ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2008年1号
ロジスティクス・システムの発展
段階的発展の原動力

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

JANUARY 2008  80 段階的発展の原動力 ──テーマは進化論── 第1章 改題の理由  昨年春(二〇〇七年六月号)、本シリーズ は「自己創出型ロジスティクス」というタイ トルの下にスタートした。
それ以来、七回に わたって稿を重ねてきた。
そして筆者の提 唱する「ロジスティクスの段階的発展論」で いうところの第三の発展段階の中核的形態、 すなわちサプライチェーン・ロジスティクスを 論じるべき時に今至ったわけである。
 サプライチェーン・ロジスティクス(略し てSCL)こそ、今日のロジスティクス問題 の本命と目されるものだ。
その構成原理を解 明し、それが保有する高度な機能のよって来 たる所以と、それの活用について、威力を発 揮できなければ、「自己創出型ロジスティクス」 は偽物だとのそしりを免れないであろう。
 しかし、年も改まり、昨年の数カ月の原稿 作成の経験を振り返ってみたとき、「自己創 出型ロジスティクス」というネーミングが適 切であったかどうかが気にかかった。
 自己創出とはオートポイエーシスの訳語で ある。
オートポイエーシスがわが国に紹介さ れた当初に一部の人が用いたものだが、訳語 としてはあまり広がらなかった。
本稿のタイ トルも本来であれば「オートポイエーティッ ク・ロジスティクス」としたかったのであるが、 カタカナだけの表示は気が引けて、訳語を入 れたのである。
 オートポイエーシスは、ルーマンがいうよ うに、自己言及の説明理論として強力なター ボエンジンとなった。
しかし、これを取り込 んで、ルーマンはより広義な社会システム理 論へと発展させたのである。
自己創出(よ り一般的には自己制作)という性質は確かに、 計画された他者制作的な社会システムを否定 する意味においても欠くべからざる表現であ る。
しかし、それを基盤とし、それを出発 点として、全体社会(ゲゼルシャフト)にまで、 その適用領域を拡大している社会システム理 論の形容詞としては、少し狭小さを感じる。
 ロジスティクス・システムは経済システム の一部であり、経済システムは全体社会シス テムに包括される。
そのような広がりとの関 連性を考えて、「自己創出型ロジスティクス」 の第二部となる本稿を、素直に「ロジスティ クス・システムの発展」と改題することにし た次第である。
段階的発展の原動力  さて、一九〇一年、クローウェルは、農産 物が流通する際に発生する諸費用に対して、 諸要因が種々の影響をもたらしていることに ついて、報告書をまとめ公刊した。
(1)こ れが発端となって、やがて物流・ロジスティ クスへと大きく発展していくことになるとは、 クローウェル本人も含め、当時誰一人として 予感さえした者はなかったに相違ない。
 実際、クローウェルが意図せずに示した萌 芽的予兆は、経営や経済的活動の上に直ち あぼ・えいじ 1923年、青森市生まれ。
早稲田大学理工学部卒。
阿保味噌醸 造、早稲田大学教授(システム科学研 究所)、城西国際大学経営情報学部教 授を経て、現在、ロジスティクス・マ ネジメント研究所所長。
北京交通大学 (中国北京)顧問教授。
物流・ロジス ティクス・SCM領域の著書多数。
 今日のロジスティクス問題の本命はサプライチェーン・ ロジスティクスだ。
物流からロジスティクス、サプライ チェーンへと、なぜシステムは構造変容を遂げたのか。
それが進化であるとすれば、その原動力は何なのか。
シ ステム論の見地からロジスティクスの進化を紐解いてい く。
「自己創出型ロジスティクス」は第2 部に突入する。
※「自己創出型ロジスティクス」第2部として改題 81  JANUARY 2008 に反影されたわけではなかった。
その兆候が 明確な姿をもって実現し始めたのは、第二次 世界大戦が終了してから、それも五〇年代 だったといわれる。
 その後、六三年にはアメリカ・ロジスティ クス管理協議会(CLM:現在のCSCM P)の前身であるアメリカ物的流通管理協議 会(PDCM)が創設された。
これによって、 ようやく物的流通という概念が広く世の中に 姿を現わしたのである。
 その当時からの物流・ロジスティクスの発 展経過を表現したのが、筆者の「ロジスティ クスの段階的発展論」なのである。
既に紹介 した図をもう一度、掲載させていただこう。
 ここに示されている図のかたちは第一部で 紹介したものと全く同じだが、その説明には 大きく異なるところがある。
第一部では、第 一段階から第二段階への飛躍は適用領域の拡 大によるものだとしていた。
それに対して今 回の説明では、飛躍はシステムの構造変容を 伴っており、それにより進歩が実現している としたのである。
同様に第二段階から第三 段階への飛躍は組織間の協働(コラボレーシ ョン)によって起こるものだが、それもまた システムの構造変容を引き起こした結果であ ることを示している。
