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ファンの作った﹁大先生語録﹂
大先生の古い知り合いから突然電話が入っ
た。 あるメーカーの元物流部長で、その後
物流子会社の役員をやっている人だ。 二人
の最初の出会いは、大先生が新進気鋭など
と言われていた頃で、大先生の講演をその人
が聞きに来て、講演後に大先生に声を掛け
たのが馴れ初めである。
その人はその後ずっと物流部に在籍し、最
後に物流部長をやり、その後物流子会社に
転じた。 近々その会社の役員を辞めるという
ことになり、大先生に会いたいと言ってきた
のである。
そこで、役員を退任した数日後、大先生
御用達の焼き鳥屋の小部屋でささやかな宴
席が設けられた。 集まったのは、その友人氏
と彼の後輩である新任の物流部長、部長の
部下の女性である。 友人氏が言うには、そ
の物流部長と女性部員は大先生のファンで、
大先生との懇親の話をしたら是非同行させて
くれと熱望されたという。 その熱意にほださ
れて、やむなく連れてきたということらしい。
大先生は「ファンねー」と言いながら二人
の顔を見た。 大先生に睨まれ、物流部長と
女性部員はからだを固くした。
それ以上何も言わず、大先生が「まあ、
乾杯しましょう」と言って、友人氏の退職
を祝って乾杯した。 ビールを口にしたせいか、
座の雰囲気がちょっと緩んだ。 退職する友人
氏を気遣ってか、大先生としてはめずらしく
自分から話を切り出した。
「この人はね、若い頃、それは勉強熱心で、
私の講演を見つけると何度も聞きに来てたん
だよ」
そう言われて、物流部長がひざを乗り出し
て応じた。
「はい、専務は、私ども以上に先生の大ファ
ンのようです。 先生のご本は全部持っていま
す。 二十三冊になるそうです」
旧い肩書きで呼ぶ物流部長の顔を見ながら、
そうか専務だったのか、二十三冊かとぼんや
りと大先生は思った。 そこに、女性部員が
言葉をはさんだ。
「専務は、ご自分で先生の語録を作って、
それをずっと持ってるんです。 見せてくださ
いとお願いしても、これだけは見せていただ
けないんです」
「へー、それはいまも持ってるんですか?」
大先生の問い掛けに友人氏が頷き、かば
んから小さな手帳のようなものを引っ張り出
した。 ルーズリーフ式で、結構分厚い。 物
流部長と女性部員が興味深そうにそれを見る。
大先生が手を出すと、友人氏は慌てて引っ
込めた。 大先生が苦笑しながら言う。
「それじゃ、そこでぱらぱらとめくってみせ
本号から新しい形での連載を開始する。 こ
れまでのように特定のコンサル対象企業を舞台
にするのではなく、大先生の日常を追いながら、
物流に関する様々なテーマについて話を展開し
ていく。 引き続きご愛読をお願いしたい。 (湯浅)
OCTOBER 2007 56
湯浅和夫の
湯浅和夫 湯浅コンサルティング 代表
《第66回》
物流部門は黒子に徹する
旭化成の教訓
大先生の日記帳編 第1回
て」
友人氏が大先生に言われたとおりにする。
そこには小さな字がびっしりと並んでいる。
大先生が呆れたように言う。
「すごいな、そんないっぱい何が書いてあ
るの? おれは、そんないっぱい語録になる
ようなことは言ってないけどな。 あなたの批
判なりコメントが多いんじゃないの」
根っから真面目な友人氏が真剣な顔で反
論する。 大先生もこの人だけはかまうことは
しない。
「批判なんてとんでもないです。 どんな場
所でどんな状況でのお言葉なのかとか、私の
思いも書いてありますが、全部先生が話され
たことです」
「へー、講演とか本だけじゃなくて?」
「はい、こういう宴席や立ち話でお話され
たことも、はっと思ったことは書いてます」
「まいったな。 それじゃ、今日なんか変な
こと言うと書かれちゃうんだ?」
「はい、私も書いちゃいます。 私も専務に
倣って先生の語録を作ろうと思ってます」
女性部員が元気に宣言する。 大先生が首
を振り、ビールを口にする。 そのとき大先生
の目が光った。 楽しいことを思いついたようだ。
「それじゃ、別に見せてくれなくてもいい
けど、ちなみに、その語録の最初の方にはど
んなことが書いてあるの?」
大先生の言葉に物流部長と女性部員が興
味津々といった顔で友人氏を見る。 一瞬戸
惑った顔を見せた友人氏は、それでも拒むよ
うなことではないと思ったのか、前の方のペー
