*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。
MARCH 2008 86
変異はどのようにして起こったか
第3章
システム理解の不十分性
環境世界との関係を持たない閉じたシステ
ムを、その全体と部分が構成する純粋な内
部秩序から把握するシステム理論、すなわち
「全体─部分」モデルは、物流におけるシス
テム理論としても最も古典的なものである。
物流活動が、輸送、保管、包装、荷役、
流通加工、物流情報という要素活動群の複
合体であることは、現実の業務を見れば直
ぐに理解できる。 しかも、それらの諸要素
活動は、統一の取れた単一体として運営さ
れない限り、巧く行くはずがないということも、
誰しも暗黙のうちに分かっていたに相違ない。
でなければ、物流という概念そのものが誕
生しなかったであろう。
もちろん各要素活動が相互に影響し合
っていることにも感づいていたはずである。
そこから、この活動を効率的に運営して行
くためには、システムを構成すべきだという
風潮が自ずと醸成されてくるのである。
これについて、前号ではミシガン州立大学
のバワーソックス教授が初期の著書で告白し
ているくだりを紹介した。 当時のシステムに
ついての認識は甚だ幼稚なものであった。 し
かし、その一方で、ギリシャ時代以来、「全
体は部分の総和以上のものである」という、
いわば直感が存在していた。 この直感を理
論的に説明する、あるいは現実の業務活動
において達成するための試み、これが開始
されたのが、物流・ロジスティクス時代の幕
開けをもたらしたのだと筆者は信じている。
そして、そのことを第一の進化とみなすべ
きだと主張したいのである。
その契機となったのが、「経済発注量」の
公式である。 それは極めてシンプルなもので
あった。 しかし、発注業務と保管業務の間
には、「トレードオフ」の関係が存在してい
ることを明白に示してくれたのである。 そ
して、この小さな管理活動の成果が、やが
てトータル・コスト・アプローチへと結実し
ていくのである。
しかも、それは統一体として組織化され
た全体が部分の総和以上のものとなること
ができる、すなわちシステム化による「余剰」
の産出活動へとアプローチする手掛かりを与
えてくれたのである。 この余剰こそが、経
営活動の産出する価値であるとするならば、
この小さな発見は誠に大きな意味をもつもの
であったと認めざるを得ない。
また、この「全体─部分」モデルは、前
号で紹介したルーマンの「システム理論の変
遷」にも示されているように、七〇年代に
おけるシステム理論の冒頭に登場したもので
あった。 その後、システム理論は、第二弾の「均
衡論」的システム概念、また第三弾の環境世
界へ開かれたオープンなシステム概念、さら
には第四弾として、複雑性の差異に基づく
システム概念へと、つぎつぎに変化発展を遂
げている。
発注業務と保管業務という二つの部門間のトレー
ドオフの発見が、物流システム化の最初の一歩だった。
その歩みはやがて輸送、保管、包装、荷役、流通加工、
物流情報という諸要素間の複雑なトレードオフ問題へ
と発展していく。 そこには潜在的な相互作用を顕在
化する「変異」と呼ばれるメカニズムが働いている。
※「自己創出型ロジスティクス」第2部として改題
あぼ・えいじ 1923 年、青森市生まれ。
早稲田大学理工学部卒。 阿保味噌醸造、早
稲田大学教授(システム科学研究所)、城
西国際大学経営情報学部教授を経て、現在、
ロジスティクス・マネジメント研究所所長。
北京交通大学(中国北京)顧問教授。 物流・
ロジスティクス・SCM領域の著書多数。
87 MARCH 2008
さらに重大なる革新が八〇年代に訪れた。
八〇年代における革新は二段階で行われた。
それはあたかも、宇宙ロケットが二度、補助
タンクを切り離して、噴射を実行したような
ものであると比喩された。
第一の噴射によって、それまでの「全体
─部分」モデルは「システム─環境」差異図
