ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2007年8号
海外Report
小売りの需要予測をメーカーが肩代わりPOSデータを起点にSCMを変革

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

AUGUST 2007 48 メーカーが実売に責任を持つ 二〇〇六年にパナソニック・ノースアメリ カが日本から新CEOを迎えるとすぐに、「こ れから当社は、消費者の要求に直接応える会 社に変わる」という方針が打ち出されました。
それまでのように小売りに売って終わりとい うのではなく、消費者がどれだけ買ったのか を、われわれにとって最も大切な指標にする、 ということです。
流通用語で、メーカーが小売りに売るまで を「セル・イン(sell in)」といい、小売りが 最終消費者に売るまでメーカーが責任を持つ ことを「セル・スルー(sell through)」とい います。
つまりそれまでの「セル・イン」か ら「セル・スルー」に変わるということです。
当たり前で簡単なことのようにも見えますが、 実行に移すのは決して容易なことではありま せんでした。
プロジェクトを薄型テレビからはじめたの は、最も動きの速い製品で成功すれば、他の 製品にも簡単に当てはめることができると考 えたからです。
その取り組み内容についてお 話しする前に、薄型テレビに絞って、それま でパナソニック・ノースアメリカが陥ってい た窮状を説明しましょう。
問題の一つは、製品のライフサイクルが短 くなったことにありました。
従来のテレビな ら、一年に一回のモデルチェンジでよかった のですが、今では同業他社に遅れをとらない ように年二、三回のモデルチェンジが必要に なっています。
このモデルチェンジは、技術 が大きく進歩したからというより、顧客をつ なぎとめておくといった要素が強くあります。
非常に動きの速い製品であるため、その分、 価格の下落も大きくなります。
たとえば、二 〇〇六年五月に二五〇〇ドルした四〇インチ のプラズマテレビが、同じ年の十二月には一 〇〇〇ドル前後にまで落ちました。
一方、小売りとの関係においても問題が生 じていました。
売れ筋製品である薄型テレビ を押さえておきたい小売りとしては、過剰気 味に在庫を抱える傾向がありました。
それを 助長したのが、パナソニックの営業方法でし た。
営業部門はそれまで小売りへどれだけ売 パナソニック・ノースアメリカは、北米市場における薄型テレビのシェアを二 〇〇五年の一八%から翌〇六年には四〇%に拡大させた。
流通のトータル在庫は、 それまでの一七週間分を四週間分に圧縮した。
同時に店頭の製品在庫率は七〇〜 八〇%から九三%以上に上昇している。
大きな成功を収めた同社のSCM改革を、 その陣頭指揮を執ったマイケル・アギュラ上級副社長が解説する。
(取材・編集 本誌欧州特派員 横田増生) 欧州サプライチェーン&ロジスティクス会議? 小売りの需要予測をメーカーが肩代わり POSデータを起点にSCMを変革 パナソニック・ノースアメリカ マイケル・アギュラ上級副社長 49 AUGUST 2007 りました。
これに対して小売り側の役割は、?製品を 消費者に販売する、?パナソニックの製品に ついての社員教育を行う、?製品の配送や設 置を行う、返品に応じたり、ダメージ製品を 回収したりする、?土曜日から金曜日までの 一週間分の売り上げ分を、翌火曜日に支払う ――となりました。
小売りから需要予測を取り上げようという のですから、説得するまでに多大なエネルギ ーを要しました。
小売りは、「パナソニックの 需要予測が外れて、在庫不足になったらどう するんだ」という不安を抱えていました。
そ れに対してわれわれは、年間を通して欠品率 が一定の数字を超えたなら、そのときはパナ ソニックがペナルティを支払うという項目を 契約に書き込むことで理解を得ました。
プロジェクトの一環として、それまで北米 に二カ所しかなかったパナソニックの倉庫を五カ所に増やしたことで、リードタイムを一 四日から二日に縮めることができました。
リ ードタイムの短縮も奏功して、結果から見る と、パナソニックがペナルティを払うという 事態は起きませんでした。
製造業者であるパナソニックが、小売りの 業務を肩代わりするのですから、小売りには 新しいシステムを作る費用の応分の負担を求 め、さらに上がった利益の配分の比率も、そ れまでの製品の値引率を引き下げるという方 法で変えました。
スタート当初は、不安や不 満の声もあったようですが、結果がはっきり ったかが評価されていたので、できるだけ小売 りの要望を聞くように動いたのです。
そのため、 サプライチェーン上の在庫が必要以上に膨れ 上がり、パナソニックにとっても、小売りにと っても在庫負担が重荷となっていました。
しかも、小売りが作った精度の低い需要予 測に基づいて在庫が配置されるため、あると ころでは過剰在庫となり、別のところでは在 庫切れとなるという状態でした。
実際、われ われが小売りの作った需要予測を調べてみる と、その精度は四〇%から五〇%といった低 いものでした(需要予測の精度については、 六週間を単位として予測と実売を比較したも の)。
高額製品であるだけに、パナソニックと 小売りの双方のキャッシュフローが目詰まり を起こすという不本意な結果となっていまし た( 図1)。
小売りとの利益分配を変える 「セル・イン」から「セル・スルー」に変え るには、組織を大幅に変革する必要がありました。
