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月、元長野大学学長の北澤博先生がお亡くな
りになりましたね?」
大先生が小さく頷くのを見て続ける。
「北澤先生とのお付き合いはおありになっ
たんですか?」
「おありもなにも、北澤さんとは長い間お
付き合いさせていただいてきた。 そうだな、
初めてお会いしたのはおれが学校を出て、前
の会社に入社した次の年あたりだから、それ
は長い」
「へー、そんな昔からなんですか? それ
じゃあ三〇年以上のお付き合いってことです
ね」
大先生が何か思い出すような顔で頷く。 そ
れを見て、元記者氏が興味深そうに質問する。
「それは、どんな出会いだったんですか?」
「おれが、教えを請いに北澤さんの会社を
訪問したのさ」
「会社というと、たしか当時北澤先生は三
菱電機におられたんでしたよね。 先生が、教
えを請いに、ですか?」
記者魂を揺さぶられたのか、元記者氏の声
が弾んでいる。 興味津々といった顔をしてい
る。 元記者氏のそんな顔を見て、大先生も乗
ってきた。
「その頃、おれはまだ先生じゃないから。 物
流の研究所に入ったばかりの若造ってとこだ。
そうそう、おれがこの世界に入って初めて訪
大先生にも駆け出し時代はあった。 日本の物流の黎明
期、当時無名の新人研究員だった大先生はヒアリングの
ため大手メーカーで在庫問題に取り組む実務家を訪ねた。
後にロジスティクス研究者として長野大学学長まで務め
た北澤博氏だった。 氏の訃報に接し、大先生は物流改革
に奔走した当時の侍たちの姿を思い返すのであった。
湯浅和夫の
湯浅和夫 湯浅コンサルティング 代表
《第67回》
先人に学ぶ正しい物流管理
大先生の日記帳編 第3 回
大先生が初めて訪問した企業
ようやく秋らしくなったある日の午後、突
然大先生の事務所に知り合いの記者が訪ねて
きた。 彼は、ある物流関係の雑誌の記者をや
っていて、大先生と懇意にしていたが、やり
たいことがあるとか言ってその会社を辞めて
独立したのである。 独立以来、何度目かの訪
問であるが、大先生は、いま彼が何を仕事に
しているのかは知らない。
「近くに来たものですから、もしおられた
らと思いまして、お顔を見に伺いました。 お
忙しいでしょうから、ご挨拶だけですぐに失
礼します」
「会社は忙しいけど、おれは忙しくないよ」
大先生が意味深な答えをする。
「あっ、そうでした。 お忙しいのはスタッ
フの皆さんでしたね、先生じゃなく。 それで、
お二人は?」
「いま出掛けてます。 夕方には戻ると思い
ます」
大先生に代わって女史が答える。 「どうぞ」
と言って、女史が元記者氏を会議テーブルに
促す。 大先生が「まあ、ゆっくりしていきな
よ」とたばこを片手に座る。 大先生と向かい
合った途端、突然思い出したように、元記者
氏が話し出した。
「そう言えば、ご存知だと思いますが、先
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問した企業の物流部が北澤さんのとこだった
んだよ。 すごい出会いだろ。 その意味では、
おれにとって忘れられない方だ、北澤さんは」
「先生が初めて訪問した物流部ですか。 記
念すべき出会いだったんですね。 ところで、
なぜ最初に三菱電機に行かれたんですか?」
そう言いながら、元記者氏はメモ帳を取
り出した。 インタビューの態勢に入っている。
大先生が首を傾げながら答える。
「そうさなー、直接のきっかけは覚えてい
ないけど、その頃、おれは企業の物流に興味
を持ったので、荷主の物流部門とやらを徹底
的に回ってみようと思って各社の物流部詣で
をやった。 その最初が三菱電機だったってわ
けだ」
「へー、企業の物流に興味を持たれたんで
すか。 それは、何か理由とか原因があったん
ですよね?」
大先生が元記者氏の顔を見て、からかうよ
うな笑顔を見せる。
「うーん、それは、まあ今日はやめておこ
う。 語るも涙の長い話になるから」
「えー、そう言われると余計聞きたいです
ね」
元記者氏はねばるが、大先生は話題を変え
てしまった。
「聞きたいといわれると却って秘密にした
くなる。 おもしろい話だぞ。 まあ、それはそ
れとして、当時数年掛けて百数十社の物流部
を訪問し、いろいろ話を聞いた。 このときの
経験がおれの物流管理についての考え方の原
点になっている。 格好よく言えば・・・」
