2007年11月号
物流IT解剖
物流IT解剖
商船三井
NOVEMBER 2007 60
情報子会社
第8 回
ライバル企業に先駆けて 米国にIT子会社を設置
海運業界では一九八〇年代以降、
世界を単一市場とする熾烈な国際競
争が繰り広げられてきた。
とりわけ 日本では円高の影響もあって、外航 海運業が“構造不況業種”とされる ほど事業環境が悪化。
各社はコスト の割安な外国人船員の採用や船籍を 海外に移すなど抜本的なリストラを 余儀なくされた。
ITの分野でも構造改革が実施さ れた。
最大手の日本郵船と第二位の 商船三井は、いずれも八八年に本体 からIT部門を分社化してシステム 子会社を設置。
本体には企画・管理 部門だけを残すことを決めた。
このとき日本郵船は国内子会社を 設立して、ここを元請けとしながら 本体が企画するIT案件を開発・運 用していく体制を整えた。
さらに子 会社の収益性を高める狙いから、一 般顧客を対象とする外販にも本腰を 入れた(本誌〇七年五月号参照)。
これに対して商船三井は、国内で 同様の情報子会社、商船三井システ ムズを発足する一方で、米国にも定 期船システムを手掛ける子会社(現 M O L I T= Mitsui O.S.K. Lines Information Technology)を設置。
定航(定期航路)分野の開発拠点を 海外に移転した。
両社が情報システム部門を本体か ら切り離した理由は、業務の特殊性 にあった。
海運会社にとってIT部 門の社員は、船上勤務の「通信士」 や「機関士」が陸上勤務に転じたケ ースがほとんどだった。
メインフレー ムのマシンを保守する当時の業務は、 一般事務職や営業職とは勤務時間帯 がまったく違っていた。
専門性の高 い職種ならではの給与体系をどう実 現するかという問題もあり、分社化 は当然の選択だった。
ただし、同じような事業環境の中 で、商船三井はシステム開発の拠点 を海外に移すという“攻め”の決断 を下した。
このときの判断の狙いを、 同社情報システム室の嶋延修室長は こう振り返る。
「われわれの定期船 は世界中を動いている。
そのための グローバルなシステムを日本で作るこ との限界に八〇年代半ばに気づいた。
それでアメリカに開発会社を作るこ とになった」 子会社による外販を積極的に追い かけなかった点でも、日本郵船とは 対照的だった。
一般顧客向けのビジ ネスを積極化すれば、余計な人員を 抱えてしまうリスクが増す。
親会社 向けの業務の優先順位が下がること も恐れた。
過去に一度、MOLITに大規模 な外販案件が持ち込まれたことがあ った。
だが商船三井が提示した条件 は明快だった。
システムはソースコ ードも含めて譲ってもいい。
しかし、 その後のサポートは一切しない──。
世界統一システムを04 年に完成 脱ホストでローコスト運営を実現 商船三井 グローバル市場で通用する情報システムを構築するため、ライバルに先駆けて システム開発の海外移転に踏み切った。
88年に米国で情報子会社を発足したのを 皮切りに、香港、インド、欧州にも開発拠点を設置。
無理な外販を求めず、子 会社を親会社のシステム高度化に集中させることで、世界統一システムの構築や ローコスト運営などの差別化を実現した。
《沿革》 80年代に激化した国際競争に対応するため、88年に本 社の情報システム部を分社し、既存の国内情報子会社と統 合して「商船三井システムズ」とした。
同じ88年に米国で MOLIT(MOL Information Technology America) を設立。
その後に設立した欧州、アジアなどの子会社を含 め、海外では主に定航関係のシステムの開発・運用を手掛 けている。
ライバル企業に先駆けてIT拠点を海外に移転し、システ ム面のグローバル化を支援してきた。
現地ではITベンダー に依存せずに、自ら開発や運用を担っている。
このためIT 分野におけるノウハウや人材の蓄積には一日の長がある。
近年では、2001年に“商船三井が商売をしている地域 はすべてオンラインで結ぶ”という方針を打ち出したこと が転機になっている。
これ以降は、それまでのシステムの 世界統一と多くの国々への展開を進め、同時に脱ホスト化 も推進。
05年10月にメインフレームと完全に決別した。
◆本社組織 定航以外を担当 している情報シス テム室の13人と 定航部の7人で計 20人 ◆情報子会社 国内に100%子会社の商船三井システムズがあ り定航以外を担当。
資本金1億円、売上高20.9億 円(06年度)、従業員120人。
