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AUGUST 2005 14
ビール業界・取引制度改革の顛末
三段階建値制を廃止
ビールメーカーの営業担当者は「新取引制度を理
解してもらうため、昨年秋頃から卸や小売りに何度も
足を運び、導入の目的を説明してきたが、これで完全
に振り出しに戻ってしまった。 制度そのものを改めて
考え直さざるを得ない」と肩を落とす。
今年六月末、イオンとビールメーカー三社は、工場
から出荷したビールを卸の物流センターを経由せずに、
イオンの専用センターに直接納品することで合意した。
これによってキリンビール、アサヒビール、サッポロ
ビール、サントリーのビールメーカー四社が今年一月
に開始した新取引制度は半年余りで事実上、とん挫
したことになる。
かつてビールは、酒販店で定価に近い価格で売られ
るのが当たり前の商品だった。 しかし近年は、量販店
やディスカウンターがビールを特売の目玉商品として
扱うようになっている。 店頭では値下げ合戦が繰り返
され、ビールの利幅は急降下した。 とりわけ卸には深
刻な打撃を与えている。 酒卸にとってビールは中心的
商材だ。 そこで利益を稼げなくなったことで、赤字決
算を余儀なくされる卸が相次いでいる。
これを是正するため、ビールメーカー四社は今年一
月、実に三〇年ぶりとなる取引制度改革を断行した。
従来の取引制度は「応量リベート」と「機能リベー
ト」、そして「三段階建値制」の三つを特徴とした。
「応量リベート」は販売量、「機能リベート」は受注方
法や物流条件などの効率化レベルに合わせて、メーカ
ーが卸に補填金を支払うというものだ。
「三段階建値制」は、元はメーカー主導で全国一
律価格を維持するために採用した制度で、生産価格
にメーカーのマージンを加えた「メーカー出荷価格」、
それに卸のマージンを加えた「希望卸売価格」、そし
て小売りのマージンを加えた「希望小売価格」の三つ
の価格をメーカーが指定する制度だ。
新たな制度では、この建値制を廃止した。 狙いは小
売業による原価割れ販売の抑制だ。 それまでメーカー
は三段階建値制を敷きながらも、リベートを場当たり
的に補填して実勢価格のコントロールを自ら手放す傾
向にあった。 販売後にメーカーが補填するリベートを
期待して、小売りは際限のない値下げ競争に走る。 メ
ーカー側でもシェア争いの激化から、ルールを曲げて
小売業の無理な要請を聞き入れることが少なくなかっ
た。
もちろん原価割れ販売は本来であれば不当廉売に
当たる。 しかしメーカーによる不透明な取引制度によ
って、小売りは製品別の仕入れ価格を販売時点では
確定できないのが実情で、公正取引委員会もこれを違
法として取り締まるのは容易ではなかった。
新取引制度では建値制を「オープン価格」に移行。
さらに従来の「応量リベート」を廃止して、「機能リ
ベート」に一本化。 取引条件のコスト効率を直接反
映した形でリベートを支払うように改めた。 これによ
って卸や小売りは、商品別の仕入れ価格が明確になる
ため、従来のような原価割れ販売を避けるようになる
という狙いだった。
もっとも原価割れ販売の解消は店頭価格の実質的
な値上げを意味している。 小売りサイドは「増税が実
施されるわけでもないのに、この時期に値上げするこ
となど消費者に説明できない」と新制度の導入前から
指摘してきた。 実際、イオン、イトーヨーカ堂、ユニ
ーなどの有力チェーンは今年一月以降もビールの店頭
価格を据え置く方針を堅持。 メーカー側と真っ向から
対立する形になった。
今年1月にスタートしたビールの新取引制度が暗礁に乗り上
げている。 イオンをはじめとする有力小売りが卸売価格の引き
上げに猛反発したためだ。 小売りや卸からの批判の声を受けて、
制度改革を主導してきたメーカーは導入からわずか半年余りで
ルールの修正を余儀なくされることになった。 (刈屋大輔)