まずは役員を含めた全社員の評価基準 を、小売りの店舗における実売に置き換えま した。
たとえば、営業マンは、これまでのよ うに小売りに売ったことでは評価されず、そ の小売りがどれだけ売ったかによって、給与 やボーナスの額が決まるようになったのです。
営業マンだけに限らず、総務や財務といった 内勤の社員の評価にまでも、実売の数字が反 映される仕組みを作りました。
次は、小売り業者と協力して新しい需要予 測システムを作ることに取り組みました。
具 体的には、パナソニックが小売りからのPO S(販売時点情報管理システム)データを吸 い上げて、パナソニックが小売りに代わって 需要予測を立て、それに基づいて製品を納入 するというやり方です。
最初の段階では、小 売りの店舗ごとではなく、小売りの物流セン ターを一つの単位として考える方法をとりま した。
一つの物流センターからは平均五〇店 舗へ製品を供給しています。
業務内容を大幅に変更したために、小売り との役割分担を変えることが不可欠でした。
パナソニック側の役割は、?需要予測を立て る、?それに基づいて迅速に製品を供給する、 ?常に在庫を適正レベルに保つ――ことにな してからは、そういった声はなくなりました。
むしろ一番満足したのは、小売りの経営陣で した。
それまで薄型テレビの在庫に使ってい たキャッシュの負担が減り、フリーキャッシ ュフローが増えたためです。
i2テクノロジーをパートナーに 新しい業務フローは、まずパナソニックが 小売りと話し合い、全社的な年間販売計画を 作成して、月ごとのアイテム別需要を算出し ます。
さらにそれを小売りごとの月単位、週 単位の数字に落とし込みます。
需要予測はP OSデータを使って絶えず変更を加えていき、 新しい情報をSCM全体にフィードバックす るという流れです( 図2)。
POSデータを分析する新しいやり方を実 行するのに、当社の新CEOは、期限を六カ 月後と定めました。
情報システムの変革には 十二カ月から一八カ月かかるのが普通ですの で、通常のやり方では間に合わないことにな ります。
そこでわれわれはPOSデータを分 析して需要を予測する業務をi2テクノロジ ーに外注しました。
i2テクノロジーとは以 前から取引がありましたが、この時点から同 社はパナソニック・ノースアメリカにとって の主要なソフトウエア会社となりました。
i2テクノロジーに委託した業務は、薄型 テレビの全製品について、POSデータを分 析して、販促イベントや地域性、季節波動な どの諸条件を考慮に入れた需要予測を立てる こと。
そしてその結果を、毎週月曜日の朝一 番に届けることです。
i2テクノロジーはア メリカと時差があるインドにある専門チーム を使うことで、月曜日に需要予測を届けるこ とを可能にしました。
専門家に業務を外注することで、六カ月で プロジェクトを実行に移すことができました。
これを自社の社員でまかなおうとしたら、一 年以上かかったことでしょう。
またi2テク ノロジーに対しては、アメリカにわれわれ専 属の社員を置いて、小売りとの交渉や新シス テムの経費の分担などを説明するときに同席 することもお願いしています。
この外注にお いて、われわれが最も大切だと思っているの AUGUST 2007 50 は、i2テクノロジーの海外の部門を使うこ とで、月曜日の朝一番の報告を可能にしたと いう点だと考えています。
i2テクノロジーからのデータには、製品 のモデルごとの実売と在庫の数字、物流セン ターごとの数字、マーケットの動向分析、財 務状況、ロジスティクス業務に関する数字な どが含まれています。
そのすべてを、パナソニックの全社員が共 有できるようにしました。
データは五分もあ れば、すべてが把握できるように加工されて います。
今では社員に「前の週に四〇インチ のプラズマテレビが何台売れたのか」と尋ね れば、一〇人中九人までが正確にその数字を 口にできるまでに浸透しました。
次のチャート( 図3)は、ある小売り業者 の物流センターごとの実売と在庫の数字です。
プロジェクト以前は、実売と在庫が乖離して いるのがわかります。
カリフォルニアで大幅 な在庫不足になっているかと思えば、逆にコ ロラドでは在庫過剰になっています。
プロジ ェクトの実施以降、実売と在庫がほぼ一致するようになりました。
この図はPOSデータ による需要予測を始める以前の一カ月と、以 降の一カ月を比べたものですが、最大の繁忙 期である十二月のクリスマスシーズンでも同 じような結果を出すことができました。
薄型テレビにおけるパナソニックのシェア は、プロジェクト前の二〇〇五年の一八%か ら、二〇〇六年には四〇%を超えるという大 幅な伸びを記録しました。
またサプライチェ ーン上の在庫は、それまで一七週間分あった ものを、三分の一以下の四週間分に圧縮する ことができました。
しかも店頭の製品在庫率 は、それまでの七〇〜八〇%から九三%以上 に上昇しました。
シェアの増大や収益体質の改善と並んで、 今回のプロジェクトの大きな成果は、小売り 業者との関係において、パナソニックがそれ までの「第三層のサプライヤー」という低い 位置から、薄型テレビにおいては「第一層の サプライヤー」に昇格したことです。
現時点では物流センターごとの需要予測に とどまっていますが、来年は取引のある小売 りの六〇〇〇店舗ごとの需要予測を立てる準 備を進めています。
その次には、薄型テレビ だけでなく、パナソニックの全製品に同様の 取り組みを広げていくつもりです。
51 AUGUST 2007

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