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JANUARY 2008 34
インドの国内物流とその市場
インドの物流が変わろうとしている。 かつてインド進出の
壁とされてきたインフラの改善、そして相次ぐ外資メーカー
進出と国内小売市場の成長とともに、物流についてもグロー
バル・スタンダードが求められるようになってきた。 これ
に対応してGPSを利用したトラッキングシステムの導入や3
PL、4 PLをうたう物流企業も登場し始めている。
路を中心に国道の四〜六車線化、高速道路化工事が進
行している。 かつては劣悪な道路状態から時間もコス
トもかかると敬遠されていた道路輸送だが、こうした
インフラの改善のほか、輸送遅延が恒常化している鉄
道に比べ所要時間が読みやすいこと、また輸送日数も
鉄道とほぼ変わらないレベルまで上がってきているこ
ともあり、輸送量は年間七〜一〇%の勢いで伸びてい
るという。
しかし、こうした主要幹線を除けば、インド全体の
道路事情はまだまだ脆弱だ。 全国の国道約六万キロの
うち舗装されているのは半分程度に過ぎない。 対GD
P比でみた物流インフラへの投資も中国の二〇%に対
し四%にとどまっており、BTO方式(Build-Transfer-
Operation:民間企業が一定期間の運営権と引き換えに
施設を建設するかたちのPFI)など民間資本を活用
することで資金を捻出している状態だ。
そうして着手した道路網の整備計画も、土地収用の
遅延や環境問題、鉄道ルートとの調整や未熟な建設技
術などにより工事は遅れ気味で、〇三年完成を目指し
ていた「黄金の四角形」もまだ整備途上にある。
第5部
瀬谷千枝 みずほコーポレート銀行香港支店 中国アセアン・リサーチアドバイザリー課
「黄金の四角形」でさえ整備は途上
日系企業のインド進出社数は二〇〇七年に入り五〇
〇社を突破した。 インドの国内自動車市場で圧倒的優
位を誇るマルチ・スズキをはじめとする自動車関連メ
ーカーを中心に、最近では化学、鉄鋼、医薬品、IT
などへ進出企業の顔ぶれは広がっている。 他方、日本
企業にとってインドへの進出はいまだ敷居が高いとい
う意見が多勢を占めるのも実情だ。 とりわけインドで
の事業展開におけるもっとも大きな障壁として現地日
系企業が一様に指摘するのが、インフラ整備の遅れと
貧弱な物流事情だ。
インドの物流を語るには、まずインドの物流インフラ
の現実を知る必要がある。 インドの国内輸送において
主要幹線となっているのはデリー、ムンバイ、チェンナ
イ、コルカタの主要都市を結ぶ「黄金の四角形」と呼
ばれるルートで、鉄道・道路とも輸送貨物の六〜七割
がこのルートに集中している。 しかし物流インフラと
してみた場合、現状ではこの主要幹線でさえ残念なが
らいまだ発展途上といわざるを得ない(図1)。
インドは旧・宗主国である英国の統治時代から、起
伏に富んだ国土におけるバルク輸送と旅客の長距離移動
の手段として鉄道が発達し、現在も世界四位の総延長
を有する鉄道大国である。 ただし、旅客優先の運行ダ
イヤ編成や、国営企業体質を引きずった非効率な運営、
老朽化した設備などがネックとなり、一九九〇年代に
なって貨物輸送におけるシェアは道路輸送が逆転。 〇六
年には鉄道貨物輸送の民営化が行われ、今も長距離輸
送の一翼を担う輸送手段として取扱貨物は年間一〇%
程度ずつ伸びてはいるものの、現状、国内陸上輸送の
七割はトラックによる道路輸送が占めるに至っている。
道路インフラについては、先述の「黄金の四角形」
ルートのほか、国土を東西、南北に走る二本の幹線道
デリー
図1 ナショナルハイウェイ開発計画
コルカタ
ツルチャル
カーニャクマリ
バンガロール
コーチン
ムンバイ
ポルバンダル
スリナガル黄金の四角形
南北回廊
東西回廊
チェンナイ
35 JANUARY 2008
特集
港湾については、インドにある主要十二港のうち、
西岸のムンバイ・JNPT(ナバシェバ)港と、東岸
のチェンナイ港が主な玄関口となっている。 このうち、
ムンバイ・JNPTはムンバイが自動車とバルク、J
NPTがコンテナ専用と棲み分けが図られており、J
NPTはコンテナ貨物の取扱量でインド全体の約六割
を占めている。 また内陸部にある首都・デリーをはじ
めとする北インド各地にとっても両港は海の玄関とな
っており、港に陸揚げされる貨物の三割程度が道路・
鉄道を経由してデリーに向かっている。