他に定航部門のための海外子会社として、88 年に米国でMOLITアメリカを発足。
その後、欧州、 香港(96年)、インド(98年)にも開発拠点を設 置し、海外だけで計270人の人員を抱えている。
61 NOVEMBER 2007 グローバル化 たシステムを米国に持ち込んでいた。
そしてAPLなどと比べると自社の システムは一〇年から一五年は遅れ ていると感じていた。
ちょうどこの頃、米国内で急増し ていた保税輸送やインターモーダル 輸送(異なる輸送モードを組み合わせ た一貫輸送)に対応する上でも、I Tの高度化は不可欠だった。
ところ が日本でシステムを開発していては、 米国内の動きに迅速に対応するのは 難しかった。
だからこそ八八年に米国でMOL ITを設立したのだが、この会社を 発足させた当初は、人材募集などを 現地のパートナー企業に依存してい た。
集まってきた社員は必ずしも海 運の実務に精通しておらず、パート ナー企業との方向性の相違も出てき てしまった。
この苦い経験を受けて、九三年に MOLITの経営方針を大きく転換 した。
その際のポイントを定航部で 長年、システムを担当してきた金田 和久部長代理は次の三つに要約する。
「自分でプロジェクを管理できないの であれば海外に子会社など作るべき ではない。
そして海外といえども人 事は自分たちで握らなければダメだ。
さらに、海運というビジネスに精通 したITの技術者を自ら抱え、そう した業務知識を内部留保できる組織 にしなければいけない」 経営の原則が確立されたことで、 ようやくMOLITは機能しはじめ た。
幸運にも恵まれた。
たまたま当 時、欧州系の海運会社が二社、北米 のシステム部門を閉鎖した。
ここで 働いていた人たちを採用したことに より、MOLITは海運業務に精通 したITの技術者を大量に確保でき た。
同社で現在、開発部門のトップ を務める人物もこのとき入社した。
こうして九四年には、それなりに 評価できるシステムを稼動すること ができた。
九六年に香港でアジア地 域のシステム「スターネット」を開発 したときは、北米と南米で使ってい たシステムの良いところを採用した。
さらに北米のシステムをリニューアル する段になると、今度は香港で開発 したシステムを逆輸入した。
欧州の システムが技術的に陳腐化したとき にも「スターネット」を導入。
結果 として〇四年の時点でシステムの世 界統一に成功した。
並行して〇一年からは、それ以前 はシステム化が不要としていた後進 国にも「スターネット」を導入しは じめた。
「われわれがビジネスを手掛 けているところは、すべてオンライ ンでつなぐという発想にこのとき変 わった。
このシステムを世界展開す るという意思を本社が出してくれた ことで、インド洋の島々から西アフ リカの国に至るまでオンライン化を進 めることができた」(金田氏) 現在、商船三井の定航部は世界八 四カ国・二五〇拠点を統一システム でつないでいる。
たとえばナイジェリ アから日本にマニュフェスト(積み荷 目録)が届くのに、一〇年前であれ ば約一カ月かかった。
それが現在で は船の出航から五日以内で届く。
書 類手続きのスピード自体はウエブ技 術を使えばいまや簡単に短縮できる。
しかし、こうした国々にまで統一シ ステムを導入している海運事業者は 少ないのだという。
メインストリームの技術で 自ら優秀な人材を抱える オンラインで「スターネット」を使 える八四カ国については、どこの国 でも五五〇余りの画面と、七五〇余 りの帳票類を同じように利用できる。
このような基本姿勢があるため、同 社の情報子会社は今に至っても外販 をほとんど手掛けていない。
情報子会社が収益部門ではないこ とをハッキリと意識し、親会社の業 務の高度化に集中する。
こうした認 識が、ライバルに先駆けて世界統一 システムを稼動し、脱ホストによるロ ーコスト運営をいち早く実現すると いう現状につながっている。
八四カ国・二五〇拠点に 統一システムを導入 商船三井の定期船部門は、日本郵 船に先駆けて〇四年に世界統一シス テムを稼動した。
ITのグローバル化 では一歩先行した格好だが、ここに 至る道のりは平坦ではなかった。
八〇年代から九〇年代初めにかけ て外航海運業界でIT活用をリード したのは、米国のAPLと欧州のマ ースクだった。
とくに七〇年代から 本格的にシステムを構築しはじめた APLは、当時としては競合他社が 真似できない貨物追跡などの高品質 サービスをどんどん打ち出した。
米 国西海岸とアジアで圧倒的な輸送量 を誇っていた同社の動きに、ライバ ルは否応なく触発された。