式へと変換する。 第二のそれは「オートポイ
エーシス」を組み込んだ自己言及論理の完遂
である。 それらの革新によってシステム理論
は完全に近代的な理論へと変貌を遂げた。
かような歴史的発展を経た今日、今さら「全
体─部分」モデルでもあるまいという人もい
るであろう。 しかし、われわれの物流システ
ム論はこれまで、システム理論の展開にほと
んど追随すらできていなかったのではなかろ
うか。
つまり、全体─部分型物流モデルの抱え
ていた諸問題をクリアし、これを卒業して上
位段階へと進歩したわけではないと筆者は
みているのである。
全体─部分型物流モデルに内包されてい
る問題を未消化のまま、実際の物流・ロジ
スティクス問題の複雑化に強制されるにまか
せて、発展の第二段階であるロジスティクス・
システムへと移行してしまった。 さらには、
経済のグローバル化等の客観状勢の要請に促
されるままに、サプライチェーンや共同物流
という協動ロジスティクスに移行してしまっ
たのではなかろうか。
いうならば、仏を作って魂が入っていなか
ったのである。 過去の諸問題・諸隘路を未
解決のまま残存して、新しい衣装をまとっ
て外見だけを整えたようなものである。 そ
のようにロジスティクス・システムの本質に
対する理解が不十分であるために、数々の
誤解がロジスティクス活動に弊害をもたらし
ていると筆者は考えるのである。
目的─手段モデル
物流に「全体─部分」モデルが導入され
た当時、古典的な組織学説では、「目的─手
段」モデルが採用されていた。 (1)
ルーマンはつぎのように説明する。
「組織は、特定の目的を実現するように整
MARCH 2008 88
えられた(したがって、ただ単に『生き続ける』
だけであってはならない)システムとして把
握されてきたし、今日でもやはり大抵の場
合はそう考えられている。 一般に組織され
たシステムが合理的であるのは目的を達成す
る場合であるといわれている。 したがってシ
ステム合理性は目的合理性として解釈される。
それゆえにシステム構造は、あるいは少なく
とも実務上の、『フォーマルな構造』は、目
的のための手段だということになる」
「全体─部分」モデルの一般的な定義より
も、このような「目的─手段」モデルの概
念規定の方が、私のようなエンジニア教育を
受けた者には、より親しみ易い。 それは「全
体─部分」モデルでは、そのシステムの目的
がいまひとつ明確化されていないように感
じられるからである。
だが、ルーマンはつぎのようにもいう。 (2)
「目的─手段モデルがシステムの構想へと
投射されると、全体がシステムの目的であり、
部分はその手段であるという考えが生じて
くる。 手段の組み合わせ方、すなわち組織
によって部分の総和以上の何かが、つまり
目的の成就が実現されるというわけである」
このようにして、「目的─手段」の秩序と「全
体─部分」の秩序とは等置される(ないしは、
不明確ながら関係づけられる)というのである。
その不明確さを取り除こうとする試みも
みられる。 そこでは、「全体─部分」モデル
を、複雑な事態を表す静態的な秩序モデルと
して捉え、もう一方の「目的─手段」モデ
ルを、リニアに思い描かれた行為を表すダイ
ナミックな因果モデルとみなそうとしている。
しかし、いずれにせよ、このような形式
的な説明では、物流システムがいかにして「余
剰」を産み出すことができるのか、そのメカ
ニズムの解明には程遠いと言わざるを得ない。
部分間を結びつけるもの
経済発注量の公式では、発注業務と保管
業務という二つの部門間のトレードオフが問
題であった。 ところが、既に述べたように、
物流システムを扱おうとするときには、六つ
の部門間のトレードオフを問題としなければ
ならない。 非常に複雑な問題が対象となる
わけである。
これをシステム論的進化論を適用して説明
するならば、発注部門と保管部門との間に
交わされたコミュニケーションの認識が、ロ
ジスティクスの段階的発展の第一歩であった
