ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2005年9号
keyperson
菱食

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

1 SEPTEMBER 2005 日本市場は寡占化しない ――問屋無用論とは裏腹に、これま でのところ菱食を始め国内の大手卸 の業績はどこも堅調です。
「理由は簡単です。
メーカーと小売 り、つまり工場と店舗は、それぞれ違 ったニーズを持っています。
製造機能 は単品大量、消費は多品種少量です。
この違いを迅速かつ正確に、ローコ ストで結びつけるという仕事は未来 永劫なくならない。
いくらITが普 及しても、映像や情報のようなバーチ ャルな世界と違って、我々の手掛け ているリアルな世界では誰かがそれを やらなければならない」 「そして日本ではそうした仕事を伝 統的に卸売業が担ってきた。
日本と いう国は世界的に見ても、古くから 問屋資本が発達していた。
しかも諸 「だからいまだに小規模多数という のが日本の小売業の特徴になってい る。
直近の商業統計を見ると、日本 の小売業の事業者数は、減ったと言 われながらもまだ一二四万店もある。
林周二先生が『流通革命』を出版し たのが一九六二年で一二七万店です。
日本の小売業は遅れている。
やがて 欧米の組織小売業に取って代わられ るだろう。
それによって日本の卸売業 も姿を消すに違いない。
『流通革命』 はそう予言した。
しかし、日本の小 売業の事業者数は結局、当時と変わ っていない」 ――なぜでしょうか。
「一つ大きな理由があります。
日本 は非常に四季が豊かで生鮮物が豊富 です。
そのために四季折々の旬な生 鮮品を中心に食事のメニューが出来 上がっている。
食品スーパーにおける 生鮮品の売上高はどこもだいたい五 割以上です。
そして生鮮食品という のは一つとして同じモノはない。
だか ら消費者は自分で直接、商品を選ぶ。
モノを確かめ、鮮度を確かめてから買 う。
そうなると、どうしても多頻度購 買になります。
欧米では九〇%以上 の消費者が週に一〜二回しか買物を しない。
日本は週に五回です。
購買 のスタイルが違う。
小規模多数は日 本の消費者にとって一番良い図式に なっている」 ――しかし、それは今までの話です。
現状を見る限り、予言は確かに外れ たけれども、これから日本もそうなる という可能性は? 「ありませんね。
これまでも多くの 大手チェーンストアが日本の流通を 変えようと一生懸命がんばってこら れた。
しかし、必ずしもそうした大手 が勝ち残ったわけではない。
既にマイカル、ヤオハン、長崎屋、寿屋とい った大手が破綻しています。
一方で ヤオコーさんやマルエツさん、ライフ さんなどの地域密着型のスーパーは 依然として強い。
もちろん強い大手 もありますが、大きいから勝てるとい うマーケットではない」 「やはり小規模多数というスタイル が日本には一番合っているんだと僕 は思う。
実際、先進国でコンビニエ 規制があって、日本の小売業の近代 化は欧米に比べて遅れた。
卸売業が 必要な機能を形成する時間的余裕が あったんです。
一方、欧米では小売 業が急激に近代化した時に、それに ついていける卸売業がいなかった。
そ のため小売業は自分で中間流通をや るしかなかった」 ――サプライチェーンのモデルは国に よって違うということですか。
「発展の歴史的経過によって違ってく る。
欧米では中小小売業、つまり中 間流通機能を内在できないスケール の小売業がナショナルチェーンに太刀 打ちできなくなって、小売りの上位 寡占化が進んだ。
しかし日本には卸 売業という大変便利な存在があった ために、規模に劣る小売業でもナシ ョナルチェーンと比べてそれほど遜色 のない戦いができている」 菱食 廣田正 会長 「日本では大が小に勝つとは限らない」 欧米市場の卸は小売業の急激な進化に対応できなかった。
その結 果、卸機能を内在した組織小売業が台頭し、中小規模の小売業が駆 逐された。
しかし日本の卸は間に合った。
フルラインの品揃えと高 度な物流機能を備えた卸のサポートによって、日本では規模に劣る 小売りでも大手と互角の戦いができる。
(聞き手・大矢昌浩) SEPTEMBER 2005 2 ンスストアがこんなに発達している国 は日本のほかにない。
先の商業統計 を見ても、日本で今伸びている小売 業態はGMSでも百貨店でもなく、三 〇坪から五〇坪の規模のコンビニな んです」 ――日本特殊論ですか。