商船三井も強い危機感を抱いた。
そ の頃の同社は、まだ日本で作ってい 情報システム室の嶋延修室長 運用方針 NOVEMBER 2007 62 ローコスト化 システムを保守する立場からすると、 ある機能を変更すると七五〇通りの 作業が発生することを意味している。
実際、MOLITはこうした修正案 件を年間五、六〇〇件処理している。
これは一歩間違えれば生産性の低下 を招きかねない。
MOLITのように開発から運用 まですべてを自前で手掛けていると、 システム開発や運用の生産性はIT 担当者の熟練度に大きく左右される。
つまり商船三井の定期船部門にとっ ては、優秀なシステム技術者を確保 できるかどうかがIT戦略の重要な ポイントになっている。
幸い現状では、勤続一〇年を越す ベテラン社員も数多く在籍しており、 社内に蓄積されたノウハウを上手く 活用できている。
九三年に米国子会 社が方針転換をした際に雇い入れた 人材がこれを下支えしている。
この ときMOLITに合流した社員の人 脈やコネクションが、香港やインドで 優秀な人材を確保することにも寄与 してきた。
商船三井が海外の情報子会社のマ ネジメントを自ら掌握してきた経験 は、現地スタッフの採用や、オフィ スの立地、優秀な社員につきもの外 部からのヘッドハンティングへの対策 など、実践的な運営ノウハウとして 引き継がれている。
その意味で、い ち早く海外にIT子会社を発足させ た優位を活かしている。
労務管理を重視する姿勢は、技術 的な側面にも影響を及ぼしている。
I Tの世界では、陳腐化した技術にし がみついているようでは優秀な技術 者をつなぎとめられない。
「何も最先 端である必要はない。
だがエンジニ アにしてみれば、最も職を探しやす い技術を身につけたいという意識を 当然もっている。
だからこそわれわ れはメインストリームの技術に向かっ ていき、それをどう上手く乗りこな していくかに常に関心を抱いている」 と金田氏は強調する。
MOLITは来年、調査・研究な どの予算を組むことを検討している。
そこでは従来の技術や管理手法を維 持するだけでなく、いま抱えている 要員の技術をどう進化させていくの か、時代の趨勢でもあるアウトソーシ ングをいかに活用していくのか、と いったテーマが重要な議題になってい くはずだ。
ランニングコスト八〇億円は 脱ホストで先行した成果 システムの世界統一と並行して、脱 ホストにも取り組んだ。
商船三井の IT活用において主流派である定期 船部門の動きを受けて、定期船以外 の分野も取り残されては堪らないと ばかりに脱ホスト化を進めた。
各部門 が足並みを揃えた結果、世界の大手 海運事業者のなかでも早い〇五年一 〇月に完全にホストコンピュータの電 源を抜くことに成功した。
これが現在のITのローコスト運 営に寄与している。
商船三井のIT のランニングコストは年間およそ八〇 億かかっている。
単体売上高に占め る比率は一%を切っており、数字を 見るかぎり日本郵船に比べるとかな り低い。
脱ホストによって他社より システム階層がシンプルになっている 影響が大きい。
加えて、一〇年以上にわたって実 践的なノウハウを蓄積してきた海外 子会社が、いま収穫期に入っている 面もある。
本来であればMOLIT の担当ではないロジスティクス分野の システム「スターリンク」を、「英語 で開発するのであれば海外子会社を 使ったほうが有利」という理由から 海外で開発・運用している。
これは 社内リソースを有効に活用できてい る一例といえる。
もっとも商船三井のITのローコ スト運営の背景には、顧客データベ ースをグローバルで統合していないと いった特有の事情もある。
同社にと 本社財務会計 システム Oracle EBS UNIX Server 香港統合 UNIX Server +Citrix Server 定航業務システム (Starnet) Booking B/L Container 動静 その他 世界規模でシステムの統一と脱ホストを進めてきた 大型汎用機 本社会計システム 欧州システム (HORIZON) オフコン アジアシステム (Starnet) UNIX Server 北米システム (COSMOS) VMS Server 国別UNIX Server 脱HOST 世界統一システム 同データを利用する 財務会計と管理会計 定航部門 会計(財務/管理) システム UNIX Server 不定期船部門 自動車船部門 会計(財務/管理) システム UNIX Server USA UNIX Server +Citrix Server (Starnet) 定航業務システム 東 京 東 京 世界(84カ国)250拠点 統一システム 63 NOVEMBER 2007 戦略策定 可能性は低いはずだ。
