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奥村宏 経済評論家
第39回 敵対的買収防衛策の怪
AUGUST 2005 54
会社乗取りを防ぐには株式公開をやめればよい。 しかし昨今の敵対的買収
防衛策をめぐる議論では、株主主権論と同時に経営者主権論もが主張される
という株式会社の原理に反する事態が生じている。 外国資本がこれに抗議す
るのは当然だ。 日本の経営者は抗議にどう応えるのか。
株主総会で否決
ライブドア騒動が終わったあとビジネス社会で大流行して
いるのが敵対的買収防衛策である。 朝日新聞がアンケート
調査をしたところ、上場会社九五社のうち五七社が何らか
の防衛策を検討しており、そのうち三八社が今年度中に導
入する方針だという(「朝日新聞」二○○五年六月二六日)。
松下電器産業や東芝、西濃運輸、東京放送、広島ガスな
ど、すでに敵対的買収に対する防衛策を発表しているとこ
ろもある。 ところが六月二四日の東京エレクトロンと横河電
機、二九日のファナックの株主総会で、会社側が提案した
敵対的買収防衛策が否決されるという珍事が発生した。
これまで日本の株主総会では、いくら反対があっても最
後は会社側提案がすべて通るというのが普通であった。 とい
うのは、会社側は株主総会に先立って委任状を集めており、
出席株主および書面投票と合わせて過半数の議決権を確保
していたからである。
これはなにも日本に限られたことではなく、アメリカやヨ
ーロッパでも同様で、だから「株主総会は観客のいないショ
ー」だといわれている。 株主総会に出席しているのはわずか
の株主だけで、そこでいくら反対意見を述べてもそれによっ
て会社側提案が否決されることはない。 ところが東京エレク
トロンと横河電機、ファナックでは会社側の提案が否決さ
れた。 理由は「国内の大口投資家や海外ファンドなどが反
対票を投じた」ためではないか、といわれる。
国内の大口投資家というのが何を指すのかわからないが、
おそらく年金基金や投資信託などの機関投資家であろう。 会
社側が提案した買収防衛策が株主の利益に反するという理
由で反対したものと考えられる。
機関投資家だけでなく、株主の利益に反する提案に株主
が反対するのは当然のことで、なにも不思議な話ではない。
問題はそのような提案をした会社にある。
誰に敵対的なのか?
ライブドア騒動のあと敵対的買収防衛策が大流行してい
ることは前述の通りだが、そういうなかでニレコが行った新
株予約権の発行に対して東京地方裁判所が六月一日付けで
その発行を差し止める仮処分を決定したということが話題
になっていた。
株式の買占めによる会社乗取りを防衛するために既存株主
に新株を割り当てて増資する、あるいは新株の予約権を与え
るというやり方はポイズン・ピル(毒入り条項)としてアメ
リカでやられており、日本にもこれを導入しようとしている。
これが既存株主の権利を侵害することはいうまでもない。
ポイズン・ピルのほか、クラウン・ジュエル(王冠の宝石)
とか、ゴールデン・シェア(黄金株)など、さまざまな買収防衛策がアメリカで一九八○年代に考案された。 そこで日本
でもこれを導入しようというのだが、アメリカでもこのよう
な防衛策は株主の権利を侵害するものだとして裁判で敗け
ているケースが多い。
というのも敵対的買収から会社を防衛するというけれども、
そもそもそれは誰に敵対しているのか。 買占めによって株価
が上がれば株主の利益になるのだから、それは株主に敵対し
ているのではない。 もし「会社は株主のものだ」と言うので
あれば、株主に敵対する買収などありえない。
そこで敵対的買収というのは経営者に敵対するという意
味だが、そうだとすれば、それは「会社は経営者のもの」だ
と考えていることになる。 アメリカでは外部取締役の力が強
く、これが敵対的買収かどうかを判断するのだが、日本では
ほとんどが社内取締役の経営者である。 その経営者たちが
自分たちに敵対的だといって防衛策をたてるのは会社を私
物化していること以外のなにものでもない。 この根本が忘れ
られて、いま日本では敵対的買収防衛策が大流行している。
まことに不思議な話である。
