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第9 回
年間ランニングコストは 近鉄EXPの半分以下
大手航空フォワーダーの郵船航空
サービス(YAS)は、来年四月の
稼動に向けて次期基幹システム「Y
UNAS」の開発を進めている。 計
画ではまず欧州法人の一社に導入し
て、半年程度のテスト稼働を行う。 こ
の段階で不具合などを修正し、完成
度を高めたうえで横展開する。 どの
地域から導入していくかは未定だが、
二〇一二年三月末までには全世界へ
の導入を完了する予定だ。
これによって基幹システムを刷新
し、現状では複数ある仕組みをグロー
バルで統一する。 開発や導入のため
に計画している予算は四〇億円(本
社・情報システム部の人件費は除く)。
すでに世界統一システムを実現して
いるライバルの近鉄エクスプレス(K
WE)に比べると、格段に少ない投
資規模で次世代の基幹システムを整
備しようとしている。
そもそもYASとKW
Eとでは、IT活用を担
う組織や予算規模がまる
で異なる。 YASグルー
プには、本社の「情報シ
ステム部」に約四〇人と、
ここから世界各地に出向
している約一〇人と、計
五〇人のIT担当者がい
る。 一方のKWEグルー
プは、情報子会社まで含
めると世界中に四〇〇人
近いIT要員を抱えてい
る(本誌〇七年九月号参
照)。
両社のITの年間ラン
ニングコストも違う。 連結
売上高に占めるITコス
ト比率は、YASが一%
を切るレベルなのに対し、KWEは
二%を超えている。 次期システムの
導入を本格化して減価償却費などが
膨む二、三年後には、さすがにYA
Sのコスト比率も高まる。 それでも
一・五%程度あれば満足できる仕組
みを構築できると同社はみている。
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る藤井邦夫執行役員は、「当社のIT
管理の特徴は、システムを担当する
社員の数が非常に少ないところ。 自
前で人材を育ててシステムを開発する
のではなく、外部の専門家やパッケ
ージを活用したほうが、短期的に高
度なサービスを受けられる。 結果的
にトータルコストも安く抑えられる」
と説明する。
現在のYASは、国内外でまった
く異なる二系統の基幹システムを併
用している。 日本国内では自社開発
したシステム「ECHO」を使い、海
外ではパッケージをベースに作り込ん
だ「YASTEM2」を全域に展開
している。
社外資源を活用して低コストで開発・運用
40億投じる次期システムで問われる真価
郵船航空サービス
アウトソーシング中心の開発体制とパッケージソフトの積極活用によって、ITの
ローコスト運営を実現してきた。 次期基幹システム「YUNAS」ではこの方針を
さらに徹底し、投資額40億円で世界統一システムを導入する計画だ。 競合他社
に比べると格段に少ないIT投資で、どこまで完成度の高いシステムを構築できる
のか注目に値する。
執行役員の藤井邦夫情報シス
テム部長
《沿革》日本とそれ以外の地域で、まったく異なる2通りのシステムを使ってきた。 国内の
基幹システム「ECHO」はすべて自社開発で、1991年の輸入システム稼動を皮切りに、
94年輸出システム、98年海上システムと段階的に機能を整えてきた。 それぞれに独立
したシステムを接続して「ECHO」と総称している。
海外では、87年に自社開発の「YASTEM」を米国で初めて稼働し、13カ国11法人
まで導入した。 続いて96年から導入した後継システムではパッケージ活用に方針を転
換し、英国製のソフトをベースに新たに「YASTEM2」を開発。 世界各地で稼動させた。
現在、世界5極(日本・欧州・南北アメリカ・南アジア&オセアニア・東アジア)のうち日本以
外は「YASTEM2」で統一済み。 他に会計や通関、ロジスティクスの分野では、基幹シス
テムの機能で補えない機能をパッケージや自社開発システムで補完している。
2005年4月に基幹システムの全面的な刷新を決断。 2年余りかけて次期システム
「YUNAS」の条件を詰め、07年7月にインドに本社を置くフォーソフト社(4S社)のパッ
ケージを世界統一システムとして採用することを決めた。 08年4月に欧州の1法人でテ
スト導入し、12年3月までに世界展開を終える方針。 次期システムへの投資額は40億
円を予定している(本社システム部門の人件費は除く)。
◆本社組織 情報システム部に約40人が所属。 部内
には4つの課があり、内訳は?基幹部分の保守などを担
当する「基幹システム課」10人、?ネットワークや端
末などを担当する「システム運用課」10人、?営業支
援などを担当する「Webソリューション課」11人、?