ジを開いた。
旭化成に学ぶ物流組織のあり方
「えーとですね‥‥」
友人氏が大先生語録を披露し始めた。
「はじめの方は講演のときのお話で、たと
えば、物流コストは物流をやらなければ発生
しないとか、物流コストは因果関係を明示で
きなければ管理に使えないとか、あるいは物
流サービスと物流コストはトレードオフの関
係にあるなんていうのは物流を知らないやつ
のたわ言だとか‥‥」
「えー、そんな言葉が書いてあるの?」
「はい、先生の言葉を忠実に書いてます。
初めの頃は物流コスト関係のお話が多いです。
当時物流コスト管理がはやりでしたから」
「それから、どんなことが書いてあるんで
すか?」
大先生が苦笑するのを見ながら、女性部
員が先を促す。
「えーと、現場の話を聞くのはいいが、そ
れをベースに物流を考えるなとか、あっ、こ
れは先生が繰り返しおっしゃってますが、物
流管理は突き詰めれば在庫管理に至るとか、
あっ、これもそうですね、社内で物流につい
て話すときは必ず数字で語れというのもあり
ます」
ここで友人氏は語録から目を離し、ビール
を口に運んだ。 それを見ながら、大先生は「い
ろいろ書いてあるのはいいけど、実際それら
を実践したの?」と聞こうかと思ったが、せっ
かくいい雰囲気になっているのを壊してはい
けないと配慮し、口に出さなかった。 ビール
を飲み、焼き鳥を口に運んだ友人氏が目を
語録に戻した。 なんか自分の世界に入ってし
まっているようだ。
「あっ、そうそう、これです、これ」
ページを繰った友人氏が突然独り言を言っ
た。
「これって何ですか? おもしろいことの
ようですが‥‥」
隣から物流部長が語録を覗き込むようにし
て聞いた。 友人氏が頷き、大先生に確認する。
「先生、覚えておいでですか? 旭化成型
という言葉を?」
大先生が頷く。 女性部員が先を促すよう
に聞く。
「何ですか、それは? 物流のやり方です
か?」
「これは、物流組織のあり方というか、物
流部門の一つのスタンスを指したものだよ。
昔は、というか今でもそうかな、こういうこ
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とが重要だったんだ。 この話には私もいたく
感じ入って、自分の書き込みが結構してある」
友人氏は自分の書き込みを感慨深そうに
読んでいる。 完全に自分の世界に入ってし
まった。 物流部長と女性部員が聞きたそう
に友人氏をじっと見ている。 それを見て、大
先生が話し出した。
「それじゃ、ちょっと昔話をしてやろうか
‥‥」
大先生の言葉に物流部長と女性部員が嬉
しそうに、目をきらきらさせながら大先生を
見た。 友人氏も顔を上げて、大きく頷いた。
「もうずいぶん昔の話だけど、そう昭和五
〇年代前半、西暦で言うと七〇年代後半か
な。 まあ、日本の物流事始の頃と言っていい。
旭化成という会社、もちろんいまもあるけど、
この会社がその頃、結構熱心に物流合理化
に取り組んだ。 そう、昔は合理化という言
葉が常套句だった。 この言葉はいいよな。 理
に合わせるという意味だから‥‥」
聞き手の三人が同時に頷く。 三人とも興
味深そうに大先生をじっと見ている。
「旭化成は事業部制をとっていたんだけど、
これとは別に物流合理化を担当するチームを
作った。 このチームが、ある事業部に入り込
んで物流合理化に取り組んだ。 そして、成
果を上げた。 そしたら、どうなったと思う?」
大先生の質問に物流部長と女性部員が首
部がなってしまった。 わかるだろ?」
物流部長と女性部員が大きく頷く。 ここで、
大先生がたばこを手に取り、友人氏の顔を
見た。 友人氏が話を引き取った。
物流合理化の正道とは
「そうなると、そのチームはまったく何も
できなくなった。 そこで、合理化の進め方に
ついて大きな決断をした‥‥らしい。 どうい
う決断かというと、物流チームは黒子に徹す
るという決断だった‥‥そうだ」
なんか話しづらそうな友人氏に代わって大
先生が続ける。
「つまり、物流合理化は、部外者である物
流チームなんぞがやるのではなく、物流を発
生させている生産や営業部隊を抱える事業部
がみずからの課題として取り組むのが正道で、
自分たちはそれを陰から支援するという立場
を取ったのさ」
「はー、なるほど!」
物流部長が大きく頷く。 女性部員が先を
急ぐように質問する。
