ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2005年8号
現場改善
物流ベンチャーG社の首都圏撤退

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

事例で学ぶ 現場改善 日本ロジファクトリー 代表 青木正一 AUGUST 2005 64 物流起業家が転職希望? G社は名古屋に本社を置く創業して七年の物 流ベンチャーだ。
主に軽トラックや二トン車な どの小型車両で地域集配を行っている。
G社を 立ち上げたK社長がある日、当社日本ロジファ クトリーに電話をかけてきた。
「どこかメーカー 系の物流会社の就職先はありませんか。
勉強の ために他の会社で働きたいのです」という。
当社の人材紹介事業担当者が「今の会社はど うされるのですか」と訊ねたところ「任せる人が いるので会社は大丈夫です」とのこと。
確かに 当社は物流マンの人材紹介事業を行っている。
し かし起業家が転職したいという話など、これま で聞いたことがない。
紹介事業担当者にその電 話の内容を確認したものの、どうにも腑に落ち なかったため、私自身がカウンセリングに当た ることにした。
K社長は住まいを本拠地の名古屋から東京に 移しているとのことだったので、東京でお会い することになった。
当日、私は何の準備もせず、 とにかくK社長の話を素直に聞いてみようとだ け考えていた。
それによるとK社長は三三歳。
不動産会社や 物流会社に勤務した後、二六歳の時に白ナンバ ーのトラックを一台購入し、事業を始めた。
現 在、G社の年商は約一億五〇〇〇万円。
保有車 両台数は三〇台。
本社は名古屋に置いているが、二年前にマー ケットの大きさに憧れて東京に進出した。
これ に合わせてK社長も生活基盤を東京に移し、名 古屋と頻繁に行き来しながらも、東京営業所を 軌道に乗せることに大半のエネルギーを費やす ようになった。
本拠地の名古屋はといえば、K 社長とは二〇ほども年の離れたY専務に任せて いるとのことであった。
数十分の話し合いの中で、当初K社長が当社 に依頼したメーカー系物流会社への転職は、必 ずしもK社長が本心から望んでいることではな いと分かった。
K社長はG社を経営していく上で壁にぶつかり、経営者として何から手をつけ れば良いのか、判断のできない状態に陥ってい た。
そんな苦悩の末に、転職という?逃げ道〞 に入ろうとしていたのだった。
地域拡大戦略の落とし穴 物流会社の事業拡大戦略は大きく以下の三つ に分けられる。
?輸送、保管などから流通加工、センター業務 などまで「業務」の範囲を拡げる戦略 ?取扱い品目を広げ、「業種」の範囲を拡げる戦 略 ?従来の業務、得意な業種を活かして「地域」 第31回 地方から首都圏に進出した物流ベンチャーG社。
社長自ら新 天地で事業開拓に奔走するものの、なかなか成果が上がらない。
そのうち頼みの本社もおかしくなってきた。
いったん首都圏から 撤退し、本社を立て直すよう提案。
それから半年あまり。
売上高 は撤退分を吸収し、新たな成長軌道を描くようになった。
物流ベンチャーG社の首都圏撤退 あおき・しょういち  1964年生まれ。
京都産 業大学経済学部卒業。
大手 運送業者のセールスドライ バーを経て、89年に船井 総合研究所入社。
物流開発 チーム・トラックチームチ ーフを務める。
96年、独立。
日本ロジファクトリーを設 立し代表に就任。
現在に至る。
HP:http://www.nlf.co.jp/ e-mail:info@nlf.co.jp 65 AUGUST 2005 った。
G社のように既存エリア、既存荷主で売 上げ・利益が作れなくなったことから、地域拡 大戦略に逃げようとする物流会社は少なくない。
しかし、既存荷主の物流エリア拡大や移転とと もに地域を拡大する場合を例外として、その多 くは上手くいかない。
G社もその一つだった。
G社は名古屋で直荷主を二〇〇社も抱えてい るにも関わらず、一億五〇〇〇万円の売上げし か獲得できていなかった。
要は営業努力が不足 していたのである。
ところが営業力不足を、地 域の拡大という戦略にすり替えてしまったこと で、問題の本質を見失っていた。