次期基幹システムYUNASを専門的に手掛ける「イノ
ベーション推進課」6人、他となっている。 さらに本社
の情報システム部からの出向者として海外(日本以外の
4極および中国)に計9人が駐在している。
◆情報子会社 なし
ローコスト運営
DECEMBER 2007 52
アウトソーシング
運用の大半を特定のITベンダーに
アウトソーシングしてきた。 また、一
九八七年に初めて海外法人に導入し
た基幹システム「YASTEM」で
は、親会社である日本郵船の情報子
会社を活用した。 システムの自社開
発が当たり前だった時代に人材を抱
え込まず、情報部門を分社化する必
要性も薄かった。
第二世代の海外システムとして九
六年から導入し始めた「YASTE
M2」では、海外拠点の急増や業務
内容の拡大に開発が追いつかないと
いう理由から、それまでの自社開発
を断念。 英国製のパッケージを採用
した。 このパッケージは「欧州の大
手フォワーダーへの導入実績が豊富
で信頼性が高かった。 システムの汎
用性や拡張性も評価できた」と情報
システム部・イノベーション推進課の
阿出川伸一課長は振り返る。
九六年の米国法人への導入を皮切
りに、YASはこのシステムをアジ
ア、欧州にも導入した。 「YAST
EM2」には国ごとの業務に対応で
きるオプション機能があり、ベースと
なるプログラムは変えずに各地の個別
ニーズを反映できる。
また、会計や通関のように、各国
で専用システムを活用したほうが有
利な業務については個別に外付けし
た。 導入や運用支援にもパッケージ
の開発元を活用しながら、日本以外
の二八カ国(二七法人)を「YAS
TEM2」で統一していった。
内外で異なる二通りのIT管理を
手掛けてきたことが、国内で“丸投
げ”に陥るのも防いできた。 前述し
た通り「ECHO」は外部ベンダー
を使って自社開発したが、その機能
や開発コストが欧米のシステムとどう
違うのかはYAS自身がよく理解し
ている。 だからこそ長年の取引関係
にあるITベンダーとも、一方的な
依存関係ではない「パートナーシップ
が成立している」のだという。
全役員と全部長を巻き込み 横断的な開発体制を構築
� 截腺咾麓��燭舛隆雋乾轡好謄�
におおむね満足してきた。 だが開発
から十年近く経ち、さすがに現場の
要望に応えきれない面が出てきた。 度
重なる「ECHO」の手直しも限界
に達しており、いずれは大ナタを振
るってすべてを見直さなければなら
ないことが明らかだった。
〇五年四月に、システムの全面刷
新を進めるために「IT戦略委員会」
を発足した。 委員会はまず半年間ほ
ど費やして、IT活用の現状を徹底
分析した。 その内容は、システム構
成や機能、投資額、さらには経済性
や保守性、競合他社との比較といっ
た評価にまで及んだ。 そして経理や
総務、営業支援システムなどITが
絡む業務すべてを対象とする「調査
報告書」をまとめた。
この活動を後追いするように「ビ
ジネス要件ワーキンググループ」も動
き出した。 こちらにはユーザー側の代
表者が集まり、次期基幹システムの
構築に向けて改革テーマを洗い出し
た。 本社の課長クラスが中心になっ
て、外資系コンサルタントの支援も受
けながら議論を重ねた。 結果は、I
Tを使ったビジネス戦略や顧客サービ
ス、実績管理などに関する「IT要
件報告書」となった。
全世界の従業員を対象としたウエ
ブのアンケートや、藤井執行役員に
よる全役員へのヒアリングも実施し
た。 最終的には〇六年九月に、これ
らの活動の集大成として「次期基幹
システム グランドデザイン提案書」
を作成。 ここにはハードの構成や投
資金額など、次期システムに関する
あらゆる情報が盛り込まれた。
一連の活動のなかで情報システム
部は、次期システムの開発を全社的
なイベントに高めていこうと腐心しつ
づけた。 「当社の情報システムは、そ
れなりに上手くやりながらも、社内
日本語対応の「ECHO」がオペ
レーション業務をきめ細かくサポート
しているのに対し、「YASTEM
2」は英語だけを使うシステムで、各
国の個別事情よりも標準化を優先し
て展開してきた。 これらを来春から
順次、次期システムに置き換え、国
内外で異なるシステムを使い分ける体
制に終止符を打つ。
� 截腺咾寮こε�譽轡好謄爐�從�
通り競争力を発揮するどうかは、蓋
を開けてみなければ分からない。 そ
れでも、好業績を続けるYASとK
WEのIT戦略が、アウトソーシング
と自前主義の違いをさらに鮮明にし
ようとしているのは間違いない。
IT子会社すら持たず 日本流の自前主義に距離
国内の大手物流企業の多くがグル
ープ内にIT子会社を抱えているの