「へー、でも、そんなによく回りましたね。
どうやってアポを取ったんですか?」
「アポ? あー、おれがいたとこは研究所
だから、自主研究ってのをやったのさ。 当時
はそんなに仕事もなかったので、自分で調査
票を作ってアンケートをやった。 そして、回
答してくれたところにヒアリング調査を申し
込んだんだよ。 そうそう、それ以外にも、た
とえば物流コスト何割削減なんて記事が業界
紙に出たりすると、すぐに、話を聞かせてく
れとその会社に電話したりした」
「すぐに会ってくれました? まだ先生は
有名ではなかったですよね」
「そう、まったく無名。 でも、ほとんど断
られることはなかった。 まあ、当時は、物流
部ができたばかりのところが多く、物流管理
といっても暗中模索的なところがあったから、
むしろ向こう側でも物流の研究所の人間に興
味があったんだろうな。 どの会社も快く会っ
てくれた。 そうだな、おれも自分の意見を述
べたりしたから、ヒアリングというよりも物
流談義みたいなものだった」
元記者氏が間を置かずに質問を続ける。 そ
の頃の話に興味を持ったようだ。
「その頃は、ちょうど物流の黎明期ですよ
ね。 黎明期ならではのおもしろい話がいっぱ
いあったんでしょうね。 それを知っているの
は先生くらいでしょうか、もう?」
「はぁー? おれだけが生き残ってるって
こと?」
「いえ、そういう意味ではなくて、いろん
な会社を回られて、日本の物流の黎明期の動
向を知っているのは先生しかいないというこ
とです。 あっ、ところで、北澤先生ですが、
そのときどんなお話をされたか覚えておいで
ですか?」
在庫管理なくして物流管理なし
元記者氏がようやく話を本題に戻した。 大
先生が大きく頷く。
「もちろん、よく覚えてる。 わが意を得た
りの話だったから。 そもそも、あの会社に興
味を持ったのは、正確じゃないけど、たしか
システム物流部というような名称の部門だっ
たと思うけど、その名称だな」
「システムというのは情報システムというこ
とですか?」
「そう、北澤さんは情報をベースにしない
限り物流管理はできないとしきりに強調され
てた。 そこで、話されたのが在庫問題に悩ん
でいるということだった」
在庫という言葉に元記者氏は敏感に反応し
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た。
「えっ、在庫問題ですか。 そんな時代に?」
「そんな時代って何だよ。 いつの時代だろ
うが、正しい物流管理をしていれば、必ず在
庫に突き当たる。 北澤さんは正しい物流管理
をしていたってことだよ」
「わが意を得たりというのは、先生もその
頃から在庫に関心があったんですか?」
「関心があったというか、そもそも物流は
在庫を動かしているわけだから、その在庫を
コントロールできなければ物流はどうにもな
らないのではないかと思っていた。 倉庫の中
の在庫の山を見れば、黎明期だろうが何だろ
うが、物流担当者なら誰だってこれを何とか
しなければって思うさ」
元記者氏が大きく頷き、早く聞きたいとい
う感じで質問をする。
「そこで、北澤先生の話にぴんときたって
わけですね。 ところで、具体的に在庫問題っ
ていうのはどういう内容だったんですか?」
大先生が思い出すようにちょっと間を置く。
たばこに火をつけて、ゆっくりと話し出す。
「うん、たしか、こんな話だった。 あの頃、
えーと年代で言うと七〇年代ってとこかな。
北澤さんのとこでは、全国に何カ所かの配送
センターを作って、そこにメーカー在庫と代
理店在庫を集約して持った。 すごいのは、各
地の代理店と物流部とをオンラインで結んで
回線の企業間オンラインシステムへの利用は
禁止されていた時代だから」
「禁止? それを認めさせたってことです
か?」
「そう、北澤さんがオンライン自由化運動
の闘士となって、あちこちの関係先に動いて、
ようやく期限付きで許可を取ったそうだ」
担当者の熱意が物流格差を生む
「すごい熱意ですね」
元記者氏がいかにも感心したような声を出
す。
「それそれ、その熱意だよ。 黎明期の物流
担当者の一つの特徴が不可能を可能にするく
らいの熱意に溢れていたってことだな。 そん
な例は北澤さん以外にも結構あった」
「へー、その話も聞きたいな。 ところで、そ
れで、在庫は減ったんですか?」
「そこそこ、北澤さんが悩んでいたのは。 当
時は、三菱電機に限らずどこのメーカーも量
産効果を上げるために同一機種を大ロット生
