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DECEMBER 2007 22
「EMSで国際物流の突破口は開けない」
信書便法は失策だった
──郵政民営化が世界的に進むことで、郵便と物流
の垣根が崩れてきました。
「郵便は紛れもなく物流です。 これまでどこの国で
も国営であり、またユニバーサルサービスを提供する
義務を負っているため、いわゆる物流とは違う流れ
のように考えられてきました。 しかし、郵便が物流
という大きな枠組みの中にあることは明らかです」
「公社総裁の就任時にも私は職員に対して言いまし
た。 これから郵便と物流を違ったもののようにみせ
ている壁はなくなるだろう。 競争も入ってくる。 わ
れわれにはそれを乗り越えて、郵便以外の物流に手
を広げていくことでしか生きていく道はない。 郵便
と物流は別ものだという意識を払拭しよう、という
ところから始めました」
──日本郵便は収益的に非常に厳しい状況です。
「信書便法の影響が小さくありません。 例えば、ド
イツでは郵便のリザーブドエリア(独占領域)は重量
と料金を基準に設定され、それが段階的に縮小され
ていきました。 その間にドイツポストは利益の出る体
質を作ることができた。 それに対して、日本は郵便
についての産業政策がなかったといえます」
「信書便法の施行でリザーブドエリアの線引きに信
書という概念が入り、信書は独占だが、それ以外は
違うということになった。 しかし何が信書かという
のは非常に判断が難しい。 “神学論争”になってしま
った。 結果としてリザーブドエリアと非リザーブドエ
リアの境目がどんどんあいまいになっていくという
状況を招きました」
「日本以外の国ではメール便競争などはあり得ま
せん。 どこも重量や料金といった外形的な基準によ
り、リザーブドエリアがきちんとリザーブされていま
す。 実態としては日本ほど郵便市場が自由化されて
いる国はないと思います。 そのため、郵便事業はユ
ニバーサルサービスと現在の料金を維持しながら、利
益を出さなくてはならないという非常に苦しい状況
に置かれてしまった」
──しかも公社化する時点で、郵便事業の債務超過
は五八〇〇億円に上っていました。
「加えて毎年赤字でしたから破滅的といえる状態で
した。 五八〇〇億円の債務超過を一気に消すことは
不可能です。 そこで私がやったことは、少なくとも
単年度の損益を何とか黒字にしようということです。
わずかながらでも利益が出れば、少しずつでも債務
超過は解消の方向に向かう。 従来の延長線上で事業
を続けていたら今頃大赤字になっていた。 債務超過
が毎年二〇〇〜三〇〇億円増加していったでしょう」
「黒字確保のために、まず生産性の向上に取り組
みました。 各局でばらばらだった仕分け作業などを
『JPS(ジャパン・ポスト・システム)』として標準
化し、生産性を大きく改善できました。 また郵便局
改革にも着手し、かなりの部分は改善しました。 と
ころが今の体制になって特定郵便局の部分の合理化
は後退してしまった。 このままでは将来立ちいかな
くなるのは明らかで、ロスタイムがもったいない」
──郵便事業の人件費比率は七〇%以上です。 民間
の物流企業と比べて格段に高い。
「それでも公社時代の四年間で常勤職員を四万人弱
削減しています。 これ以上、大きく減らすことは難
しいでしょう。 末端の配達は典型的な労働集約型産
業です。 また、ユニバーサルサービスが義務付けられ
ているため、民間企業のように効率が悪い地域のサ
ービスを停止する、というようなことはできません」
日本郵政公社の初代総裁として4年にわたり郵政改革の指揮を
とった。 従来の聖域にメスを入れると同時に、“真っ向勝負”を旗
印に物流市場への本格参入を表明。 宅配事業のシェア拡大や国際
物流への参入を積極的に進めた。 その後の方針転換による改革後
退を懸念している。 (聞き手・大矢昌浩、梶原幸絵)
生田正治 日本郵政公社初代総裁 商船三井相談役
第3部日の丸インテグレーターの現実
■■ Interview■■
23 DECEMBER 2007