CIO(責任者)は置かず 事業部長がIT戦略を統括 商船三井のIT戦略には、いち早 く情報子会社を海外に設置した先見 性があった。
だが社内でのITの位 置づけは一般的な日本企業とほとん ど変わらない。
むしろ近年の管理体 制は、CIO(最高情報責任者)の 設置によってIT統治の強化を図る という世間一般のトレンドとは逆行 しているようにすら見える。
同社は二〇〇〇年に、定期船のシ ステム部門を本体の「情報システム 室」から切り離している。
企画や予 算管理などの機能まで含めて、丸ご と「定航部」の中に移した。
これに よって、定期船のシステムは定航部 が、それ以外のシステムは本社の情 報システム室が担当するという役割 分担を明確にした。
定航部の金田氏は、この組織変更 について次のように説明する。
「MOLITは元々、定航部の子会 社という位置づけだった。
当社が定 期船の分野で日常的に使っているシ ステムは、国内の経理関係を除けば 基本的にMOLIT社が開発・運用 している。
そうであるならば定航部 が面倒を見たほうがいい」 前述したように、八八年に米国で 設立されたMOLITは、九六年に 香港、九八年にはインドに法人を設 立している。
これに欧州のサポート 部隊と、本社の定航部で情報システ ムを担当している七人(商船三井シ ステムズからの出向者を含む)を合 わせると、定航関連だけで世界五カ 所のオフィスに計二七〇人の要員を 抱えていることになる。
他に本社の情報システム室に十三 人が所属しており、経理などのコー ポレート関連と定期船以外のシステ ムの企画・管理を担当している。
こ ちらは商船三井システムズの従業員、 約一二〇人が実務面から支えるとい う関係だ。
つまり商船三井トータル では約四〇〇人のシステム担当者が 活動している。
これだけの大所帯にもかかわらず、 全体のIT戦略を統括するCIO的 な役職者は置いていない。
もちろん システム関連の投資の是非などを決 裁する担当役員はいるが、この指揮 系統で判断されているのは通信イン フラや経理システムなど全社横断的 な案件に限られている。
事業部が日 常業務で使っているシステムについ ては、投資判断も含めてユーザー部 門に権限が委ねられている。
たとえば定期船に関するIT戦略 の場合は、定航部長が最終的な判断 を下している。
同部内でシステム案 件を選定するときの具体的な手順は、 まず年に一回、東京本社・アジア・ 欧州・米国の四極のシステム責任者 が開発案件を持ち寄り、話し合いに よって対象案件を選び評価する。
こ のプロジェクトの開発コストをMO LITが見積り、金額が大きければ 改めてSMC(システム・マネジメン ト・コミッティー)という上位組織 に判断をあおぐことになる。
このように事業単位の分権体制で はあるが、IT戦略を巡る混乱はと くに発生していない。
情報システム 室の嶋室長も、「たしかに事業部門ご とに異なる戦略の優先順位を、業務 を支援する立場にあるわれわれが判 断するのは簡単ではない。
最終的に は業務システムの担当役員に決裁を 仰ぐことになる。
だが今のところ何 も問題はない」という。
体制の見直 しは当分なさそうだ。
(フリージャーナリスト・岡山宏之) って「統合的な顧客システムを採用 すべきかどうかという議論は、過去 二〇年間、出ては消えを繰り返して きたテーマだ」(嶋室長)。
世界的に は顧客データベースの一元管理が主 流であり、仮に同社が将来、これを 実施することになれば追加投資が避 けられない。
さらに最近では、情報 セキュリティやBCP(事業継続計 画)など新たなIT投資を必要とす る要因も増えている。
同社も定期船の業務システム以外 では、会計分野でERPパッケージ を採用したり、人事システムにAS P(アプリケーション・サービス・プ ロバイダー)を活用するといった選択 をしている。
ただ、システムへの依 存度の最も高い定期船分野では、自 前主義によって強みを追求する姿勢 に変わりはない。
ここでは人材や資 産を自ら抱え込んでいる分、将来の 変化に伴うリスクも大きい。
メインフレームが主流の時代にI T活用で先行していた欧米系の大手 事業者は、システムの完成度の高さ ゆえに現在、脱ホストで苦労してい る。
IT活用では技術革新と折り合 いをつけることを宿命づけられてい る。
