ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
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2008年1号
値段
商船三井

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

JANUARY 2008  58 経常利益は八年で一〇倍に  ここ数年における商船三井の躍進は実に目 覚しいものがある。
本稿を始めるにあたり、 二〇〇〇年以降の同社収益の軌跡を振り返っ てみたい。
 まず、一九九九年度(二〇〇〇年三月期) 連結経常利益は二八六億円であった。
〇〇年 度には、世界の生産基地アジアから欧米向け のコンテナ荷動きの回復と運賃上昇により、コ ンテナ船事業収益で黒字転換を果たし、経常 利益は八五%増の五三〇億円と急増したが、 〇一年の米国同時多発テロを契機とする荷動 き悪化、運賃反落などにより〇一年度、〇二 年度の経常利益は三〇〇億円台に後退した。
 しかしこの後、海運業界を取り巻く様相が 大きく変化し始める。
コンテナ船事業におい ては、同時多発テロ後の一時的な荷動き低下 からの立ち直りが早く、運賃は〇三年から再 び大幅な上昇に転じた。
一方、鉄鉱石や石炭 などを輸送するドライバルク事業では、中国 の鉄鉱石輸入需要が急増したことなどにより、 〇三年後半から運賃市況が急騰。
鉄鉱石を主 に輸送する大型のケープサイズ船(一五万〜 一七万重量トン前後)の用船市況は、従来の 一日当たり一万〜三万ドル水準から過去のレ ンジを大幅に上回る八万ドル超の水準に上昇 した。
 〇三年後半には、当時社長だった鈴木邦雄 現会長が、経常利益が一〇〇〇億円に乗る可 能性を示唆。
この時点でアナリストや投資家 など市場関係者は、筆者を含め経営者の「強 気」に対し一様に半信半疑であったが、市場 の先見性というべきか、株価は既に〇三年年 初の時点から期待を織り込む形で、現在まで の長期にわたる上昇トレンドのスタートを切っ ていたのである。
 結果として、〇三年度は、年度前半のドラ イバルク市況がさえず経常利益一〇〇〇億円 達成こそ逃したものの、九〇〇億円強の水準 に急上昇。
ここで、長らく邦船トップとして 君臨してきた日本郵船の経常利益を初めて実 質的に上回った。
翌〇四年度にはドライバル ク、コンテナ運賃がともに上昇基調を持続し たことにより経常利益は一気に一七〇〇億円 を突破した。
 〇五〜〇六年度は、業界再編に絡む混乱 などを背景にコンテナ運賃が急落し、コンテ ナ船事業収益は〇六年度再び赤字に転落した が、ドライバルク事業の収益は、ケープサイズ 市況が一時二万ドル台に急低下するなど乱高 下する中でも新造船の収益貢献などから増益 基調を継続。
連結経常利益は一度も減益とな ることなく高水準を堅持した。
商船三井 経営判断と決断力で邦船トップに 市況の波に乗り利益水準が上昇  商船三井の利益水準が急上昇している。
絶好のタイミ ングで船隊増強に踏み切り、ドライバルク市況高騰の波 に乗ったことが大きいが、それだけではない。
多くはこ れまで先進的な施策を打ち出してきた同社の経営判断と 決断力の結果といえる。
ドライバルク市況の下落局面で も、タンカー市況の動向によっては同業他社との差を広 げそうだ。
板崎王亮 クレディ・スイス証券 運輸担当アナリスト 第36回 59  JANUARY 2008  〇七年度はコンテナ運賃は欧州向けを中心 に回復、ドライバルク用船市況は夏場以降、ケ ープサイズ型で一日当たり一八万ドル台とい う未知の領域に駆け上り、現時点でも高値近 辺で推移中である。
 こうした状況を背景に、〇七年度の経常利 益は、二〇〇〇億円台後半から場合によって は三〇〇〇億円を窺おうかという状況となっ ている。
「経常利益一〇〇〇億円」を「楽観 的」とみていたことが遠い昔話のようである。
また、日本郵船との利益格差もさらに拡大し ており、邦船トップの地位を着実に固めつつ ある。
先進的な施策打ち出す  商船三井の利益水準がここまで大きく上昇 した最大の要因は、いうまでもなく空前のド ライバルク市況の高騰であるが、〇三年前後 という絶好のタイミングでケープサイズ船を中 心に大幅な船隊増強に踏み切ったことが、同 業他社を上回る利益成長率、利益率を実現す る原動力となっている。
