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SCM時代の
新しい
管理会計
AUGUST 2005 68
ROAに着目せよ
ROA(総資産利益率)はサプライチェー
ン・マネジメント(SCM)における利益の
源泉を端的に表している指標である。 前号で
とりあげたように、ロジスティクス・プロジ
ェクトの費用対効果の試算にはROAよりむ
しろEVA(経済付加価値)の方が使い勝
手が良い。 しかしながら、ROAは以下に示
す通り、競争が激化する環境の中で企業が勝
ち抜くための二つの方向性を示している。 そ
れがSCM財務の研究者の間でROAがし
ばしば取り上げられる所以である。
財務指標は分解することで、その意味がわ
かりやすくなる。 前号までは売上げ、コスト、
在庫の視点から分解したモデルを紹介した。
ROAはそもそも純利益を総資産で除したも
のである。 これをデュポンモデル(米デュポ
ン社が開発した経営管理指標の体系)風に
分解すると、ROAは売上高純利益率に総
資産回転率を乗じたものになる。 それを示し
たものが図1である。
今号ではこの売上高純利益率と総資産回
転率に着目してSCM時代の管理会計を見
ていくことにする。
日本企業のROA
ROAの本質を理解するために、まずは業
種による違いを見てみよう。 ROAは有価証
券報告書や決算短信を使って誰でも簡単に
計算できるため、企業比較や業界比較が容
易だ。 ただし決算書のフォーマットは企業に
よって若干異な
っている。 売上高、当期利益、
総資産は必ず記
載されているが、
純利益について
は必ずしも記載
されているわけ
ではない。 その
計算式も同じ場
合もあるし、異
なる場合もある。
したがってここ
では、当期利益を用いてROAを計算してみ
よう。
図2は、東証一部上場のメーカー・卸・小
総資産回転率向上が利益を増やす
ROAは利益率と資産回転率の掛け算で計算する。 利益率の改善が
難しい場合でも、資産回転率を向上できればROAは上がる。 資産回
転率は経営のスピードを表している。 経営のスピードアップがキャッシ
ュを生み、新たな投資を可能にする。
第5回
梶田ひかる
アビーム
コンサルティング 製造事業部 マネージャー
図1 � 劭錬岨蚕仄�
ROA =
純利益
総資産
= ×
×
純利益
売上高
売上高
総資産
= 売上高純利益率 総資産回転率
かじた・ひかる 一九八一年南カリフォルニア大学大
学院� 錬匳せ亮萋澄� 同年日本アイ・ビー・エム入社。
一九九一年日通総合研究所入社。 二〇〇一年デロイト
トーマツコンサルティング(現:
アビーム
コンサル
ティング)入社。 静岡県立大学非常勤講師。 ロジステ
ィクスABC、ロジスティクス中長期計画策定、在庫
削減プロジェクトなど、ロジスティクスの企画・管理
に関するコンサルティングと研究を中心に活動中。
69 AUGUST 2005
売の連結売上高、当期利益、総資産を業種
ごとに集計し、業種の売上高当期利益率、総
資産回転率、ROAを試算したものである。
例えば医薬の場合、三四社合計の売上高当
期利益率は〇・一二(十二%)、総資産回転率は〇・五七となり、それらを乗じたROA
は六・八%となる。
計算式からもわかるように、売上高当期利
益率をY軸、総資産回転率をX軸にとると、
ROAは反比例のグラフとなる。 売上高当期
利益率がある程度低くても、総資産回転率
が高ければROAは高い数値となる。
全般的な傾向として、日本企業のROA
は欧米企業と比べるとあまり高くない。 売上
高当期利益率は、ほとんどが五%弱。 総資
産回転率は一弱。 結果としてROAも五%
弱のところに集中している。 そのような中で
も、薄利多売と言われる商品を扱う業種ほど、
グラフ上の右下の方に並ぶ。 ここにSCMの
キーワードが隠れている。
なぜデルは低価格でも儲かるのか
東証一部上場の製造業合計での売上高当
期利益率は〇・〇三三(三・三%)、総資産
回転率は〇・九六、よってROAは三・二%
となっている(図3)。 これに対して投資家
向け情報を見ると、今期の経営計画の目標
値をROAに換算して五%程度としている企
業が多い。
どうしたら目標通りROAを向上させるこ
とができるだろうか。 今回用いた分解式が、
その方法を端的に表している。
総資産回転率を仮に変化しないものである
