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るようになっている。 自分の会社のこ
とだけなく、調達先から販売先まで含
めたときのトータルコスト、全体最適
化に対象が拡がってきた。 しかもグロー
バル化によって従来は国内で完結し
ていたサプライチェーンが現在は広く
海外へと伸びている。 それだけプレイ
ヤーの顔ぶれも多様になっている。 さ
らにはサプライチェーンを縦軸とすれ
ば、共同化のように産業を横軸にとら
えるアプローチも出てきている」
「このように、全体最適の全体とい
う言葉の指す意味はどんどん拡がって
きています。 これは企業の環境負荷低
減活動が直面している問題と全く重な
ります。 個別企業でできることはやり
尽くした。 しかしSCMを通じて取引
先と協力し合うことで、お互いにとっ
てプラスになる、環境負荷低減にも競
争力の改善にも役立つ、新しい可能
性が生まれているわけです」
──しかし、企業内にはSCMの専門
家が、まだ育っていません。
「同感です。 学問の世界においても、
同じことが言えます。 現状ではめぼし
い研究成果が見あたらない。 経営学
者がSCMに関する本を出版したと聞
いて大喜びで頁をめくってみても、あ
まりたいしたことは書かれていない」
──そうなるとロジスティクスやSC
Mの実務家は、理論のない、教科書
全体最適は理念に過ぎない
──環境負荷低減と企業競争力の強
化は両立できるでしょうか。
「物流コストの削減や効率化の取り
組みは、環境負荷低減とも一致して
います。 もちろん環境規制に対応す
るために設備投資などが必要になれば、
コストアップが避けられません。 しか
し、その場合でも条件としては同業他
社と平等ですので競争には影響しない。
むしろ環境付加低減を積極的に進め
ていくことでコストを下げる、あるい
は環境に優しい会社という評価を得る
ことで、新たな需要を獲得できる可能
性が拡がってきています」
──しかし、そうであれば放っておい
ても企業は勝手に環境対策を進める
はずです。 環境規制や行政による指導、
あるいは業界活動なども必要ないこと
になる。
「問題は個別企業の取り組みが限界
に近づいていることです。 昭和六〇年
頃から物流の社会的な課題は、何よ
りコストの低減でした。 しかも当時は
運賃の内外価格差問題などが引き合
いに出されて、荷主が物流事業者に
対して厳しくコスト低減を求めるとい
う図式でした。 もちろん物流事業者
だって、それまでにも様々なコスト低
減の努力を重ねてきたのだけれど、荷
主側の“乾いたタオルをまた絞る”と
呼ばれるほどの努力に比べれば、まだ
足りないと、一方的に責められてきた
わけです」
「しかし今や物流事業者が単独で実
施できるコスト低減のメニューは、出
尽くした感があります。 さて、ここか
らどうすれば良いのか。 そんなタイミ
ングで環境問題が大きくクローズアッ
プされてきた。 これによって今度は環
境という大義名分を一つの推進力とし
て、単独の企業レベルではできなかっ
た省エネ活動やコスト削減をさらに進
めていける可能性が出てきました」
──企業の環境負荷低減活動でロジ
スティクス担当者の果たすべき役割
は小さくない?