ということになる。
それは両部門間に存在する相互作用を、
発注量の大きさという媒介変数を用いたコ
ミュニケーションとして捉えることであった。
いいかえれば、発注量の大きさを媒介変数
として用いて、両部門で発注する物流費の
変化を記述し、両部門を関係づけたのである。
それは、進化のメカニズム、すなわち変異
─選択─再安定化の第一段階であって、「あ
りそうもないものがありそうになる」第一
歩としての変異体の生成であった。
このような部門間を連結する、コミュニケ
ーション要素としての変異体は、この他にも
各所で生成されている。
例えば、パレットやコンテナを活用した「ユ
ニットロード」方式である。 これは取り扱う
貨物の寸法・形状・荷姿を定型化、標準化
することによって、保管─取り出し─運搬
─仮置き─積込─輸送─荷卸し‥‥という
連続作業において、無駄な作業を介在させ
ることなく、スムースに、効率的に行われる
ようにすることを可能にする。
「ユニットロード」という変異体(それま
では存在しなかった包装・荷姿形態)を作
りだし、それを連結媒体として、保管・荷役・
輸送という各部門を結びつけたわけである。
それによって作業の連結性・スムース化に
よる効率化が実現している。 それだけでは
ない。 保管・荷役・輸送という各部門の不
連続性・断片化を取り除き、一連のシステム
化された流動性を現実化しているのである。
パレットやコンテナ、あるいはパレタイザ
ーやデパレタイザー、またクレーンやフォー
クリフト等のマテハン機器や運搬機器、コン
テナ船等の輸送機器、倉庫の保管装置等々、
多くの技術開発があって、はじめてこのよ
うな部門間の連結が可能になる。
これに加えて、ダンボール包装の標準化、
規格化。 さらには、これらの商品のパレット
への積付け方法の標準化等が相まって、上
89 MARCH 2008
いうプロセスを経て、構造化されて行くこと
こそが、進化だということがわかる。
このような多部門間に生じている相互関係、
いわゆる相互作用は、物流問題においても
非常に複雑なものであることが、上記のユニ
ットロードの例でも容易に理解できるであろう。
複雑性を示してくれるもう一つの典型例
として、次に流通センターの立地数の問題を
あげよう。
その企業の製品が全国ブランドであるとす
れば、工場からの直送で、顧客が要求する
リードタイム内に全販売エリアに配送するこ
とは不可能である。 そのためその企業は全
国の各所に適当数の流通センターを設置する。
そして工場から各所の流通センターまでは大
口輸送し、そこから顧客までは小口配送す
るというのが通常の考え方である。
この時、流通センターをいくつ立地させた
ら最適であるのか。 また何所に立地させる
べきか。 これを決定するのが、流通センター
の立地問題である。 立地数を増加させたら、
顧客により近いところから配送することが
可能になるので、顧客に対する顧客サービス
水準は当然上昇する。 その尺度の一つとな
るのが、所定リードタイム内の注文充足率で
ある。
しかし、立地数の増加は、物流を構成す
る各部分、輸送、保管、荷役、包装、流通
加工、物流情報の各部門の活動・運営のた
めの費用に対して、必ずしもプラスの影響だ
けではなく、マイナスの影響をも与えること
が予想される。
拠点数が増えても包装費にはそれほど大
きな変化はないであろう。 しかしセンターの
運営費は直ちに増加するであろう。 在庫保
管費も当然、増加が予想される。 情報処理
費も若干増えるかもしれない。 工場からセン
ターまでの輸送費が幾分増えることになるが、
センターから顧客までの配送費は逆に減少す
るであろう。
これらの影響を予想して図にまとめたの
が図2である。
図2はあくまでも想像によるものであり、
その商品の地域毎の需要によって状況は大き
く変わるため、費用関数の形状等について
の信頼性は低い。 しかし、流通センターの立
地数という媒介変数を介在し、顧客サービス