こうなると悪 循環が起こりやすい。
今も昔も物流業における輸配送業務の利益化 の基本は変わらない。
点から線、線から面へ、輸 送網の密度を高めることである。
これに反して、 既存エリアの深耕・強化なしに、やみくもに地 域拡大を行えば、効率性は著しく低下する。
つ まり利益が出なくなってしまう。
G社は悪循環 に陥る寸前の状態にあった。
物流会社を見る3つのポイント G社の方向性を見極めるために名古屋本社に 向かった。
名古屋市内から一〇?ほど離れた郊 外にその本社はあった。
到着したのは午前九時 ちょうど。
駐車場には軽トラックが四台停まっ ていた。
荷物があれば出発しているはずの時間 である。
以前にも紹介したことがあるが、我々は仕事 柄、会社の良し悪しを瞬時に判断しなければな らない。
そこで基準としている項目は以下の三 点である。
の拡大を図る戦略 このうち最も利益率を向上させやすいのは? の「業務」の拡大である。
逆に?の「異業種」 への拡大は一番成功させるのが難しい。
商取引 の習慣や、メーカー・卸・小売りの三層のうち、 どの層が物流の主導権を握っているかといった 流通構造は、業種によって大きな違いがある。
加 えて業種が変わると、車両の仕様や倉庫の種類、 人員の負荷などが変ってくるため、効率化も図 りにくいのである。
大半の物流企業は、?の「地域」の拡大とい う戦略を採る。
この地域拡大戦略は、さらに以 下の四つのタイプに分けられる。
?大手路線会社に見られる全国カバー型 ?地元近隣の数県をカバーする広域地場型 ?地元のほかは東京、大阪、名古屋などの大都 市だけをカバーするピンポイント型 ?首都圏に特化して輸配送密度を高めるドミナ ント型 このうち?の全国カバー型の物流会社は周知 のとおり日本郵政公社も加わり、戦国時代に入 っている。
?の広域地場物流会社は大きな成長 も無いが、少々のダメージが発生しても崩れな い、腰の強い会社が多い。
?の大都市対応型は 現状では苦戦を強いられている。
現在、最も成 長が目立つのは?のドミナント型だ。
エスビー エスなどがこれに当たる。
G社の場合、一見すると?の大都市対応を目 指しているようだが、その中身が伴っていなか ?あいさつ 従業員の方々が「あいさつ」をしっかりでき るかどうか。
最近は物流分野でも現場のマナー が重視されるようになったことで、よほどひどい 会社でない限り、動作としての「あいさつ」は 実施されるようにはなっている。
しかし気持ち の入っていない、仕方なしのあいさつが依然と して多いのは残念なことである。
?整理整頓 建物自体が新しいか古いかは関係ない。
老朽 化した建物であっても、整理と整頓が出来てい る会社は良い会社である。
特にトイレのきれい な会社は、ほとんどが優秀な会社である。
トイ レは人が最も清掃を嫌がる場所だけに、従業員 の姿勢や清掃会社の管理の質が現れやすいので ある。
「整理整頓」という言葉が形骸化してしまってい る会社は少なくない。
整理整頓を徹底するには、 それが具体的に何をすることなのか、落とし込 む必要がある。
ちなみに「整理」とは要らないモ ノを捨てること。
「整頓」はよく使うモノを使い やすいように整えておくことである。
そこまで噛 み砕いて説明しないと現場には伝わらない。
?電話応対 基本は「スリーコール」だ。
コール三回以内 に電話を取る。
そして伝言内容を復唱し、自ら の名前を最後に添える。
「私○○が承りました」 と言った具合だ。
さらに、その伝言内容が三〇 分以内に本人に伝わるようにする。
そのための AUGUST 2005 66 ことであるが、彼女は本社の番頭的な存在でも あった。
K社長とY専務とのミーティングが始まった。
初対面となるY専務には、我々はG社を良くす るための仕事を行っていること、また互いに協 力していきたいこと、そしてK社長やY専務の サポート役であることを伝え、警戒感をほぐし ていった。
一時間半ほどのミーティングで様々 な課題、問題点が浮かびあがってきた。
?ここ二カ月、車両の空きが発生するようにな ってきた(荷物不足) ?直荷主二〇〇社に対する営業活動は特に行っ ていない。
?最近、乗務員の出入り(入退社)が増えてき た。
