、物流施 IT部の小林一也部長 59 JULY 2007 大きく舵を切った。
その後は本社でのERPの適用範 囲を、人事管理や管理会計へと拡大。
日立物流に特有の営業系のシステム や経費精算の仕組みとも共通インター フェースでつないでいった( 図2)。
こ の過程でR/3のカスタマイズを実施 し、〇四年から〇五年の第二フェーズ では、修正済みソフトの経理部分を国 内に二〇社あるグループ企業すべてに 導入していった。
一般にSAPのR/3を導入する と一件あたり数億円規模の出費が発 生する。
ここでも日立物流の場合は、 ITコンサル顔負けの能力をグループ 内に有することが有利に働いた。
「最 初に本体で導入したときには、一般に 言われているような金額がかかった。
でも、カスタマイズしたソフトを横展 開するときは、ライセンス費用を別に すれば、本体への導入とは桁違いに安 く導入できた」とIT部の白井貞雄 担当部長は言う。
国内グループ会社への導入にメドが 立った現在、IT部としては、次は海 外現法に展開していきたい考えだ。
た だし、たとえば米国法人に導入するた めには、米国の会計基準に対応するた めの手直しが必要で、新たなコストが 発生してしまう。
それでもIT部が、 管理系システムの再構築を世界規模 で進めようとしている理由は、もはや 連結決算の迅速化といったレベルの話 では説明できない。
既存の仕組みにはなかった、システ ム監査などに耐えられる体制を構築す るという狙いがある。
全世界でシステ ムを標準化すれば、日立物流の本社 からオンラインでグループ会社や海外 現法の会計処理などをチェックできる。
ある期間の業務処理の結果が記録さ れたデータベースを使えば、不正をい ち早く発見できる可能性も高まる。
つ まりグループ全体のリスクマネジメン トを高度化するためにITを標準化し ようとしているのである。
大手フォワーダー並みの 世界標準システムが課題 このように高いレベルでITを活用 している日立物流だが、実は国際物 流のオペレーションを支えるシステム については多くの課題を抱えている。
海外の物流拠点で、国内でやっている のと同様の物流サービスを提供するだ けであれば何ら問題ない。
しかし、こ れは拠点単位の話にすぎず、世界規 模の貨物追跡などでは大手航空フォ ワーダーの後塵を拝しているというの が実状だ。
同社のグローバル情報システム「H IGLOS」は稼動からすでに約二 〇年が経過している。
連結売上高五 〇〇〇億円の達成をめざしている同 社の「二〇一〇年ビジョン」では、国 際物流の拡大は重要な柱の一つだ。
「まだ構想の段階でしかないが、IT 部としては二〇一〇年を見据えて『H IGLOS』のリニューアル計画を作 る準備をはじめつつある」とIT部の 小林部長は明かす。
すでに一部では具体的に動きだして いる。
国際的な在庫管理を高度化す る狙いで、約二年前から提供している 「GWMS」(グローバルWMS)がそ れだ。
このシステムは日本語・英語・ 中国語の三カ国語に対応しており、世 界各地の物流拠点の在庫をインター ネット経由で瞬時に分かることを特徴 としている。
すでに十数社に採用され ており、他にも多くの荷主が採用を検 討しているのだという。
このGWMSは、業種・業態ごと にテンプレート化したシステムとは対 極の発想で開発されている。
世界各 国でまったく同様に使えるように徹底 的に標準化してある。
実はシステムの テンプレート化と標準化は、日立物流 のIT活用の?強み〞と?弱み〞を あらわすキーワードでもある。
現場ご とに異なるニーズを反映させるにはテ ンプレート化が有効なのだが、これは 一方で、中途半端な標準化による高 コスト化を招く可能性もはらむ。
「これまで当社のIT構築は?現場 主義〞を徹底してきた。
システムの改 善とかリニューアルは、現場の要望が あってはじめて具体化する。
このこと が、声を上げない現場は古いシステム のまま取り残されるという欠点につな がってしまった。
今後は、どこのシス テムをバージョンアップするといった 判断を、もう少し本社主導でやってい く必要があると考えている」(長谷川 常務) 海外現法や国によって業務システム に差がついてしまっているのも、この 現場主義の産物だ。
結果として、グロ ーバルでの在庫の一元管理や、国際 的な貨物追跡などを難しくしている面 がある。
だからこそIT部としては、 次世代「HIGLOS」を本社主導 で標準的なシステムにしたいと考えて いる。
グローバル物流事業を思惑通り に加速するためにも、経営陣の判断が 問われることになりそうだ。
( フリージャーナリスト・岡山宏之) IT部の白井貞雄担当部長(兼 経理部員)

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