 それでは、各段階間での飛躍の原因となっ ている構造変容とは何によってもたらされる のだろうか。
第一部では、それがロジスティ クス・システムの進化であることを明示しな がらも、進化をもたらす主導的推進力はイノ ベーション(技術的革新)であるという説明 に終わっていた。
 それに対してこの第二部では、ロジスティ クスの発展を経済の発展の一環として位置付 け、さらに経済発展はより広い社会文化的 進化の一部として把えるべきだという見解に 立つ。
つまりロジスティクスの発展を、社会 文化的進化の一部として、大きな流れのな かの共進化の現れだととらえるのである。
ロ ジスティクスだけが独自の力で進歩発展して きたわけではない。
ロジスティクスは社会の 進化の流れのなかで、今日の進歩発展の姿を 実現しているという主張である。
 繰り返すが、クローウェルの報告書が発表 された当時は、それが後代の大きな発展に繋 がるものとは誰も予想もしなかった。
ルーマ ンは次のようにいう。
 (2)「いつの時代にあっても、社会は、そ の深層における構造的な諸変化を予見するこ とはもとより、それと気づくことですらでき なかった。
書き記すことの発明、アルファベ ットの発明、印刷術の発明、それらはほとん ど注意を引くことなく見過ごされてきた。
た しかに、当時の人々はこれらの出来事の重要 性を評価することも、社会という包括的シス テムの構造革命の見地から、これらの帰結を 予見することもできなかった──」  ロジスティクスの領域においても同様だ。
パレットやコンテナによる共同一貫輸送、各 種の包装技術、高層自動倉庫や自動仕分装置、 ITF等の表示方法や各種のIT技術、J ITやQR等の管理技術、等々の革新技術 が今日のロジスティクスの発展をもたらした のだと多くの人々は考えていると思う。
だが、 これらの目に見える革新技術の成果の深層に、 社会的構造変化が潜んでいることには気がつ かない。
さらに重大なことは、この構造変 動をもたらすことを進化と呼んでいることで ある。
システム論における ロジスティクスの位置づけ  本論に入る前に、システム論はロジスティ クスに対して、どのような位置を与えている 図1 ロジスティクスの段階的発展 第3段階 第2段階 第1段階 第0段階 協働ロジスティクス 垂直的:サプライチェーン・ロジスティクス 水平的:共同物流 ロジスティクス 物的流通=物流 輸送・配送・保管・包装・荷 役・流通加工・物流情報等 の独立的運営 システムの構造変容 システムの構造変容 システム化 社会文化的 進 化 JANUARY 2008  82 かについて、簡単に見ておきたい。
 図2はルーマンの考え方に従って近代社 会を把握したときの全体像を示したものだ。
ここでは、三つのシステム・レベルが示され ている。
 第一に全体社会──ドイツ語ではゲゼルシ ャフト──という包括的システムは、「その 他すべてのものをふくむあらゆる社会諸シ ステムのなかでもっとも重要なもの」と位 置付けられている。
(3)そして、この全体 社会という包括的システムは、進化によって のみ、その構造を変化させることができると されている。
 この進化は有史以来これまで、社会分化 という形をとって進行してきた。
その第一段 階は、最も単純な分化の原理とみられている 環節的分化によるものである。
原始社会の ような単純な全体社会は環節的に分化され、 種族、村落、家族などといった同等の部分に 区分されていた。
 第二段階は成層社会である。
第一段階の 原始的な種属社会から、成層的分化によって、 より複雑な社会的結合へ移行したのである。
古典ヨーロッパ的、アジア的、およびアメリ カ的高文化から一五、六世紀のヨーロッパ前 近代にいたるまで続いた。
いわゆる身分社会 である。
 わが国でも、つい百数十年前までは、士 農工商の制度が続いていた。
いわゆる封建 社会と一概によばれるものだ。
封建社会は 身分の上下の区別という主導的区別によっ て、一義的に垂直的に社会を分化したものだ。
それでも第一段階の環節的に分化した社会形 態に比べると、複雑性は途方もなく増大した。
すなわち、より進歩した社会となっていたの である。
 第三段階は今日の近代社会である。
ここ でいよいよ、成層的分化から機能的分化へ と転向するのである。
機能的分化とは、全 体社会システムに対する独自の機能的関連 によって区別される同等でない部分システム、 例えば、経済、政治、法、科学、宗教、教 育などへ、社会が分化をとげることをいう。
(4)  それが現代社会の姿であって、図2に示 しているものなのである。
しかも、図2で 示したかったことは、ロジスティクス・シス テムは下位システムの一つとして、経済シス テムに所属しているということである。
な お、全体社会システムが進化するということ は、現在、諸機能的社会システムが分化し多 様な進歩発展を実現しているという事実が 示している。
システム論的進化論  今日、SCMやSCLを論じる人々の多 くは、口を開けば、「全体最適」だ、「競争 優位」だ、「戦略的提携」だとのスローガン を唱えている。
また、その目的達成のため には、やれ「制約理論」だ、「活動基準原価 計算」だ、「スコアカード方式」だといった 手法が喧伝されている。
