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NOVEMBER 2007 28
「退路を断って外販部隊を作り上げた」
帰れるところなどない
──二〇〇五年一〇月、三洋電機ロジスティクスはジ
ャスダックに上場しました。 上場を意識し始めたのは、
いつ頃ですか?
「二〇〇〇年頃だったと思います。 当時の三洋電
機の家電部門は事業構造改革をテーマに掲げていま
した。 不振の白物家電中心では収益がとれなくなり、
商品の“選択と集中”を迫られていたのです。 それ
に対して当時の三洋電機ロジは、三洋電機の家電物
流だけを請け負っていた。 半導体や電池など、その
他の物流は担当していませんでした。 家電の生産拠
点が国内から海外へ相次いで移転していく中、この
まま三洋電機の家電品だけで生きていけるのか。 誰
もが不安を抱かずにはいられませんでした。 それが
上場に目を向けたきっかけです」
──上場にあたって親会社への依存体質は課題にな
りませんでしたか?
「大いに問題でした。 三洋電機への販売比率を落と
すことは、上場にあたっての必須テーマでした。 親
会社からの独立性を確保するには、親会社への売上
依存度を低くするほかありません。 しかし当社の物
流業務に競争力があったかというと、残念ながらそ
うではなかった。 実際、外販は全くできていなかっ
た」
──外販に本格的に注力し始めたのはいつ頃でしょ
うか?
「上場をテーマに動き出した〇二年です。 そのタイ
ミングで私は当社の社長に起用されました。 営業畑
出身ということで、コネクションを活かして外販を拡
大させるには適任だという人事だったのではないで
しょうか。 それまで当社の社員は営業というものを
したことがありませんでした。 お客様は三洋電機だ
けで、しかも仕事は三洋電機から自動的にもらえる
ので、営業をする必要がなかったのです」
──未経験者がいきなり営業にいくのは難しいと思
いますが。
「もちろん営業経験のない当社の社員が、いきなり
外に仕事を取りに行けといわれても、そう簡単に取れ
るものではありません。 しかも物流というのは経営
問題です。 社長や役員に直接営業しないと、物流の
仕事は絶対にとれません。 実際、外販にシフトしよう
とする物流子会社の多くが、営業で悩んでいます」
──営業力強化に向け、どのような対策をとってき
たのですか?
「まずは営業経験者を多数採用しました。 現在、三
九〇人近くいる社員の三分の一が中途入社です。 営
業経験のないプロパーの社員に、急に営業マインドを
身に付けろと言っても、無理な話です。 一度定着し
てしまった企業文化を変えることは容易ではありま
せん」
──プロパーの社員にとっては厳しかったでしょうね。
「出向扱いだった当社の社員を全員、三洋電機から
転籍させました。 これで社員の意識は大きく変わり
ました。 昔は何かあったら、また三洋電機に戻るこ
とができるという甘えがありました。 今でも社名こ
そ三洋の名を冠していますが、帰れるところなんて
ありません。 上場を機に三洋電機の資本が離れてい
く中、自分たちで仕事を獲得していかないと会社が
なくなるかもしれないという危機感が社員に芽生え
ました」
──親会社の経営状態の悪化が結果として、三洋電
機ロジスティクスを成長させた。
「そうだと思います。 営業経験豊富な中途入社組が
不振に喘ぐ親会社・三洋電機から切り離される形で2005年10
月にジャスダック市場に上場した。 それまで外で営業した経験
が全くなかった物流子会社に外販部隊を設置。 生き残りをかけ
て外部荷主の獲得に乗り出した。 実績ゼロだった外販比率は6年
で42 %まで高まった。 (柴山高宏)
三洋電機ロジスティクス 山瀬英夫 社長
新規上場──親会社からの完全独立
29 NOVEMBER 2007
リーダーとしてチームを引っ張ってくれたこともあり、
〇五年の上場時には外販比率を四〇%近くまで引き
上げることが出来ました。 その一方で三洋電機から
の荷物は半分以下に減りました。 もし上場せずに三
洋電機の傘下に収まっていたら、当社はガタガタにな
っていたと思います」
──〇七年三月期の外販比率は四二・六%と確実に
上昇しています。 中期計画では一〇年三月期に六七・
一%を見込んでいます。
「上場を目指していた時には『脱・親会社』をテー
