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から『物流子会社は設立三年が勝負だ』とい
うこともよく言われてました」
「そういえば、そんなこと言ってたな。 し
かし、誰も言うこと聞かなかった。 だから、
物流子会社は正しく成長しなかったんだ。 そ
れからしばらくして、ばからしいから、もう
物流子会社について話すことは止めてしまっ
た」
大先生が、しみじみした口調で言う。 その
顔を見て、友人氏が何か思い出したように大
先生に語りかける。
「そうそう、思い出しました。 ある団体の
物流子会社懇話会っていうような研究会で、
先生が主査をされてましたよね。 私もメンバ
ーで参加していたんですが、そこで、ある子
会社の社長と先生が激しい議論をしたことが
ありましたね? 覚えてますか?」
「そうだっけ。 いろいろやり合ったからな、
あの頃は。 その激しい議論ってどんなもの?」
「はい、その社長は『子会社は親会社のた
めに存在する。 親会社の物流だけを一生懸命
やればいい』と言って、先生の親離れ論に真
っ向から反対していました。 メンバーのみん
なにも『そうだろ、先生の言うことには納得
できないよな』って同意を求めてました。 誰
も返事しませんでしたけど」
大先生が思い出したように頷き、ビールを
口にする。 空になったグラスに女性部員が注
定年退職を迎えた物流子会社役員が手作りした
「大先生語録」。 そこには物流子会社経営に関する
一節も記されていた。 いわく“物流子会社は設立3
年が勝負だ”。 その理由はなぜか。 3 年以上たっても
自立の道が拓けない物流子会社には変革の望みはな
いというのだろうか。
湯浅和夫の
湯浅和夫 湯浅コンサルティング 代表
《第67回》
物流子会社は設立3年が勝負だ
大先生の日記帳編 第2 回
物流子会社をめぐる
大先生の苦い思い出
大先生の旧い友人の退職を祝う会は、その
友人氏が作った「大先生語録」で盛り上が
っている。 友人氏が語録を見ながらつぶや
いた。
「そうか、この頃は物流子会社がブームに
なっていたんですね」
「この頃っていつごろですか?」
女性部員が興味深そうにたずねる。
「七〇年代半ばから後半ってとこだ」
「私は、まだ生まれてません」
その言葉に友人氏が苦笑しながら続ける。
「この頃、先生は物流子会社研究の第一人
者ってことで、講演に引っ張りだこでした
ね?」
「第一人者というか、物流子会社を研究し
てたのはその頃おれ一人しかいなかったわけ
だから、たしかに第一人者だ。 なっ?」
大先生に確認を求められ、物流部長が困っ
た顔で「はぁー」とつぶやく。 大先生が友人
氏に聞く。
「おれは、どんな格好いいこと言ってる?」
友人氏が頷きながら、語録を読み始める。
「はあ、えーとですね。 あちこちで言われ
てるのは、一言で言うと『物流子会社は親離
れをせよ』っていうことですね。 あっ、それ
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ぐのを見ながら、大先生が懐かしそうに話し
出す。
「そう、思い出した。 あの社長は親会社一
筋だった。 それはそれでいいのだけど、あれ
では、あの会社の社員のモチベーションは上
がらない。 それ以前に何のために子会社とし
て独立したかわからない。 子会社だから親会
社のために存在するってのはわかるけど、そ
の『親会社のため』ってとこで理解が違って
たんだな‥‥」
「先生は、自立することが親会社のためな
んだってしきりに言われてましたね。 それが
親会社のためにも社員のためにも最善の道だ
って」
そう言う友人氏の顔を見て、大先生が突然、
物流部長にからむ。
「そう思わない? そんなの当たり前のこ
とだろう。 あんたのとこだって、いま物流子
会社が重荷になってるんじゃないの?」
そう大先生に言われて、物流部長が大きく
頷いてしまった。 そして慌てて友人氏に「済
みません」と謝る。 友人氏が笑いながら認め
る。
「たしかに、そうだよ。 うちの会社は正直、
親会社にとっての存在価値がわからなくなっ
ている。 前部長から『うちの子会社にも困っ
たもんだ』って引継ぎでも受けたの?」
物流部長が困った顔をしながら、それでも
正直に答える。
「済みません。 実はそうなんです。 だから、
先生から問われて、つい頷いてしまいまし
た」
「まあ、この人が物流子会社に転出したと
きには、あの会社の路線は決まってしまって
いて、この人一人でどう頑張っても変えるこ
とは無理だったんだろうさ」
物流子会社の存在が
親会社の物流を遅らせる
友人氏を慮って大先生が友人氏の弁護をす
る。 友人氏が複雑な顔をする。 本人としては
忸怩たる思いがあるようだ。 場の雰囲気を変
えるように、物流部長が大先生に聞く。
「そのお話と関連するかとも思うのですが、
ちょっとお聞きしてよろしいでしょうか?」
「ああ、何でもお聞きな。 お祝いの場だか
ら、何でも答えるよ」
時間が経つにつれ、いつもの大先生になっ
てきた。 物流部長が頷き、身を乗り出した。
「さきほど親離れしろ自立しろというお言葉
がありましたが、自立というのはどういう方
向性が考えられるのでしょうか? また、設
立三年が勝負だというお言葉がありましたが、
これは自立と関連しているのでしょうか?