他方、東岸の玄関口となるのがチェンナイ港で、コ
ンテナからバルクまでを扱うマルチ・ポートだ。 昨今は
ヒュンダイやノキア、モトローラなど、世界の大手メー
カーがチェンナイ周辺に大規模な生産拠点を構えたこ
とで、取扱量はここ数年、年率約二〇%の勢いで伸び
ている。 ただ、いずれの港も経済成長に伴う急激な取
扱量の増加でキャパシティーが不足がちになっており、
拡張・整備の計画も資金不足などでなかなか進んでい
ないのが現状だ。
貨物鉄道
VS
トラック輸送
こうしたインフラの未整備の影響をまともに受けて
いるのが現地で操業する企業である。 インド市場での
販売を目指す日系企業の事業モデルは、?海外で生産
した製品を輸入の上、インド国内の現地法人や販売代
理店を通じて販売、?インド国内に生産拠点を置き、
原材料や一部部材を輸入した上で、国内で生産・販売
する──の二パターンに分かれる。
図3 インド市場への販売スキーム
インド
インド販社
インド取引先
決済
販売
決済
JNPT港
鉄道輸送
陸上輸送
海上輸送
配送
製品
決済
シンガポール乗換
中国工場
各国生産拠点
タイ工場
ICD
個別州倉庫
インド取引先
配送
販売
このうち、?は家電、事務機器メーカーなどに多く、
中国のほか、インドとのFTAで優遇関税が適用され
るタイなどからシンガポールを経由し、海路で製品を輸
入。 国内のICD(Inland Container Depot)を経由
して各地の取引先に配送することになる(図3)。
鉄道・道路輸送のどちらを選ぶかは製品や企業の方
針によりまちまちだが、例えば、ムンバイ・デリー間
約一四〇〇キロの貨物輸送にかかる時間は道路で五日、
鉄道で一週間程度とされる。 鉄道輸送がトラック輸送
より時間がかかるのは、コンテナ・ヤードやコンテナ・
デポから貨物列車に乗せるまでの効率の悪さや、鉄道
の運行ダイヤが乱れがちであること、さらにICDに
到着してからの積み卸し、通関作業の遅滞など、さま
ざまなロスタイムが生じるためだ。
その点、トラックであれば時間的にはほぼ計画とお
りだが、コストは鉄道より二割ほど高く、気温が四〇
度を超える夏場の日中は走行できなかったり、都市部
は渋滞緩和のための通行制限で夜間しか出入りできな
かったりと、道路輸送ならではの制限もある。
自動車・二輪車などに多い?の場合、臨機応変な対
応が可能という理由から道路輸送を選択する企業が目
立つ。 ただ、地場の運送業者の大多数は数人のドライ
バーがいるだけの零細企業か個人企業。 資金不足によ
る車両の整備不良やドライバーの技術・経験不足のほ
か、幹線道路を外れた一般道の整備がまだ進んでいな
いことなどで事故や輸送貨物の破損が起こるケースは
少なくない。 洪水・モンスーンによる道路の閉鎖や、
州境での検閲などもあるため、荷主側もある程度の遅
れは織り込み済みで、在庫を多めに持ったり、破損に
ついては保険でカバーするのが常だ。
外資系物流企業も複数進出はしているものの、通関
からフォワーディングまで一貫したサービスを提供でき
るライセンスを取得しているのは数えるほどしかない。
2,667
3,000
2,500
2,000
1,500
1,000
500
0
377
442 459
317 345
139
472
92 171 108
422
331
558
159 148
9 10
203
735
321
203
110 3 47
ウィシャカパトナム
パラディブ
ハルディア
コルカタ
ツチコリン
エノール
チェンナイ
コーチン
ニューマンガロール
マルマガオ
カンドラ
ムンバイ
JNPT
図2 インド主要港の貨物取扱量(2005─06 年度)
コンテナ貨物取扱量
(千TEU)
カーゴ貨物取扱量
(10 万トン)
カンドラ
ムンバイ
JNPT
エノール
チェンナイ
マルマガオ
ニューマンガロール
コーチン
(スリランカ)
ツチコリン
ヴィシャカパトナム
コルカタ
ハルディア
パラディブ
デリー
コロンボ港
JANUARY 2008 36
日系物流企業についても特定顧客の需要に応じて進出
した例がほとんどで、ライセンス問題やオペレーション
上発生するさまざまなリスク、EDIシステムが発展
途上であることなども絡み、通関などは現地の業者に
委託しているケースが多い。 結果的に、荷主はスピー
ドや確実性、ダメージの有無よりも価格を最優先しが
ちとなっており、インド全体でみればジャスト・イン・