「SCMの実務家には大きな期待が
寄せられています。 もともとロジスティ
クスは全体最適化を目指してきました。
ただし、そこでいう全体とは、あるい
はトータルコストのトータルという言
葉は、物流部門、生産部門、販売部
門といった企業内の垣根を越えようと
いう意味合いで使われてきた。 全体最
適といっても、あくまで一つの企業内
の話でした」
「これに対して現在はサプライチェー
ン・マネジメントという言葉が使われ
杉山武彦 一橋大学 学長
「賢明なる個別最適こそ唯一の道だ」
企業単独で実施できる環境対策には限界が見えてきた。 管理対象
を取引先まで拡大する必要がある。 まさしくSCMが求められている。
ただし、その方法論は確立されていない。 実務家は“賢明なる個別
最適”を積み重ねていくことで、全体最適の理想に近づいていくし
かない。 (聞き手・大矢昌浩)
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のないところで全体最適のマネジメン
トを強いられることになりますね。
「全体最適という言葉を、我々もつ
い便利に使ってしまうわけですが、実
務において全体最適というのは、あく
までもマネジメントの方向性を示して
いるに過ぎません。 実務家たちは全体
最適という言葉を理念として使いなが
ら、実際には“賢明なる個別最適”
に取り組んでいくしかない。 これまで
もそうだったし、これからもそれはずっ
と変わらないと思います」
「全体最適といった時の全体が、いっ
たいどこまでなのか。 この問に厳密に
応えるのは容易なことではありません。
それどころか、部分と部分のつながり
でさえ、そう簡単には解明できない。
そのため現実のビジネスにおいては、
全体最適を指針としながらも、手の
届く範囲での個別最適を積み重ねて、
少しずつ理想に近づいていくしかない」
「それでも産学共同の研究会などで、
実務家の方々と議論し、お話を伺っ
ていると、一部の企業は既に環境を旗
印とした全体最適化に驚くほど活発に
取り組んでおられる。 我々は教えられ
ることがたくさんある。 つまりロジス
ティクスにしてもSCMにしても、現
在は企業主導型で進展しているという
認識です」
──確かに全体最適の全体を、地球
という言葉がありますが、それを大き
く否定してしまえば、マイナスの影響
のほうが大きい。 消費者のニーズがあ
り、それに何とか応えよう、ライバル
よりもいち早く応えようという企業同
士の競争があることで、これまでの発
展は支えられてきたわけです。 それを
潰してしまうことになる」
── しかし、現在の環境問題の盛り
上がりには、市場競争の行き過ぎとい
う側面もあるように思います。
「一種の揺り戻しが起きているとい
う指摘は、その通りだと思います。 た
だし、それは単純に昔に戻るというこ
とではありません。 振り子のように同
じところに戻るのではなく、螺旋状に
階段を上っていくかたちで進化させて
いく必要がある。 規制によって競争を
止めるのではなく、競争によって課題
を解決していくのです。 競争を否定し
てしまえば、結局は消費者の利益を損
なってしまうことになるでしょう」
環境にまで広げてしまうと、雲をつか
むような話になってしまいます。 また、
そこまで話を広げなくても、JITや
多頻度小口化にしても、それによって
在庫水準を抑制できるのなら、輸送
で発生するCO2が多少増えたとして
も、資源のムダを防ぐという点ではプ
ラスかも知れない。
「私は今でも鮮やかに記憶している
のですが、以前にJITや多頻度小
口納品が地域環境に悪影響を及ぼし
ているとして社会的に問題視された
ことがありました。 そのことで自動車
メーカーやコンビニの経営者が議会に
呼び出されて釈明をした。 私は中立的
な立場でその場に加わっていたのです
が、彼らのプレゼンテーションが終わ
ると、批判側に立っていた人たちは誰
も何も言えなくなってしまった。 JI
Tや多頻度納品を用いた物流システム
によって全体の車両の使用量を大きく
抑制している。 その結果、環境負荷
も低減しているという事業者側の説明
に対し、誰も合理的な反論ができな
かったわけです」
「そうしたことがあって、J I T
や多頻度納品に対する批判はその後、
論調が変わっていきました。 すなわち
JITには『良いJIT』と『悪い
JIT』がある、という話になってき
た。 取引上の力関係を利用して調達
先にJITや多頻度納品を強要する
のはもちろんよくない。 しかし、シス
テムをきちんと考えて効率化を進める
ためのJITであれば悪いとは言えな
い、という論調です」
「もっとも我々としては、確かに事
業者側の説明には説得力があったけれ
ども、全てを額面通りに受け取るわけ
にもいかないだろう。 例え『良いJI
T』であっても、そのしわ寄せが全く
ないというわけではない。 どこまでの
範囲で影響を考慮するかによって、そ
の評価も違ってくるはずです。 しかし
限られた情報のなかではそこまでは判
断できない」
法でニーズは縛れない
──全ての結論が出るまで、ビジネス
は待ってくれません。
「そのため結局は自分たちの目の届
く範囲で最適化を考えていくしかない。
一般論として最適化を考えるのではな
く、個別に取り組んでいって、今まで
よりも良くなるように地道に改善を重
ねていくしか、現実には方法がないの
だと思います」
──下請法などの法的な規制の強化に
よって、「悪いJIT」や「悪い多頻
度小口化」に歯止めをかけるという方
法については。
「賛成できません。 『消費者主権』
すぎやま・たけひこ
一九六八年、一橋大学商学部卒。 七四年、
同大学院商学研究課博士課程単位取得。
八六年、同大商学部教授。 九八年、商
学部長。 二〇〇一年、副学長。 〇四年、
学長。 現在に至る。 交通経済学を専門
として、日本交通学会会長ほかを歴任。
物流分野におけるCO2削減を推進する
「グリーン物流パートナーシップ会議」
の世話人も務める。
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