「学習院大学の田島義博学長も、当 初は自分も(日本の流通の)遅れだと 思った、しかし、それは遅れではなく 日本の固有性だと確認した、と言っ ておられます。
私もその通りだと思い ます。
日本のスーパーマーケットほど 厳しい競争をしているところなど、世 界のどこにいったってありませんよ」 ――むしろ日本の小売りは大店法な どの規制に守られて、本格的な競争 をしてこなかったのでは。
「昔は皆そう言っていました。
しか し、ここまで来ると、そんなことを言 う人もいなくなりました」 地域スーパーと共に戦う ――戦後の日本の小売業が欧米から 業態を輸入したのは事実でしょう。
「それは間違いない。
しかし日本の 小売業は、スーパーマーケットが登場 する一九六〇年代ぐらいまでは供給 過小だった。
供給過小構造であれば、 どんな小売りでもモノは売れるし、ち ゃんと儲かる。
それが今は完全な買 い手市場に変わってきている。
どこで 変わったかと言えば、私の経験から すると、分水嶺は第一次石油ショッ クです」 ――一九七三年ですね。
「その頃から変わってきたわけです。
それまでの高度経済成長時代には、何 をやってもどんどん売れました。
大き な売り場さえ作れば成功する時代で した。
今は違います。
どこも個店対 応に躍起になっている。
自分の店の 特徴、優位性をどう出すかというこ とに全力を注いでいる。
日本固有の 食文化の特殊性は、紛れもなく、厳 然としてある」 ――むしろ個店対応が行き過ぎて、チ ェーンオペレーションのメリットを活 かせないところに日本の小売業の弱 点があるのでは。
「そういう考え方が、少し前までは 流通業界を支配していました。
しか し今は、まさにこの数年のことですが、 少し違うぞという認識になってきてい る」 ――日本は欧米型にはならない? 「我々が一九七〇年代に視察に行っ た頃のアメリカは、豊かな中産階級 が夢に見る生活を支えることが、流 通の未来像、理想像でした。
芝生の ある郊外の一戸建てに専業主婦がい て、子供が二人、といった生活です。
しかしそんな中産階級が、今はどこ にもいなくなってしまった」 「引き金は冷戦構造の崩壊です。
東 側の低廉な労働力や資源が西側にど んどん流れ込んで価格破壊が起こっ た。
これによって豊かな中産階級も 崩壊し、金持ち層とロウアーミドル (Lower-Middle)に二極分化した。
割 安な労働力が流入したことで中産階 級の労賃が下がってしまったんです。
その結果、アメリカでは豊かな中産 階級をターゲットにした業態が衰退 していった。
その代表が百貨店です。
JCペニーやシアーズローバックが力 を失い、代わってロウアーミドルを対 象にした総合ディスカウンターのウォ ルマートが伸びていった」 「それではアメリカと同じことが日 本でも起こるのか。
日本の中産階級 もアメリカと同様に崩壊するのか。
私 は日本の中産階級は崩壊しないと考 えています。
今後も日本には、海外 の割安な労働力が大量に入ってくる とは思えない」 ――しかし、ウォルマートを始めとし たロウアーミドル向けの新興勢力は、 国内市場を支配した上で国際展開に 乗り出しています。
「国内を支配したと言っても、現実に はかなりの問題が出始めています。
ロウアーミドルを対象とするには低価格 でなければいけない。
そのためには低 コストでなければならない。
それを実 現して大きくなったウォルマートには、 あの規模でいまだに労働組合がない。
移民や女性の雇用問題で多くの裁判 を抱えている。
ヨーロッパでも問題は 表面化しています。
EU憲法が批准 されなかったのも、東側から流入した 労働力に、中産階級が足を引っ張ら 廣田正(ひろた・ただし) 1933年生まれ。
慶應義塾大学経 済学部卒。
58年、北洋商事(現・ 菱食)入社。
70年、取締役。
79 年、北洋商事ほか、三菱商事系の 食品卸4社が合併し、商号を菱食に 変更。
89年、社長。
2003年、会 長。
現在に至る。
同社の中興の祖 であるだけでなく、日本の中間流 通におけるオピニオンリーダーと して知られる。
1996年、藍綬褒 章。
2004年、勲三等旭日中綬章。
3 SEPTEMBER 2005 れているという現実があるからです」 ――どの業態が勝つかというのは普 遍的なものではなく、その国の文化 や環境次第ということですか。
「当たり前です。
消費者がよその国 の文化につきあって買い物しますか。
自分の文化に最も合った買い場にい くでしょう」 ――それでもメーカーの階層では、同 じ商品を全世界に展開し、グローバ ルに競争をしています。
