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差異が差異を生み
システムを作る
自己創出型ロジスティクス論の第一段階は
基本モデルを提示することである。 その準備
的モデルとして第二章で図6を示した。 これ
を更に彫琢して、より洗練されたものを後章
で示そうと考えている。 しかし、いずれにせ
よロジスティクス・システムにおけるコミュ
ニケーションとは、アベイラビリティ(可用
性)であり、アベイラビリティの循環がシス
テムを形成しているという考え方には変わり
ない。
これをルーマンによるシステムの定義に当
てはめると次のようになる。 (以下、丸括弧
内は筆者)
「(ロジスティクスという)社会システムは、
継続的に(アベイラビリティという)コミュ
ニケーションから、(アベイラビリティという)
コミュニケーションを生み出すオートポイエ
ーシス的システムである。 ‥‥新たな(アベ
イラビリティという)コミュニケーションの
不断の再生産は、(ロジスティクスという)社
会システムの持続をもたらす‥‥」
そして「システムの諸要素(アベイラビリ
ティ)の産出には、物質的・エネルギー的作
業系列が関わっている」(※1)
ここで作業系列とは
図6の物理的空間にお
ける諸活動を指している。 諸活動もコミュニ
ケーションの場合を見習って一つの確固たる
作業原則に基づいて実施される。 コミュニケ
ーションにおいては「アベイラブルであるか、
アベイラブルでないか」という二元コードが
作業原則である。
この作業原則は、システムそのものをも規
定する。 そのことをルーマンは
自己言及と
呼んでいる。 自己言及はルーマン理論の核心
部分である。 彼はつぎのように説明している
(※2)。
「言及概念で、区別という要素と指し示し
という要素からなるオペレーションを言い表
すことにしたい。 そうしてみると、そのさい
問題になっているのは、あるものを、それ以
外のものと区別したうえで、そのあるものを
指し示すということである」「‥‥社会システムがオペレーションするさ
いには、こうした区別が差異として明確に規
定されることがそのオペレーションの前提に
なっている」
ここに
区別と指し示しという言葉が出て
きた。 これはスペンサー=ブラウンという独
創的な数学者が、その著書「形式の法則」(※
3)のなかで用い始めたものである。 彼の論
理展開は、指し示しから始まる。 指し示しと
は、空間に区別=差異を設定することによっ
てのみ、その認識対象を同定できるというこ
ロジスティクス・システムの内部と外部との境界
は、アベイラビリティ(可用性)によって決定され
る。 製品がアベイラブルであるか、そうでないかと
いう差異が、世界を二つに区別する。 区別は余剰を
もたらす。 この余剰を再び区別に参入させていくこ
とで、アベイラビリティは顧客サービスとして高度
化していく。
差異と顧客サービス
とを意味する。 対象を「あるもの(a)」と
して指し示すことは、その対象を、対象が存
在する空間の内部で、「あるものでないもの
(非a)」に対して区別することに他ならない
(※4)。
これを式(原型式)で表現すると次のよう
になる。
この式の鍵形は、縦の棒と横の棒との二つ
の部分から成り立っている。 縦の棒は区別
(=差異)を表している。 縦棒の左側がシス
テムで、右側はシステム以外の空間、すなわ
ち環境である。 ロジスティクスでいうと、ア
ベイラブルかアベイラブルでないかという区
別によって世界を二つに分けているのである。
横棒は指し示している方向を表している。
常に左を指す。 ここでは棒の左側は自己(す
なわちa)で、右側は自己以外のもの(非
a)である。 つまり式は、自己(a)を指し
示しているのである。 ロジスティクスに当て
はめると、状態的には「アベイラブルである
こと」、行為的には「アベイラブルにするこ
と」を表しているのである。
以上が、自己言及というオートポイエーシ
スの基本的作業原則を極くひらたく説明した
ものだ。 すべてのオペレーションの根底には、
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差異の概念が潜んでいる。 そのため、このよ
うな考え方は、差異理論的アプローチもしく
は、示差主義的アプローチと呼ばれている。
作業系列における諸活動も素直にこの原則
に沿って行われている。 例えば、ピッキングを見てみよう。 前工程からのコミュニケーシ
ョンが届く。 それは出荷指図伝票もしくは電
子情報であるかも知れない。 それにより自工
程の開始がアベイラブルになった。
まずは、このコミュニケーションによって
指し示された保管棚のロケーションを、指し
示されていないロケーションと区別する。 作
業者はその場所に移動し、次に製品を区別す