?乗務員に対する教育・指導は本人たちの自主 性に任せ、あまり口を出さないようにしている (Y専務) ?売上がここ三年間、横ばいである。
K社長が豪語する通り、Y専務は優秀な人材 であった。
しかし、Y専務は名古屋本社のメン バー二六人にとって、オレたちの話を聞いてく れる仲良しクラブの親分的存在であった。
Y専 務自身、一歩踏み込んだテコ入れまでは自分の 役割ではないと考えていた。
このままでは衰退もあり得る。
現状維持です ら危ういと私は感じた。
首都圏進出の夢に向か って走り回っているK社長と、本社の実状との ギャップはあまりにも大きかった。
それから五日後、今度はK社長と二人だけで ルールおよびシクミを作っておかなければ、これ は実行できない。
電話の切り方にもマナーがある。
相手が電話 を切ってからこちらが切るのが基本だ。
それが できない場合でも、相手に「ガチャ」と聞こえ ないように、そっと電話を切る。
例えば、電話 機のフックを手で押さえれば「ガチャ」という 音は鳴らない。
以上、あいさつ、整理整頓、電話対応の三点 をチェックすることで、その会社の良し悪しは 九〇%以上分かる。
細かいことを言っているよ うに聞こえるかも知れない。
しかし、物流業は 無形の商品を提供している「サービス業」だ。
サ ービス業とはこのような対応力や教育の成果、従 業員の姿勢までが商品となり顧客に伝わり、評 価されるのである。
経営ビジョンと現実のギャップ G社の社内に足を踏み入れ、女性従業員の対 応やドライバー控え室、事務所、応接室、電話 でのやり取りなど、先述の三項目を五感でチェ ックしていった。
G社のスタッフには、我々が 何者であるかは知らされていない。
このことは 重要だ。
事前に顧客や我々のような人間が会社 を訪問することが分かれば前日、現場は大掃除 のような状態となって、その場を取り繕ってし まう。
それでは本当の姿は分からない。
名古屋本社は事務所が狭いことを考慮しても 書類が散乱していた。
またドライバー控え室の 乗務員も携帯メールを打っている者がいたり、お しゃべりをしている者たちがいた。
しかし女性 従業員の対応は素晴らしかった。
後で分かった 話し合いの場を持った。
改めて東京営業所の実 績や現状を確認した。
東京営業所で所有してい る車両はゼロ。
受託した仕事は全て地場の会社 に再委託していた。
売上げは月商一二〇万円、利 益はほとんど出ていない。
元々、身の丈に余る首都圏進出であった。
経 営者というのは時々、現実と夢の時間差が見え なくなる人種である。
K社長もそうであった。
幸 い活動の拠点としていた品川の事務所は、ある 会社の事務所の間借で身軽であった。
東京より も今は本社を立て直さなければならない。
私はK社長に「東京から撤退しましょう。
本 社をもっと強い組織にして三年後、改めて東京 に進出しましょう」と提案した。
K社長はしば らく考えていたが「やはりそうですか。
それでも 今度、首都圏進出の時には手伝ってもらえます か」と返してきた。
既存荷主を深耕する 約一カ月後。
K社長は東京営業所撤退の後片 付けを済ませ、再び名古屋に住まいを移した。
本 社立て直しは先述の五つの課題のうち、まずは 「?直荷主二〇〇社に対する営業活動は特に行っ ていない」点、そして「?乗務員に対する教育・ 指導は本人たちの自主性に任せ、あまり口を出 さないようにしている」点に注力する事にした。
繰り返しになるがG社は請求書の発行先、つ まり荷主が二〇〇社あり、しかも大半が直荷主 であった。
他の物流会社からの傭車業務は皆無 であった。
これだけの直荷主があれば、本来な ら年商が六億円以上あってもおかしくはない。
そ れが年商一億五〇〇〇万円に止まっていたとい 67 AUGUST 2005 うことは、各荷主からスポット輸送ぐらいしか 受託できていないことを意味している。
この場合には当然、新規開拓より既存荷主の 深耕戦略を採るべきだ。
会社案内を五〇万円か けて刷新し、K社長とY専務両名で新しい会社 案内を持って荷主を訪問した。
二カ月で約一〇 〇社を回った。
訪問した荷主には「G社さんは軽車両以外の 仕事もしているんですね」とか「もうお付き合 いして四年ぐらいですが、初めてK社長とお会 いしますね」などといった反応が返ってきた。