 このような表現はサプライチェーンの矮小 化につながるものではなかろうか。
筆者は そのような傾向に与しない。
サプライチェー ンにおける最大のキーワードは「進化」であ ると考えるものである。
 しかし、前述の諸風潮にも古い進化論の 影響が見られる。
ダーウィンの「自然淘汰」 図2 ロジスティクス・システムの位置付け 全体社会システム 教育 システム 学術 システム 法 システム 経済 システム ロジスティクス システム 政治 システム 宗教 システム‥‥ ‥‥ ‥‥ 83  JANUARY 2008 ている。
これに関する彼の説明の要点を以下 に簡単に紹介する。
(6)  第一に「変異」であるが、これによってシ ステムの要素、すなわちコミュニケーション が変化する。
システムにおいては、コミュニ ケーションという要素によって、次の新たな コミュニケーションという要素が再生産され る。
これは本稿の第一部でもしばしば強調し てきたところである。
 そしてコミュニケーションという要素が、 次の新たなコミュニケーションという要素を 再生産する際に、逸脱の生じることがある。
これによって変異が成立するのである。
変異 の成立は予期することができない、驚きをも たらすコミュニケーションによるものである。
 第二の「選択」に関係するのは構造、す なわちコミュニケーションを制御している予 期である。
選択によって逸脱的なコミュニケ ーションのうちから、構造を構築するのに適 すると見込まれる意味関連が選び出される。
反復的に使用することができる予期を新たに 形成して圧縮効果を発揮することができる意 味関連を選ぶのである。
 他方において、選択が拒絶される場合も ある。
逸脱を例外的な場合に起こることにし たり、忘却の故にしたりする場合などが該当 する。
または革新が構造として存続すること、 つまり引き続くコミュニケーションのガイドラ インとしては適当でないと考えられる時には、 はっきりと拒絶される場合もある。
 第三の「再安定化」は、進化しているシ ステムが、積極的であれ消極的であれ、一 定の選択の実行されたその後に示す状況に関 連するものである。
当面、焦点となるのは、 環境と関連している全体社会システムそのも のであるが、全体社会の内部において、部 分的に再安定化が発生することもある。
し かし、全体社会の進化が進んでいくと、再 安定化の機能は全体社会の下位システムへ滲 透していくのである。
 以上の進化の三つの構成要素に関する説 明はごく簡略化したものであり、これだけ ではロジスティクスの進化の過程に関するイ メージは浮かんでこないであろう。
そこで、 この三要素をロジスティクスの進化、特にサ プライチェーンの形成に当てはめてみる実験 を、以下の章で試みてみたい。
説やスペンサーの「最適者生存」説からの影 響である。
筆者がサプライチェーンにおける キーワードを進化であると主張するに当たっ ては、そもそも筆者が進化論をどのように解 釈しているのか、その立場を明らかにしてお く必要があるだろう。
 進化論については、さまざまの学説があ り、これまでも多様な議論が重ねられてき た。
ルーマンはシステム論から進化論にアプ ローチしている。
(5)「進化論の基本命題は 『進化とは、成立することの蓋然性の低さを、 維持されることの蓋然性の高さへと変換する ことである』というものである。
」  しかしながら、「これは(エントロピーの 法則にもかかわらず)エントロピーからいか にしてネゲントロピーが成立しうるのかとい うより知られた問いを定式化し直したものに 他ならない。
」ここで問題となっているのは 複雑性の構造生成だというのである。
 このような漠とした定義では十分な理解は 難しいだろう。
それよりも段階的発展論を唱 えるわれわれとしては、最も興味があるのは 進化が起きるそのプロセスである。
ルーマン のいう「複雑性の構造生成」とは、そのプロ セスを指しているのかもしれない。
 ネオ・ダーウィニズムは、その内容を「変異・ 選択・再安定化」という図式で定義している。
ルーマンは、この進化の三つの構成要素のそ れぞれに対し、社会システムのオートポイエ ーシスの構成要素を関係づけることを提案し ※1 Crowell John F., Report of the Industrial Co mmission on the Distribution of Farm Product, 6, (Washington D.C.U.S. Goverment Printing Office, 1901) ※2 ニクラス・ルーマン著 土方透・大沢善信訳「自 己言及性について」一九九六年 国文社 ※3 (2)に同じ ※4 ゲオルグ・クニール、アルミン・ナセヒ著 舘野受男、池田貞夫、野崎和義訳、「ルーマン社会 システム理論」新泉社 一九九五年 ※5  Niklas Luhmann,“Die Gesellschaf der Ges ellschaft” Suhrkamp, 1998. ※6 (5)に同じ  参考文献

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