タイムのような考え方は異例ともいえる。
高付加価値で勝ち組目指す物流企業
それでも、変化の兆しは起こりつつある。 現在、イ
ンド国内で3PLを行っているのは地場・外資系物流
企業をあわせ十数社。 連邦国家で州により言語・慣習
が異なることや、拠点展開のための資金不足などが事
業拡大の壁となり、全国展開しているのはこのうち数
社に絞られる。 しかし昨今の経済成長に伴う中産所得
者層の増加と消費市場の拡大で、大手財閥系の大規模
ショッピングモールが全国に広がり、物流の効率化に対
する需要が高まるにつれ、そうした業界事情も変わり
始めている。
例えば、国内に約二〇〇カ所を超える倉庫・デポを
持ち、国際クーリエサービスからコンテナ、化学品等の
輸送まで幅広く手がける地場大手物流企業のひとつ、
GATI。 国内の陸送は自社トラックで、空運はイン
ド航空と提携して国内・国際航空貨物輸送サービスを
行っているほか、近隣のアジア諸国とインド主要港を結
ぶ定期便も運航している。 ドア・ツー・ドアの集荷・
配送やウェブによる貨物のトラッキング・サービスなど
付加価値サービスの提供で、インド国内市場を目指す
外資企業の需要も積極的に取り込んでおり、主要顧客
には大手日本企業も名を連ねる。
同社のアカシュ・アガルワル香港・華南地区マネジャ
ーは、「インドの物流はソフト、ハードともまだまだ未
発達なところが多い。 通関手続きに輸送手段の手配、
配送まで一貫したサービスが求められているが、国土
が広い上、州ごとの特徴もある。 そこで、われわれの
ような現地に精通し、かつ国際感覚を持った物流企業
の存在が際立ってくる。 国内市場も活発に動いており、
中国・アジアからの貨物輸送は伸びる一方です」と意
欲を見せる。
特に中国─インド間の貿易は〇六年の貿易高が前年
比八二・七%に達し、一〇年には四四〇〇億ドルを突
破すると予測されていることから、中国の物流企業・
中鉄快運(China Railway Express)と航空・海上貨
物のフォワーディング、クーリエなどにおける相互協力
で提携するなど、さらに海外事業を拡充する構えだ。
日系物流企業も奮闘している。 インド大手物流企業
TCIと三井物産の合弁企業、Transystem Logistics
Internationalは、バンガロールで国内向け自動車を生産
するトヨタ・キルロスカ・モーターズに向け、国内各地
に分散するベンダー各社からミルクランで部材を調達、
エリアごとに配した倉庫に集荷した上、顧客工場に配
送。 完成品や修理用の部品を全国の倉庫に運び、さら
に各地に分散する販売代理店まで輸送する──という
総合物流サービスを提供している。
メーカー側からのジャスト・イン・タイムでの納品
という厳しい要望にこたえるため、自社で所有する全
トラックにGPSを搭載。 地場IT企業が開発したト
ラックの追跡システムを導入した上、現在地や平均速
度、ドライバーごとの特徴も管理するという徹底ぶり
だ。 外部荷主獲得にも積極的に取り組んでおり、折か
らの需要増も手伝って積荷は常に満載の状態という。
これまでは「安かろう、悪かろう」を容認してきた
荷主企業自身の意識も変わってきている。 チェンナイ
に拠点を置く機械メーカー、五十嵐モーターズでは、物
流コスト削減策の一環として、小規模かつ自社の取り
デリー郊外の新興都市、グ
ルガオンのショッピングモー
ル内。 近隣同エリアでは大
規模モールの建設ラッシュ
が続いている
ムンバイ郊外にある巨大
なショッピングモール。 店
内は中産所得者層の憩い
の場となっている
デリー市内で建設中のハイウェーと地下鉄
インド東岸の玄関口、チェン
ナイ港の概観。 巨大なクレー
ンがフル稼働している
日系企業を積極的に
誘致しているニムラナ
工業団地の入り口
37 JANUARY 2008
特集
扱いが売り上げのほとんどを占める物流業者を絞り込
んだ上で、ほぼ専従化した。 一方で、距離的に遠いベ
ンダーには資金を融通するなどして自社工場の近くに
移転・進出させ、複数のベンダーと自社を結ぶ小規模
なミルクラン・システムを構築した。
協力物流業者とは出資関係こそないものの、同社
関連の取り扱いが大部分を占めるため、融通が利き、
かつ大手物流企業と比べても競争力のあるコストを実
現。 それまで売り上げの一〇%を占めていた物流コス
トを五%以下に低減させることに成功したという。 同
社の物流部門責任者は地元出身のインド人で、ミルク