それでも、苦心して社内に蓄積 したノウハウを上手く活用できれば、 同社のITの競争力が急速に衰える 定航部の金田和久部長代理
とりわけ 日本では円高の影響もあって、外航 海運業が“構造不況業種”とされる ほど事業環境が悪化。
各社はコスト の割安な外国人船員の採用や船籍を 海外に移すなど抜本的なリストラを 余儀なくされた。
ITの分野でも構造改革が実施さ れた。
最大手の日本郵船と第二位の 商船三井は、いずれも八八年に本体 からIT部門を分社化してシステム 子会社を設置。
本体には企画・管理 部門だけを残すことを決めた。
このとき日本郵船は国内子会社を 設立して、ここを元請けとしながら 本体が企画するIT案件を開発・運 用していく体制を整えた。
さらに子 会社の収益性を高める狙いから、一 般顧客を対象とする外販にも本腰を 入れた(本誌〇七年五月号参照)。
これに対して商船三井は、国内で 同様の情報子会社、商船三井システ ムズを発足する一方で、米国にも定 期船システムを手掛ける子会社(現 M O L I T= Mitsui O.S.K. Lines Information Technology)を設置。
定航(定期航路)分野の開発拠点を 海外に移転した。
両社が情報システム部門を本体か ら切り離した理由は、業務の特殊性 にあった。
海運会社にとってIT部 門の社員は、船上勤務の「通信士」 や「機関士」が陸上勤務に転じたケ ースがほとんどだった。
メインフレー ムのマシンを保守する当時の業務は、 一般事務職や営業職とは勤務時間帯 がまったく違っていた。
専門性の高 い職種ならではの給与体系をどう実 現するかという問題もあり、分社化 は当然の選択だった。
ただし、同じような事業環境の中 で、商船三井はシステム開発の拠点 を海外に移すという“攻め”の決断 を下した。
このときの判断の狙いを、 同社情報システム室の嶋延修室長は こう振り返る。
「われわれの定期船 は世界中を動いている。
そのための グローバルなシステムを日本で作るこ との限界に八〇年代半ばに気づいた。
それでアメリカに開発会社を作るこ とになった」 子会社による外販を積極的に追い かけなかった点でも、日本郵船とは 対照的だった。
一般顧客向けのビジ ネスを積極化すれば、余計な人員を 抱えてしまうリスクが増す。
親会社 向けの業務の優先順位が下がること も恐れた。
過去に一度、MOLITに大規模 な外販案件が持ち込まれたことがあ った。
だが商船三井が提示した条件 は明快だった。
システムはソースコ ードも含めて譲ってもいい。
しかし、 その後のサポートは一切しない──。
世界統一システムを04 年に完成 脱ホストでローコスト運営を実現 商船三井 グローバル市場で通用する情報システムを構築するため、ライバルに先駆けて システム開発の海外移転に踏み切った。
88年に米国で情報子会社を発足したのを 皮切りに、香港、インド、欧州にも開発拠点を設置。
無理な外販を求めず、子 会社を親会社のシステム高度化に集中させることで、世界統一システムの構築や ローコスト運営などの差別化を実現した。
《沿革》 80年代に激化した国際競争に対応するため、88年に本 社の情報システム部を分社し、既存の国内情報子会社と統 合して「商船三井システムズ」とした。
同じ88年に米国で MOLIT(MOL Information Technology America) を設立。
その後に設立した欧州、アジアなどの子会社を含 め、海外では主に定航関係のシステムの開発・運用を手掛 けている。
ライバル企業に先駆けてIT拠点を海外に移転し、システ ム面のグローバル化を支援してきた。
現地ではITベンダー に依存せずに、自ら開発や運用を担っている。
このためIT 分野におけるノウハウや人材の蓄積には一日の長がある。
近年では、2001年に“商船三井が商売をしている地域 はすべてオンラインで結ぶ”という方針を打ち出したこと が転機になっている。
これ以降は、それまでのシステムの 世界統一と多くの国々への展開を進め、同時に脱ホスト化 も推進。
05年10月にメインフレームと完全に決別した。
◆本社組織 定航以外を担当 している情報シス テム室の13人と 定航部の7人で計 20人 ◆情報子会社 国内に100%子会社の商船三井システムズがあ り定航以外を担当。
資本金1億円、売上高20.9億 円(06年度)、従業員120人。
他に定航部門のための海外子会社として、88 年に米国でMOLITアメリカを発足。
その後、欧州、 香港(96年)、インド(98年)にも開発拠点を設 置し、海外だけで計270人の人員を抱えている。