何か子供っぽい質問でお恥ずかしい限りです
が‥‥」
「たしかに他愛もない質問だ。 で、あんた
は関連していると思うの?」
「はい、三年以内に自立の道を作らないと、
結局自立できないということかと思うのです
が‥‥」
「そのとおり。 それで、自立の道というの
はどんな道だと思う?」
物流部長は首をかしげて考え込んでしまっ
た。 そこで、大先生が女性部員に聞いた。
「あなたはどう思う? 推理してごらん?」
「はぁ、推理ですか‥‥」
女性部員も考え込んでしまった。 大先生と
友人氏は、休憩時間ができたとばかり、ビー
ルを注ぎ合い、焼き鳥をつまんでいる。 その
とき、女性部員が「あのー」と言って何か言
いたそうな顔をした。 大先生が発言を促すよ
うに頷く。
「推理と言われて、考えたんですが‥‥」
言いよどむ女性部員を「なんでもいいか
ら」と友人氏が意味のない言葉で勇気づける。
女性部員が思い切ったように早口で自分の考
えを述べる。
「自立に三年以内という期限をつけたとい
うことは、三年過ぎると自立の原資というか
基盤のようなものが失われてしまうというこ
とかなと推理したのですが‥‥」
「うん、いい推理だ。 君は推理小説が好き
なのか?」
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友人氏が感心したように聞く。 女性部員が
頷く。 「それで、その失われてしまう原資っ
て何?」
友人氏がさらに問い掛ける。 女性部員が首
を傾げながら小さな声で答える。
「親会社との人脈のようなものでしょうか?
それとも、親会社の理解とか支持でしょう
か?」
「なんでそう思った?」
大先生が女性部員の答えに興味を持ったの
か、すぐに聞いた。
「はい、親会社とのつながりが切れた子会
社は苦労すると思うからです。 うちは、設立
当初から社長や役員の一部を派遣しているよ
うですので、子会社としてはやりやすいと思
います」
「そのやりやすさが子会社をだめにする」
大先生がつぶやく。 女性部員がはっとし
た顔をする。 大先生が物流部長の顔を見て
聞く。
「物流部長は、多分社内で子会社への不満
や批判が出ていると思うけど、その是正を子
会社に指導したり、コスト削減を強く要求し
たりできる?」
「いえ、正直なところできないと思います。
子会社の社長はうちから出ている雲の上の人
ですし、先輩方もいらっしゃいますし‥‥」
物流部長はそう言って、申し訳なさそうな
ばこを喫いながら、大先生が三人を見ている。
しばらくして、大先生が話題を変えた。
「それはいいとして、物流部長は、設立三
年以内に物流子会社がやるべきことは何だと
思う?」
「はー、ちょっと思い出したんですが、『物
流子会社は物流管理を売るべし』という先生
のご主張を前に何かで読んだことがあるよう
に思うんですが、その意味で言いますと、物
流子会社は、その前身である親会社物流部時
代に蓄えた経験やノウハウが生きているうち
に、それをベースに子会社の方向性を決める
べきだということになるのではと・・・三年と
いうのはそれが生きているうちという意味で
はないかと」
物流部長の意見に大先生が頷く。 友人氏が
語録を見ながら補足する。
「これまで物流管理をやってきたんだから
それを売り物にしろ、親会社の物流活動を
担うだけだったら物流業者と同じじゃないか、
しかも物流のアセットを持たない子会社は物
流業者にとってはいい迷惑だということをお
っしゃられてます。 あっ、これが極め付きか
と思います。 『物流子会社は、他社の物流を
取り扱うことができるというところに存在価
値がある。 親会社の物流を徹底的に合理化し、
そこで生まれた経営資源の余力を他社の物流
合理化に回す。 それが本来の物流子会社の行
顔で友人氏を見た。 友人氏が何か言おうとす
る前に大先生がさらに物流部長に問いかけた。
「親会社が満足できない、何も言えない子
会社にどんな存在価値がある? それ以前
