*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。
AUGUST 2007 56
堅実な管理体制の下で
システム計画を実施
倉庫業界トップの三菱倉庫の業績
が好調だ。 二〇〇七年三月期の連結
ベースの売上高は一九〇一億円(前
期比一四・二%増)で、営業利益も
一五七億円(同四二・二%増)を確
保した。 大幅な増収増益である。
現状では不動産事業が最大の収益
源となっている。 収益の二本柱であ
る物流事業と不動産事業の比率をみ
ると、売上構成比で三割弱にすぎな
い不動産事業が、七割以上の営業利
益を稼ぎ出している。 しかし、少し
長いスパンでみれば、利益に占める
物流事業の構成比は徐々に高まって
きている。
昨年四月からスタートした経営五
カ年計画でも、物流部門の収益向上
が主要課題に掲げられている。 この
なかで同社は、二〇〇五年三月期に
一二七八億円だった物流事業の連結
売上高を、二〇一〇年には一六八〇
億円に引き上げるとしている。 営業
利益は同三五億円を六五億円に拡大
することを目標に置く。
この経営計画に対応して情報シス
テム部門も五カ年計画を策定してい
る。 そのポイントを、今年七月に情
報システム部長から経理部長に転出
した橋本有一氏はこう説明する。
「ソフトとハードを含めて、五カ年
で新たに五〇億円程度を投資してい
く予定だ。 国内では医療機器や食品、
自動車部品、住宅資材などの分野で
セールスに力を入れていく。 海外で
の業務展開も多くなっていくと思う。
これらの業務をきちんと管理できる
システムを整備していきたい」
もっとも同社のIT戦略は、責任の所在が不明確な投資を抑えようと
する手堅さを特徴としている。 経営
トップからは「業務展開や業務改善
に必要なシステム投資は、予算に上
限を設けずにどんどんやるように」
と指示されているというが、営業戦
略ありきで動いているとは言いがた
い。
本社の情報システム部の位置づけ
は管理部門に近く、歴代のIT担当
役員も業務部門や企画部門の出身者
が務めてきた。 現在、情報システム
部には九人が在籍している。 ここか
ら部長、課長、庶務担当者を除くと、
実質的な実働部隊は六人しかいない。
物流関連の事業と、管理系システム
やインフラ整備などを、六人のメン
バーがおよそ半々の割合で担当して
いる。
情報システム部の活動を下支えす
るかたちで、全国六支店にそれぞれ
設置されている「情報システム課」の担当者が計二四人、活動している。
また、売り上げの九割以上を三菱倉
庫に依存している情報子会社、ダイ
ヤ情報システムには七七人の社員が
所属している。 いずれも営業担当者
と一緒に外回りなどに同行する機会
も多いが、IT戦略を策定する権限
までは持っていない。
IT投資を決めるプロセスは本社
情報システム部の手中にある。 事業
管理部門が主導する手堅いIT投資
医薬品の成功モデルの再現に課題
第5回三菱倉庫
倉庫管理や配送サービスなどのシステムを、機能別に標準化していこう
としている。 その一方で、業界屈指の競争力を持つ医薬品分野では、オフ
コンを中心に構成する独自システムを使い続けていく方針だ。 今後、競合
他社と差別化していくうえで情報システムをどのように活用していくのか。
営業活動を支えるIT戦略のあり方が問われている。
57 AUGUST 2007
部から上がってくる案件を情報シス
テム部が精査し、ここで計画を練っ
てから役員の決裁をあおぐという手
順である。 日立物流のような競合企
業がIT部門を営業の管轄下におく
ことでシステム構築力を3PL事業
の推進力にしようとしているのとは
明確に異なっている。
コストについても、標準的なIT
基盤についてはシステム部門で負担
するが、具体的な案件に伴うコスト
は事業部門に負担させている。 事業
部門にコスト意識をしっかりと持た
せようようという狙いからだ。 こう
してIT投資のアクセルを踏む役割
は事業部門に任せながらも、管理部
門ではしっかりとブレーキを利かせ
ている。
培った業務ノウハウを
システムの中に蓄積
常に費用対効果を問われる事業部
門が、現状の体制でシステム投資を
先行させるのは、よほどの事情がな
ければ難しい。 それで
も同社の物流事業のな
かで、いまや大きな存
在感を占めるようにな
っている医薬品事業で
は、事業戦略とIT戦
略ががっちりと噛み合
っている。
この分野で三菱倉庫
は国内屈指の実績を持
つ。 本格参入から二〇
年以上を経て、現在は
二〇社を超す顧客から