61 NOVEMBER 2007 グローバル化 たシステムを米国に持ち込んでいた。
そしてAPLなどと比べると自社の システムは一〇年から一五年は遅れ ていると感じていた。
ちょうどこの頃、米国内で急増し ていた保税輸送やインターモーダル 輸送(異なる輸送モードを組み合わせ た一貫輸送)に対応する上でも、I Tの高度化は不可欠だった。
ところ が日本でシステムを開発していては、 米国内の動きに迅速に対応するのは 難しかった。
だからこそ八八年に米国でMOL ITを設立したのだが、この会社を 発足させた当初は、人材募集などを 現地のパートナー企業に依存してい た。
集まってきた社員は必ずしも海 運の実務に精通しておらず、パート ナー企業との方向性の相違も出てき てしまった。
この苦い経験を受けて、九三年に MOLITの経営方針を大きく転換 した。
その際のポイントを定航部で 長年、システムを担当してきた金田 和久部長代理は次の三つに要約する。
「自分でプロジェクを管理できないの であれば海外に子会社など作るべき ではない。
そして海外といえども人 事は自分たちで握らなければダメだ。
さらに、海運というビジネスに精通 したITの技術者を自ら抱え、そう した業務知識を内部留保できる組織 にしなければいけない」 経営の原則が確立されたことで、 ようやくMOLITは機能しはじめ た。
幸運にも恵まれた。
たまたま当 時、欧州系の海運会社が二社、北米 のシステム部門を閉鎖した。
ここで 働いていた人たちを採用したことに より、MOLITは海運業務に精通 したITの技術者を大量に確保でき た。
同社で現在、開発部門のトップ を務める人物もこのとき入社した。
こうして九四年には、それなりに 評価できるシステムを稼動すること ができた。
九六年に香港でアジア地 域のシステム「スターネット」を開発 したときは、北米と南米で使ってい たシステムの良いところを採用した。
さらに北米のシステムをリニューアル する段になると、今度は香港で開発 したシステムを逆輸入した。
欧州の システムが技術的に陳腐化したとき にも「スターネット」を導入。
結果 として〇四年の時点でシステムの世 界統一に成功した。
並行して〇一年からは、それ以前 はシステム化が不要としていた後進 国にも「スターネット」を導入しは じめた。
「われわれがビジネスを手掛 けているところは、すべてオンライ ンでつなぐという発想にこのとき変 わった。
このシステムを世界展開す るという意思を本社が出してくれた ことで、インド洋の島々から西アフ リカの国に至るまでオンライン化を進 めることができた」(金田氏) 現在、商船三井の定航部は世界八 四カ国・二五〇拠点を統一システム でつないでいる。
たとえばナイジェリ アから日本にマニュフェスト(積み荷 目録)が届くのに、一〇年前であれ ば約一カ月かかった。
それが現在で は船の出航から五日以内で届く。
書 類手続きのスピード自体はウエブ技 術を使えばいまや簡単に短縮できる。
しかし、こうした国々にまで統一シ ステムを導入している海運事業者は 少ないのだという。
メインストリームの技術で 自ら優秀な人材を抱える オンラインで「スターネット」を使 える八四カ国については、どこの国 でも五五〇余りの画面と、七五〇余 りの帳票類を同じように利用できる。
このような基本姿勢があるため、同 社の情報子会社は今に至っても外販 をほとんど手掛けていない。
情報子会社が収益部門ではないこ とをハッキリと意識し、親会社の業 務の高度化に集中する。
こうした認 識が、ライバルに先駆けて世界統一 システムを稼動し、脱ホストによるロ ーコスト運営をいち早く実現すると いう現状につながっている。
八四カ国・二五〇拠点に 統一システムを導入 商船三井の定期船部門は、日本郵 船に先駆けて〇四年に世界統一シス テムを稼動した。
ITのグローバル化 では一歩先行した格好だが、ここに 至る道のりは平坦ではなかった。
八〇年代から九〇年代初めにかけ て外航海運業界でIT活用をリード したのは、米国のAPLと欧州のマ ースクだった。
とくに七〇年代から 本格的にシステムを構築しはじめた APLは、当時としては競合他社が 真似できない貨物追跡などの高品質 サービスをどんどん打ち出した。
米 国西海岸とアジアで圧倒的な輸送量 を誇っていた同社の動きに、ライバ ルは否応なく触発された。
商船三井も強い危機感を抱いた。