に対し、YASにはそれがない。 業
界最大手の日本通運グループでは日
通総合研究所がIT子会社に代わる
役割を担っている。 またKWEの場
合は、国内子会社はないが、海外に
大規模な開発・運用子会社を構えて
いる。 YASのように本社のIT部
門だけという組織体制は珍しい。
自社開発してきた国内の基幹シス
テム「ECHO」で、YASは開発・
全社プロジェクト
53 DECEMBER 2007
DECEMBER 2007 54
でブラックボックス
になっていた面があ
る。 新しいシステム
の構築では、皆に同
じ土俵に上がっても
らう体制を作った」
(藤井執行役員)
国内でも自社開
発からパッケージ活
用に軸足を移すとい
うことは、これまで
は業務に合わせて仕
組みを作っていたの
が、今後は業務の
やり方をシステムに
合わせる場面が増え
ることを意味してい
る。 しかも世界標
準システムともなれ
ば、日本の特殊事
情をシステムに反映
させるのは限界があ
る。 この変化を円滑
に乗り切るには、す
べての関係者の意
識改革が不可欠だ
った。
「誰かが勝手に作
ったシステムではユ
ーザーは使ってくれ
ない。 ユーザー自身
が主体になる必要がある」と藤井執
行役員は強調する。 その後、「IT戦
略委員会」は「ITイノベーション・
プロジェクト・コミッティー」となっ
た(図1)。 コミッティーのトップは
社長が務め、文字通り全社的な取り
組みになっている。
これまでの蓄積を引き継ぎ 世界統一システム目指す
パッケージの全面活用は、YAS
のIT戦略にとっても重要な方針転
換だった。 当初は「ECHO」をベ
ースに英語版のシステムを自社開発
する選択肢も検討した。 しかし、I
Tベンダーに自社開発について試算
してもらったところ、開発期間はパ
ッケージより五割長くなり、投資額
も二倍近くなってしまうことが判明
した。 これで自社開発という選択肢
は消えた。
結局、候補として三種類のパッケ
ージが残った。 それぞれ欧州、アジ
ア、インドに本社を構えるシステム会
社が提供するパッケージだった。 この
中からYASは、インドに本社を置
くフォーソフト社(4S社)のパッケ
ージを選んだ。 一つの貨物を一つの
レコードで管理する?ワンデータベー
ス?の仕組みによって、発地側で入
力したデータを着地側ですぐに使え
ることなどを評価した。
「YASTEM2」で長く取引関係
にあった英国のシステム会社が、実は
当該部門ごと4S社に買収されてい
たという事情も大きかった。 つまり
4S社には、「YASTEM2」の
開発で十年来の付き合いがあり、Y
ASのことをよく知る人材が数多く
在籍していたのである。
こうして骨格の固まった次期シス
テムは、社内公募で「YUNAS」
と命名された。 現時点ではまだ開発
の途上だが、このシステムがカバー
する業務領域は経営管理から営業支
援、実績管理に至るまで多岐にわた
っている。 4S社の「eTrans」(フ
ォワーディング)や「elog」(ロジス
ティクス)、「eAccounts」(会計)と
いったモジュールを組み合わせて、Y
ASの大半の業務をまかなえるよう
にする方針だ(図2)。
現在、英国に設置された4S社の
開発拠点で、土台となるシステムを急
ピッチで構築している。 本社の情報
システム部からも担当者が長期出張
しており、この作業に参加している。
冒頭でも述べたとおり、まずは来年
四月に欧州でテスト導入する。 ここ
で実地検証を行って土台を作り込ん
だうえで、一気に世界展開に打って
出る計画だ。
パッケージ活用
図1 社長をトップとする全社横断的なシステム刷新プロジェクトIT Innovation
Project Committee
プロジェクトオーナー
事務局長
ビジネス要件
ワーキンググループリーダー
各極IT 担当
+
情報システム部
ロジスティクス経理担当
担当
航空・海上
担当
各国業務
本社担当
情報システム部
インフラ
チーム
Technology
Quality Assurance
Technical Design
Development
Analysis
Functional Design
Technical Design
Technical Support
Implementation Support
《海外導入》《日本導入》
標準化ルール
検討分科会
経理
チーム
輸入
チーム
海外
チーム
改善要件
検討会
ロジスティクス
チーム
営業体
システム開発
Project Manager ワーキンググループリーダー
Project Sponsor
ソフト開発会社
(Yusen Team)
YAS
On-shore(U.K.)