第3部
15 AUGUST 2005
特 集
それでもメーカーは「小売りとの交渉は基本的に卸
の仕事」と新制度に対する批判には、できる限り耳に
栓をしてきた。 その結果、ディスカウンターや地域ス
ーパーの一部は新取引制度を受け入れ、五%程度の
店頭価格の値上げを実施した。 しかし、他の多くの小
売りはイオンやヨーカ堂の対応を静観する動きを崩さ
なかった。
イオン
VS
ビールメーカー
とりわけ当初からメーカー側の要請に強い反発を示
していたイオンとの交渉は、制度改革の本丸と言えた。
イオンはビールに関して伊藤忠食品(アサヒ)、明治
屋商事(キリン)、日本酒類販売(サッポロ)の三社
をメーンベンダーとしている。 このうち日酒販との交
渉で、イオンは同社の専用センターに日酒販の蔵置所
(課税済みの酒類を保管する場所)を設置して、そこ
にメーカーから直送する体制を打診してきた。
メーカーの提示した新取引制度を呑むのではなく、
卸を中抜きする工場直送によってサプライチェーン全
体のコストを下げたらどうかという提案だ。 日酒販経
由でサッポロは、イオンの提案を元に直送した場合の
コスト効果を計測する実証実験を今年五月に水面下
で実施。 その結果、一定の効果が認められたことから
イオンの提案を受け入れる決断を下した。
その後、イオンはアサヒ、キリンにも同様の直送を
提案。 サッポロが承諾したことをテコにしてメーカー
の説得を図った。 ビールメーカー三社の中でもサッポ
ロは、アサヒ、キリンに売上規模で大きく水をあけら
れている。 イオンから見て最も攻めやすい相手を先に
崩し、大手二社を攻略する突破口として利用した格
好だ。
イオンが新取引制度を蹴ったことが公になれば、他
の小売りも追随することは目に見えている。 サッポロ
が断念した後もアサヒとキリンは、イオンの提案にな
かなか首を縦に振ろうとはしなかった。 それでも、協
力が得られないなら、サッポロを優遇するというカー
ドが目の前にちらつくに至って、残る二社も最後には
折れた。
ビールメーカー各社は早くも、新取引制度の修正作
業に取りかかった模様だ。 実は新制度は小売りだけで
はなく、本来は身内であるはずの卸からも不満の声が
上がっていた。 その一例が、新たに設定した「パレッ
ト回収リベート」だ。 卸がパレットをメーカーに戻し
た時に支払う機能リベートだが、肝心の小売りからの
パレットの回収が進まない。
機能リベートを再修正
新制度では従来の応量リベートは廃止されたが、卸
が受け取るリベートの総額は変わらないようにメーカ
ーは機能リベートの項目を増やしている。 その一つがパレット回収リベートだったが、実際には条件をクリ
アできないため、卸の取り分が目減りしてしまった。
そこで「パレット回収リベートは廃止し、新たなリベ
ートの項目を設定するつもりだ」とメーカーの営業担
当者は説明する。 指定時間内に発注を行った場合の
「発注時間帯別リベート」などが候補に挙がっている
という。
今回の顛末を流通関係者はイオンの圧勝だったと
総括している。 一方でビールメーカーも三〇年ぶりの
取引制度改革を実施できた時点で我々の勝利と評価
している。 しかし内部事情に詳しい物流企業幹部は
「そんな勝った、負けたという駆け引きを繰り返して
いてはサプライチェーン全体の最適化など実現できな
い」と眉をひそめている。
イオン向けビール直送取引の概念図
メーカー
卸
イオン
大量発注品
少量
発注品
イオンが取引
先にセンター
フィーを請求
イオンが取引
先にセンター
フィーを請求
コスト負担
卸の物流
センター
イオンの物流
センター
ビール
メーカー
卸の物流
センター
イオンの物流
センター
イオンが
店別仕分け
イオンが
店別仕分け
ビール
メーカー
店舗
店舗
店舗
店舗
店舗
店舗
従来
現在
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