「具体的には、どのような立場に置いたの
でしょうか?」
いつもだったら、「どのような立場だと思
う?」と逆に質問する大先生が、素直に質
問に答えた。
「まあ、いろんなやり方があるんだろうけ
を傾げる。 二人の顔を見ながら、大先生が
続ける。
「物流チームがあげた合理化効果は、言う
までもなく無駄を排除したってこと。 その結
果を見て、トップが、これまで事業部はそん
な無駄を温存していたのかと叱責した。 たし
かにそのとおりなんだけど、その事業部から
すればおもしろくない。 物流チームのおかげ
で非難されてしまったんだから。 ひとの粗探
しをして成果を誇るなんて許さん、もう物流
チームには協力しないっていう風潮に全事業
湯浅和夫の
Illustration©ELPH-Kanda Kadan
59 OCTOBER 2007
ど、いわゆる委員会制を取ったのさ。 事業
部内に物流合理化のための委員会を立ち上
げ、事業部のトップを委員長にして、メンバー
に生産や営業の人たちを入れた。 物流チーム
は事務局となり、物流合理化のための情報
提供などをやった。 このやり方だと合理化の
成果は事業部みずから生み出したことになる。
まあ、無駄を温存していたことには変わりな
いんだけど、事業部みずからがやったという
ところがポイントだな。 事業部にとっては利
益増になるし、結構前向きに取り組んだ」
「なるほど、そういう黒子に徹するという
進め方を旭化成型というんですか」
物流部長が納得したように頷く。
「そう。 旭化成はこれを徹底して物流合理
化で大きな成果を上げた。 物流部門は作っ
たけど、生産や営業に関われず、輸送や作
業の無駄探しに終始した他の会社とは大きな
格差が出たことは間違いない。 まあ、昔話さ」
「いえ、とんでもありません。 いまでも通
用するお話です。 先生がよくおっしゃる物流
発生源とどういう関係を作るか、どう発生
源に切り込むかというのは物流管理の大きな
テーマだと思います」
物流部長が真剣な顔で主張する。 友人氏
が恥ずかしそうに事情説明をする。
「実は、当社におきましても、つい最近よ
うやっと物流センター在庫の配置と補充を物
流部がやるようになったんです。 それまでそ
の業務をやっていた営業サイドの発注担当か
らは『欠品を出すなよ。 出したら責任取って
もらうからな』なんて脅かされてますし、工
場からは『工場倉庫に置ききれない在庫をど
うしてくれるんだ』と責められてます。 置き
きれないほど作らなきゃいいんだと遠回しに
言ってますが、この部長がいま苦労している
ところです」
「ふーん、しかしまあ、そこが踏ん張りど
ころだな。 物流部が周りから責められるのは
いいことだ。 それが存在感ってものさ。 周り
の苦言がトップに届いて、一体どうなってる
んだと問われたら、それが物流というよりも
メーカーとしての正しい方向なんだってこと
を堂々と主張すればいい。 周りからなんだか
んだ言われるってことは物流にとっては願っ
たりの状況だと思って楽しめばいい」
この大先生の言葉に物流部長が大きく頷
いた。
「はい、そうします。 着任してからまだ間
がないのですが、どうしたもんかと悩んでい
ました。 でも、もう悩みません。 矢でも鉄砲
でも飛んで来いって心境でやります」
「まあ、その心意気やよしだけど、でも、
あまり意気込まないで、泰然自若でいけばい
い。 理に適ったことをやっていれば何もこわ
くないさ」
大先生の言葉に物流部長が声を詰まらせる。
それを見て、なぜか女性部員が涙を浮かべて
いる。 なんか妙な方向に行ってしまった。 場
の雰囲気を変えようと大先生が友人氏に声
を掛けた。
「それで、ほかにそこには何が書いてある
の?」
友人氏が頷いて、次のページを開いた。
(続く)
ゆあさ・かずお 1971 年早稲田大学大学院修士課
程修了。 同年、日通総合研究所入社。 同社常務を経
て、2004 年4 月に独立。 湯浅コンサルティングを
設立し社長に就任。 著書に『現代物流システム論(共
著)』(有斐閣)、『物流ABC の手順』(かんき出版)、『物
流管理ハンドブック』、『物流管理のすべてがわかる
本』(以上PHP 研究所)ほか多数。 湯浅コンサルテ
ィング http://yuasa-c.co.jp
PROFILE
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