55 AUGUST 2005
外資排除論
一九八○年代、アメリカで企業買収が盛んに行われ、L
BO(レバレッジド・バイ・アウト)というやり方が大流行
した。 これは借金して会社を乗取り、それをバラバラに解体
して売り飛ばし、それで借金を返済するというやり方だが、
これに対して経営者が打ち出した防衛策がMBOというや
り方である。
これは経営者が銀行などから借金して自社の株式にTO
Bをかけて全株取得し、株式を非公開にする。 そして会社
の資産を売り飛ばして借金を返済する、というやり方である。
これを「ゴーイング・プライベート」というが、経営者に
よる防衛策としては筋が通っている。 詳しくは拙著『企業
買収』(岩波新書)を参考にして頂きたいが、八○年代、アメリカではこれが「株式会社の死」を意味するものだとして
問題になった。
日本でいま起こっていることはそれとは全く違ったやり方
で、やはり「株式会社の死」をもたらすものである。 アメリ
カのMBOは株式会社の原理に従って経営者が会社を自分
のものにしようとしたのであるが、いま日本の経営者がやろ
うとしていることは、初めから株式会社の原理を無視して会
社を私物化しようとするものである。
しかも驚いたことに日本では株主主権論を一方で主張し
ながら、他方では敵対的企業買収から経営者を守る、とい
う経営者主権論が実行されようとしている。 このような日本
のやり方に対して外国資本、とりわけヘッジ・ファンドやプ
ライベート・エクイティ・ファンドなどが抗議するのは当然
である。 そうなると彼らはアメリカ政府を動かして日本に圧
力を加えてくるだろう。 現にそのような動きがあるのだが、
それに対して日本の経営者はどう対応するのだろうか。 アメ
リカ資本反対、ブッシュ政権反対ということになるのだろう
か。 そのような外資排除論の風潮が一部にみられるが……。
おくむら・ひろし 1930年生まれ。
新聞記者、経済研究所員を経て、龍谷
大学教授、中央大学教授を歴任。 日本
は世界にも希な「法人資本主義」であ
るという視点から独自の企業論、証券
市場論を展開。 日本の大企業の株式の
持ち合いと企業系列の矛盾を鋭く批判
してきた。 近著に『最新版 法人資本
主義の構造』(岩波現代文庫)。
株式会社の原理に反する
株主は全員有限責任であり、株式の売買は自由である――
これが十九世紀なかばに確立した近代株式会社制度の原則
である。 そして証券取引所に株式を公開した以上、誰が株
式を買おうと自由であり、そして譲渡制限のついた株式は
上場できないことになっている。
ということは、いったん株式を公開して、証券取引所に
上場した以上、株式の買占めによる会社乗取りは自由であ
り、もしそれが嫌なら株式会社であることをやめるか、最低
限のところ株式の公開をやめるべきである。
西武鉄道の堤義明前会長が株主名義偽装事件が明らかにな
った時「なんのために株式を上場していたのか、意味がわか
らない」と発言したというので話題になったが、堤前会長だ
けでなく、日本の大企業の社長のほとんどはなんのために株
式を上場しているのか、意味がわかっていないのではないか。
敵対的買収から会社を防衛するというのであれば、株式
の公開をやめるべきである。 ライブドアの堀江貴文社長も同
じようなことを言っているが、それが正論で、株式会社論の
基本はそうである。
これまで日本では安定株主工作によって株式相互持合いを
行い、それで乗取りを防止してきた。 それが崩れはじめたと
ころから敵対的買収の危険がでてきたのだが、安定株主工作
は株式に譲渡制限をつけるもので、公開株式の原則に反する
し、株式相互持合は株式会社の原理に反することである。
このように株式会社、そして公開株式の原理に反するこ
とを行うことによって日本企業は敵対的買収を防止できた
のであるが、それがいまできなくなった。
そこで新しい防衛策を打ち出しているのだが、これまた株
式会社、そして公開株式の原理に反するものである。 この
原理、原則によって考えるべきなのに、それが忘れられてい
るのだ。
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