記の諸作業の連動化、スムース化、そして最
終的には効率化を高めている。 パレットレン
タル機構等もそれを高める要因の一つとなっ
ている。
これらの作業の効率化を基礎的に支えて
いるのは、必要な設備・機器に対する企業
の投資である。 あるいはコンテナ基地や港湾
設備等に対する公共投資である。 また、こ
れらの諸作業を管理運営する制度、マネジメ
ントシステムも大きな効率化要素であり、そ
のために必要なIT技術も必須のものである。
このようにみてくると、部門間を結び付
ける、あるいはもっとミクロ的にみれば、そ
の内部で行われる各作業間を結び付ける、(こ
れらもコミュニケーションなのだが)連結材
に変異を生じ、その後、選択─再安定化と
輸 送
輸 送
図1 流通センター立地問題
工場
流通センター流通センター流通センター
輸 送
配 送
配 送
配 送
図2 流通センターの立地数が与える影響
注文充足率
費 用
流通センターの数
総物流費
注文充足率
センター運営費
在庫管理費
情報処理費
輸送費
配送費
MARCH 2008 90
水準や各種の個別物流費が変化する、つま
り一つの媒介変数の存在の下に、各部分の
諸活動に大きな変化が生じ、それを集計し
たシステム全体の成果も大きく変わってくる
ことは分かる。 また諸部門間が複雑に相互
作用し合っていることも理解できるだろう。
物流システムの第一歩──変異
図3は、本連載の二〇〇七年七月号に掲
載した図を再掲したものである。 この図が
言わんとしていることは、物流を構成する
要素活動間の潜在的な相互作用を顕在化さ
せることによってシステム化現象が起こると
いうことである。
そのことを、本章では進化のプロセスのな
かの変異として説明している。
経済発注量の公式問題における変異とは、
発注部門と保管部門との間で、発注量の大
きさという媒介変数を介在させて起こる相
互作用のことをさしている。
また、ユニットロード問題では、保管─取
り出し─運搬─仮置き─積込─輸送─荷卸
しという多種類の作業間を、ユニットロー
ドという方式を媒介変数として介在させて、
作業の一貫化・スムース化という相互作用を
起こさせたのだと解釈している。
さらに、流通センターの立地問題では、セ
ンターの数を媒介変数として、輸送費・配
送費・在庫保管費・センター運営費・情報
処理という各種の個別費用間のトレードオフ
に変化を生ぜしめている。 その上、総物流
費と注文充足率とのトレードオフをも比較検
討できるようにしたのである。
これらによって、独立的物流活動から全
体─部分型物流システム構築への第一歩を踏
み出すことができたのだと、筆者は解釈し
ているのである。
図3 物流以前から物流へ
i3
i2
i1
i4
i6
i5
i3
i3
i2
i2
i1
i1
i4
i4
i6
i5
i6
i5
第0 段階
物流以前
第1 段階
物 流
もう1つのキーワード:構造
要素と要素との関係の安定化
顕在化した相互作用
潜在的な相互作用
i1 輸送
i2 保管
i3 包装
i4 荷役
i5 流通加工
i6 物流情報
S 物流システム
S 物流システム
境界
環境
(1) ニクラス・ルーマン著 馬場靖雄、上村隆広訳
「目的概念とシステム合理性」勁草書房 一九九〇
年
(2) (1)に同じ
参考文献
TC= + × I × C
(4)
RQ
Q2
TC = × A + × I × C
(4)
RQQ2
お詫びと訂正
誤
正
本連載の前号(2008年2月号)83頁に
掲載した数式に間違いがありました。 正
しくは以下の通りです。 お詫びすると共
に訂正させていただきます。 (編集部)
筆者のブログがスタート!
http://blogs.yahoo.co.jp/gyoumuyou_abo
本連載の筆者、阿保栄司ロジスティクスマネジメント研究所代表が
ブログを始めました。 ロジスティクス問題に社会システム理論を活用
することを目指す同研究所の活動を、より多くの人に知ってもらお
うという狙いです。 乞うご期待!
|