 これには偶然という要素が全くないとはい い切れないが、〇三年後半の市況上昇局面に おいて、同社が中国の資源輸入国化とそれに 伴うドライバルク事業環境の構造変化に確信 を持ち、その確信を裏付けとした積極発注を 行ったという状況証拠が、当時の筆者取材ノ ートに記されている。
もちろん、その後の運 賃市況が現在ほどの高水準になると予想して いたわけではないだろうが、結果的には決断 力と経営判断のスピードが同業他社との差別 商船三井の過去10年間の株価推移 (円) 《出来高》 JANUARY 2008  60 化をもたらしたといえそうだ。
 同社はもともと独自性を発揮しにくい海運 業界において、先進性のあるユニークな施策 を次々と打ち出してきた。
 九四年には、コンテナ船事業において、従 来の国内企業同士の共同運航の枠を打ち破る 世界規模のアライアンス(コンテナ船共同運航 組織)「ザ・グローバル・アライアンス(現在 のザ・ニュー・ワールド・アライアンス)」を 提唱、実現させた。
 これはコンテナ業界におけるグルーピング化 の流れの先駆けとなったばかりでなく、その コンセプトは国際航空分野にも受け継がれる など国際輸送業界に大きなインパクトを与え た。
実効性の面でも、アライアンスによるサ ービスレベルの飛躍的改善(運航の多頻度化、 寄港地の多様化など)がロジスティクス指向を 強める大手荷主のニーズに合致し、また、結 果的に新規参入のハードルが高くなったこと で過当競争の色合いが薄れた。
 企業ガバナンスの点では、九四年から原則 三年ごとに中期経営計画を策定・実施し、結 果を外部に公表している。
九八年に米大手海 運企業の元CEO(最高経営責任者)を役 員に迎え、九九年には「連結株主価値の極大 化」を目標とする中期経営計画を策定するな ど、連結重視、株主重視の姿勢をいち早く打 ち出してきた。
 船隊整備においては、九〇年代半ばから エネルギー輸送部門の重点強化を図ってきた。
原油輸送では地球環境問題をにらみ大型タン カーのダブルハル(二重船殻)化への取り組 みを進め、九九年にはタンカー事業に強いナ ビックスラインを合併。
一方で石油代替エネ ルギーとして重視されているLNG(液化天 然ガス)、メタノール輸送に積極的に取り組ん できた。
 特にLNG輸送では、先行的な取り組みに より、現在と比べ比較的利幅の厚い長期契約 を多く取り込んでおり、プロジェクトファイ ナンスによる単独輸送契約も多い。
このため、 LNG船事業の利益貢献額は同業他社を大き く上回っている。
市況下落に備え逆櫓戦略  商船三井が現在、邦船トップの地位を固め つつあり、株式時価総額も国内同業他社を 大きく引き離しているという現状は、決して 「ドライバルクの想定外の好市況」という一現 象にのみ依存するものではなく、多くは前述 したような「経営力」による必然的結果とみ るべきであろう。
 とはいえ、現状の好業績が「想定外の高市 況」によって膨張されているのは事実である。
将来的に市況下落局面が訪れた場合、いかに 利益減少を食い止めるかという点は、今後の 重要な経営課題だ。
 同社は「逆櫓(さかろ)」戦略と称して市 況下落局面での対応策を固めつつあるようだ が、実際問題として全く利益水準を損なわず にとどめることは極めて困難だろう。
同社の 株価が現在調整局面にあるのも、こうした現 実を投資家が冷静に考慮している結果といえ るかもしれない。
 同社について、先行き理想的なシナリオは、 タンカーをはじめとするエネルギー輸送事業の 市況上昇であろう。
ドライバルク市況が空前 の高水準にあるのに対し、タンカー市況は総 じて低迷している。
タンカーは当面、新造船 の供給圧力が強いことが市況の重しになって おり、現在はドライバルク船の発注が急増する 一方で、タンカーの新造発注は急減している。
ドライバルク市況が下落する局面下でタンカー 需給が逼迫し市況が急上昇すれば、世界最大 級のタンカー・オペレーターである同社にとっ てメリットは大きい。
こうなれば、九〇年代 からエネルギー輸送力強化を進めてきた同社 の、まさに戦略的一人勝ちとなり得よう。
いたざき おおすけ 一九八 八年三月神戸市外国語大学 卒業、同年四月岡三証券入社。
シュローダー証券、INGベア リング証券を経て、二〇〇一 年二月クレディ・スイス証券 に入社。
八八年以来、運輸 セクターを中心にアナリスト 活動を展開している。
著者プロフィール

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