る。 さらには個数を区別して、指し示されて
いる製品を指し示されている個数だけを棚か
ら取り出し、通い箱に投入し、次の工程に運
び出す。 これによって次工程のオペレーショ
ン開始がアベイラブルとなる。 アベイラビリ
ティというコミュニケーションが届いたので
ある。
かように区別と指し示しを繰り返す自己言
及によって、次工程にアベイラビリティを引
き継いで行き、最終的には顧客の倉庫におけ
る当該製品のアベイラビリティを実現する。
それによって顧客はその製品の販売もしくは
利用がアベイラブルになり、システムが形成
されるのである。
このロジスティクス・システムにおいては、
境界の内部ではその製品がアベイラブルであ
るが、境界の外部すなわち環境においては、
その製品はアベイラブルでないという差異が
発生している。
図7の状態である。 この状態
がロジスティクス・システムを自己(a)と
して、
の式で表現される。
かようにして、システムは差異を作り出し
自己を形成している。 それをシステム言及と
呼ぶ。 それは「一つの差異が一つの差異を生
み出す」ことの連続によって、「システムと環
境との区別を用いてシステムを指し示してい
るオペレーションにほかならない」(※5)の
である。
アベイラビリティから
顧客サービスへ
第一章の論点は顧客サービスであった。 第
二章ではロジスティクス・システムを構成す
る要素であるコミュニケーションは、具体的
にはアベイラビリティであるとした。 それでは、顧客サービスとアベイラビリティは同じ
ものなのだろうか。
ここで奇妙な話を紹介する。 いま、羊羹を
真ん中から二つに切る。 当然、右と左と二つ
の部分に分かれる。 このうち切り口は右左の
どちらの羊羹に属するのかという問題である。
このたとえ話の著者はつぎのように言う。
「区別を行った境界線じたいは区別された
もののどちらにも属さない。 区別には必然的
に余剰が残る。 このため区別によって現実の
構成が完結してしまうことはありえず、区別
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したがって納入の契約に際しては、「所定の
ロット数でアベイラブルにせよ」と要請する。
ロットの大きさも顧客サービスの重要な要素
である。
一般的な顧客サービス要素の例を示すと、
図8のようになる。 このように、顧客サービ
スとは単に商品に付属する「オマケ」ではな
く、すこぶる重要な機能を分担していること
が分かる。 少なくとも重要な顧客サービス要
素はシステムを駆動させている推進力として
の区別の一部分となり得るのであり、システ
ムが産出する差異の一つの要素を構成するも
のなのである。
システムの閉鎖性
自己言及については後章でさらに詳しく考
察していくが、その前にもう一つ重要な問題
が残されている。 それはマトゥラーナの衝撃
的な言明「システムには入力も出力もない」
という主張の解釈である。
ロジスティクス・システムは、コミュニケ
ーションから構成されている。 しかもただコ
ミュニケーションだけから構成されているの
である。 このコミュニケーションは直接環境
と接触することはない。 環境とは区別された
閉鎖システムである。 これが入力出力もないという表現の根拠である。 マトゥラーナのこの言明の基礎となったの
は、ハトの網膜実験である。 ハトの網膜に小
さな電極を差し込む。 ハトの眼前にさまざま
な色紙を置くと、電極付近のニューロンに電
気的刺激が生じる。 ところが光を受容するリ
セプターの後方にある神経鞘細胞の活動は、
光の物理的特性にも、各スペクトルが持つエ
ネルギーとも無関係なことが分かった。 すな
わち神経システムはそれ自体の関連内部での
み作動している閉鎖システムだった。 これに
由来しているのである(※7)。
はさらに次の区別を生み出す」(※6)
ロジスティクス・システムを構成するとい
うことは、アベイラビリティという差異を用い
て、システムと環境とを区別することだった。
このとき境界に余剰を生じているというので
ある。 この余剰を区別の中に再参入させるこ
とによって、更に区別が進行していくというの
である。 これを表したものが図7である。
この操作をアベイラビリティに当てはめて
みると以下のようになる。 アベイラビリティ
とは実は包括的な表現であって、もっと具体
的にいわないと実務的には役に立たない。 顧
客は一週間後でも、二週間後でも都合の良い
時に納入してくれればよいといっているので
はない。 所定の納期内にアベイラブルにする
ことを要求しているのである。
「商品がアベイラブルであるか、そうでない
か」という区別がもたらす余剰を、区別に再
参入させることにより、「納期内にアベイラ
ブルにすること」という、より具体的な、よ
り厳格な区別が発生する。 つまり、この納期