センター業務を受託し、
全国で約三〇カ所の物
流拠点を運営している。
現場で培ったオペレー
ション能力が、同社の
医薬品事業の競争力の
源泉となっている。
医薬品メーカーとの
付き合い自体は四〇年
以上前から始まってい
る。 当初はメーカーの
管理下で、保管や配送
などの機能を提供して
いただけだったが、八
〇年代に入る頃から外
資系メーカーなどを対
象とする「医薬品配送
センター業務」を三菱
三菱倉庫の橋本有一経理部長
(前情報システム部長)
AUGUST 2007 58
薬品メーカーの担当者は、物流コン
ペで三菱倉庫をパートナーに選んだ
理由の一つを、「システム面での対
応力を評価した」と指摘していた。
荷主企業のERPなどとのインター
フェースを構築するうえで、三菱倉
庫のIT部門の能力が認められて受
注につながっている。
このように泥臭い現場運営のスキ
ルと、システム運営能力を高いレベ
ルで合致させたことで、医薬品事業
では一つの?勝ちパターン〞ができ
あがっている。
オフコンの継続活用も
有力な選択肢の一つ
長い年月をかけて整えられてきた
医薬品事業のシステムは、主要IT
ベンダーである日本IBMのオフコ
ン(「AS400」などの専用コン
ピュータ)を使った、いわゆる?レ
ガシーシステム〞だ。 最近でこそ時
代の流れに応じてオープン化(特定
のITベンダーに依存しない仕組み)
も模索しているが、基本構成は依然
として変わっていない。
ITの世界でレガシーといえば、
文字通り?過去の遺物〞として早々
に葬り去るべきものと見られがちだ
った。 しかし、最近はレガシーシス
テムの中に蓄積されているソフト資
産を有効活用できるのではないか、
という視点が改めて注目されるよう
になってきている。 三菱倉庫の医薬品事業のシステムにも、まさにこの
状況が当てはまる。
情報システムに頼れない時代から
スタートして、後追いでITを整備
してきた同事業では、システムに蓄
積されたノウハウが他社との差別化
要因となっている。 多数の事例をこ
なすなかで洗練されてきた仕組みが、
ベストプラクティスとして同社のな
かで標準化されている。 新規案件で
も、この標準システムに必要な要素
を追加していくことで低コストで対
応できる。
それだけに情報システム部の森高
幸課長は、「医薬品のシステムにつ
いては、まったくオープン化の必要
を感じていない。 インターフェース
の部分で考慮すべき部分もあるが、
実務レベルでは全然支障がない。 ト
ータルで見ればオープン化したほう
がコストは安くなるとよく言われる
が、それもモノによりけり。 オフコ
ンで過去の資産を引き継ぐメリット
のほうが大きい」と強調する。
レガシーシステムのなかで部品化
されているパーツを使えば、多くの
選択肢を荷主に提示することができ
る。 たとえば複数の医薬品メーカー
の業務を一台の「AS400」で処
理すればコストは安くなる。 しかし、
多少はコスト高でも専用マシンを置
いて欲しいという要望も多い。 場合
によっては、専用化したマシンを二
台設置して災害などのリスクに対応
するケースもある。 このようにシス
テム構成を柔軟に変更できるのも、
過去の経験という引き出しが豊富に
あるためだ。
「AS400」の製造元であるI
BMが、オープン化に対抗するため
の技術開発を進めてきた影響も大き
い。 安定性に定評のある「AS40 0」に蓄積されているノウハウを、
そのまま最新のIT技術と共存させ
られる開発手法も近年は盛んになっ
てきた。 医薬品事業では当面、既存
のオフコン路線を継承していくこと
になりそうだ。
もっとも、高度にビジネスモデル
が完成している同事業は例外的な分
野といえる。 三菱倉庫全体ではシス
テムのオープン化を進めている。 た
倉庫が主導して手掛けはじめた。 こ
の業務を通じて、物流上のミスにき
わめて敏感な医薬品を扱うスキルを
社内に蓄積してきた。
バーコード管理などに頼れない時
代には、業務のマニュアル化や人材
育成などで作業品質を高めるしかな
かった。 そのためにセンターから出
荷するときに、庫内に残っている製
品の全品棚卸をする。 残数が合わな
ければ出荷しない、といった二重、
三重のチェックを実施した。
今では「現場改善の積み重ねで実
現した一〇〇万分の一のレベルの物
流管理は、最先端のITを導入した
からといって真似のできるものでは
ない」(医薬品事業担当者)と言い
切るほどの域に達している。
もちろんITを軽視しているわけ
ではない。 外資系の医薬品メーカー