産するというのが当たり前だったから、市場
への販売動向を取って、必要在庫数をはじき
出しても、なかなか受け入れてもらえなかっ
た。 だから、結局、在庫データは取ったけれ
ども在庫管理はできなかったわけだ。 そこん
とこをしきりに残念がっていた」
「なるほど。 でも正直なところ、物流の黎
たってことだ。 つまり、代理店から小売店へ
の売上情報をもらって小売店に直接届けると
いう先端的な物流をやっていたわけだ。 さら
にすごいのは、在庫を集中的に管理して、そ
れを生産に反映することで在庫を削減しよう
としていたってこと」
「へー、その頃オンラインシステムをもって
いたんですか? それでシステム物流部だっ
たんですね。 オンラインシステムのはしりで
すか?」
「はしりもはしり、その頃はまだ電気通信
湯浅和夫の
Illustration©ELPH-Kanda Kadan
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明期に、在庫を本気で管理しようとして、オ
ンラインシステムまで構築したなんて驚きで
す。 それってロジスティクスですよね」
「小売店への販売データをもとに生産をし
ようとしていたんだからSCMと言ってもい
いな」
「すごいなー、そんな時代に」
元記者がしきりに感心する。
「だから、そんな時代もあんな時代もない
んだって。 物流を突き詰めていけば、必ずロ
ジスティクスやSCMに至るのさ。 黎明期だ
からと言って、物流の無駄省き程度に終始し
ていたんじゃないかって思うのは浅はかな考
えさ。 結構大掛かりな取り組みもあった」
「そうですか。 ちょっと認識を誤っていま
した」
「そうそう、その数年後だったと思うけど、
おれが初めてメーカーの物流コンサルにかか
わったとき、依頼されたのが在庫管理の導入
だった。 分厚い出荷伝票を借りて、電卓で品
目別の動向を集計したり、簡易の計算機で標
準偏差を出したりした」
「へー、パソコンなんかない時代ですね。 電
卓か・・・先生の在庫管理は筋金入りですね」
元記者氏が妙な関心の仕方をする。
「いや、在庫問題抜きに物流管理はないと
いう認識が当たり前だったってことさ。 資生
堂とか学研という当時物流で話題になってい
た会社が在庫に取り組んだのもその頃のこと
だし、結構効果をあげていた」
「へー、そういう会社の話も聞きたいです
ね。 そうすると、北澤先生は先生の先生みた
いなものですね?」
「うん、おれの先生のお一人であることは
間違いない」
「でも、いまだに、物流センターに置く在
庫なのに、自分たちは関知できないなんて言
って、活動の効率化ばっかりやってる物流部
もありますね」
「それはいつの時代でもある。 企業間の物
流格差というのはそこでつく。 関知できない
じゃなく、関知しようとしないだけ。 為せば
成るさ。 やってる会社はいっぱいあるんだか
ら。 結局、熱意の問題かな。 オンラインの自
由化と比べればセンター在庫の管理なんか難
しいことじゃないけどな」
「しかし、昔の話はおもしろいですね。 ま
さに古きをたずねて新しきを知るですね。 い
や、驚きました」
「別に古きをたずねなくてもいいし、知る
のは新しいことでもないさ」
「いやー、でも正直驚きました。 あっ、先
ほど名前を出された資生堂や学研という会社
はどんな取り組みをしてたんですか?」
大先生がちょっと休もうという感じで、女
史にコーヒーを頼もうとしたとき、事務所の
扉が開いて、弟子たちが帰ってきた。 美人弟
子が元記者氏の顔を見て、ちょっと驚き、「あ
ら、いらっしゃいませ」と声を掛ける。
元記者氏が立ち上がり、二人に挨拶をす
る。 元記者氏と弟子たちの近況報告を聞きな
がら、大先生がほっとしたように立ち上がり、
用もないのに自席に戻っていった。
ゆあさ・かずお 1971 年早稲田大学大学院修士課
程修了。 同年、日通総合研究所入社。 同社常務を経
て、2004 年4 月に独立。 湯浅コンサルティングを
設立し社長に就任。 著書に『現代物流システム論(共
著)』(有斐閣)、『物流ABC の手順』(かんき出版)、『物
流管理ハンドブック』、『物流管理のすべてがわかる
本』(以上PHP 研究所)ほか多数。 湯浅コンサルテ
ィング http://yuasa-c.co.jp
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