マとしていました。 しかし今は、それほど意識して
いません。 むしろ三洋電機の持つ技術力を積極的に
利用して、新たなサービスを作っていきたいと考えて
います」
「例えばサービスを伴う家電品の宅配業務です。 家
電品を宅配し、その場で設置・調整を行う。 三洋電
機の社員ならお手のものです。 そうやって従来のサー
ビスに三洋電機ならではの付加価値をつけ、他社と
差別化を図ります。 単純にA地点からB地点に運ぶ
だけの物流など、やるつもりはありません。 付加価
値がないサービスは、どうやっても価格競争に陥って
しまいますから」
「脱・親会社」を経てパートナーへ
──家電の物流にもまだまだ開拓の余地があるので
すね。
「そうです。 当社は家電業界におけるプラットフォ
ーム作りに取り掛かっています。 現在、家電量販店
の荷物の三割以上は当社を通過しています。 中でも
九州地区では六割近い荷物が当社を経由しています。
家電メーカー全社がそれぞれ物流子会社を持つ必要
などありません。 どこか一社に業務を委託した方が
効率的です。 共同配送の実現は、環境問題も同時に
クリアします。 当社は家電物流におけるリーディング
カンパニーになりたいと思っています」
──海外展開については?
「当然、視野に入れています。 今や家電製品のほと
んどが中国製です。 中間流通をとばして、中国から
コンテナで日本に直送するといった動きが一部メーカ
ーでは出ています。 当社は商船三井と資本提携して
おり、商船三井は当社に一〇%出資しています。 今
は国内がメーンですが、今後海外へ展開していく際
に、商船三井の充実したインフラを使わせてもらい、
相互に協力していきたい」
「これまで三洋電機には海外物流を扱う、三洋電機
貿易という会社がありました。 三洋電機貿易は〇六
年に解体されましたが、機能だけは本体に残ってい
ます。 そのため、国内物流を行う当社と、海外物流
を担う三洋電機本体といったように、セグメントによ
って会社が分かれてしまっている。 これは当社にと
ってリスクです」
──三洋電機本体の動向を、どう読んでいますか。
「先日も半導体事業の売却に関する話題が出ました
が、現在、三洋電機は資本に対するリターンのない事
業を切っているところです。 機能の再編は次の段階
で、まずは本体事業のリストラでしょう。 それが完了
した後、今度は効率的な機能統合を進めることにな
るはずです。 当社がこれからも継続的に成長してい
く上で、三洋電機は重要なパートナーに成り得ると考
えています。 離脱とは思っていません。 確かに、近
頃の三洋電機は苦しそうにみえるかもしれない。 し
かし、三洋ブランドには昔馴染みの家電メーカーとし
ての安心感があります。 これからもいい意味で三洋
電機を利用していきたいと考えています」
特集
6
5
4
3
2
1
0
50,000
40,000
30,000
20,000
10,000
0
(百万円) (%)
05 年
3月期
06 年
3月期
07年
3月期
08 年
3月期
(計画)
09 年
3月期
(計画)
10 年
3月期
(計画)
営業利益率
グループ向け売上
17,740 外販売上
44,428 44,231
38,400
41,300
44,100
46,078
17,425 18,842
22,809
26,101
29,591
《営業収益》《営業利益率》
●外販は順調に伸びている
会社概要
1963年、「三栄興産」が設立される。 71年三
洋電機グループ3社が三栄興産の株式を買収し、
「三洋電機商品センター」に商号変更した。 99年、
「三洋電機ロジスティクス」に社名変更。 家電を
中心とした3PL事業や国際物流事業を手掛ける。
05年、ジャスダックに上場した。 07年3月期の
売上高は442億3100万円、経常利益は17億
4900万円、純利益は9億3700万円。 07年3
月末時点の従業員数は392人。
山瀬英夫(やませ・ひでお)
1965年4月三洋電機入社。 家電営業に携わる。
98年10月、三洋セールスアンドマーケティング
社長に就任。 2002年6月、三洋電機ロジスティ
クス社長。 03年4月三洋電機執行役員を兼務、
05年3月同社執行役員退任。
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