に、あんたがいる物流部ってのは一体何をす
るところ? 敢えて言えば、物流子会社があ
ることで、あんたの会社の物流は進歩が止ま
っているんじゃないの?」
物流子会社は物流管理を売るべし
大先生の言葉に座が固まってしまった。 た
湯浅和夫の
Illustration©ELPH-Kanda Kadan
35 NOBEMBER 2007
き方だ』というものです」
友人氏の言葉を聞いて、思い出したように
大先生が嘆いた。
「しかし、なかなかそうはいかなかった。 物
流管理をやってきた風土を生かし、それを持
ち続けることが重要だったんだけど、親会社
の仕事を拡大することだけで収入を増やそう
としたり、グループ企業の物流に手を伸ばし
たとこもあったな。 ただ、それは単なる量的
拡大。 合理化とは無縁だった。 そうそう、親
会社に物流合理化を提案すれば自分たちの収
入が減ってしまうなどという世迷言を言うや
からもいたな。 嘆かわしいこった」
大先生の言葉に物流部長が、思い当たるこ
とがあるのか、大きく頷き、質問する。
「最近、3PLなどといって、物流管理を
代行しようなどという動きがありますが、そ
れは、もはや物流子会社には無理ということ
でしょうか?」
「まあ、無理といったら身も蓋もないので、
そこまでは言わないけど、物流活動を担うこ
としかやってこなかった子会社の社員たちは
物流管理などと無縁に育ってきたはずだ。 運
んだり保管したり作業をしたりという活動を
管理することしか知らなければ、物流の仕
組みそのものを変革することなどできはしな
い。 いまそこにある物流活動を担うという発
想と物流をやらないためにどうするかを考え
る物流管理の発想との間には相当な距離があ
る。 これをどう埋めることができるかが3P
Lの成否を握っている‥‥」
大先生の話を聞きながら、物流部長の目が
光った。 大先生の話が終わると同時に思い切
って質問した。
「物流活動だけをやってきて、もう長い年
月が経った子会社に変革の望みはないのでし
ょうか?」
大先生がにっと笑って、友人氏を見た。 友
人氏が興味深そうに頷く。
「変革の可能性はどんな会社にもある」
大先生がこともなげに言う。 大先生の次の
言葉を待って三人とも身動きせず大先生を見
ている。 しかし、大先生は何も言わない。 物
流部長が何かを言おうとして身を乗り出した
とき大先生が口を開いた。
「そのためにはどうしたらいいか、を聞き
たいわけ?」
物流部長が大きく頷く。 大先生がそっぽを
向いてつぶやく。
「そういうのを実務の世界では愚問という
んだよ。 要するに誰かがその変革に向かって
走り始めればいいのさ。 社内的にどういう手
続きを取るか、策を弄するか、誰を味方につ
けるか、錦の御旗に何を持ってくるか、エネ
ルギーのいる仕事だけど、要は、誰かが走り
始めなければ展望は開けない」
そう言って、大先生が物流部長を見た。 物
流部長が口を真一文字に結んで大先生を見る。
「いまのままじゃ、物流部長といったって
何もすることはないのだから、あんたがそれ
をやってみたらどう? 多分この二人は味方
になるだろうから」
大先生の言葉に友人氏と女性部員が頷い
た。 そのあと物流部長が意を決したように頷
いた。 友人氏の退職を祝う会は妙な展開でお
開きを迎えた。
ゆあさ・かずお 1971 年早稲田大学大学院修士課
程修了。 同年、日通総合研究所入社。 同社常務を経
て、2004 年4 月に独立。 湯浅コンサルティングを
設立し社長に就任。 著書に『現代物流システム論(共
著)』(有斐閣)、『物流ABC の手順』(かんき出版)、『物
流管理ハンドブック』、『物流管理のすべてがわかる
本』(以上PHP 研究所)ほか多数。 湯浅コンサルテ
ィング http://yuasa-c.co.jp
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