などから包括的に物流管理を請け負
うためには、システムによる荷主と
の情報共有が必須だ。 このため三菱
倉庫は、早くから医薬品事業向けの
独自システムを構築してきた。 同社
のシステムの多くが、不特定の荷
主・業種を対象として汎用的に構築
されたものであるのに対し、医薬品
事業だけは特別扱いを受けてきたと
いえる(前ページ図参照)。
その実力は折り紙つきだ。 ある医
三菱倉庫・情報システム部の
森高幸課長
59 AUGUST 2007
とえば倉庫管理の「MIWS」や、
配車管理の「MESH」には従来、
メインフレーム(大型汎用機)を使
っていた。 だが、その後継システム
として開発した新倉庫管理配送シス
テム(「M―HAI
21
」)はオープン
化している。 ウェブ対応のシステム
においても同様だ。
ITベンダーとの付き合いにして
もIBMへの依存度は徐々に下がっ
てきている。 今でもハードの依存度
は圧倒的で、主力ベンダーであるこ
とに変わりない。 だがソフト開発や
新規システムの構築では、六、七社
の事業者を使い分ける体制に移行し
ているという。 標準化と部品化によって
システム活用を効率化
同社のシステム開発の手法は、子
会社のダイヤ情報システムを実務部
隊とする?内製化〞を基本としてき
た。 とくに医薬品事業のシステムは、
IBMの支援を受けながら自社で開
発している。 ただし近年は、すべて
を自前でやるという手法では、人的
にも技術的にも対応しきれなくなっ
ている。
IT部門と事業部門との距離のと
り方にも課題を抱えている。 「業務
に合わせてシステムを作ろうとする
と、どうしても肥大化する。 メンテ
ナンスも大変だ。 やはり業務のスリ
ム化とか、サービスの全社的な均一
化といったプロセスの見直しを絡め
たシステム開発を意識していく必要
がある」と橋本部長はいう。
システム戦略は大きな岐路に立た
されている。 事業分野ごとに医薬品
のように特化したシステムを作り込
んでいくのか、汎用的な機能別のシ
ステムで対応していくかという選択
だ。 情報システムを営業の差別化要
因に据えていくのかどうかが問われ
ているといえる。
食品や自動車部品の分野で営業攻
勢をかけていくにあたって、医薬品
と同様のアプローチをとるとすれば、
自ずとIT部門の位置づけを見直さ
ざるを得ない。 従来の手堅いIT戦
略から一歩を踏み出し、より積極的
な投資を決断していく必要がある。
システムコストの増大も覚悟しなけ
ればならない。
場合によっては、システム部門の
拡充も必要だろう。 現状でも、営業部門が案件に携わりはじめた初期段
階から、本社のシステム部門の担当
者も関与している。 だが実働部隊は
三、四人のため、「一人あたり平均
して五つくらい案件を抱えている。
仕事がピークを迎える時期がずれて
いるため何とか対応しているが、こ
れが重なると相当大変な状況になっ
てしまう」(森課長)
本社主導で構築するべき汎用的な
標準システムと、案件に特有のパー
ツとして扱うべきシステムを見極め
る必要がある。 そのうえでIT部門
のマンパワーが制約になるのであれ
ば、内製化にこだわらずパッケージ
を活用するケースも増えていくはず
だ。 実際、いま注力している文書管
理の仕組みでは、従来はオフコンを
使った自社システムだったのを、既
存パッケージをカスタマイズする方
針に転換している。
財務・管理の分野においても
「ProActiveE2」というパッケージを
導入し、国内連結子会社への適用を
拡大中だ。 経理分野などへのパッケ
ージ適用の可能性も模索していると
いう。
トータルでシステムコストを低減
する工夫としては、情報子会社の外
販を積極的に拡大するという道もあ
りえる。 しかし連結経営への対応な
どの影響で、ダイヤ情報システムの
作業量は増える一方だ。 現場に余裕
はない。 「通常の業務に関するシス
テム開発と並行して、常にイベント
がある。 既存の仕組みをパッケージ
化して販売し、カスタマイズするく
らいしか現実には手が回らない」(森
課長)
年間二五〜三〇億円で推移してい
るシステムコストが、三菱倉庫にと
って高いのか安いのかを判断するの
は難しい(グラフ参照)。 ただ事業
展開そのものが、日立物流のように
3PL事業に特化するのではなく、
むしろ日本郵船のように国内から国
際まで多岐にわたっていることを考
えれば、もっと多くてもおかしくな
いように思える。 IT戦略を見直す
余地は少なくなさそうだ。
(
フリージャーナリスト・岡山宏之)
|