そ の頃の同社は、まだ日本で作ってい 情報システム室の嶋延修室長 運用方針 NOVEMBER 2007 62 ローコスト化 システムを保守する立場からすると、 ある機能を変更すると七五〇通りの 作業が発生することを意味している。
実際、MOLITはこうした修正案 件を年間五、六〇〇件処理している。
これは一歩間違えれば生産性の低下 を招きかねない。
MOLITのように開発から運用 まですべてを自前で手掛けていると、 システム開発や運用の生産性はIT 担当者の熟練度に大きく左右される。
つまり商船三井の定期船部門にとっ ては、優秀なシステム技術者を確保 できるかどうかがIT戦略の重要な ポイントになっている。
幸い現状では、勤続一〇年を越す ベテラン社員も数多く在籍しており、 社内に蓄積されたノウハウを上手く 活用できている。
九三年に米国子会 社が方針転換をした際に雇い入れた 人材がこれを下支えしている。
この ときMOLITに合流した社員の人 脈やコネクションが、香港やインドで 優秀な人材を確保することにも寄与 してきた。
商船三井が海外の情報子会社のマ ネジメントを自ら掌握してきた経験 は、現地スタッフの採用や、オフィ スの立地、優秀な社員につきもの外 部からのヘッドハンティングへの対策 など、実践的な運営ノウハウとして 引き継がれている。
その意味で、い ち早く海外にIT子会社を発足させ た優位を活かしている。
労務管理を重視する姿勢は、技術 的な側面にも影響を及ぼしている。
I Tの世界では、陳腐化した技術にし がみついているようでは優秀な技術 者をつなぎとめられない。
「何も最先 端である必要はない。
だがエンジニ アにしてみれば、最も職を探しやす い技術を身につけたいという意識を 当然もっている。
だからこそわれわ れはメインストリームの技術に向かっ ていき、それをどう上手く乗りこな していくかに常に関心を抱いている」 と金田氏は強調する。
MOLITは来年、調査・研究な どの予算を組むことを検討している。
そこでは従来の技術や管理手法を維 持するだけでなく、いま抱えている 要員の技術をどう進化させていくの か、時代の趨勢でもあるアウトソーシ ングをいかに活用していくのか、と いったテーマが重要な議題になってい くはずだ。
ランニングコスト八〇億円は 脱ホストで先行した成果 システムの世界統一と並行して、脱 ホストにも取り組んだ。
商船三井の IT活用において主流派である定期 船部門の動きを受けて、定期船以外 の分野も取り残されては堪らないと ばかりに脱ホスト化を進めた。
各部門 が足並みを揃えた結果、世界の大手 海運事業者のなかでも早い〇五年一 〇月に完全にホストコンピュータの電 源を抜くことに成功した。
これが現在のITのローコスト運 営に寄与している。
商船三井のIT のランニングコストは年間およそ八〇 億かかっている。
単体売上高に占め る比率は一%を切っており、数字を 見るかぎり日本郵船に比べるとかな り低い。
脱ホストによって他社より システム階層がシンプルになっている 影響が大きい。
加えて、一〇年以上にわたって実 践的なノウハウを蓄積してきた海外 子会社が、いま収穫期に入っている 面もある。
本来であればMOLIT の担当ではないロジスティクス分野の システム「スターリンク」を、「英語 で開発するのであれば海外子会社を 使ったほうが有利」という理由から 海外で開発・運用している。
これは 社内リソースを有効に活用できてい る一例といえる。
もっとも商船三井のITのローコ スト運営の背景には、顧客データベ ースをグローバルで統合していないと いった特有の事情もある。
同社にと 本社財務会計 システム Oracle EBS UNIX Server 香港統合 UNIX Server +Citrix Server 定航業務システム (Starnet) Booking B/L Container 動静 その他 世界規模でシステムの統一と脱ホストを進めてきた 大型汎用機 本社会計システム 欧州システム (HORIZON) オフコン アジアシステム (Starnet) UNIX Server 北米システム (COSMOS) VMS Server 国別UNIX Server 脱HOST 世界統一システム 同データを利用する 財務会計と管理会計 定航部門 会計(財務/管理) システム UNIX Server 不定期船部門 自動車船部門 会計(財務/管理) システム UNIX Server USA UNIX Server +Citrix Server (Starnet) 定航業務システム 東 京 東 京 世界(84カ国)250拠点 統一システム 63 NOVEMBER 2007 戦略策定 可能性は低いはずだ。