Off-shore(India)
アプリケーション
チーム
導入サポート
チーム
55 DECEMBER 2007
脱・自社開発
かまかなえず、高度な処理が必要な
ケースでは専用ソフトを追加する必
要がある。
営業支援システムも、いま日本で
約五〇種類ほど使っているアプリケ
ーションのほとんどは自社開発だ。 情
報システム部・Webソリューション
課の大川原学課長は、「ウエブ化した
仕組みに基幹システムからデータを
取り込み、業務支援のために活用し
ているケースが現状でもかなりある。
今後はここも手直ししていく必要が
ある」という。
こうした課題は、土台となる「Y
UNAS」が来年四月に欧州で動き
出してから、導入地域の事情に応じ
て対処していくことになる。 すべて
が計画通りに進めば、二〇一一年度
中に世界展開を完了する。
越すべき最大のハードルは 「ECHO」からの脱却
日本でも来年中に導入プロジェク
トをスタートして、約二年間で終える
方針だ。 ただし今回のシステム刷新で
最も難航が予想されるのは、この日
本だ。 日本以外の地域はすでに「Y
ASTEM2」というパッケージで
統一されており、より高機能の「Y
UNAS」に置き換えることにさほ
ど無理はない。 しかし、自社開発の
システムしか使ってこなかった日本
は違う。
かゆいところに手が届くように作
り込まれ、しかも日本語対応の「E
CHO」を、英語版の標準パッケー
ジ「YUNAS」に切り換えるとな
れば、現場で戸惑いが発生するのは
避けられない。 この点は藤井執行役
員も率直に認める。 「やはりある部
分の機能は削らざるを得ない。 その
際にはユーザーを説得するのではな
く、納得してもらわなければならな
い。 これは一大事業だ」
新たなシステムの導入を円滑に進
めるだけでは足りない。 過去にシス
テムを自社開発することで獲得して
きたノウハウをゼロリセットしてし
まうのも考えものだ。 情報システム
部・基幹システム課の宇野寿昭課長
は、「『ECHO』で蓄積してきたノ
ウハウを、いかに引き継げるかが私
の仕事」と言い切る。
「YUNAS」はパッケージではあ
るが、4S社とはソースコードまで
買い取る契約を交わしている。 4S
社の経営破綻など万一の緊急時には、
YASが自分でシステムを手直しで
きるようになっている。 だが、その
ためにはシステムに精通した人材が
社内にいなければ話にならない。 こ
れまで「ECHO」を保守してきた
人材の再教育も急務だ。
次期システムを使った本業の競争
力強化も欠かせない。 現時点でYA
SのITコストは、ライバルに比べて
格段に安い。 これは見方を変えれば、
ライバルはITに多くの資金を投じ
ながらも、現在の利益水準を確保し
ているともいえる。
「情報システムというのはあくまで
もツールにすぎない。 最終ゴールは具
体的な成果物を得ることにある。 シ
ステムを有効活用して、営業戦略や
経営も含めていかに付加価値の高い
ものを生み出していくかが問われて
いる」(藤井執行役員)。
まずは計画通りに世界展開を完了
させるのが前提だが、その上でシス
テムの刷新によって競争力が高まっ
たことを数字で示せなければ、情報
システム部門が役割を果たしたこと
にはならない。
巨額の資金を投じて走り出した以
上、計画通り稼動させることはもは
や最低条件だ。 しかしITの刷新が
当初の思惑通りに運ばないケースは
決して少なくない。 この最初のハー
ドルをクリアした上で、他社と差別
化するための戦略的な仕組みにまで
育てられるのか。 ライバル各社も固
唾を飲んで見守っている。
(フリージャーナリスト・岡山宏之)
次期システムでも、ベースとなる
「YUNAS」の機能だけではカバー
しきれない領域は残る。 とくに国ごと
に制度が異なる会計や通関では、現
地事情に即応できるシステムを外付
けしたほうが依然として有利だ。 ま
た、ロジスティクス分野のWMSにつ
いても、「elog」では基本的な業務し
図2 開発中の次期基幹システム「YUNAS」の機能概要
CRM機能
付帯サービス
基幹業務支援
経理精算
ドキュメント
コントロール
経営管理・分析
内は4S社提供のパッケージソフト名
SFA(営業部門効率化)
4S eTrans
通関処理
4S eCustoms
航空輸出入
4S eTrans
運賃精算
4S eAccounts
ドキュメント管理
4S eTrans
レポート管理
4S iDrive
データウェアハウス
4S iDrive or Tool
WMS (倉庫管理)
4S eLog
海資輸出入
4S eTrans
一般会計
4S eAccounts
可視化
4S VisiLog
SCM拡張
4S VisiLog
集配トラック
4S eTrans
請求書・支払管理
4S eTrans
鉄道輸送
4S eTrans
未収・未払い
4S eTrans
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