という区別が、顧客サービス要素の一つとし
て、実用化されるのである。
ロットの数も同じである。 顧客は都合のよ
いロットで納入してくれなどと甘いことはい
わない。 在庫が過剰になればそのコストが負
担になり、少な過ぎて品切れを起こせばなお
困る。 バラがよい場合もあれば、パレット単
位の方が物流コスト的に経済的な場合もある。
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しかし、ロジスティクスもハトの実験と同
じと考えてよいのであろうか。 上記のコミュ
ニケーションの産出には物質的・エネルギー
的作業系列が関わっている。 その活動には当
然、エネルギー、資材、および労働力等の投
入が必要である。 また、このコミュニケーシ
ョン産出に関わっている組織には、経営的に
も効率的運営が要請される。
しかしこの物質的、エネルギー的作業系列
とコミュニケーション・システムとは直線的
につながっているのではないことは理解でき
る。 後者においては、前者とは質的に次元を
異にする新しい秩序レベルが出現している。
したがって、後者の社会的な特性を前者の活
動において成立している技術的な因果関係と
いう特性から説明することは不可能である。
しかしこの説明は非常に抽象的で、理解し
難い面がある。 もっと現実的な説明が欲しい。
ロジスティクス・システムが差異として実
現している、顧客サービスの一要素、在庫ア
ベイラビリティを例にとろう。 これを高める
ためには、品切率を減少させねばならない。
具体的には需要の変動に備えて、安全在庫を
積み増す、あるいはもっと高度の手段として
需要予測方法の精緻化や在庫管理方法をレ
ベルアップすることも考えられる。
かように物理的活動のパフォーマンスを改
善するためには、その原因を分析し、対策を
立てねばならぬ。 すなわち、物理的活動にお
いて成立している因果関係を探求分析し、活
用することが求められる。 とすると、このよ
うな因果関係とコミュニケーションの産出と
は無関係とは言い切れぬのではないか。
しかし、システム論はこれを局部的な見方
に過ぎないというのである。 在庫アベイラビリティを変動させている本質的な原因は、需
要の変動にある。 それは、経済動向の変化や
消費者の嗜好の変化というマクロの変化のみ
ならず、気候の変化や地域特性等の諸々の要
因にも影響を受ける。 これらのいわゆる複雑
性は見極め難い。 さらには、自社の顧客が当社
の予期に反する行動を取る、あるいは競争会
社の販売戦略の変更等の偶発的な要因もある。
原因と考えているものには、さらにそれを
もたらす原因がある。 また、その結果につい
ても、さらなる結果や、副次的結果、意図せ
ざる結果が生じ得る。 限りなく因果関係を追
求していけば、その無限性のために、観察者
の情報処理能力は破裂してしまう(※8)。
そこで成立していると考えられている因果
関係は絶対的なものではない。 それはある観
察者のある観察に過ぎない。 それは一つの選
択なのだと、システム論はいう。 これが、閉
鎖性を主張する所以である。
その結果、コミュニケーションの作動と、
作業系列としてのエネルギー的・物質的活動
において成立している因果関係とを機械的な、
いわゆるトリビアルな(つまらない、とるに
足らない)関係で結び付けることはできない
という結論になる。
このことは非常に重要な意義をもっている。
第一章において、物流会計の限界を論じ、そ
れは顧客サービスの原価の算定には関心をも
っていないことを指摘した。 その本当の理由
はここにある。
※1
ゲオルク・クニール、アルミン・ナセヒ著
舘
野受男他訳「ルーマン社会システム理論」新泉社
一
九九五年
※2
ニクラス・ルーマン著
佐藤勉監訳「社会シ
ステム理論」恒星社厚生閣
一九九五年
※3
スペンサー=ブラウン著
大沢真幸・宮台真
司訳「形式の法則」朝日出版社
一九八七年
※4
大沢真幸「行為の代数学」青土社一九九二年
※5
(2)に同じ
※6
河本英夫「オートポイエーシス2001―日々
新たに目覚めるために―」新旺社二〇〇〇年
※7
河本英夫「オートポイエーシス――第三世代
システム」青土社
一九九五年
※8
ニクラス・ルーマン著
土方透監訳「システ
ム理論入門―ニクラス・ルーマン講義録―」新泉社
二〇〇七年
参考文献
あぼ・えいじ1923年、青森市生ま
れ。 早稲田大学理工学部卒。 阿保味噌
醸造、早稲田大学教授(システム科学
研究所)、城西国際大学経営情報学部
教授を経て、現在、ロジスティクス・
マネジメント研究所所長。 北京交通大
学(中国北京)顧問教授。 物流・ロジ
スティクス・SCM領域の著書多数。
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