い かに荷主、お客様を放っておいたかが分かる。
「自社を知る」とともに「顧客を知る」ことが、 やはり重要であることを思い知らされる。
提案営業もスタートさせた。
訪問した荷主に は「名古屋から岐阜までの運賃を出して欲しい」 といった見積書を具体的に求める荷主もいたが、 「何か提案して欲しい」といった依頼も多かった。
我々が提案書のフォーマットをつくり、その中に G社ができることを書いてもらう。
そして再度、 我々がビジュアルと体裁を整えて完成させた。
物流レベルの高い荷主のところへは我々も同行 した。
そうでない場合は完成した提案書を事前に 読み合わすなどの準備を行ってK社長かY専務 が訪問するようにした。
これらの動きで改めて痛 感したことは、「既存荷主」という足元の顧客を 大切にすることの大事さ、そしてやはりトップ自 らの営業は商談になりやすいということであった。
一方、従業員教育は「従業員の声に耳を傾け る」「コミュニケーション作り」に主眼を置いた。
週一回、終礼を行うことにした。
配送時間の関 係で参加できない従業員もいたが、その従業員 に対しても個別に接する機会を設けた。
K社長の考え方や動きにも変化が見え始めた。
一頃の迷いが解け、「毎日が充実している」と口 にするようになってきた。
東京での活動の際は 何から手をつけてよいかもわからず「同業者と の雑談が仕事になっていましたよ」とK社長。
新 しい目標を見つけて活き活きとしてきた。
こうしてK社長が本社に戻り、六カ月が経っ た。
売上げは昨年同月比で一三七%アップした。
東京営業所の撤退による売り上げ減少を吸収し てお釣りがくる数字だ。
途中、K社長の方針に ついていけない二人の乗務員が退職した。
しか し新たに補充した乗務員には若さと前向きな姿 勢があった。
まだ、ぎこちなさはとれないものの、 「あいさつ」ができるようになってきたことは、 我々にとってとくに嬉しい変化であった。
乗務員からは「今までも楽しかったですけど、 今は社長が観てくれているので励みになります」 という意見も聞かれた。
G社が真に強い会社に なるまでには、まだまだ多くの課題が残されてい る。
しかし当面の死活問題であった「本社」のリ スタートは、こうして成功したのであった。
日本ロジファクトリー(NLF)は来年四月、 物流実務を体系的に教育する「物流実務カレ ッジ〜Logistics Professional College 〜」を、 東京で開校する。
これに先立つ特別企画(プ レ講座)として今年九月には「3PLプロフェ ッショナルマネージャーコース」と「物流コン サルタント育成コース」をスタートさせる。
N LFのコンサルタントの他、現場の第一線で活 躍する物流実務家が指導に当たる。
「プレ講座が対象としているのは物流会社の 営業・現場担当者。
彼らには単に3PLやコ ンサルティングの理論を教えるだけではなく、 各社の特徴を活かした具体的な事業戦略を受 講者それぞれが作り上げ、それを自社に持ち帰 って直接、経営に役立ててもらえるように指導 する」とNLFの青木社長は説明する。
この3PLコースとコンサルタントコースの ほか、来春から始まる物流実務カレッジの本講 座には、物流業界への就職を希望する「物流 クリエーターコース」、 物流企業に入社した 新人が対象の「フレ ッシュマン・パワー アップコース」、中 堅管理職対象の「セ ンター長・所長育成コース」を含む計五つのカ リキュラムを用意する。
いずれも実際に受講者 が現場に出て、実務を体験するプログラムが組 み込まれているのが特徴。
「座学だけでは物流は分からない。
実務研修・ 現場研修を中心としたカリキュラムによって即 戦力となる人材を輩出していく。
三年で一〇 〇人。
一〇年で一〇〇〇人の物流のプロを育 て上げる。
物流の仕事は面白い。
教育を通じ て、そのことを世の中に広く伝えていきたい」 と青木社長は意欲を燃やす。
同カレッジのカリキュラムや受講料などの詳 細は同社ホームページhttp://www.nlf.co.jp/ まで。
日本ロジファクトリーが物流実務学校を設立 現場研修中心のカリキュラムで即戦力を育成

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