CIO(責任者)は置かず 事業部長がIT戦略を統括 商船三井のIT戦略には、いち早 く情報子会社を海外に設置した先見 性があった。
だが社内でのITの位 置づけは一般的な日本企業とほとん ど変わらない。
むしろ近年の管理体 制は、CIO(最高情報責任者)の 設置によってIT統治の強化を図る という世間一般のトレンドとは逆行 しているようにすら見える。
同社は二〇〇〇年に、定期船のシ ステム部門を本体の「情報システム 室」から切り離している。
企画や予 算管理などの機能まで含めて、丸ご と「定航部」の中に移した。
これに よって、定期船のシステムは定航部 が、それ以外のシステムは本社の情 報システム室が担当するという役割 分担を明確にした。
定航部の金田氏は、この組織変更 について次のように説明する。
「MOLITは元々、定航部の子会 社という位置づけだった。
当社が定 期船の分野で日常的に使っているシ ステムは、国内の経理関係を除けば 基本的にMOLIT社が開発・運用 している。
そうであるならば定航部 が面倒を見たほうがいい」 前述したように、八八年に米国で 設立されたMOLITは、九六年に 香港、九八年にはインドに法人を設 立している。
これに欧州のサポート 部隊と、本社の定航部で情報システ ムを担当している七人(商船三井シ ステムズからの出向者を含む)を合 わせると、定航関連だけで世界五カ 所のオフィスに計二七〇人の要員を 抱えていることになる。
他に本社の情報システム室に十三 人が所属しており、経理などのコー ポレート関連と定期船以外のシステ ムの企画・管理を担当している。
こ ちらは商船三井システムズの従業員、 約一二〇人が実務面から支えるとい う関係だ。
つまり商船三井トータル では約四〇〇人のシステム担当者が 活動している。
これだけの大所帯にもかかわらず、 全体のIT戦略を統括するCIO的 な役職者は置いていない。
もちろん システム関連の投資の是非などを決 裁する担当役員はいるが、この指揮 系統で判断されているのは通信イン フラや経理システムなど全社横断的 な案件に限られている。
事業部が日 常業務で使っているシステムについ ては、投資判断も含めてユーザー部 門に権限が委ねられている。
たとえば定期船に関するIT戦略 の場合は、定航部長が最終的な判断 を下している。
同部内でシステム案 件を選定するときの具体的な手順は、 まず年に一回、東京本社・アジア・ 欧州・米国の四極のシステム責任者 が開発案件を持ち寄り、話し合いに よって対象案件を選び評価する。
こ のプロジェクトの開発コストをMO LITが見積り、金額が大きければ 改めてSMC(システム・マネジメン ト・コミッティー)という上位組織 に判断をあおぐことになる。
このように事業単位の分権体制で はあるが、IT戦略を巡る混乱はと くに発生していない。
情報システム 室の嶋室長も、「たしかに事業部門ご とに異なる戦略の優先順位を、業務 を支援する立場にあるわれわれが判 断するのは簡単ではない。
最終的に は業務システムの担当役員に決裁を 仰ぐことになる。
だが今のところ何 も問題はない」という。
体制の見直 しは当分なさそうだ。
(フリージャーナリスト・岡山宏之) って「統合的な顧客システムを採用 すべきかどうかという議論は、過去 二〇年間、出ては消えを繰り返して きたテーマだ」(嶋室長)。
世界的に は顧客データベースの一元管理が主 流であり、仮に同社が将来、これを 実施することになれば追加投資が避 けられない。
さらに最近では、情報 セキュリティやBCP(事業継続計 画)など新たなIT投資を必要とす る要因も増えている。
同社も定期船の業務システム以外 では、会計分野でERPパッケージ を採用したり、人事システムにAS P(アプリケーション・サービス・プ ロバイダー)を活用するといった選択 をしている。
ただ、システムへの依 存度の最も高い定期船分野では、自 前主義によって強みを追求する姿勢 に変わりはない。
ここでは人材や資 産を自ら抱え込んでいる分、将来の 変化に伴うリスクも大きい。
メインフレームが主流の時代にI T活用で先行していた欧米系の大手 事業者は、システムの完成度の高さ ゆえに現在、脱ホストで苦労してい る。
IT活用では技術革新と折り合 いをつけることを宿命づけられてい る。
それでも、苦心して社内に蓄積 したノウハウを上手く活用できれば、 同社のITの競争力が急速に衰える 定航部の金田和久部長代理