ラン・システムもコスト削減の経営課題を達成するた
め、自ら知恵を絞ったのだという。
さらに、これまではベンダー任せであった大手自動
車メーカーの中にも、自ら物流を手当てすることで調
達コストを削減するとともに、デポやベンダーの分散・
効率配置でリスクヘッジを図ろうとする動きも出始め
ている。
とはいえ、こうした例は国内でもかなり先行してい
るケースといえる。 実態はそこそこのサービスを提供で
き、割安な地場の中小物流業者を使っている日系企業
がほとんどになる。 それでも現地日系企業の声を総合
すると、ビジネスが加速度的に拡大していく中で、物
流コストの圧縮・効率化に対する潜在的ニーズは極め
て高い。 課題となっている国内インフラ整備について
も先述のとおり、劇的にとはいかないまでも着実に改
善されてきている様子が伺える。
特にインドの国内物流インフラ改革の要として期待
されているのが、十二年の開通を目指して進行中のデ
リー・ムンバイ間を結ぶ高速貨物鉄道新線( DFC =
Delhi-Mumbai Dedicated Rail Freight Corridor)と、
同ルートに日本の太平洋ベルト地帯と同様の産業ベル
ト形成を狙う「デリー・ムンバイ間産業大動脈」(DM
IC=Delhi-Mumbai Industrial Corridor)構想である。
DMIC計画とインド物流市場の行方
日本政府が全面的にサポートする同計画は、自動車
産業が集積するデリー周辺の内陸部と、インドの海の
玄関口であるムンバイ・JNPT港の間に国際レベル
のインフラを備えた鉄道、道路、工業団地、ICDを
整備し、世界の製造・貿易・物流ハブ拠点として発展
させようという壮大な計画。 〇六年末の日印政府首脳
による「日印戦略的グローバル・パートナーシップに向
けた共同声明」で合意、〇七年十二月現在はマスター
プランの作成段階にあり、総事業費は九〇〇億ドル超
ともされる。
同計画のため、経済産業省からJETROに出向中
の松島大輔シニア・ダイレクターは「日系企業の集積
するデリー周辺の内陸部と港湾とを結ぶインフラを確保
するとともに、取り扱い規模が逼迫する港湾施設の改
善や工業地帯、その他の関連インフラを整備し、一大
産業地帯として開発するのが目的。 インド経済の進行
・発展に寄与することはもちろんだが、日本が協力す
る計画であるからこそ、日本企業にこの計画をビジネ
スのOS(オペレーション・システム)として活用し
てほしい」と熱を込める。
大動脈が走る予定の各州でも、これを機に新たな工
業団地や港湾の整備計画を進めており、州政府レベル
で日本企業を積極的に誘致しようという動きも出始め
つつある。 計画そのものについては第一フェーズの高
速貨物鉄道開通が十三年予定と、また時間がかかる話
ではあるが、大動脈の実現がインド経済そしてインド
国内物流における新たな歴史の一ページとなることは
確実であろう。
インドの物流環境はいまだ発展途上にあるが、ハー
ド・ソフトとも着実に進化している。 インフラの未整
備や複雑な税制を理由に日本企業がインド進出を逡巡
している間に、家電や携帯電話などの分野で韓国・欧
米企業が市場を席巻しているのは周知の通りである。
日本の企業が満足できる物流サービスをインドで提
供していくのはたやすいことではない。 しかし、日本
企業が今後、世界で生き残っていくために、インドは
避けて通れない市場の一つであり、それは物流企業も
同じである。 増大する需要をいかに取り込み、顧客企
業にとって最適な物流スキームを迅速に組み立て、広
大かつ巨大なインドでスムーズにモノを流していくこと
が今、求められているといえよう。
瀬谷千枝(せや・ちえ)
日本大学卒。 日本の新聞社で六年間
の事件記者生活を経て香港に渡る。 時
事通信香港支社チーフエディターなど
を経て、中国・香港を専門とするジャ
ーナリストとして活躍。 二〇〇五年、
みずほコーポレート銀行入社。 香港支
店中国アセアン・リサーチアドバイザ
リー課に所属。 現在に至る。
図4 デリー・ムンバイ間産業大動脈(DMIC)計画図
出典:インド商工省・産業政策促進局
高速貨物新線
投資奨励地域
産業開発奨励地域
ハリヤナ州
ラジャスタン州
グジャラート州
マハラシュトラー州
マディアプラデシュ州
ウツタルプラデシュ州
J.N.Port
ダトリー
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