小売りには グローバルスタンダードは存在しない のでしょうか。
「少なくとも食のビジネスでは成り 立たない。
食は固有の文化です。
ハ ーバード大学のハンチントン教授は、 日本はアジアとして括るよりも『第八 の文明』として認識すべきだと指摘 していますが、その通りだと思う。
ビ ジネスの問題だけでなく宗教観だっ て全くそうでしょう。
日本の流通で 大事なのは日本の文化に親しんでい る消費者がどういう消費者行動をと るのかということです」 ――それでもウォルマートの上陸は脅 威でしょう。
「もちろんです。
ウォルマートが西 友を傘下に収めた時に、世間では世 界最強の小売業が上陸したという受 け取りかたをしましたが、我々は世界 最強の中間流通業者が日本に上陸し たという認識でした。
我々は世界最 強と戦って負けないような中間流通 機能を構築しなければならないと考 えた」 ――既に日本から撤退したカルフー ルも世界的に見ればウォルマートに 次ぐ強者でした。
「だから当社はカルフールとも取引 しなかった。
日本市場への参入にあ たって、カルフールとは何度も話し合 いを重ねました。
しかし、彼らが我々 を利用するのは日本で成功を収める までのことだと考えざるを得なかった。
最初は苦しいから卸の助けを借りる けれども、成功したら卸はいらなくな る。
それでは我々は困る。
フィロソフ ィーが合わない。
ウォルマートも基本 的なスタンスは同じでしょう。
元々、 当社は西友さんとお取引があったの で、当初は自動的に取引が続いてい ましたが、昨年それも無しにしまし た」 専用センターの神話 ――リスクをとったわけですね。
「日本の地域密着型の食品スーパー は当社を必要として下さっている。
彼 らがウォルマートと戦う以上、我々 も一緒になって戦わなければ、やはり ウソだと思う。
中間流通を我々に依 存して下さる方がいる以上、中間流 通同士の戦いで負けるわけにはいか ない。
日本の小売りでも今後は中間 流通を自分でやるというところが、い くつか出てくるでしょう。
しかし、そ れも日本の食文化を考えれば、それ ほど多くはないと考えています」 ――流通外資に学ぶべき点も多いで しょう。
とくに製品別の利益管理で ウォルマートは、日本企業よりもか なり先を行っているように見えます。
「ウォルマートの最大の戦略はED LP(Every Day Low Price)です。
どうやって自分のオペレーションコス トを最小にするか。
そして誰よりもた くさん購入して安く買う。
その結果、 他社より安い価格で売っても利益が 残る。
非常にシンプルです。
当社も ほぼ同じ発想でこれまでやってきまし た。
確かにウォルマートは強いけれど、 我々も簡単には負けない」 ――ただしウォルマートは店舗も自 分で運営している。
一方の菱食にと って店舗は顧客です。
その顧客がこ のところ一括物流と称して専用セン ターを設置するようになっている。
小 売りが専用センターを設置するのは サプライチェーン全体から見れば効 率が悪いはず。
実際、菱食の汎用セ ンターを利用していた顧客が専用セ ンターに移れば、汎用センターの稼 働率は下がる。
しかし菱食にとって 相手が顧客である以上、専用センタ ーをやめろとは言えない。
ジレンマが あるのでは。
「当社の場合、全体の商売自体が一 貫して増え続けてきたので、そうした ジレンマに直面してこなかった。
稼働 率は下がらなかった。
しかも最近では 小売りも自分でやるより当社に任せ たほうが良さそうだという風向きに変 わってきている。
いったんは自分でや ってみたものの、やはり当社の汎用セ ンターを使ったほうがいい。
そう判断 されて戻ってくるお客様が増えていま す。
そうしたことが理解されるように なってきているので、あまり心配はし ていません」 ――過去一〇年続いている小売りの 一括物流ブームは合理性を欠いてい ます。
「やっぱり神話なんですよ。
小売業 も規模が大きくなると、自分の物流センターが必要になる。
欧米の教科 書にはどれもそう書いてある。
しかし、 当のアメリカでも次のステップとして、 3PLへのアウトソーシングが検討 されるようになっている。
経営資源は 店頭に集中したほうが良いという動 きが出てきている。
最新の動きですが、 欧米でさえそういう方向に変わって きているんです」

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