──コスト削減の一方で物流市場に本格参入を進め
ました。
「公社の郵便事業売上高の内訳は信書が九〇%、ゆ
うパックやダイレクトメール、EMSなどの非信書は
一〇%でした。 九〇%を占める信書が毎年減少する
傾向にあるため、そのままでは売上高全体も年々減
り、毎年債務超過が膨らむことになります。 売上の
減少に何とか歯止めをかけるためには、信書以外の
部分を伸ばし、将来的には信書と信書以外の売上高
比率を半々くらいにするつもりで拡大するという戦
略をとりました。 最終的には信書が七五%、信書以
外が二五%くらいにまで持ち上げました」
──競争市場に入らず縮小均衡するという選択肢は
なかったのですか。
「総裁就任時、ゆうパックのマーケットシェアは年々
縮小しており、もともとは七〇〜八〇%だったのが
五・七%にまで落ちていました。 このため、一部に
はゆうパックをやめようという議論もありましたが、
ゆうパックは郵便物流と一体になっています。 ゆう
パックをやめればその固定費がすべて信書にのし掛
かってくる。 すると、ユニバーサルサービスを維持す
るためには信書の価格を値上げせざるを得なくなる。
ダイレクトメールについても同じことがいえます」
──結局、国民にツケが回る。
「ええ、ですから逆にゆうパックに注力することで、
大きな利益の根源とするという考え方です。 ゆうパ
ックのシェアを少なくとも一〇%まで伸ばしていこう
という『ターゲット
10
』を掲げました。 今、八・五%
くらいまできていると思います。 黒字に転換し、利
益が多少なりとも貢献するところまできました」
──ゆうパックは日本通運との統合が決まりました。
「日通との事業統合については、以前からずっと
検討を続けていました。 公社としてもそうでしたが、
日通自身に宅配事業を統合としたいという強い意向
がありました。 ただ、今回の事業統合では、話し合
いのもう一つの柱であった国際物流について具体的
な事項がない。 そこは心配しています」
国際物流の展開を懸念
──国際物流に関しては、中国郵政集団公司との提
携などが発表されています。
「それも以前からの協定を再確認しただけです。 万
国郵便条約の範疇で行っているEMSを強化するに
過ぎない。 中国郵政との提携により、国際物流の一
角が開けたということにはなりませんね」
──郵政が自力でゼロから国際物流をスタートするこ
とは?
「現実的には難しいと思います」
──すると、提携か買収しかない。
「それが、私のやろうとしていたことです。 国際物
流の突破口を開こうとした試みが、TNTとの提携
交渉でした。 ジョイントベンチャーを作り、共通の商
品を出し、流れを太くしていく。 TNTが提示して
きた条件が最終段階で変わったので結局取りやめま
したが、エクスプレスに進出していくための、現実的
ないいアイデアだったと思っています。 またエクスプ
レスに進出するために提携する相手は四大インテグレ
ーターだけに限った話ではなく、例えば日通さんで
もいいと思っています」
──ドイツポストのように株式公開益や独占市場で得
た利益を物流企業の買収に充てるという選択肢は?
「最終的には政治判断が必要で、当分は無理だと思
います。 繰り返しになりますが、郵政事業に対する
産業政策の欠落のツケが回ってきています」
生田正治(いくた・まさはる)
1957年3月慶應義塾大学経済学部卒業、同
年4月三井船舶(現商船三井)入社。 87年6
月取締役、94年6月代表取締役社長、2000
年6月代表取締役会長。 03年4月日本郵政
公社総裁就任、07年3月同総裁退任、4月
より現職。
●郵便事業の売上高の推移
03年度04年度05年度06年度
20,000
18,000
16,000
14,000
12,000
10,000
8,000
6,000
4,000
2,000
0
16,294
15,247 14,397 14,246
1,686
2,345
3,052 3,239
833 823 803 817
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