とすると、ROAを向上させるには売上高利
益率を向上させる必要がある。 そのためには、
より高額で儲かる商品を売らなくてはならな
い。 これは大変に難しい。 しかしながら、売
上高利益率を向上させなくてもROAを向
図2 日本企業のROA
0.10
0.05
0.00
0.5 1.0 1.5 2.0
20
15
10
5
売上高当期利益率
総資産回転率
ROA
(%)
医薬
鉄網
ゴム製品
精密
ガラス・土石
機械
その他製品
輸送用機械
電機機器 食品
小売業 卸売業
石油・石炭製品
金属製品
非鉄金属
パルプ・紙
繊維製品
化学
東証1部上場企業の2004年度業績の業種合計
AUGUST 2005 70
上させ、利益の絶対額を増加させる方法はあ
る。 資産回転率を向上させるのである。
その成功事例として各所に取り上げられる
のがコンピュータメーカーのデルである。 二
〇〇五年アニュアルレポートをもとに算出す
ると、デルの売上高当期利益率は〇・〇六
二(六・二%)、総資産回転率は二・一二、
ROAは十三%である。 ちなみに、在庫が四
日、売掛金が三二日、買掛金が七三日、キ
ャッシュギャップがマイナス三七日となって
いる。
周知のとおり、デルは低価格販売を武器に
シェアを伸ばしている企業である。 そのため利益率自体は日本製造業と比較しても、高
いというほどの値ではない。 ただし総資産回
転率が圧倒的に高い。 つまり、総資産回転
率を高めることにより、薄利でも粗利の絶対
額を増やし、それをもとに低価格で販売する
ことを可能としている。 販売量を増やすこと
により、利益を増やすことに成功しているの
である。
この総資産回転率は経営のスピードを表す
とも言われる。 真のIT化とは、情報伝達の
スピード化、情報処理のスピード化を活かし、
時間の価値を活用することである。 そのレベ
ルを判断する指標の一つが総資産回転率なの
である。
浮いたキャッシュをどう使うか
販売の環境が変わらないのであれば、総資
産を圧縮することで総資産回転率は向上する。
そして総資産を圧縮する施策としては、棚卸
資産の削減、売掛金の圧縮、固定資産のア
ウトソース化などがある。 これらの施策によ
りキャッシュフローは向上する。
浮いたキャッシュを効果的に使うことによ
り、企業はその価値をいっそう高めることが
できる。 これまで日本企業の場合は、有利子
負債の圧縮をその主な使い道としてきた。 し
かしながらそれは、過言という叱りを覚悟で
言えば、消極的な活用方法である。 企業活
動により、その利率以上に営業利益率が稼げ
るのであれば、負債を減らすよりも投資に回
した方が儲かる。
投資といっても、色々な使い道がある。 前
述のデルのように、低価格戦略の源泉とし、
シェアを伸ばして売上げを増やすという方法
もある。 このやり方は一般的には、低価格時
代に卸や小売りが勝ち抜くための王道である
と言われている。
医薬、ハイテク、化学ではそれを研究開発
投資に回すという企業が多い。 持続的に利益
のとれる新製品を出すことにより、利益率の
維持、さらには向上を狙っている。 総資産回
転率を向上するとともに売上高利益率の向
上も図っているのである。
工場への設備投資も、より利益を生むため
の方策となりうる。 設備投資により製造原価
を低減すればキャッシュフローは向上する。
それを価格低減の原資に用いれば販売量を伸
ばせる可能性がある。 あるいは、より利益率
の高い製品を生産できるような設備に投資す
るという方法もある。
ROAは利益率と回転率の掛け算により算
出される。 個々の企業が置かれた業界の環境、
コア・コンピタンスによって、どちらを主に
高めるかという戦略は変わってくる。 現在の
市場および自社の力を冷静に判断し、効果的
にそのキャッシュを活用することにより、企
業価値を向上することができるのである。
◆ SCM時代の新しい管理会計◆
図3 � 劭錬舛鮓�紊気擦襪砲�
0.10
0.05
0.00
0.5 1.0 1.5 2.0
20
15
10
5
売上高当期利益率
総資産回転率
ROA
(%)
「東証1部製造業」は東証1部上場製造業の2004年度業績合計を基に算出
東証1部製造業
方策1
利益率の高い商品を販売
方策2
資産回転率を高める
SPEED
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